第十一話 離脱
「やりやがった、ドミニクめ……化け物数匹なんざお手の物か?」
「これまでは防御にしか使っていなかったけれど、やはり自分から相手を植物化することもできるようね。しかもあの大木、聖石と同じく周囲の瘴気を浄化しているわ」
スタンとジャニスが、大木を見上げながら言った。ドミニクの力は、伝説に聞くアウルス・アンバーメインのそれに匹敵するように思える。あり得ない仮定だが、あの怠惰な少年がやる気を発揮し、ミラベリア全土を手中に収めようとしたらどうなるか。
もしかすると、実現可能かもしれない。敵対者の成れの果てで全土が森林と化し、彼が君臨する、そういった未来もあり得たのだろうか。いいや、そんなことを成し遂げる野心的な人格ではないからこそ、神々は彼に魔剣を与えたのだろう。
その後、騎士たちは穢れ岩を砕き、此度のスタンピード未遂は解決となった。しかし、これからは巡回のペースを早め、より警戒を強めなければならない。なにより街道を大木が塞いでいるので、新たな迂回路を開拓しなければ。
当の厄介な少年は別れの言葉もなく、去った。彼に感化された集団も、いずれは元の暮らしに復帰することだろう。オーマもやがては、部下を引き戻すことに成功するはずだ。
あのドミニク・フリードマン――勇者を名乗る不遜な少年は、今後も自由に、自分の道を行くのだろう。そう思い、スタンは己の身を振り返る。単なる田舎商人の末子が、勢い任せに冒険者となってヘイゼルウィックへ流れ着き、やがて騎士となった。いずれウィンター家に婿入りすることが決まっている。ただのスタンリーが、スタンリー・ウィンター、一端の貴族として成り上がる。あんなムカつく小僧なんて目じゃないほどの立身伝だ。だがそのとき、あの少年に対し奇妙な共感と憧れを抱いていることにスタンは気づき、愕然とした。そんなことがあるはずがないのに。これも彼の魔剣の力なのだろうか?
頭の中から血迷った感情を打ち消し、帰還しようとしてスタンは、同行者の中に二人ほど欠員がいるのに気づいた。一人は黒犬組のオルテンシア。もとより去る予定だったのだから彼女は別にいい、そしてもう一人は――
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「よう、大したもんだなドミニク。やはりオレの見込んだ通りだ」
街道を行く彼の背中に、そう声をかけたのは冒険者フィリップだった。
「何か伝え忘れたことでもあるのですか。まさか、領主様の命に反し、このまま僕に残って欲しいなどと言うおつもりですか、フィリップ」
振り返らずにそう言うドミニクに対し、フィリップは首を振って、
「まさか、お前さんは縛ることはできねえって承知してるさ。オレはこの先も、お前さんの活躍を見たいって思ってな。どうだい、オレを旅の仲間に加えるってのは」
「だめです」ドミニクは即答する。
「そうかい、理由を聞かせてもらってもいいか?」
「あなたはオルテンシアと同じく、どこぞの組織に所属する調査員ですね? 隠密、と言った方がいいのかも知れない」
「何を言っているんだい、オレはただの風来坊、一介の冒険者さ……」
「一介の冒険者が、あれほど何度も僕に対し探知や追跡の魔術を試すでしょうか? 最初に出会ったときだけではありません。その後も何度か試していましたね? オルテンシアも色々とやっていましたが、あなたも同じくらいには。
すべての術の詳細を把握できたわけではありませんが、あれほど多種多様な魔術を、隠蔽も併用して使える者が、少なくとも只者ではないことくらいは分かります、もっとも僕にはすべて通用しなかったようですがね」
フィリップはその言葉に対し反論はしなかった。ドミニクも責めることはせず、前を見て歩きながら続ける。
「……とは言えそれは別に、あなたの同行を却下する主たる理由ではありませんが。僕は単独行動を旨とする身ですからね。なぜなら同行者を付けることは、不自由の第一歩です。どれほど信頼できる、愛すべき者と言えど、いずれは相手より自分を尊重するようになるものですから。ああ、追跡したいのならご自由にどうぞ、しかし僕に話しかけても答えが返ってくると期待はしないことです。言うまでもありませんが、こちらを攻撃しようとすれば――」
「分かっているさ、ならお前さんの意思を汲んで、しばらくは周囲をウロチョロするのはよそう。しかしだ、オレは――オレたちはお前さんから目を離さねえからな、ドミニク……最後にひとつ聞かせてくれ、聖女に会ってどうする? 世界を救うのか?」
「他者に養ってもらう際、もっとも気をつけなければいけない点は何だと思いますか?」
唐突に、そんなことを聞かれ、フィリップは沈黙する。ドミニクは背後の彼を一瞥し、さも当然のように回答する。
「相手の破滅です。ならば、その心配のない相手を選ぶまでのこと。東の大商人? ブライドワースの貴族? 上様や尊主様? それよりも安全で絶対的な覇者、それこそが聖女です。僕が養ってもらうのに、これほど適した相手がいるでしょうか。これは那由他の神々の思し召しです。この魔剣は、そのための布石・手段でしかない。聖女には勇者を、この僕を養う義務があるのです」
太陽が東から昇るのと同等の真理とばかりにドミニクが言うのに対し、呆れと納得が入り混じった笑みを返すと、フィリップはその場から姿を消した――ヘイゼルウィックへ戻ったのではなく、突如として、最初からいなかったかのように存在そのものが掻き消えた。ドミニクはただ、何事もなかったかのように、月がぼんやりと照らす、真夜中の回廊を歩いていく。聖女に寄生するという既に確定した未来を果たすために。
第一章 完