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この世界にはかつて、女神の神託を受けし勇者がおりました。


勇者はたくさんの有能な、そして美しい女の仲間達と、次々に魔王軍の幹部さま達を倒し、そして遂に、魔王様さえも倒してしまいました。

女神よりもたらされた聖剣が逞しき魔王様の御身に振りかざされる刹那、聡明なる魔王様は、とどめの剣を振り降ろそうとする勇者に言いました。




「吾輩の負けを認めよう」

「そうか。では死ね」

「待て! 吾輩の死を以って我が配下たちは秩序を失い荒れ狂うぞ。その矛先が貴公の様な強者だとは思うな」

「ならばそれらも全て根絶やしにすれば良いだけだ」

「それも良かろう。我が輩を破った貴公にはその力と権利がある」

「時間稼ぎに付き合う気は無い」

「和平を! 結ばないか?」

「和平? 戯言を……」

「まさか。本気だぞ。吾輩は有能なる貴公の先を案じて提案しておる。見よ」




魔王様は毒蛇の絡む意匠の杖を虚空に振るって、魔力による映像を作られました。

そこには高い壁から見下ろす視点で、各国の王たちが会議をする様が映し出されています。

見覚えのある顔、恩ある人達の動いてる様、議論をする姿に、勇者は動揺を隠せません。


「最早、我が魔王軍に貴公らに勝てる術は無い。しかし、戦力は失せど、情報を得る術はある」


諸王らは気の早い事に、勇者が魔王様を倒した後の世について話し合っていました。




『勇者は強くなり過ぎである』

『民の心酔も危険な域に達している』

『……娘が、あんなにも男を嫌っていたわたくしの可愛いウィスタが、あの者との婚姻を望み、おぞましい事に大臣たちもそれを望んでいる……女神の血を引く我が王家に、勇者とは言え、あんな辺境生まれの血が混じるだなんて……』

『ああ、何と合法的な手段か。我が娘も臣下もそうだ。魔王の次は我らが椅子か……』


『どこもかしこも、魔王軍によって国の体を為せぬ程に荒廃しているのである』

『ただの魔物は我が騎士団でも容易く倒せる。それはどこの国でもそうだろう』

『しかし、いつまで湧いてくるのだろうか』

『あれは魔王軍とは無関係に湧いてくるモノだと聞きますわ……』

『果てが無い……。そして国は何処も廃墟ばかり』

『民は希望を求めている。倒せるが果ての無い魔物退治、魔王軍にやられた街の復興、その旗印となるモノを上に戴きたいと望んでいるのである』

『我ら神々の血を引く王家らの、古き正しき統治を蔑ろにして……』

『どこもかしこも、勇者の統治を望んでいる――――!』




『確かに勇者は良くやっているのである。魔王軍は既に壊滅、魔王もきっと倒すだろう。あの強さは近くで見ていてゾッとするモノがある』

『我々にとっては強すぎる。危険すぎる。なのに民も姫も王子でさえもあの男に心酔している』

『我が息子は勇者と親友だ等と言っている。その上、勇者のお古を貰いおって……』

『次の世代はきっと、勇者の思いのままでしょう』

『勇者の仲間はどいつもこいつも有能な美少女ばかり。孕んで引退した者も居ると聞く』

『どこの国にも姫はいる。そして勇者には強大な強さと民の信任はあれど、誠実さは無い』

『なのにどの娘もどの娘も、望まれればその身を差し出さんばかりだ』

『古き尊き神々に連なる我らが血脈が、あの女好きに侵される前に――――』

『民や臣下に望まれるがまま、我らから王座を得てしまう前に――――』


『―――どこかに遠くに、行ってくれないだろうか』






流石の勇者も、剣先が止まりました。


勇者は確かに女好きでしたが、それでも身体中を醜くボロボロにして、魂を引き絞る様にして、魔王軍との死闘を繰り広げてきたのです。魔王の手から世界を救えと、重い重い期待を背負って、若く未熟ながらも必死に戦ってきたのです。

勇者だから強い、ではなく、勇者にされたから強くなるしかなかった。

誰もが勇者という役割を押し付けて来て、嫌だと思った。その器じゃないと何度も言った。なのに神託は絶対だと、勇者だと決めつけられてしまった。勇者は、弱いままじゃ許されなかった。敗北は許されなかった。

だから、命を懸けて、何とかしてきた。

何とか強くなった。何とか、強大な敵にも勝ってきた。

ただそれだったのに。

神託を押し付けられて以降、ずっと戦いと修行だけの生活だったから、癒しを女性に求めた回数は確かに人より多過ぎだったが、これ位は許されても良いだろうと思っていたし、離脱した仲間だって、みんな重症で戦えない所為だって言っていた。事実だと思う。勇者は男を自称したが、女を孕ませる器官など持っている性ではないので。手を出していない仲間なんて居ないけど。

信じて歩いて来た道が、たった今も踏みしめている筈の、真っ直ぐに続いている筈の道が、足元からガラガラと崩れ落ちていく感覚がした。真っ暗な奈落の底へと、引きずり込まれていく感覚がした。


