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目の前に広がるホールも広間も客室も、姫を招くのに失礼ではないランクでありながらどこか温かみのある、過ごしやすそうな部屋ばかりでした。

このお城は、きっと誰かの為だけに、たった一人の誰かが気に入ってくれる様にと、精一杯の想いを込めて作られたのだと、如実に感じられるお城でした。白と緑の多いお城でした。


少女達は足を止める事無く奥へ、奥へと進んでいきます。

思考を蕩かす甘い薔薇の香りは、奥へと進むにつれて何故だか、だんだん薄れていきました。

少女達は進むたびに、頭の中を甘い匂いに埋め尽くされていて一時失っていた、各々の考え方を、感覚を取り戻しました。誰もが個性無く思考なく、甘い匂いに導かれるままのお人形さんの様だったのが、バケモノと同類である魔族を恐れる令嬢、せめて友好的に見てみようとする令嬢、それぞれの意向がゆっくりと戻ってきました。

意識を取り戻すにつれ、さざめく様に少女達は言葉を交わします。


「素敵なお城ですわね。薔薇の香りが、とっても素敵……」

「ご覧になって。あの壁の宝剣は古に伝えられるミミヴェ魔法王国の物に違いありませんわ」

「あちらのファリファリア王朝風の見事な絵画に込められた魔力が―――」

「あら、あれは文献にある―――」


甘い香りの影響が薄れても、この状況への恐怖心は不自然なまでに消え失せておりました。

まるで唯の友人と由緒ある別荘地でも訪れたかのような談笑を、歪なまでの自然さで行っておりました。

少女達は、それがおかしいとはちっとも思っていませんでした。

足は勝手に奥へ奥へと進んでいきます。

その先には、きっと、誰かが少女らを待ち構えているのだと自然と理解しておりました。自分達は見定められ、誰ぞにあてがわれるのだと、感覚的に分かっていました。

知らない誰かに、勝手に、自分の人生の伴侶を決められる。

しかもその伴侶は人間ではない、恐らくバケモノ。

そんなの、未知の恐怖でしか無い筈なのに、少女達はちっとも恐怖を、嫌悪を抱けなくなっていたのです。

魔族否定派の令嬢は、そしてウィスタ姫は、バケモノを恐れている筈でした。

記憶を無理矢理書き換えられた訳でも無く、考え方や人格を作り変えられた訳でもありません。

嫌だという気持ちは歪められる事なく、各々の心にきちんと残ったままでいます。

なのに、進んだ道を逆行しようとする者は何故か、一人も居ませんでした。心は何故かとても安らかで、まるでそれがとても自然な事のように、令嬢たちのほっそりとした美しいおみ足は、どこかへ進もうとするのを止められませんでした。


少女達は粛々と館の奥へと進んでき、足はやがて天井の高い広々とした広間にある、豪奢な造りの玉座の御前でピタリと止まりました。

かつての魔王様の玉座だった場所。

勇者と魔王様が戦った場所に違いありません。


ゆったりとしたサイズの玉座には、見た事も無い様な造りものめいて美しい容貌の男性と、その男性に抱き込まれた体勢で座す女性が二人で仲良く腰掛けておりました。

勇者と親しかったウィスタ姫はすぐに気付きました。

あの女性こそ勇者だと。



ウィスタ姫は凛々しく猛き勇者様が大好きでした。姫の帰省に合わせて尋ねて、激闘の日々を面白おかしく話すのを聞くのが大好きでした。姫は男性に嫌悪感があったので、勇者の余り男性を感じさせない所もとても気に入っていました。

女好きとの噂も多くありましたが、姫の前に居る姿をこそ信じました。

清廉で、高潔で、でも愛嬌があって、とても母王の様な俗欲など感じさせない、生き様が美しく在る人だと、そう思っていたのです。

誰かとそういう関係になる、という事が全く想像できない清らかな魂の人であると、ウィスタ姫の目には映っておりました。


なのに先日母王から聞いた勇者の話はどうでしょう。

本当に、魔王とふうふになってしまったのでしょうか?

