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SONG OF MIRABELIA/宿り木の勇者  作者: 澁谷晴
第一章 芽吹き
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第一話 魔剣の少年

 遥けき時に、猛き神は剣を取りて、


 邪なる神を打ち砕かんとす


 二柱の倒れし後に砕かれし刃、


 その数多の欠片芽吹きて、


 やがて遍く獣と人在りぬ


      ――ミラベリアの歌










 銀曙の時代シルバーモーン・エイジ二十八年、五の月




 二人の探索者が道を進んでいる。巨人の住まいのような、石造りの回廊だ。見上げれば天井は遥か頭上にあり、道幅は百人が横に並んだとしてもまだまだ余裕があるほどに広い。


「予想より瘴気が濃いな」長身を重厚な鎧で包んだ騎士がそう言った。グレートヘルムの内側から、低くくぐもった女の声で。


「やっぱ新たな穢れ石がどこぞに発生してんのかも知れませんね。でかくなる前に潰さねえと、街道に魔物が押し寄せちまう」


 もう一人の、革鎧と外套を身につけた、無精髭の男が答えた。首から下げている日輪を模した聖印は、太陽神ダグローラの信徒たる証だ。


 周囲の空気は重々しく、うっすらと霞がかっている。人族はこの瘴気の中では通常、苦痛と衰弱を余儀なくされるが、今はごく狭い結界が二人を包み、局所的に浄化している。女騎士の帯びている輝く長剣――騎士の証たる聖武具――のおかげだ。もしも身一つで、聖岩を擁する居住区から遠く離れたのなら、大抵はそのまま帰らぬ人となり、早晩魔物の餌食となるだろう。


「昨今は穢れ石が増すばかりだ。魔物も増え、強くなって来ている。例の予言も、あながち間違いではないかも知れんな、フィリップ?」


「ああ例の、聖女の再来、とやらですかい? ソラーリオ(法王領)の方は大騒ぎらしいですがね、オレはどうも眉唾だ、何かの比喩ってこともあるんじゃねえかと思いますが。マジに聖女さまがこの窮状を破ってくれるならありがてえが、予言ってのは柔軟なもんですからね」


 フィリップと呼ばれた聖職の男は冷めた言葉を返した。法王領の聖騎士などが聞けば激昂し、得物に手をかけてもおかしくはない台詞だ。お前は相変わらずだな、と連れの騎士が嘆息する。フィリップの信じるのは聖職者たちではなく、神々そのものと己の腕、そして頼れる仲間のみ、それゆえにどこの聖堂にも居つかず、流れの癒し手として冒険者稼業を続けているのだ。


 彼はこう言っているが、一月ばかり前に予言の能力を有すると自称する者たち――ソラーリオの法王からそこらの路地のインチキ臭い占い師まで――が同時に、聖女再来の神託を得たことについては、間違いなく何かの意味があるはずだ。このまま瘴気が濃くなれば各領邦は今にも増して分断される。世界の混乱に乗じて、何かが起こるのではないかと誰もが案じてはいるところだった。


「ん……? 姉御、魔物の気配だ。でかぶつが一匹、この先の角にいやがるぜ」


 フィリップは言いながら、集中し察知の魔術の精度をさらに高める。


一つ目巨人(サイクロプス)だな……動いてはいない……いや、何か妙だ……魔力の流れが……」


「居眠りでもしているというのか?」


「みたいな感じですね、奇襲をしかけましょうや。でかめの魔石が期待できるかも知れねえ」


 二人は戦闘準備を整える。騎士は聖剣を抜き、さらにフィリップはその刃に炎を付与した。その上で光と魔力の放出を隠蔽し、忍び足で角に近づいていく。


 やがて、合図とともに飛び出した二人は、しかし必殺の一撃を放つことなく、唖然として立ち尽くした。


 フィリップの見立てどおりそこには一つ目の巨体が鎮座していたが、居眠りしていたのではなかった。その肉体からは枝が生え、葉が青々と繁茂しており、さらに足からは根が伸びて地面と癒着しているようだった。


 そして、植物と化したサイクロプスの隣、壁にもたれかかって、一人の少年がいた。彼はじっと二人を見据えている。


 こいつは何だ? ――フィリップは疑問に思う、少年を魔術で察知できなかったことについては、隠蔽の術を使えばそう難しいことではない。居住地の外で活動する冒険者は少なからずそうしている。しかし、このサイクロプスの有様は何だ? これもこいつの魔術なのだろうか?


