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勇者の祖国の王国に、ウィスタという名の姫が居ました。
早くに夫を亡くした女王陛下の一粒種で、下々の者から上層部のお歴々まで、国中の大人から大層可愛がられておりました。
爛々とした緑の瞳に、輝く金の髪をくるくると綺麗に巻いた、幼き頃の母王そっくりの愛らしい容貌。王侯貴族の通う女学校にて、勝気で華やかで、取り巻きの多い、社交家気質。学業にも熱心に励み、成績は常に上位。きっと将来良き女王になるだろうと、未来を嘱望されている少女でした。
国中の誰もが、彼女を見知った人のの全てが、いつかは現女王陛下のように美しく聡明に育ち、有能で相応の身分の殿方を伴侶として、夫と共に王国を統治するのだろうと、疑いも無く思っておりました。
しかしこのウィスタ姫、いつの間にやら、男嫌いに育ってしまっていたのです。
若い娘らしく潔癖をこじらせてしまったのか、母王の女を感じさせる外交術に嫌気が差してしまったのか。わたくしは結婚など致しません、伝説に聞く処女女王を目指しますわ、と公言して憚りません。当然女王陛下はいくつもの対策を打ちました。彼女の好みそうでいて安全な男性を娘の近辺にそれとなく配置してみたり、身分の確かな護衛やお付きの兄弟をそうっと近づけさせてみたり、あるいはパーティで談笑させてみたり。ですが、ウィスタ姫は心得た様に、母に恥をかかさない程度に姫らしく常識的な拒否をやんわりするばかり。むしろ拒否は年を経るごとに強固となっていき、今ではすっかり、婚姻で権勢を継ぐ王家の娘に有るまじき思想の持ち主となってしまっていたのです。
ウィスタ姫は結婚なんてするつもりは無いと断言していました。
殿方に身を任せるなんて嫌だと嫌がっておりました。
愛せるとは思えない性だと、母に宣言しておりました。
―――魔王の城に、否、相愛館に、行かされるまでは。
丁度その時、ウィスタ姫の通う女学校は長期休暇に入っておりました。
ウィスタ姫の未来にとってとっても“幸せな”事に、世界の“平和”にとってとっても効率が良かった事に、姫は当時、故郷に戻っていたのです。
それは姫の部屋に遊びに来ていた、それなりに高貴な生まれのご学友との歓談を楽しんでいたある昼下がりの事。麗しの女王陛下は苦虫をかみつぶしたような表情で、供も少なに、姫の部屋を訪れました。先触れの一つも無いのは初めての事です。
当然ながらウィスタ姫とそのご学友たちは驚き、それでも歓待を示し、恐縮にやや慌てながら高く薫る紅いお茶を淹れました。
「それでお母様。突然どうなされたの?」
「ウィスタも、お友達も、突然ごめんなさいね。だけれど丁度良かったわ。貴女達にお願いがあるの」
母王はとても困惑している様子でした。
遠慮がちに、ご学友たちがわたくし達にもですか、と不思議がっています。勿論、ウィスタ姫も同感です。
きびきびとした口調は、大臣たちに命じる時の母王そのもの。きっとこれは、何かの仕事に違いないと感じられる様子なのです。
ですが、女王陛下からの、私的ではなさそうなお願いとは何でしょう?
