表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SONG OF MIRABELIA/宿り木の勇者  作者: 澁谷晴
第二章 勇者僭称者
21/74

第二十一話 暗殺未遂

 ドミニクが三日滞在して去った後、フォージ村で彼の評判を聞きこんでいる男がいた。ダグローラ信徒の冒険者、フィリップだった。ドミニクは、自分は人々に愛される勇者と事あるごとに強く主張し、始終、施しを受けて当然という態度だったらしい。


 あの少年はヘイゼルウィックにいたときと何も変わってはいないようだし、今後も変わることはなさそうだ。そして奇妙なことに、半分以上の人々は彼にうんざりしていたが、残りはドミニクへ好感を抱き、一割以下だが、崇拝のような感情を抱いている者もいた。トマスと名乗った農家の子や、うだつが上がらない冒険者などが、ドミニクの言っていたことは正しい、本当の勇者かもしれないと思う、などと口走ったのだ。


 いったいどういうことだろうか、宿り木が謎のカリスマ性を付与しているのか? あるいは単に、彼が極めて堂々としていたからかもしれない。


 全員が無視したのならまだ話は単純だ。だが、大部分が嫌悪・拒絶、ごく少数が賛美という割合は、何かのきっかけで爆発的な信仰に結びつく恐れがある。それほど強烈な個性は、一大勢力の形成を示唆しているかも知れない。


 考えすぎだろうか。黒犬組もまた、ずっと彼を監視し続けている。どうやら他のいくつかの組織も、隠密を使って彼を調べさせているようだ。


 フィリップの所属する組織が所属している隠密を動かし、また余所と連携し、あるいはどこぞの情報を掠め取って調べた結果、ドミニクの正体については一切が謎だった。なにしろ、ブライドワース近隣にフリードマンという貴族家は存在しなかったのだ。彼は自分が住んでいた屋敷とそこに詰める騎士と冒険者、兄弟などについていくつか語っていたが、それらの特徴に合致するものもない。


 嘘を付いていたのだろうか? あるいは真実なら? 彼は過去のない者ということになる。那由他の神々が、魔剣の保持者として創り上げたとでもいうのだろうか。


 一方、彼が目指している聖女についても、実態が未だに把握できてはいない。


 なにしろ聖女が初めて目撃されたブランガルドは、極めて閉鎖的な場所だ。将軍府の支配下にはあるものの、その領主である隻眼の老エルフ、ダンデリオン大公は未だに天下を取る野心を捨ててはいないと囁かれている。表面上は従順にあの樹海の国を治めてはいるが、何度か反乱を扇動したかどで処罰されそうになっており、そのたびに何故か根も葉もない噂ということになって、毎度無罪放免を勝ち取っている。


 ただでさえブランガルドは危険な野獣がうろつく樹海に覆われており、〈黒脚衆(ブラックグリーヴス)〉と呼ばれる隠密部隊が音もなく徘徊し、みだりに侵入したのなら警告なしに命を奪われる。よそ者による諜報活動は極めて困難だ。


 数少ない断片的な情報によれば聖女と思しき人物は、穢れ石を砕き、魔物を討伐しながら樹海を西へ向かっているという話だった。それだけなら冒険者や騎士たちと同じだが、ドミニクのような、ろくな武器も持たぬ、非戦闘員としか思えない華奢な女人だったという。おまけにその顔を目撃者の誰も正確には記憶していなかった。


 順当に考えれば、ブランガルドの手に落ちていてもおかしくはないが、何らかの奇跡的な力を保有しているのであれば、老鴉と言えど手が出せないだろう。


   ■


 ドミニクはフォージ村を出てから、凄まじく長大な――山脈に匹敵するサイズの――石造りの寺院の屋根を進んでいた。建物の側面にはいくつもの大穴が穿たれ、大水が流れ落ちている。滝の大音が鳴り響く中、これまた巨大なガーゴイルが牙をむき出して、物言わぬ凶相を少年に向けている。


 一体のガーゴイルの後ろから、黒衣の人物がドミニクの背後に近づいた。その足音が無いのは水音にかき消されているからではない。影のごとく、滑るように距離を詰める。その手には、短銃が握られていた。