 少年はだいぶ幼く見えた。十代の半ば、あるいはそれより下といったところだろうか。暗めの茶色の頭髪と両目、無表情でじっと二人を見ている。


「貴様は何者だ? 冒険者か?」


 騎士がそう尋ねるが、少年は沈黙したままだ。彼は旅装とはいえない、私室で身に着けるようなシャツとズボンを纏い、荷物らしいものは小さな鞄だけ、いや――フィリップは彼が腰に下げている武器に気づいた――ごく小さい、玩具のような木剣だ。あれだけで瘴気と魔物に満ちた、巨大迷宮たる原野を抜けられるはずがない……


「なんだ、貴様、口が利けないのか? それとも答えられないのか」


 やや高圧的に騎士が言うと、少年はようやく口を開く。


「人様に尋ねる前に、自分が名を名乗るべきじゃないんでしょうか」


 騎士はむっとしたが、彼の言うとおりにした。


「ふん、私はメイデンコートのオーマ、ヘイゼルウィックの騎士だ。こちらは冒険者の――」


「フィリップだ、現在この付近の穢れ石の探索を行っているところさ……悪いようにはしねえよ、そう警戒しなくてもいい」


 これを聞いて少年がぽつりと口にする、「ドミニク・フリードマン」


 どうやら彼も名を名乗ったらしい、騎士オーマは少年の不躾な態度にため息を吐いて、


「騎士は嫌いか、ドミニク? それともヘイゼルウィックに嫌な思い出でも? いずれにしろここは危険だ、貴様がよければ我らとともに、居住地まで同行してはどうだ?」


 少年――ドミニクはちらりと、樹と成り果てたサイクロプスを見て、


「別に危険じゃあないですよ、あなた方にとってはそうかも知れませんが」


「何だと? いいか、我らにとってもこの程度の魔物の討伐は容易だ。だが油断して舐めてかかるのは相手がゴブリンだろうと禁物だと、見習い騎士も駆け出しの冒険者も、皆知っているはずだがな」


「僕は騎士でも冒険者でもないんで存じ上げませんでした。あと七時間くらいここで過ごすつもりだったのですが」


「何だと? こんな場所で何をして七時間も過ごす?」


「いやあ……いい壁なので、壁を眺めていたいんですよ、オーマ」


「オーマさん(・・)、だろう小僧、わけのわからんことをほざきおって」


 苛立つ彼女をまあまあ、と宥めてフィリップが語りかける。


「なあドミニク、確かにこの石壁はいい色合いをしてるってオレも思うぜ、だけど、ヘイゼルウィックにだっていい壁が山ほどあるんだ。ここはオレたちと一旦向こうへ――」


「僕らは自由だ。どこまでも自由になれる」


 じっとフィリップの目を見据えて、突如ドミニクはそう言った。


「僕は自由を行使し、壁を鑑賞する、その最中にいるのです。あなた方が何の権利をもってしてそれを妨げるというのか――」


「フィリップ、このクソガキを置いてとっとと立ち去るっていうのはどうだ?」業を煮やしてオーマが言う。「こいつが魔物の餌になってもそれも自由の末路ってやつだろう」


「なりませんがね、オーマさん」


 もはやドミニクは二人を見ず、石壁に視線をやっている。


「いや姉御、オレたちにゃ義務ってもんがあるさ。あんたも騎士に叙せられ、聖剣を授かるときに誓ったはずだろ? 『我、剣となりて悪しきものを打ち砕かん。我、盾となりて民を守らん、我はミラベリアの騎士なり』、ってさ」


「こういう話を聞かない奴が私は一番嫌いなんだ。沼に杭を打ち込むような徒労感を覚えるぞ」


「沼に杭を打つなど物狂いの所業ですからね」


「お前が言うんじゃない、壁睨み小僧が!」


 激昂したオーマは思わずドミニクの胸倉を掴もうとする。


 その瞬間、彼女の右手に驚くべき変化が起こった――手甲が芽吹いたのだ。鋼から枝が伸び、葉が開き、瞬く間に手首までが樹と化してしまったのだ。


 慌ててオーマが手を引っ込めると、それらは瞬時に枯れ、剥がれ落ちた。


「なっ……何だ今のは!? 小僧、何をした……」


「――しかしそれでも、沼に杭を打ちたいという人がいれば、それもまた自由だ。何百本だろうと……」


 問いには答えず、壁を見ながらドミニクはぶつぶつ(・・・・)とそう囁いている。


「あ、姉御、まさかこれは……」


「どうしたフィリップ、心当たりでもあるのか?」


 しばし押し黙ってから、意を決したようにフィリップは答える。


「聖女ミラベルの側近、アウルス・アンバーメインについて聞いたことは? 彼の持つ魔剣の話ですよ」


「アウルス? ミラベル様の……剣たる勇者か」まだ腕が樹になりかけたショックから回復していないオーマが言う。「いや……確かあのお方も……」


「そうです、彼が振るった〈宿り木〉という名の魔剣は、見た目はただの木剣だったが、彼と聖女の敵をすべて樹に変えちまったって話です。今でも帝都にゃあ、竜だの巨人だのが変えられたっていう大木がいくつもあります。聖女の再来って予言が出た直後にこの少年の力、こいつぁひょっとすると――勇者の再来」


 改めてフィリップはドミニクの木剣を見る。その柄からはわずかに、瑞々しい緑色の葉が芽吹いていた。

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