ウィスタ姫もそのご学友たちも、家を背負う自負はあれど、それはまだまだ先の事のつもりでいたのです。何といっても彼女たちはまだ、ただの高貴な生まれなだけの学生で、勤めた事の無い無垢な少女に過ぎないのですから。誇りたっぷり高くあれど、両親や上の兄弟の庇護なく、単独で何かを為した事なんて無かったのです。
「急な話で申し訳ないのだけれど、行って貰いたい所があるの。ほんの一日、いいえ、半日だけで構わないわ。ううん、ちょっとでも嫌だと思ったら直ぐに帰って下さっても大丈夫。むしろ、ちらりと顔を出すだけで良いの。それだけで我が王国の義理は果たされるのだから」
「何を仰ってるのお母様。ちっとも要領を得ませんですわ!」
女王陛下の美しい顔は紙のように真っ白になっておりました。
「……勇者が、魔王を倒して帰ってきたのです」
「まあ! 勇者様が! 素晴らしいですわ」
「ウィスタ……、貴女、本当に…。いいえ、後にしましょう。魔王を倒して帰還を果たした勇者が我々諸国の王に言ったのです。人と魔族は“平和”の為に、互いに融和の道を進むべきだと……」
「さすが勇者様。敗者にも慈悲の心をお持ちなのですね」
「貴女、意味が分かって?! あの者は、勇者は、救世の英雄。世界の誰も、かの者の言葉に心酔するでしょう。現に、議会場の街の民はもう既に称賛の嵐。勇者の“平和”的な提案は瞬く間に世界を駆け巡りましょう。でもねウィスタ、あの者は、我が国の英雄なのですよ」
「どういう事ですの……?」
「勇者は、傍らに魔王を従えていました。ふうふ、なんですって。男の癖に。
あの魔王が、まるで従者のようでした……。勇者を、心底心酔している様に見えました。
魔王は勇者への敗北を認め、その僕になると、我々の前で宣言しました。
そして勇者の慈悲にて世界の“平和的”な融和の為に、婚礼の約を魂に刻んだと告げたのです。
姻族である限り魔王の従えた軍勢は、湧き続ける魔物どもを狩るだろうと約束しました。共に融和し、魔族の甚大な力で以って勇者の寿命以降の世の安寧も保証しておりました。魔族とその地の支配者が姻族である限りはこの地を守ろう、と。
ウィスタ、ああ、ウィスタ。勇者がまずその身をもって示したのですよ。
人と魔族の融和の道を。
後の世の“平和”の為に!
わたくしの国に生まれた勇者が!
“平和”、融和、ああ、素晴らしきお題目です。
きっとわたくしも称賛したことでしょう。
勇者の次に、その祖国が見本になれと言われなければ!」
「おかあ、さま……。え? ねえ、まさか――――」
「…………魔王軍の幹部たちは、魔王の祖先の血も濃いと聞きます。魔王の祖先とはすなわち神に弓引きし堕天使なる種族。堕ちたとは言え、かつては神の寵愛を受けた美々しき存在の血を引くもの。それが魔族と呼ばれる種族です。幸いにして言うべきか、魔王の見た目は大層、宜しくはありました。だから、恐らくは、魔王軍幹部たちも」
ぺたんと、ご学友の一人の腰が抜けてしまいました。彼女の従者が慌てて支えます。
女王陛下の御前で無礼、しかしそれを咎める者は一人も居ません。きっと誰も彼女を責める事は無いでしょう。少女たちは身を寄せ合って震えています。
貴族の娘は有意義な姻族を得る為の駒。生家の繁栄の為に結婚するのが、高貴な生まれの娘の務め。皆きちんと徹底的に教え込まれて心得ています。
女王陛下の言わんとする事も、直ぐに察せられました。
ウィスタ姫は、少女たちは、生家、ひいては祖国の繁栄の為に、我が身が何処へと捧げられるのかを知りました。
女王陛下はああ仰られましたが、この状況で、どうして拒否が出来ましょうか。
魔王軍。
魔王を筆頭に、上の者ほど美々しいモノが多いとは聞いておりました。
でもそれ以上に、おぞましい姿のバケモノの方が多いと、聞いて、いたのです。
ウィスタ姫は流石に魔王に次ぐ力ある者、きっと魔王の次に麗しきモノがあてがわれるでしょう。しかし、ただのご学友に過ぎぬ少女たちの未来の夫たるモノは……。
ぬめぬめとした緑の体液の滴る液体状の化け物。
