第十六話 聖騎士団
「そもそもが、僕はそれほど敬虔な信者ではないので、皆さんとの認識の乖離が生まれるのも詮方ないことかと思われます。あなた方はソラーリオ所属の、太陽神の信徒ということで相違ないでしょうか」
護送車の中、ドミニクは奇妙な立場だった。異端者として輸送されているのに、手かせを嵌められることもなく騎士たちと堂々と同乗している。もちろん彼がそのつもりなら、拘束しても無駄なのだが。
「そうだ、小僧。我らは太陽神ダグローラ様の敬虔なしもべ、この危険な世界を守る盾だ」ドミニクの隣にいる、エルフの聖騎士が厳かにそう言った。
「それで、魔物・アンデッドを討伐しつつ、異端者をも裁いているわけですね。反将軍府勢力たる〈黒犬〉のように」
「奴らほど悪辣な真似はしないが、異端者に慈悲を与える道理もなかろう。お前もしばし我らの拠点で悔い改め、新たなる生を送るべきだ」
鎮圧に失敗したにも関わらず、彼らは――ドミニクへの苛立ちと困惑を抱いてはいるものの――大して危険視しているわけではなさそうだった。樹にされた騎士たちは既に戻っているし、ドミニクが歳若く、世間知らずな部分がそうさせたのだと思われたためだ。もちろん、彼を拘束したり斬り捨てようとしても、〈宿り木〉によってそれは叶わないのだが。
「その新たなる生とは具体的に、どういったものでしょうか?」
「己の宿命を知り、それに恥じることなく生きるのだ」
「それなら既にやっています。僕は勇者として存在しているので、人々から庇護を受けつつ、聖女の元へ赴く。そして彼女に一生涯養ってもらう。これこそが我が宿命です」
「なっ、たわけたことを! 聖女様に向かって――いや、そうでなくても誰がお前のような奴を一生養うというのだ? どこにそんな根拠がある?」
「僕は万人に愛される素質を持ち、さらにこの魔剣という力も備えております。これらが根拠です」
「お前な……いったいどんな教育を受けてきたんだ? お前のご両親に問いたださなければな、フリードマン、と言ったか?」
「そうです。ブライドワースの方の一般的な貴族家です」
「お前のしつけにはいささか甘さがあったようだな、あるいは生まれつきの性質なのか? 我らに対し、那由多の神々が与えたもうた試練なのか、こいつは……」
ドミニクはその後の道中も力強く、労働への拒絶・絶対的な自由の追求といった信念を述べ、次第に聖騎士たちは彼の言葉に相槌すら打たなくなっていった。
やがて聖騎士たちの城塞に到着したが、それは思いのほか立派で、周囲には商人たちの露天も広がっている。旅人のための宿もあり、ちょっとした宿場町のようだ。
エルフの聖騎士、リップルはドミニクを降ろしながらある提案をする。
「少年、お前は托鉢僧として巡礼の旅に出、己の生き方を見直すべきだ」
「托鉢? 今だって僕は敬虔な僧侶のようなもの、求道者ですからそう変わらないでしょうね」
「お前は我欲丸出しのふざけた野郎ではないか。あるいは、ブランガルドの奥深くで修行を行うべきだな」
「リップル、そやつに必要なのは指導者だ!」隊長がやって来てそう言う。「セラ司教より、この小僧にも分かりやすい説法を頂戴する。根本的に、社会の倫理というものを教育しなければならない。社会が現在、不安に陥っていく中でこのような愚者はこれからも現れよう。そのとき我らがどうすべきか。こやつはその救済の試金石となるのだ」
その後内部に入ると、ここでも引き続き、ドミニクは当然のように来賓のごとく振舞った。
砦に詰めている聖騎士たちはほぼ人間だったが、エルフや北方の種族・ドヴェルもいくらかいた。誰もがいかめしく、まるでヘイゼルウィックのオーマが増えたようだとドミニクは思った。彼らは本当に人生を楽しめているのだろうか。戒律と労働でがんじがらめにされ、窮屈な人生を送っていないだろうか。そんな手前勝手な懸念・哀れみを浮かべ、少年は我が物顔で敷地内をうろついていた。
「おい、何じゃお前は。ここは部外者立ち入り禁止だ」
長い髭のドヴェルの男が、ドミニクにそう話しかけてきた。眼光は鋭く威厳ある雰囲気で、この砦内でそれなりの地位にある人物に見えた。
「小僧、キャラバンとともに来たのか? 迷子になったというわけか?」
「いいえ、僕はこの世界で最大の宗教の内部を視察するために訪れたのです」
「なんじゃと? お前、黒犬組かどこかの査察官か? 見た目どおりの歳ではないというのか? 風生まれではなさそうじゃな、耳は尖っておらん。名を名乗れ」
「僕は当代の勇者、ドミニク・フリードマンです。あなたは?」
そう問われて、苦虫を噛み潰したような顔でドヴェルは名乗る。
「ワシはスラーイン、ここの警備隊長じゃ……いや待て、フィオレンティーノの部隊が、魔剣を持つ変な小僧と小競り合いになり捕縛したとの報告があった。お前がそれか、ドミニク?」
「僕は変な小僧ではありませんが、恐らくそうでしょう。今夜は歓待の宴でしょうが、あなたも参加するのですか、スラーイン」
「ワシは警備任務があるでな、お前のようなイカれた小僧の相手はしておられん、勇者を名乗るとは罰当たりな小僧よ」
「何やらセラ司教とかいう人と会わせてもらえるらしいんですが、いつまで待てば良いのでしょうか」
「何じゃと? 司教様とお前を? フィオレンティーノは何を考えておるんじゃ、いいか、あの方に無礼な口を利くでないぞ! 真に神の寵愛を受けた偉大なお方じゃ」
「なるほど、ではそのお方に僕の素性を知ってもらい、正式に教会の名の下、勇者と認定していただけば話が早いですね、そうすればあの茶店でのような悶着もなくなるでしょう。ああした刺激も嫌いではありませんが」
スラーインはため息を吐いて、何も言わずにその場を去った。そこにリップルがやって来た。
「こんなところにいたか。セラ司教がお会いになるそうだ。お前にとっては更生するまたと無い機会。一言たりとも聞き逃すな、少年」
「その司教様はそれほど大層なお方なのですか?」
「そうだ。孤児を引き取り、高度な英才教育を施し、教会の導き手を多数育成した偉大なお方だ。お前のような世間知らずな小僧といえど、あのお方とひとたび話せば、真に目を開くことができよう」