 銃声もまた無かった。魔術によって消され、ただ弾丸はドミニクの背中に向けて飛来した。しかし、それは命中することなく空中ではじけ飛び、木の葉となって辺りに散らばった。


 ドミニクはゆっくりと振り返るが、その瞬間には既に相手は魔術を発動していた。


 紅蓮の炎が、ドミニクを包み込む。しかし、それもまた一瞬後には真っ赤な花弁として飛び散るのみだった。


「まだ終わりではありませんよね?」


 少年がそう言うが、無論回答はない。言葉の代わりに、相手はさらなる魔術を繰り出す。


 それはドミニクを包む結界だった。その範囲内を、恐るべき猛毒で満たすものだ。無色透明な致死性の気体が溢れ、しかし瘴気を浄化するのと同じく、毒気は魔剣によって清浄な大気に置き換えられ、少年はこれ見よがしに深呼吸などして見せた。


「結果は分かりきっているではありませんか。どなたが送り込んで来たのか存じ上げませんが、時間の無駄ですね。ところで、この地を歩いていて疑問に思ったのですが、寺院というのは参拝する信徒がいなければ、ただの建物に過ぎないのでしょうか。それとも、誰一人その在りかを知らず、聖職者も信者も足を踏み入れずとも、神聖な、神々と繋がりし場所なのでしょうか?」


 返答はなかった。相手は既に立ち去っている。ドミニクは、暗殺者を樹に変えることはしなかった――少なくともこの場では。


   ■


「よお、また会ったな」


 襲撃の直後、フィリップが目の前に姿を現す。ドミニクは別段驚いたり警戒したりする様子もなく、ただ頷いた。


「さっきはなんともひでえ目に合ったな? あいつもどうかしてるぜ、お前さんを殺そうとするなんてな」


「フィリップ、あなたは将軍府の隠密なのですよね?」


 突如としてドミニクがそう聞いた。


「なぜそう思うんだい?」


「別に根拠はありませんよ。最大勢力なのであてずっぽうにしても、一番確率が高そうと思ったまでです」


「何のこったい? オレはただの冒険者、お前と同じ根無し草さ」


 そう言われ、ドミニクもそれ以上追及するつもりもないようで、話題を変えた。


「先ほどの暗殺者氏も、本気で僕を始末しようと思っていたわけではなさそうでした。探りを入れたつもりのようですね、恐れ多くも勇者に対し、なにがしかの有効な手段がないものかと」


「ああ、炎なら樹にゃできねえだろうって思ったんだろうな。だが実際は、そんなこともなかった。たぶん雷だろうと大水だろうと、お前さんには効果がねえんだろう。まさに無敵の、勇者の力ってわけだ」


「そういうことです。狙うだけ無駄というもの。さて、先ほどの方は果たしてどこの手の者だったのでしょうか」


 少しばかり考えるそぶりを見せて、フィリップは答える。


「教会関係者かね。もしくは敬虔な信者が個人で雇ったか――だとすれば相当な金持ちだが――そんなところじゃねえか? お前さんが聖女にタカろうとしているのが明るみに出たためか、じゃなくても勇者にふさわしい人格ではないと断定され、殺し屋で消そうとしたんだろう」


「呆れてものも言えませんね。そのような偏見で人を殺めようなどと。裁きを与えなければ」


「なら、さっきのやつを無傷で帰しちまって良かったのかい?」


「種は植えてすぐに芽を出すわけではありません」


 このドミニクの言葉通り程なくして、ある人物の所有する建物が一夜にして森と化すこととなった。


 結局のところ、ドミニクは一人の放浪者でしかない。彼に手を出せばたちどころに樹木と変えられてしまうが、無視すればいいだけの話だ。彼は自ら進んで、誰か――あるいはどこぞの組織、もしくはミラベリアそのもの――を害するつもりはないのだから。その力はごく狭い範囲において、消極的に使われるのみだ。


 だからこそ、彼の――魔剣の秘めたる真の力はまだ発揮されていない。そしてそれは、密かに、しかし着実に成長する。小さな芽が、いずれ天を覆う大樹と化すように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