発光するような黄色の、長いミミズの様なモノを指先に大量に持つ、熊の様なバケモノ。
どす黒い紫色の、壮麗たるルマット城をひと巻きに出来る程に巨大化をする毒蛇。
あと一人は美少年と聞きますが、それ以外の魔王軍四天王とされる化け物の噂は、どれもこれもおぞましき化け物ばかり。
ご学友が良人とせねばならない魔王軍のモノがどれなのかは想像も付きませんが、きっとそう偉いモノではないだろうと、全員分かっております。幹部はきっと王族との婚姻を望まれるでしょうから。しかし四天王より下の身分のモノなど、さらに醜い化け物に決まっています。
そんな、モノに、この身を捧げて“融和”しないといけないのです。
嫌だと我が儘を言える状況ではないと、可哀相にも聡明な少女たちは分かっておりました。
“融和”――――
人と、バケモノとの、“融和”。
その言葉の果てが意味する事など唯一つ。
ああ、いつか、この身体から、出てくるのです。
大切に育まねば、ならなくなってしまったのです。
我が胎から産むバケモノの仔を。
少女達もう、バケモノと“融和”する事しか出来なくなった、“融和”しか許されなくなった、自分のモノではなくなった無垢なる身体をきゅうと抱き締め、ただ震える事しか出来ませんでした。
きっと結婚相手だなんて高貴で裕福なだけの、特に魅力の無い殿方に決まっていると、少女たちはきちんと理解しておりました。
それでも、彼女たちには結婚に対する夢の様なものが、ありました。
白馬の王子様が、なんて、焦がれるのも馬鹿馬鹿しいけど一時の逃避の楽しみ。きっと現実はがっかりするようなお相手ばかりと知っています。ですが、年齢も近くて、見た目も性格もよろしくて、家よりもっと高貴な御家で、でも、見下される事なく大切に愛されるなんて、何にも知らない今位はそういう夢を抱いたって良いでしょうと、皆で理想を語り合っておりました。
……なのに、結婚相手が人間ですら無いだなんて。
少女たちは力無くはらはらと涙をこぼしました。
お願い、のカタチは取ってはあるものの、告げられたのはこの国の最高権力者なのです。
緊急事態、しかも救世の勇者のお言葉。
しかも世界中の民の賛成の下で。
世界の“平和”の為に、なのです。
お家の権力なんて、それらの前では無力でしょう。
女王陛下もその美貌をやつれさせておりました。たった一人の跡取り娘を差し出さねばならない空気を作られ、他国に比べて脆弱な国力の為にそれを断る事すら出来ない。女神に連なる尊き王家の血に、しかもその直系に、神に弓引いた穢れし魔族の血を混じらせなければならない。しかも、恐らく、その混血のモノが、次の次の国王陛下。ウィスタ姫が他に真面な殿方との間にきちんとした後継を為せることが出来ればそれは防げるかもしれません。ですが、“平和”の叫ぶ“融和”の強制は、女王陛下の孫の時代にまで及ぶかもしれないのです。
それでも凛と背筋を背筋を伸ばし、公平に、我が子可愛さに逃げる事の無い姿は、未だ幼いご学友たちの目にも誇り高く映りました。
ご学友たちだって、明るく朗らかなウィスタ姫の事が大好きなのです。全員が、姫一人だけ犠牲にはしないと、悲壮に頷き合いました。ポロポロと真珠の様な涙をこぼす姫ともひしと抱き合います。
「いいこと? くれぐれも、すぐさま帰る事。お見合いだけで義理は十分果たしたと言えるのですから。いえ、わたくしが、言えるようにして見せますから」
女王陛下とウィスタ姫、そのご学友とご両親は、長い長いお別れの挨拶をしました。そうして身を引き裂かれるようにして少女たちは、護衛の騎士たちに十重二十重に守られながら、満面の笑みの“融和”を歓迎する民衆の声を背に、豪奢な馬車に揺られて魔王城へと旅立ちました。
悲壮なる旅路。
しかしその道中は、驚くほど快適で安全でした。
魔王軍の魔族がそれとなく護衛をしてくれていた事により、魔物たちの脅威が一切なかったのです。時に安全で豊富な食料が差し入れられてる事すらありました。
