嫌われ者
ナースは白衣の天使と言われることもある。
けれど、ナースも人間。
暴言を吐かれたら腹立って立つし、時にはトゲのある言い方をすることだってある。
私はナースになって7年目、暴言を吐く患者さんにもなるべく優しくしようと心がけてるけれど、それでも腹が立ってしまうこともあった。
特に性格に問題のある患者さんっていうのがいた。
こだわりが強く、ちょっとしたことでナースに激昂する。
そんな患者さんもドクターの前では、たとえそれがなりたての若いドクターだとしても、いい患者になるのだ。
そういうのを見る度、私はイラっとしてしまっていた。
大腸癌の手術のために入院してきた58歳男性八坂さんもそういう面倒な患者だった。
前にした時よりも採血が痛かったと大声で怒鳴りつけ、食事の置く場所がいつもと違うというだけで何分も小言を言い続ける。
病気なのはかわいそうだとは思うが、あまりにひどい態度にナース達は皆困っていた。
そして、そういう患者は決まって、身寄りがなかった。
八坂さんもまた、両親はもう他界しており、一つ上のお兄さんとは疎遠で連絡もしてくれるなという状態、未婚で子供もいない、友人もいない生活保護者だった。
典型的な社会不適合者、嫌われ者であった。
その日も私は八坂さんの担当となった。
「おい、ふざけんな。こっちは眠いのになんで血圧なんか計らないといけない」
そう言う八坂さんをどうにか説得して、血圧を測っているとこんなことを言い出した。
「俺を面倒な患者だと思ってんだろ。けど、それは違う。」
内心面倒だよ、と言いつつ、笑顔で「まさか、そんなこと思うわけないですよ。八坂さんが早く元気になってもらえるよう頑張ってますよ」と。
ちょっと困ったような顔をしながら八坂さんは
「いや、いいんだ。俺は嫌われ者。それでいいんだから」と言った。
それから八坂さんは無事手術を終え、退院していった。
病棟の問題児が退院したはずなのに、病棟のナース達はギスギスし出した。
「そういや、うちの病棟、頻繁にいじめがあったのに、八坂さん入院してからなくなってたね」
そんなことを言う師長は、やっぱり今日も嫌われてる。
八坂さんという嫌われ者、共通の敵?がいたから、一時だけでもみんなの仲が良くなったのだろうか。
それとも、八坂さんは"嫌われるという状況"を他人から自分に取り込むことでもできたんだろうか。
なんて特殊能力あるわけないか。
白衣の天使達は今日もギスギスしている。