驚愕に青ざめる勇者を、どこか熱を帯びた瞳で魔王様がうっそりと見上げて言います。聖なる剣を突き付けられようともその御心を動揺させる事は無く、寧ろ甘く勇者の心を誘うのです。


「貴公はこんなにも頑張って来たのになァ。こんなにも美しき剣筋を振るい、己に厳しく心身を鍛え、遂に魔王たる吾輩を屠らんばかりに武を極めたというのになあ。その悲壮たる魂の何と美しき事よ。たかが色を好み、たかが救った民に過剰に愛されたごときで、用済みとばかりにポイと捨てる。ニンゲンの王のなんと残酷な事か」


目の前で今も、保身の為に穏便に、勇者を排除する方策を練る、恩ある諸王たち。


勇者は不思議と、この映像が魔王様の見せた幻覚だと思いませんでした。魔王軍にはその技術と魔術がある事は既に知っておりましたし、魔王様の吸い込まれそうな星空色の瞳がほんとうのほんとうに勇者の剣技に、その血の滲むような研鑽に敬意を抱いている事、心の底からの心配を讃えている事が、否応なく伝わって来たからです。それは勇者の魂に直接突き刺さるような、逃げようも無く侵食してくるかのような、好意的な魔王様の感情でした。

今まで植え付けられてきたニンゲンにとっての常識が、当たり前だと思っていた認識が、信じていた天地が引っくり返る様な、優しい……優しい、慈しみの感情でした。

人間の王たちの卑しむべき権力に固執する姿とそれによる我が身の危険、それと同時に、心に直接染み込まされていく魔王様の抱く勇者への敬愛と人間社会に帰す事への心配の感情。

勇者は己の信じてきた何かが大きく崩れていくのを為す術も無く見守るしかありませんでした。

魔王とはとにかく邪悪で、狡猾で、冷酷無比だと思っていました。塵も残さず殺すべき、絶対の邪悪だと、勇者はそう決めつけておりました。教え込まれていた通りに。

勇者は、たいへんでした。

どんなに努力しても、勇者だから当たり前だと言われ続けました。

褒められるのは好きでしたが、遠い他人ではなく身近な人に褒められたかった。親も師も、何を為しても当たり前という顔をするばかり。だというのに勇者の親、勇者の師という地位を経済面で利用しては、その尻拭いを求めてきました。

知らない人には助けた他人には、たくさん褒められましたが、徐々に怖くなっていきました。

あまりにも熱狂的に、なっていくのがこわかった。

勇者だと神託を受けただけの、ただ人だと思っていたのに、なんだか、もの凄く素晴らしい人の様に扱われるのが恐ろしくなっていった。仲間たちですら、勇者サマという目でこちらを見つめる。試し行動の様に仲間達を求めても、神への献身の様に身を差し出されては心は何も満たされない。

徐々に勇者は、自身が魔王を倒す機構のように感じていました。

諸王の浅ましいさまも、下種な予測で排除しようとするのも、心の何処かで薄々予想が出来ていました。何となく、そういう保身の意識が、感じられる人たちだったから。

でも、自分はこんなにも頑張ったんだから、まさか、本当に排除しようとするとは思いたくなかった。否、こんな姿を、醜く歪んだ表情で話し合う様を、まざまざと見せられる事無く、何にも知らないまま、ただ穏やかに隠遁を依頼されただけだったら。

きっと自分は、素直に故郷に引き籠れただろうに。


魔王はいつの間にか立ち上がり、ひんやりとした冷たい手で、長く鋭く伸びた漆黒の爪で人肌を刺すまいとの細心の注意の感じられる手つきで、優しく勇者の手を取った。


「勇者よ、貴公は何のために剣を取った?」

「…………」


迷いの灯る勇者の目を見つめ、魔王様は安心させるように目を細めました。そこには応えられぬ勇者に対する侮蔑も、今更使命に惑う姿に対する愉悦も無く、勇者はそれで更に惑う。


「吾輩を殺せば、貴公の望んだ平和は叶うか」


世界の平和の為に、そうのたまい魔王様に宣戦を挑んだのは勇者の方でした。



『それはそうとエンザ女王。そなた最近、我が国境沿いに――――』

『あら失礼、ただの治安維持の為ですわ。勇者の出生地として―――』

『貴国はいつになったら小麦の――――』

『仕方あるまい? 小麦は何処も不足しておる』

『いくら何でも―――に対する関税は―――』

『忘れておりませんわよ、貴国の騎士団は―――』


諸王の会議の映像は、人間同士の国の諍いの予兆すら感じさせる内容へと移っていきます。


勇者は平和を望んで剣を取った筈でした。

魔王軍が居なくなっても、自然と湧き出る魔物は消えず、なのに、人間同士の戦いすらも始まりそうな有り様なのです。

勇者は壮麗な神気を纏う剣を見つめました。


これまで自分は、何の為に戦ってきたのだろう。

普通の娘としての日々を捨て、あんなにも死に物狂いで戦い、魔王の部下を殺してきたのは、ただの人が、小さな女の子が、男の子が、睦まじく笑い合う普通の恋人達が、老齢まで共に歩む御夫婦たちが、何の憂いも無く幸せに生き、魔物の所為で死なない世界の為だった筈。

