第十四話 大街道
冒険者たちを帰らせ、ゲオルギーネは砕けた鎧に腰掛けて酒を飲んでいる。ドミニクは気になっていることを聞いた。
「先ほどの〈人面獣心〉なる技はいったいどのような仕掛けになっているのですか?」
「まあ単純なコンセプトだよ、相手も斬られるのが嫌だからそりゃ受けるかかわすかする。こっちは斬りたい。そのための技さ。サナム騎士の手法は話したろう、鏡のごとく相手の技を用いる。そして必要ならば組み合わせる。左右それぞれの剣で、異なる技を繰り出すのが一般的だがあたしにゃそれはできねえから、片手で両腕ぶんの働きをさせるってわけ。さっきの技は、狼心流の〈閃牙〉っていう基本的な技に〈崩し〉を加えたもんさ、〈崩し〉ってのはサナムの用語で、まあ野放図なアレンジってことさ、それこそ獣・魔物のスタイルの鏡写しの。精緻な一撃に対する準備を粉々に粉砕するんだ」
理屈は分かったが、あの意味不明な破壊力はどうなっているのか。ゲオルギーネは髪の変色からして、ヘイゼルウィックの騎士たちと同じく、打ち込まれた聖棘の数は一、二本のはずだ。もっと多ければ、オルテンシアのように頭髪がすべて灰白色に染まっている。だが、あの鎧を空間ごと砕くような威力は、それだけでは発揮できるはずがない。
これについて尋ねたところ、瞬間的・複合的な要素を用いて爆発的な力を発揮しているらしい。例えば――棘の力を一時的に前借りする――激しい痛みを伴うらしい。自己暗示によって自らを人間を超えた獣と定義する――これも上位騎士にはありふれた技法らしく、日ごろの反復訓練がものをいうのだとか。微弱だが劇的な魔術によって、ウーズ肉を食する場合と同じく脳の一部を抑制する――これまた後遺症がなにやらあるらしいが、ゲオルギーネは特に気にしていない。
いずれにしても、ドミニクには無縁の手法ばかりだった。
「それでどうだ、あんたはあたしの力量に対して尊敬の念を覚えたか? 心より賛美しようって気になったか?」唐突にゲオルギーネが尋ねる。
「まあ、そうですね、はい」
「本当か? なんか生返事じゃない?」
「そうかも知れませんが驚嘆はしましたよ、本当に」
「そうかい、それでだ、あんたは聖女に会うために北へ行くって話だったけど」
「ええ」
「恐らくだけど聖女は西へ移動してると思うんだ、なぜなら聖女だからな、初代と同じくすべての穢れを祓うのが目的だろ、そんじゃ穢れの発生源を目指すはずなんだ」
「それが西の果てですか、禁断の地、などと言われる」
ミラベリアの遥か西、世界の外側、その彼方に邪神の亡骸が横たわっているとされる。その邪悪な意思は未だに健在で、人族の世界を滅ぼすために穢れを生み続けているのだと。
「西の果てに、具体的になにがあるのかはご存知ですか?」
「いいや、瘴気がひどすぎて誰も行ったことがねえからね、唯一知ってるのは魔人どもだ、だが奴らときたらへらへらと仄めかすだけで、何も役に立つことを言わねえのさ」
「しかし勇者たる僕になら特別に明かすでしょうね」
「本当に自信があるんだな、あんたは。まあ奴らに会ったら聞けばいいさ」
■
しばらく森林を進むと広大な平原に到達した。広い、舗装された道が地平線の向こうまで続いている。所々に大き目の聖石が配置され、安全に進むことができそうだ。隊商の騎馬やトラックが絶え間なく通っている。
「一番主要な〈大街道〉さ、こいつがミラベリアの流通を支えている。西へ向かうならこいつを辿りゃあいい」
「それでゲオルギーネ、あなたも西へ向かうのですか? そういえばあなたの目的をまだ聞いていませんでしたが」
「よし、聞きたいのならばそこにある茶店で話そう」
店は食料や燃料が売られており、食堂や宿屋も併設されている大き目のものだった。中へ入るとまずゲオルギーネは、ウーズ肉と水を購入した。店内の冒険者たちや店主が彼女をやたらとじろじろ見ていたが、それもそのはず、壁には彼女の手配書が貼られているのだ。
