第十九話 警告書
勝手に騎士の仮眠室でたっぷりと睡眠を取り、いつものように正午近くに起きて食事を求め砦を歩いていると、フィオレンティーノ隊長と部下たちがやって来た。
「ドミニク・フリードマン、お前の処分が決定した」
「そうですか。それよりスラーイン氏はいつ自刃するのですか? 袖振り合うも他生の縁、彼の勇ましい最期をぜひ拝見したく」
「彼は死なん、お前を追放することが決定した。今後我らダグローラ教会は、お前に一切関わらず、援助もしない。見逃してやるから、どこにでも立ち去るがいい」
「追放? もとより今日じゅうに発つつもりではいましたが、なんとも締まらない結論ですね。まあ、勇者の力の前ではどれほどの軍事力も役立たず、止むを得ないでしょうが」
これまでに色々な場所で、やれ黒犬組は恐ろしい、やれ教会に対しておかしなことを言えば破滅だ、などと色々な注意を受けてはいたが、彼らは結局、ドミニク一人に対して何もできやしない。隊長は忌々しげに顔を顰めた。
「のぼせ上がるな、一人の小僧に何ができる? そもそもお前は野望も欲望もあるまい、ただのさまよい人、浮き草のようなくだらぬ小僧だ。だが、忘れるな。世界を敵に回せるほど、お前は強くはない。そして野放しというわけでもない。各地にお前の情報は送られるゆえ、無法は控えておくことだ」
監視下に置かれているということをほのめかした隊長だが、これは今に始まったことではない。オルテンシアの所属する黒犬組と、フィリップの雇い主、その二つの勢力も既にドミニクを注視しているはずだ。だが、それらは別段気にするようなことではない。
「最後にお聞きしたいことがあります。聖女の所在です」
そう問うと、露骨にフィオレンティーノ並びに騎士たちは嫌悪を浮かべた。
「いいか、聖女様が現れたということはまだ未確認であるし、こちらは何の情報も持っていない、だが知っていたとしても貴様には絶対に教えることはない。今日、我々が、我が国土が存続しているのは偉大なる聖女様と神々の賜物。決して貴様のようなクソガキが手を触れていい領域ではないと知れ、分かったらとっとと立ち去るがいい、勇者僭称者よ」
言うまでもなく右から左への説教であったが、ドミニクは言われたとおりに砦を出て、道なりに歩き始めた。
■
それから実際に各地の教会へ似顔と警告書が出回った。内容は以下のようなものだ――勇者僭称者出現。ドミニク・フリードマン。勇者を騙り、食事・寝床を要求する。直接的な害意こそ持たないものの、援助を受けて当然と思い込んでおり、的外れな説教などもする。木剣の魔法具を所持、本人に危害が及んだとき――この剣を取り上げようとした場合、非殺傷の魔術を使用した場合も含む――攻撃者を植物に変化させ、無力化させる。ドミニクの意思しだいで後遺症なく解除される。確かに伝説にある、アウルス・アンバーメインの力と共通点も見られるが、まったく異なるものであると認定。この人物を見かけたら接触はせず、関係施設に現れた場合、施しは拒否すること。また、彼は聖女との私欲による接触も目論んでおり、一切の情報を与えてはならない。
この奇妙な知らせは、かつて彼が滞在したヘイゼルウィックを除き珍ニュースとして扱われ、瓦版にも面白おかしく報じられた。いくつかの地方で、〈たかり鬼〉と呼ばれる、勝手に家屋や施設へ侵入し、我が物顔で食べ物や酒を要求する妖怪の伝説があり、このドミニクなる少年はまさにその顕現、などと揶揄され、酒場の吟遊詩人の歌にも上った。
魔物と瘴気によってにわかに脅かされる日常に舞い降りた、少しの笑い。しかし聖騎士の砦からほど近い小さな村、そこに実際に現れた勇者僭称者は果たしてどうだったか。
深い谷に配置された、巨大な長方形の一枚岩。その上に、フォージ村はあった。かつて北の地、ギョールよりやって来たドヴェルの鍛冶師、その大工房があったことから鍛冶場の名を有するこの場所に、その少年がある日やって来た。
村の入り口に現れた来訪者は、濃い茶髪と両目の、中性的な少年だった。衛兵であるエルフの男は既に警告書を見ており、彼がくだんの〈勇者僭称者〉〈たかり鬼〉たるドミニク・フリードマンだとすぐに気づいた。
「初めまして、僕はドミニク・フリードマン、当代の勇者であります。まず、そっちの小川で釣りをしたいので釣竿をください。歓迎会は簡素なもので構いません、あまり賑やかなのは好きではないので。嫌いな食べ物等はないのでメニューは任せます。あとひとつ疑問なのですが、これまでに出会ったエルフの人はみんな堅苦しくて態度が大きかったのですが、なぜそういう性格なのですか?」
あの警告書は誇張されたものではなく、極めて正確なのだと衛兵は認識した。年長者としてこの少年にひとつ、説教をしなくては。騎士たる使命感で衛兵は口を開く。
「なあ君、いきなりそういう態度はけしからんと思うぞ。まず君はこの地ではよそ者、一来訪者に過ぎないのだ。一晩食事や宿くらい提供するのはお安い御用だが、突然そのようなことを言われると、こちらとしてもいい気はしないというものだ」
「一晩? 僕は一晩と申し上げた覚えはありませんが」
「それに、我らの種族への侮蔑も聞き逃せない」衛兵はドミニクの発言を無視して続ける。「そんなことを言えば、自分の第一印象が最悪なものになるのは明白だろう。これから滞在する場所でそういった発言は、やめておくべきだ」
「それは無用な心配です、僕は勇者であるので、賛美・敬慕を受けすぎて身動きを取れなくなる恐れこそあれ、迫害など。太陽が西から昇るかのような幻想です。それより釣竿を所望しているのですが」
早くも衛兵の中に、すさまじい徒労感が芽生えた。善意が脆くも砕け散る音。暖簾に腕押し。この少年はどうやら、人の話を聞くという能力が欠如しているらしかった。語の意味が分からないのではなく、客観視ができず、自分の認識と他者のそれが異なった場合、自らの方が正しいものと処理しているらしい。
彼に限らず、このような話を聞かない人物は老若男女存在する。少年がいささか特異的なのは、他の大部分は薄々、自分が無礼な、人倫にもとる態度を取っていると認識しているため、ことが思ったようにいかないと不用意に苛立ち言葉を荒げたりするのだが、このドミニク・フリードマンは完全に自分が正しく、人々からもてなされて当然の好漢と認識――いや、それが普遍的事実・真理であるとして世界を見ているのだ。だから思い通りにならずとも、心乱されることはない。彼からすれば誤った認識を持つ人物が眼前にたった一人、出現したに過ぎないのだから。