そのきめ細やかな魔族たちの心遣いは、少女たちの恐怖を少しだけですが、和らげる事に成功しておりました。遠目にも、見た目を裏切る愛嬌の様なものが感じられるように、段々と少女たちはなっていったのです。護衛の騎士たちは置物の様に、捨てられる希少な消耗品の様に少女達に対するのに比べて、遠くからそうっと少女達を思いやる魔族たちの姿は、彼らを良人とするしかない状況も相まって、一人二人と前向きに、考えるしかないだろうと思わせるものがありました。嫌悪していたって道は一つしかないのだから、自らあの化け物を好めるように思考を切り替えた方がマシなのではと、言い出す少女も出てきだしておりました。勿論、ヒトとして当然の拒否感を示す少女達の方が優勢ではありましたが。ウィスタ姫はご学友たちの中心に在る事をご自覚の上で、懸命にもどちらの意見にも一定の賛同を示しただけでした。
一同は、バケモノに身を任す事になる恐怖や不安を誤魔化しながら、見た目上は、お友達とだけの秘密のピクニックのような日々を楽しむ様になっていきました。
麗らかな春の空、青々とした緑の広く連なる草原、可愛らしいお花がちらほら咲く小道。
無いものの様に扱う騎士に、遠目に優しく見守る化け物。嫌に明るくはしゃぎまわる少女達。
そんな少女たちは半月ほどの旅もやがて、終わりが差し掛かります。
ついに一行は魔王の城に辿り着いてしまったのです。
そこは勇者とその一行が、魔王軍幹部と死闘を繰り広げた筈の場所でした。
魔王城―――城門に刻まれた文字によると今は、その名称を、『異種間和合 相愛館』と称するらしいですが、その名称も、少女達に本能的な嫌悪と恐怖をもたらします。
和合。相愛。
その行為の何が和合なものか。
相愛になんてなるものか。
少女達の心がどうなっていくかを勝手に決めつけて、和合だ相愛だと、結論を出しているみたいで気持ちが悪い――――彼女たちはその時は、そう感じておりました。
しかし高い城壁をくぐり、馬車の窓越しに見る王城に思わず拍子抜けをしてしまいます。
少女たちはもっと、おどろおどろしくて禍々しい外観の城だと決めつけておりました。
しかしどうでしょう。魔王の城は白く美々しく壮麗で、そんなに大きくは無いけれど、人間の国のどこよりも美しく、綺麗な薔薇の絡む装飾の為された、どこか可愛らしい、女性が好むような外観のお城だったのです。整えられた緑の美しい庭園。香しく咲き誇る真紅の薔薇が咲き乱れています。少女たちは、お城の様子に誰かへのまごころを確かに感じ取りました。
しかし如何に美しき城とは言えども、少女達の為すべき事、先程の気持ちの悪い名称を考えると、美々しさに釣られて我先にと降りる筈も無く、しばらくは皆で顔を見合わせるばかり。
護衛の騎士が、ややぞんざいに馬車から降りる様にせっつきますが、誰も降りようとはしません。視線はやがて自然と、ウィスタ姫に集中する様になっていきました。
(わたくしだって、嫌ですわ……)
正直、バケモノに友好的な気持ちになっていった学友の娘の気持ちなんて羽根の軽さほども分からないし、誰かにこの身体を触れられる事なんでおぞましくて嫌で嫌で仕方がありません。
姫は毎日思っておりました。
どうしてわたくしが。
こんなの嫌です。
わたくしは、誰のモノにもなりたくなんて、ありません。
だって、わたくし、あんな風に、なりたくないもの。
お母様は、あんなにいつも、色んな殿方と……、あんなの、一体何がいいのかしら。
きもちわるい。
ああ、帰りたい。
でもきっと、お母様は、わたくしの気持ちなんて分かってくれないのです。
きっと、お母様ならこれも体験と、愉しんでしまうのですわ……。
でもわたくしには無理です……。
あの化け物たち。お母様をモノにしたいと、どっさり貢ぐ殿方たちにそっくり。
優しい紳士の皮を被って、わたくし達をそういう目で見ているに決まってますわ。
こわい。
わたくし達、どうなってしまうのでしょう。
どうして、他にどうしようもないのでしょう。
いきたくない……。
でも、みなさん、わたくしの事ばっかり見て……。
