第二十話 宣言
第二にフォージ村でドミニクと接触したのは、地元の冒険者だった。衛兵から噂の〈勇者〉がやって来たと聞いて、興味本位で釣りに興じる彼の所へやって来た。
「なあおい、お前が勇者と名乗る野郎だな? ずいぶん若いんだな、まるで小娘のようなツラじゃあないか」
にやにやと笑いながら、冒険者は釣り糸を小川に垂らすドミニクの傍らに立ち、話しかける。
「うまいことやったようだな、ええ? 聖女様が降臨するとのお告げの直後に現れて、勇者を名乗る。その魔剣は親の金で買ったもんか? まったく金持ちのドラ息子が考えそうなことじゃあないか」
ドミニクは答えなかった。男のほうを見ようともせず、水面を凝視するばかりだ。
「だんまりか小僧、俺が誰か分かっていないみたいだな? いいか、俺は――」
彼は自らの二つ名、功績を誇らしげに説明するが、ドミニクはそれを聞き終えると、ため息を吐いて、
「そんなもの、勇者であることに比べれば無いに等しいではありませんか。ささやかな功績を誇りたいのは分かりますが、自慢する相手を間違えるとは実に滑稽。たかが田舎の冒険者であることを自賛するなど、僕には到底できぬ厚顔っぷり、ある種の才能ですが、特に役立つとは思えぬ類ですね。まあ、神々は平等ではないので前向きに生きるしかありませんね、そういう風に生まれたあなたとて」
「何だと!? おいいいか、ふざけた小僧が、俺に向かってそんな口を利くと――」
冒険者の男はドミニクの胸倉に掴み掛かった。高慢な自己紹介はともかく、彼の怒りはもっともだった、ドミニクは苛立たしい小僧そのものであるからだ。しかし、悪いことに強大な力を持つ、手に負えぬ小僧であると、彼は信じていなかった。
それゆえに、意識を保ったまま樹木に変えられても、はじめ彼は何が起きたのかを把握できず、身じろぎすらできない苦痛に叫びだそうとしてそれが不可能と知り、混乱の極みで、少年の釣り姿を眺め続けるはめになった。
男にとってはひどく長い三十分ほどが経過したのち、ドミニクは彼を人間に戻し、その場を立ち去った。この非道を男は衛兵に訴えたが、ドミニクがやっかいな力を持つことは冒険者間に通知済みであり、また、男が日ごろから人に自分の功績を自慢して疎ましがられているのは衛兵隊内でも周知の事実だったために「不用意に絡んだせいで起きた自業自得のトラブル、ドミニクにはお咎めなし」との不条理な沙汰が下った。
ドミニクはその後、冒険者ギルド内、市場、村長の家などをウロチョロし、宿屋のおかみさんに文無しということで同情され、部屋を提供されて就寝した。一日で村内の人々の間に、あまり係わり合いにはなるべきではない、無礼で話の通用しない、哀れだが迷惑な子供、という評価が固まった。
ところが、そんな彼に翌日、話しかける者がいた。それは気弱そうな少年で、恐る恐るドミニクに近づいて来た。
「な、なあ。あんた、勇者なんだって……本当なのかよ?」
ドミニクは、太陽は東から昇るんだったっけ? と質問されたかのように、当然そうだと答えた。その態度には一切の疑念がなく、極めて堂々としていた。少年は、その態度に感服し、ある秘密を打ち明ける気になった。
「あんたになら俺の秘密を話していいかもしれない。俺はさ、レナード・ニンバスクラッドの子孫なんだよ」
ドミニクはこれに対し何も答えなかった。少年はにわかに落胆したような声で、
「なんだよ、やっぱり信じられないか? 俺を嘘つきだと思ったのか?」
「その人物が誰なのか知らないので何とも言えないというだけです、レナード、某とは誰ですか?」
少年は愕然とした顔になった。村を一陣の風が吹きぬけ、止んだ。彼は説明を始める。
レナード・ニンバスクラッドはかつて、戦乱の世が始まる切っ掛けを生んだ武将だ。
ペンブライド将軍府が成立する以前、キャスリングにはワレン家という、総将軍を世襲する一族があった。レナードは強い野心によって、その権力を奪うことを画策した。ワレン家の最後の将軍は戦いに敗れ、帝都を追放され、ワレン将軍府は滅亡した。
レナードは謎が多く、残虐な逸話も多かった。父親の葬儀にぼろを纏って現れ、その遺灰を掴み取って酒に混ぜて飲み干したとか、これは未遂に終わったが、法王領ソラーリオへ侵攻する計画を立てていたり、倒した相手の頭蓋骨を杯として愛用していたり、奇行も目立ったために愚か者、狂気者との謗りも受けたが、戦いでは常に優秀な指揮官であったという。だが、ついぞ天下を取ることはできず、結局は彼の部下であったライナス・ペンブライドがその栄誉を手にすることとなった。
最期は部下に裏切られ、燃える屋敷内で自刃したというが、死体は確認されておらず、その子孫を名乗るものは絶えない。
そして、その正当な末裔が目の前の少年、トマスだという話だった。
話を聞き終えたドミニクは一言、こう言った。
「信じます。君はきっと、本当にレナードの子孫なのでしょう」
トマスは驚き、笑み、頷いた。
恐らく幼いころから、そう言い聞かされて育ってきたのだろう。そしてその秘密が、彼の誇りだったのだ。
「しかし、僕はひとつ疑問に思うところがあります。君が偉大なレナードの末裔であったとして、それが君にいかなる価値を与えるのか」
トマスは冷水をかけたれたように硬直した。
「むしろ、君の足枷となっているのではありませんか、その事実は。例え子孫ならずとも、偉大な者の子、兄弟は必ず比較を受けることとなります。そしてたいていの場合、不釣合い、との汚名を頂戴するはめになるでしょう。君はどうでしょうか、トマス? レナード・ニンバスクラッドの子孫であることは真実、しかし君はそれを、天下の人々が信じるとしても、自信を持って宣言できるのでしょうか? 彼の末裔に相応しい者であると胸を張って口にできますか?」
トマスは青ざめて、答えることができない。ドミニクはしかし、自信に満ちた声で、彼の目をまっすぐに見て、ゆっくりとこう言った。
「僕はできる。自らが勇者と、憚ることなく、誰にでも言うことができる。そしてこれまで実際にそう言い続けてきました。それは紛れもない真実であるし、自分がそれに相応しい者であると断言できる。誰かにそれを保障してもらう必要もない。なぜなら僕は、勇者に相応しい高潔な人格と自由さを併せ持った人間。例え世界中の人々が否定しようと、それは絶対に変わることがない。その事実があるだけなのです」