周りの爺やもメイドたちも、それは“平和”的で素晴らしい事だと、一人残らず口を揃えて言いますが、ヒトと魔族の融和ってそんなに良いものなのでしょうか? 本当にそれで平和になるのでしょうか? ううん、勇者様の言う事だから、きっとそうなのでしょう。だけれど、何だか余りに急な事のように感じられてしまうのです。融和、とは、こんなにも急いでするべきものなのでしょうか? もっと自然と、穏やかになっていくモノだと、姫は思っていたのです。

それに、急に融和だなんて、勇者様って、そんなお考えだったかしら?

あんなにも、魔王を殺すって――――


「お久しぶりです、ウィスタ姫。お元気そうで何よりです」


ぱちん、とシャボンが弾けたように覚醒した心地で姫は驚きました。


「ゆうしゃ、さま……ですの?」


確かにそれは、ウィスタ姫の大好きな勇者様の声でした。

口調も、言葉遣いも、綺麗な蒼の瞳も、艶々と漆黒色の髪も、ぜんぶ見知った勇者の特徴通り。

ウィスタ姫の住まう王城から魔王の城まで半月ほど。勇者が魔王に決戦を挑む直前にも、特別に学校を抜け出してお会いしました。それが確か、三ヶ月も無いくらいの、最近こと。

ああ、こんな御姿になって……。

ひとは、たったそれだけの時間で、こんなにも変わり果ててしまうモノなのでしょうか。

髪が、短く切り揃えられていた髪が、長く、腰まで伸びていました。艶やかになびくその様はどこか妖艶で、爽やかな少年の様だった姿はもう面影すらもありません。

以前は凛々しく男性用の衣装でいらっしゃったはず。ですが今は、身体の線も露わな……、女性が、身に纏うような可愛らしい漆黒のドレスに身を包まれているのです。

なんといっても目を奪われる、胸元のその、かつては無かった、豊満な……


「女性で、いらしたのね……?」

「もう、ここなら、隠す必要も無いかと思いまして」


諸王の前では、かつての姿に見せ掛けないと勇者だった女だと分かって貰えませんでしょうから。そう、事も無げに勇者だった女性は言いました。

大きな男の白い手が優しく長い髪を梳いているのに、その手は仇敵魔王の手だというのに、うっとり目を細めたまま為すがままに好きなようにさせております。魔王様の手は、勇者の髪を綺麗に整えているようで、どこか従者めいて見えました。それでいて、勇者の女性として美しく羽化した姿を、見せびらかしている様にも見えました。

勇者は以前は、男性のように振舞っておりました。ウィスタ姫を始めとした多くの者達が、勇者を男性だと思い込んでおりました。目の前の女性らしい姿が信じられませんが、この女性は確かにウィスタ姫の知る勇者なのです。それは勇者特有の魔力の波長からも感知できるし、本人もその様に言っております。

つまり勇者は魔王を倒すまで、女性である事を隠して、女の性を抑制していたのです。

ウィスタ姫は勇者が女性である事に不快感は抱きませんでした。むしろ、男性嫌いの自分が気に入った理由に納得がいった位です。

ですが、今、男装を解き、ここまで方針を変更している姿には不自然なものを感じます。

そもそもの切っ掛けとなった、魔族との“融和”策もまた、かつての勇者の意見と余りに方向性が違い過ぎており、そのあまりの違いにうすら恐ろしいものを感じるのです。

有象無象に目もくれずに、ひたすら腕の中の勇者を愛でているだけの魔王、その関与を疑わずにはいられません。

ですが、魔王の眼前、魔王に焦がれるような眼差しの勇者を前にして、どうして直接糾弾出来ましょうか。ウィスタ姫は女王陛下の娘というだけの、特別な力もなく血の滲むような研鑽も為していない、才能・能力的には唯の少女に過ぎないのです。


「勇者…さま。どうして、こんな……“融和”などと。一体何が目的ですの?」

「言葉に裏などありませんよ、ウィスタ姫。全て言葉通りです。仮に私が魔王様を殺して、魔王様の統率を失って暴れ出した魔王軍を根絶やしに出来たとしても。

魔物は相変わらず無限に湧いてきますよね?

