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SONG OF MIRABELIA/宿り木の勇者  作者: 澁谷晴
第二章 勇者僭称者
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第十八話 悪魔狩り

 果たして高僧に化けた悪鬼が暴かれ、スラーインも一命を取り留めるという決着は迎えたものの、聖騎士たちは動揺を隠せなかった。


 いつセラ司教が入れ替わったのかは判然とせず、それに気づかぬ自分たちの不明。そしてこの砦では騎士長に次ぐ地位の、司教の欠落。騎士に不可欠な聖棘を施すことができるのは、ごく限られた貴族や聖職者のみだ。この地でその役目を負っていたセラ司教の死。後任を連れてくるにしても、今日明日に叶うわけではない。


 日ごろ魔物を狩っていた彼らも、悪魔と見える機会はこれまでになかった。その恐ろしさ。知性を持ち、人に化ける異質さ。


 畏怖を感じ取ってか、悪魔狩りが口を開く。


「あなた方がこの悪魔を見抜けなかったことを恥じる必要はない。こやつらを判別する手段は極めて少ない。尋常の魔術では叶わぬし、記憶を奪うこやつらがボロを出すこともそう無いだろう。少年を喰らう前に、自ら化けの皮を剥がしたのはいささか短慮だったが、俺が来なければ露見することもなかったろう。あなた方が日ごろ対面する、そこらの魔物とは何もかもが異なる。下級悪魔(レッサー)に過ぎぬこやつといえど、悪魔は悪魔だ」


「下級だというのか、こいつが……」


 蒼ざめた顔で呟いたフィオレンティーノに男は頷き、


「上級の悪魔はむしろ、地位のある人物に化けることはあまりない。皆無ではないが、やつらは用心深いからな。まあ、此度の惨劇は悪い夢と思って忘れることだ。ではな」


 男は悪魔の屍を軽々と持ち上げ、部屋を後にした。


   ■


 人気のない、砦の外郭へ男が到達したとき、背後からドミニクが追いついてきた。


「まだ何か俺に用があるのか? もしや我らの一員として、悪魔を狩りたいと望むのか?」


「いえ、ただどうやって悪魔を判別したのかが気になって」


 ためらう様子もなく、狩人はその方法を明かす。


「我らの昏き血潮の導きだ。獣が臭いで離れた獲物を感知するように、あるいは狼煙を遠方から見るように、我が血は悪魔の居場所を教える。人に化けていようとだ」


「もうひとつ聞きたいことがあります。あなたは騎士ではないのですか?」


「なぜそう思う?」


「髪と目が変色していないので」


「なかなかに世間知らずな少年だな、我々の逸話はミラベリア全土に知れ渡っていると思っていたが」


 そのとき、既に人気のない露天のほうから、誰かが二人の下へ近づいて来た。その人物は笑いを含んだ声で言う。


「その通りさ、〈昏き血の狩人〉――悪魔狩りの徒党についちゃ、赤子だろうと知っている。あんたらの使う技もな……」


 それは隻腕隻眼の黒騎士、ゲオルギーネだった。


「魔剣術〈斬鬼法(スレイング)〉――ぜひ我が力としたいもんだ」


「ゲオルギーネ・タンホイザー、サナムの出奔者よ。その望みは叶わぬ」


「ほう! あたしをご存知とは光栄だね」


 喜色満面の黒騎士に、悪魔狩りは淡々と告げる。


「管轄地域の強者くらいは頭に入れている、我々遠征部隊は常に仲間を求めているがゆえにな。だがあなたは悪魔狩りなどに興味はあるまいて。ご執着の我が秘儀も、あなたがその目で見ることは不可能だ。我らの戒律はそれを許しはしないし、立ち合おうにも、これは人が耐えられるものではない。よしんばあなたがそれを会得したとて、十全には使えぬであろう。棘の数が足らぬ」


 ゲオルギーネは一般的な騎士と同じで二本の聖棘を打ち込んでいるはずだ。だが、みだりに棘の数を増やせば確実に心身を蝕む。二本だけでも頭痛や幻聴、ひどいときには幻覚や譫妄、そして発狂に至る。適合率が高くても、四本が限界だ。だが、グリミルの悪魔狩りは――


「あんたらみたく、八本必要だってわけかい」


「そうだ。そうでなければ悪魔を狩ることなど夢のまた夢」


 八本(・・)。この男は、それだけの数をその身に打ち込まれているのか? しかし見たところ健康そうに思えるし、髪と目も、ゲオルギーネやこれまで見てきた騎士たちのように灰白色に染まってはいない。


「いいかドミニク、こいつらは棘の反動を相殺させるために、もうひとつの異物を仕込んでるのさ。悪魔の血肉だ」


 男は頷いて、少年に向かって説明する。


「然り、悪魔の血肉は劇薬。棘の力も人の身には過ぎた代物よ。それらを戦わせ、混ぜ合わせることによって我らは十全足りえるのだ」


「ああ、そしてそいつを維持するには――」


 ゲオルギーネの視線が、男の担いだ悪魔に向けられる。


「倒した悪魔を、食べるというわけですか」ドミニクがそう言うと、男は悠然と首肯する。


「そうだ。『骨は芥に、血は糧に』……我らの昏き血潮はそう求めている」


「ふん、そんな体になるわけがないだろ。あんたらはジャンキーみたいなもんじゃないか。悪魔を喰わずにはいられねえ、呪われた体さ。あたしは願い下げだよ」


「だろうな。では、俺は引き続き次の獲物を狩りに赴く」悪魔狩りは立ち去ろうとして、最後に振り返り、「だが、気が変わったらグリミルへ行け。ギデオン・ロシュフォールの名を出せば取り次いでくれよう。さらばだ」


 風のように、男は、悪魔狩りギデオンは消え去った。ゲオルギーネは、まだ諦めきれない様子だ――彼らの一員にならずして、その剣技のみを会得することを。


「ドミニク! あたしは奴を追いかける。縁があったらまた会おうな、宿り木の勇者よ」


 そうまくし立て、駆けていった。それを見送ったドミニクはきびすを返し、寝床を求めて砦へと戻った。

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