ウィスタ姫はそういう期待のような重圧の様なものを黙殺して、誰かに押し付ける事の出来ない性格の持ち主でした。内側で本当に思っている弱音を、誰かに曝け出せる性格ではありませんでした。か弱く怖い、恐ろしいと正直に言えれば、ご学友の中には彼女の代わりになるつもりのある少女もいました。ですが、ウィスタ姫は気が強く、何事にも率先して先に進む性格なのだと、ご学友たちに殊更に強く示しておりました。
ご学友達はまさか姫が怯えているだなんて思っても居ませんでした。
きっといつも通り凛とした姿で、美しく背筋を伸ばして、少女達の先頭に立つものとばかり思っておりました。だって彼女は姫なのだから。女神の血を引く、未来の女王陛下なのだから。
ウィスタ姫は視線に押される様に馬車の扉の前に立つと、そうっと薄くドアを開きました。
ふわん、と、何か、甘い香りが鼻腔に染み込んできました。
それは恐怖を蕩かす様な、甘い甘い薔薇の香りでした。
ある紅い薔薇の香りの匂いだと分かるのに、その薔薇にたっぷりと蜂蜜でも注ぎ込んでいるかの様な、本物とは違う、誘う様なあまやかさ。
瞬間よぎる警戒心は、呼吸のたびに、ふわふわと霧散させられてしまいます。
緊張に強張っていた手からするりと力が抜け、香りをもっと滑り込ませる為が如く、扉の隙間は広がっていくのです。姫の開いてしまった扉からするすると入り込んだ甘い薔薇の香りに、少女達の馬車から降りる事への恐怖心はすっかり失せてしまいました。
思考がとろんとなってしまった少女達はちっとも気付きませんでしたが、その香りの効果はある方向性を持っていました。まず、男性のみで構成される護衛の騎士たちは、薔薇の香りその物を感知する事すら出来ていません。少女達の従者の中でも男性や、年嵩の女性、心に決めた相手のいる女性などには、少女達にもたらされた様な効果は一切なく、逆に不思議とすぐさまここから立ち去りたいという衝動を植え付けられている様子なのです。
香りに気付かずもたらされた効果により、護衛にも拘らず騎士たちが、焦れた様に少女達の退出を促します。
もう、少女達は、顔を見合わせる事はありませんでした。
言われるがままに、雲の上を歩くような覚束ない足取りで、薄らと微笑みさえ浮かべながら、少女達は手を取り合って豪奢な馬車を降りていきます。
護衛の騎士たちはウィスタ姫とご学友の少女達が恐る恐ると馬車を降りた途端に、土煙を上げて元来た道を戻っていってしまいました。
付き人の半数も知らん顔で馬車に飛び戻っており、残った年若い女性の、長い目で見て“平和”に貢献した忠義者の従者とだけが残っておりました。少女たちの荷物も放り捨ててあったり、そのまま持ち去られてたり、忠義者の手にちゃんとあったりと色々でしたが、誰も気にした様子はありません。
女王陛下の提案の様に、少女達が嫌だと感じた瞬間すぐさまこの城から帰る、という手段を奪われた形になってしまいましたが、残った者達がそれに頓着する様子はありません。そんな発想すら奪われてしまっているのかも知れませんでした。
少女達はふらふらとした足取りで、魔王の城、いいえ、『異種間和合 相愛館』の、いつの間にか開かれていた、大きな飴色の扉の奥へと進んでいきました。
少女達が一人残らず相愛館に入った途端に、木の軋むような大きな音を館中に響かせながら、扉が固く重く閉ざされた事に、気付けた少女は一人も居ませんでした。
少女達は知らないままに、館に入ってしまいました。
その扉は、あてがわれた夫と“相愛”になった者だけが開くことの出来る扉なのだと。
“相愛”にならねば、ぴたりと閉ざされたままの扉だと。
かつてバケモノと忌み嫌い恐れた魔族たる旦那さまを、身も心も心底愛せる様になれて初めて、幸せな新妻に“改良”されて初めて、館の外へと出られる様になれるのです。
少女達は何も知らないまま、館の奥へと進んでいきます。
引き返す道は、もう有りません。
それさえ知らないままに、少女達は幸せな“融和”への道を進みました。