ならば魔王軍を壊滅させるより利用をしましょう。

魔王軍がヒトを守りたくなる様に仕向けましょうというだけの事です。

愛しい妻の住まう地ならば、魔族の方々は強大な魔の力で強固に護って下さります。

魔族の長めの寿命が尽きても、その頃には私達の“融和”が進んでいるでしょうから大丈夫。貴女達は、子々孫々ずっとずうっと、旦那さまに愛され、護られて生きていけるのですよ」


勇者様は蕩ける様な笑顔で言います。

愛おしげに勇者を見つめる魔王の腕に抱かれながら。

女としてこの上なく幸せそうで、初めてみるような美しい笑みでした。

婀娜やかな花が綻んでいくような、母王とはまた違った色香を感じさせる微笑み。

姫の背筋がゾクリと震えました。

薄めさせられたはずの恐怖が、抑制を越えて湧いてきたのでしょうか。

姫にはわかりません。

ウィスタ姫の知る勇者は、たくさんの仲間達に囲まれていてもどこか一人を感じさせる人でした。誰にも支えさせずに、たった一人でどんな苦難の中も悲壮に凛と立っている。

その在り方は、素直になれずに弱音を吐けない、立派な姫であろうとするウィスタ姫の理想として写っていました。

こんなに、何もかもを預けきった姿を余人に晒すだなんて……。

しかもその相手が魔王だなんて。

魔王は敵ではなかったのですか。

一体何があったら、そこまで在り方が変わり果ててしまえるのですか。

勇者様、とても幸せそうでいらっしゃいますが、わたくしにはその姿が恐ろしい……。



突然にヒステリックな叫び声が響き渡りました。


「魔王『様』ですって!? 貴方、勇者の癖に、人類を裏切ったというの!」


叫んだのはウィスタ姫のご学友の中でも、特に強固な魔族拒否派の一人でした。


「嫌らしい売女! 魔王に媚び売ってコイツに世界を――――っぅぐ!?」


恐怖に引き攣った少女の口元に突如、黄緑色のぬとぬととしたモノが纏わりつきました。必死に吐き出そうとするその少女の抵抗も虚しく、じゅるじゅると口は塞がれたまま。べちゃりと背中に滴り落ちてはり付く粘性のモノ。余りにおぞましい感触に、声ならぬ絶叫をあげながら必死に身をよじって背に張り付くモノを振り払おうとしても、べっとり身体を這うばかり。


「っ! いぁ ッ!! !!? ―――???!」

「魔王様の前なのに、その愛妻殿に対してこんな口叩ける度胸、気に入ったわ。良い子ちゃんは嫌いなんでね」


細く伸びた粘度の高いモノが少女の衣服の内側に入り込もうとしたその瞬間。

少女は魔力を込めた小さな風の刃を発生させて、黄緑色のねとねとした何かを切り裂こうと試みました。風の刃はぶつりと容易く幾本もの触手を断ちました。

少女の顔に刹那の安堵。

しかしすぐに恐怖に引き攣ります。

斬られても、斬られても、ねちゅりとくっつき直ぐに治ってしまうのです。


「あー無駄な抵抗ホント可愛い。そうそう、たぁっぷり逆らいながら、堕ちような?」


若い男性の声が、熱を帯びて甘く囁きます。

じゅるん、と細く伸びた黄緑色のモノが身体中にびっしりと絡み付いて、そして。


「――ッ!! ―――ッ!!!!」


少女の目が極限まで見開かれ、雷に打たれたかのように大きく震えました。

この少女が後に、“洗浄”と熱を込めて呼ぶ様になった行為が、始まりました。そのしなやかな肢体は、黄緑色のねっとりとした液体にべっとりと隅々まで汚され、すっぽりと覆われてしまいました。じゅるじゅる、ねちゃびちゃ、等といった、粘度の高い液体の音が広間に嫌に響き渡ります。

初めは透き通っていて少女の表情の変化も、たくさんの少女達にも勇者と魔王の夫婦にも丸見えだでした。

少女は初めは、嫌がっておりました。

本当の本当に怯え、逃げられない粘度の高い液体の檻の中、必死にもがいて逃れようとしている姿が、丸見えでした。同じ色で、こちらからは見分けがつかぬモノに、衣服の内側の、身体中を這い回られている様でした。衣服の不自然な膨らみが擦れている様、腿が何かに絡み付かれている様子の凹み具合が、よく見て取れました。長い時間身体中を何かに這い回られている内に、段々と抵抗が弱くなっていき、瞳がぽうっとなっていき、その頬がうっすらと火照っていく様子が、黄緑色の檻の中越しでも良く良く観察できました。

