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SONG OF MIRABELIA/宿り木の勇者  作者: 澁谷晴
第二章 勇者僭称者
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第十七話 ”Bone to Dust,Blood to Feast”

 砦の上層、聖職者たちの居住区にドミニクは招きいれられた。セラ司教はエルフの女性で、穏やかな笑みで不敬の少年を迎え入れた。司教の私室にはドミニクの他は誰もいなかった。無用心にも思われたが、司教は卓抜した魔術師であり身の危険もなく、個別に向けた説法の邪魔をされないようにとフィオレンティーノ隊長は説明していた。とはいえ、さすがに護衛や侍女の一人すらいないのはいささか不自然だった。


 司教は柔らかに、母が幼子に語りかけるがごとく説く。


「あなたが例の少年、勇者を自称するというドミニク・フリードマンですね。わたしにはあなたの心が分かっています。あなたは恐れを抱いているのですね、この混迷を極める世に対して。それゆえに、わたしの部下に剣を向けるという蛮行に出たのでしょう。しかし、わたしはその行いを赦しましょう」


 「自称」ではなく勇者であることは事実だし、別に何も恐れてはいない。罪を犯していないので、赦すも赦さぬも無い。ドミニクからすればセラ司教の目は節穴だったが、そんな彼の内心とは裏腹に司教は続ける。


「人は誰でも使命を持って生まれてくるもの。ドミニクよ、あなたにも重要な役目があるのです、あなた自身も知らぬそれを今宵、このわたしが教えましょう。まずは空腹を癒すとよいでしょう。こちらに料理を用意しています……」


 用意されたご馳走は、ヘイゼルウィック領主の晩餐で出されたものと比べても遜色のない、豪華なものだった。聖職者とは質素な暮らしを良しとするものだとドミニクは思っていたが、今晩だけ奮発したのだろうか。もっとも自分は勇者なのでこのくらいが妥当なのだが。


 セラ司教はドミニクからしてみればどうにも胡散臭い、愛だの運命だのといった単語を連発し、役目を果たすことへの期待を主張した。それを聞き流しながら食事を終え、食後に出された茶を飲んだところ、ドミニクはあることに気づいた。


 何かが混入されている。恐らくは魔法薬か。フィリップやオルテンシアが己へ魔術を行使したのに気づいたこともそうだが、〈宿り木〉の恩恵により、攻撃を防ぐとともにその内容を大まかに把握できるようになっていた。今回はどうやら、痺れ薬か何かのようだった。


 むろん、魔剣の力がそれを防ぎ、何の効果も及ぼしはしないのだが、この偉大な司教がなぜこのようなことをするのか。あるいは別の誰かが、何らかのよからぬ企みで薬を混ぜ込んだのかが気になった。ドミニクは、ばたりと机に倒れ、肉体の自由を失ったふりをした。


 すると、突如としてセラ司教は豹変し、演劇の悪役のように絵に描いたような邪悪な表情を浮かべ、少年に肉薄して囁いた。


「フフフフフ、馬鹿な子供め。これでお前の役目を果たすことができるわね、わたしの胃に納まって、我が血肉となるという役目をね……あなたは悔い改めて夜明け前に発ったと騎士たちには伝えておくわ。勇者を名乗っていたそうだけれど、まったくくだらない最後ね……フフフフ、もっとももう聞こえてはいないでしょうけど」


 なんと、セラ司教は人肉食を行う非道の輩だったのだ。孤児の育成を熱心に行っていたというが、その子らのうち幾ばくかは、既に彼女の腹に収まっているのだろうか。


 このような極悪人を許しはしない、とばかりにドミニクが魔剣を用いる寸前、銃声と窓ガラスの割れる音が響き渡った。


「何奴!?」


 弾丸に腕を貫かれたがそれをものともせずに、司教が叫ぶ。


 窓の向こう、バルコニーには月を背にし、何者かの影が堂々と聳え立っている。


「『骨を芥に、血は糧に』――それが貴様の行く末よ。潔く、邪神の元へ還るがいい」


 ガラスの向こうから聞こえた男の声に、司教は金切り声を上げた。


「貴様……のこのこと出て来るとは、飛んで火にいる夏の虫とはこのことよ! 小僧の前に、お前を喰らってや――」


 セラ司教の言葉はそこで途切れ、勢い良く床へ倒れた。ドミニクが顔を起こして見ると、凄まじい苦悶の表情で彼女は既に息絶えている。双眸と耳、鼻から黒い血を流しながら。彼女がドミニクにしたように、この悪魔狩りも毒を盛ったようだ。先ほどの銃撃に、何か魔術的な毒が仕込まれていたのだろうか。


 ただならぬ様子に騎士たちが私室へなだれ込み、変わり果てたセラ司教を目撃する。警備隊長スラーインは怒りに血走った目で、バルコニーに佇む人物を見やり、即座に剣を抜いた。


「おのれ狼藉者、司教様を何ゆえに手にかけた!」


「……その屍をよく見てみるのだな」


 バルコニーから姿を現したのは、髪も両目も装束も、全身鉛色の男だった。聖騎士たちは彼を見るなり、口々に叫ぶ。


「こ、こやつはグリミルの悪魔狩り(デーモンハンター)! と、いうことは――」


 セラ司教――慈悲深きエルフの高僧の皮膚は融解し、その下から岩のような肌の、悪鬼の顔が姿を現し、ごっそりと抜けた頭髪の下からは二つの角が現れた。


「――悪魔! 司教に成り代わっておったのか……」


「そうだ。既に本人はこの世のものではなかろう。もし俺がここでこいつを成敗しなければ、慈母の仮面を纏い、哀れな子らを食い続けていただろうな。しかし幸い、まだ成り代わって日が浅かったようだ。纏った皮膚がまだ新しい――本人には災難だったが、そこな少年が最初の犠牲者だったようだな」


 悪魔狩りが冷静な声でそう告げる中、スラーインは手にした剣を己の喉笛へと向ける。


「ス、スラーイン殿、何を!?」


 フィオレンティーノ隊長が狼狽した声で問うと、ドヴェルの騎士は悲愴な回答を返す。


「目と鼻の先で司祭様が薄汚い悪鬼の手にかかっていたとは、これもわしの目が節穴だったがゆえ――自刃し、せめてもの贖いとするしかあるまい!」


 その刃は勢い任せに彼を貫くと思われたが、飛び散ったのは血飛沫ではなく、白い花弁だった。室内に舞う清浄な花ごしに、スラーインは魔剣を自らに向けている少年を凝視した。


「――なぜ。なぜだドミニク? なぜ死なせてはくれぬ」


「食後に見たいものではありません」平然と剣を収め、彼は言った。「残虐はあの醜い悪魔の死で十分です。とはいえ自刃など目にする機会もそうそうないので、是が非でも敢行するというならば、明日にでも延期していただきたい、後学のために見届けたく思います」


 力なく、警備隊長スラーインは座り込んだ。悪魔狩りの男はわずかに口を歪めるようにして笑い、


「一件落着のようだな」

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