「結構な金額ですね、サナムを出奔する際、何人か手にかけたのですか」
「馬鹿言うんじゃないよ、あたしは襲ってきた奴以外は殺してねえ。まあ分かりやすいペナルティさ、さすがに騎士たるものがふらふらしていてお咎めなしなんてこたぁねえからな、追っ手を差し向けることはしねえが、賞金稼ぎどもは自分でどうにかしろってこった」
「まあ、さすがにこの店内でいきなり襲い掛かってくるような輩はいやしないでしょうがね」
と、思いきや、茶を暢気に飲んでいるといきなりドミニクに短刀を突き付けてくる狼藉者がいた。
「ゲオルギーネ・タンホイザー! まさか子連れとはな! こいつの命が惜しけりゃおとなしくお縄に付きやがれ!」
これに対し彼女はにやにやと笑い出し、
「へへへ、こいつがあたしの子供だって? 全然似てねえじゃないか、父親似かな……」
次の瞬間、悪漢は樹と化した。何事もなかったかのようにドミニクは食事を続ける。
「なるほどねぇ、あんたが言うところの勇者の力とやらがそいつかい? あたしといえど樹になっちまうのかね」
「無論、なります。卓抜した騎士だろうと大魔術士だろうと、竜だろうと僕の前では無力というわけです。アウ……某という前勇者と同じ、いえ、それ以上です」
「アウルスな、あんたは聖女様とか勇者に対する敬意もねえんだな、ドミニク。忠告しとくがキャスリング関係者や法王領の奴らの前で、そういったフザけた態度を取るなよ、たぶん無理だろうけど」
「前にも言われました。僕は平穏な人生を望んでいるので、無論意図的に侮辱するつもりはありません」
「まあ、だとしても無意識的に侮辱する結果になるだろうな、あんたは。こうすりゃいい、とにかく黙るのさ。それが一番だ」
「参考になる意見ですね、沈黙は黄金というわけですか」
「そうそうそれ」
ドミニクは久々に果物やウーズ肉ではないシチューを食べられるというので最初期待したが、口に合わなかったらしくあまり進んでいなかった。ゲオルギーネは喜んで食べていたが、ドミニクは味付けがあまりよくない、これならヘイゼルウィックの田舎料理のほうがまし、などと憚ることなく口にした。それを聞き流してゲオルギーネは話し始める。
「そんであたしの目的だが、ある男に勝つために修行をしてる最中さ。そいつに負けたわけじゃあねえが、かつて勝てないと判断したためだ。奴はアンサラーって名前だ。騎士じゃあねえが、あんたと同じく浄化の力を持つ魔剣を使う。恐ろしく強い野郎で、サナムへ修行に来てたんだけど、誰も勝てなかったさ」
「その人の技は奪えなかったんですか?」
「このあたしをして見ることすら適わなかった、なんとなくは模倣できるけどね。奴はそんだけの使い手だよ、この太平の世でもああいうのがいるわけさ」
「で、ぶった斬られたんですか」
彼女の存在しない右腕を見ながらドミニクが聞いた。
「半分くらいな、骨はまだ繋がってた。しかしそこであたしは停滞を打ち破る方法を思いつき自らに制限を化すことにした。その場で全部斬って目も潰した。するとどうだ、かなり無理って感じから、多少いけるかもってところまで挽回したのよ。剣を折られたけどまだまだいけるって思ってたが、いいとこで出血多量でぶっ倒れた」
当然、そうだろう。そしてアンサラーは命を取ることなくサナムから去った。ゲオルギーネは生まれてからずっと卓越した才によって無敗だった。常勝は当然だったが、それが損なわれかけた。一度手放しそうになって初めて、勝利への強烈な執着を彼女は覚えた。腕と目が癒える前に、彼女はサナムを出た。
「それ以来修行の旅ですか。何年くらい続けてるんです」
「ええとね、二十年くらいか?」
当然のようにゲオルギーネはそう言った。