粘度の高いその檻の中で、呼吸を必要としない身体への“改良”が完了してしまっている様子でした。もう、ちっとも、苦しそうにも、嫌がっている様にも、見えなくなっておりました。

そうして、一つ激しく、少女の肢体が痙攣しました。

また一つ。それから、またもう一回。

少女の口は大きく開かれ、何かを叫ぶ声がフルフルと粘体を揺らします。

ですが、もうそれは、微塵の悲痛も感じられない、どろりとした笑みの零れる、悲鳴でした。

少女の肢体が痙攣をする度に、その身を覆う粘性のモノの色合いがどんどん濃くなっていき、まるで少女の姿を他人に見せまいと独占するかのように、内部が透けて見えなくなっていきました。

もう、その中で何が起こっているのか、当事者二人以外は分からなくなってしまいました。



魔王様が硬直のとけぬウィスタ姫と、残りの少女達に穏やかに仰ります。


「殖えるを許されぬ流刑地故に、魔界に女人は居なかったからな。魔族は割と惚れっぽい」


そして少女達は気付くのです。

魔王様の玉座の間、その周辺に居る、大量の、魔族の方達の気配に。



かつて勇者であった女の紅を引いた薔薇色の唇が、蠱惑的に笑みを刷いて少女の耳にとろとろとした言葉を甘く注ぎ込むように、正しい事を教えてあげます。


「初めはちょっとだけ、嫌だと思ってしまうかも知れませんね。

私も初めはそうでした。

でも大丈夫。

必ず、すぐに、幸せになれますから。

こんなにたっぷり愛でられて、相愛にならずにいられる者など居りましょうが。

ほら、ご覧なさい―――」


長い睫毛の妖艶に伏せられた視線の先。

つぷっ、と黄緑色の粘性のモノから、真っ白な女の腕が伸び出てきました。

ぬめぬめとした黄緑色の体液が透き通った白い肌にベとりと張り付いている様は、色の対比も相まって、とてもとても、目に焼き付いて見えました。

伸びた腕は、震える女の指先は、力のくったりと抜けた様子でゆっくりと、しかし、明確な意思を以って、動きます。

少女達の目の前で、腕は、焦れる様な速度で動いていき――――

そうして、きゅうっと、己の心身をおかす、バケモノの身を抱き締めたのです。

明確な、愛情のこもった抱擁の様に、見えました。

大切な、愛おしいモノを抱き締める様な手つきに、見えました。

ねちゅ、ぬちゅ、と音を立てながら愛おしげに、己をおかしたモノの体を、撫でて、いました。


少女達の驚愕の眼差しに勇者は嫣然と微笑みました。


「魔族の方々に愛でられる事こそ、貴女方の真の幸せだと理解も直ぐに身に染みるでしょう」


足音が、ゆっくりゆっくり、少女達へと近づいていきます。

それは、人間や二足歩行の生き物の立てる足音ばかりではありません。

羽音のようなモノも聞こえます。何かが地面を擦るような音も聞こえます。

四方はすっかり魔族の方々に取り囲まれており、逃げ場は万に一つもありません。

嫌だと思ったなら直ぐに去っても良いとの事ですが、逃げ道も無く、逃げる手段も無く、嫌だと思っていられるのはほんの一瞬だけ。

少女達がきちんと分かっていた様に、彼女たちはもう、魔族の方々と“相愛”になって、“融和”するしか選択肢はありませんでした。とってもとっても、悦ばしい事に。


「改めましてようこそ。私と良人の営む『相愛館』へ。

貴女方が『相愛』になれる事は保証しましょう。

お代は両家の“融和”で結構。

さあ、貴女も幸せになりましょう?」


勇者の視線は真っ直ぐに、ウィスタ姫へと注がれておりました。


「姫には大変お世話になりましたから、特別丁寧に、念入りにとお願いしているです。

何せ貴女は未来の女王陛下ですからね。早く旦那さまと“相愛”になって、世界の“融和”を―――いえ失礼、世界の“平和”を導く女王として、君臨なさってくださいね?」






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