小さな素朴な感謝が嬉しかった。ささやかな村の平和をずっと維持したいだけだった。

神の様に扱って欲しかったわけじゃない。熱狂的に信仰されたかった訳じゃない。

魔王軍をみんな殺した後は、各地の魔物を殺して回ろうと思っていた。

諸王が案じるような玉座への野心なんてちっとも無かった。

勇者が玉座を得て、それがなんの役に立つ? 勿論役立てれる勇者も多いのだろうが、少なくとも自分は国の権力というモノを使いこなせる気がしない。自分が玉座に付いた途端に魔物も魔王も居なくなるならそれでも良いが、自分は前線に居た方が結果を出せるに決まっている。

そうやって前線に居たとしても。

魔王軍を倒しても、魔王を倒しても、魔物を倒しても、平和にならないと言うのか。



かつて、少女は嫌がっていた。

勇者になるのを、嫌がっていた。

しかし神託に道は閉ざされていた。

逃げられないならせめて、勇者らしく世界を平和にしてやろうと思った。

自分の少女としての日々を費やすのだから、それ位はしてのけようと、決意した。

勇者とは、世界を平和にする為に在るのだと決めたのだから。


勇者は惑った。

もう何をどうしたら、人生の課題を、世界を平和にするという事を為せるか分からなくなった。




「お前を殺せば、きっと世界は平和になる……!」

「途端に吾が配下は統率を失い好きに暴れ、魔物は自然と沸き出るのに? 人はまた愚かに争うのに? 貴公は本当に、我が命一つ如きで世界の平和を買えると、そう思うのか?」

「お前を生かしておいても、また魔王軍を率いて各地を荒らし回るだけだろう」

「それは節穴のフリをしているのか? 人界の荒廃は魔物と悪しき人の手によるものだと知っておろう? 吾輩たちは滅びた魔界の亡命者。居住地を求めてさすらう内に、騎士団を名乗る狼藉者どもが、吾らが仮宿を荒らすので、追い払っていただけだ」

「お前たちが排除されるのは……仕方ない事。人の世界に、魔族の住まう地など無いのだから」

「その様だな、冷酷なる人の子よ。我らは住み処を求め、先住たる人と戦い、そして敗れた。勇者――――人の産んだ奇蹟よ、俗人と同じく魔物と魔族を混同するでない。しかし、我らはその混同を活用できるだろう。“世界の平和の為”に」


魔王軍とは、滅亡してしまった魔界からこの世界に亡命してきた、魔族という強大な種族から成ります。元々魔王様の一族は古い神々と戦った堕天使と呼ばれる種を祖先に持つそうです。最高位に位置する魔族の皆さま方は、人間にとっては、天使とも神とも見分けがつかない程美々しい方々ばかりです。その一方で長い年月を経て魔界の種とも交配の進んだらしく、幹部の皆さまの四分の一程は美しい人型ですが、残りは人間にとっては魔物と見分けがつかない容貌の方達です。当然ながら魔族であるので、強さは普通の魔物等とは比べ物にならないくらい強く、人語を解し、高い知能を持っていらっしゃる方々がほとんどです。


「人間共に、吾ら魔族と魔物どもの区別はつくまい。故に人は、吾らと人間の勢力が拮抗していると誤認している。個では我ら魔族の足元にも及ばぬが、魔物は数では圧倒していると言うのに。しかし、吾ら魔族が、先住たる魔物を狩ろうと、それは人の目には同士討ちか下位への制裁としか映らぬ」

「な、なにを――――」


魔王様は勇者の手を取らぬ方の手で、自らの心の臓を鋭き漆黒の爪で貫きました。しかし血飛沫は無く、その手には夜闇よりも原初の沼よりも昏い、球体のモノが浮かんでいます。勇者はそれは魔王の魂だと直感しました。何とどす黒い色でしょう。今までに幾度も魂を見送った勇者ですが、これは見た事の無い魂の色合いでした。夜空に瞬く星の様に、小さな小さなきらめきが見え、べっとりとした漆黒色だというのにその輝きに魅入られていくのを止められないのです。

魔王様の指先がその魂を一つまみ掴み、糸を引くように伸びるのをくるりと纏め、小さな輪っかを造られました。ちょうど、勇者の小指にぴったりな具合の、どす黒い、輪っかでした。


「言うただろう。吾々は勇者に、貴公に敗れたと。さすが勇者だ。魔王では勇者に勝てぬ。認めよう。魔王たる吾輩は、勇者たる貴公に勝てる見込みは無いと理解した。貴公と見え、その魂を視て吾輩は思い知った。世界がそういう仕組みになっている、と。そしてそれを踏まえても尚、吾の望みはただ一つ。魔族たちの安住の地、ただそれだけだ」


魔王様は、うっそりと微笑みました。

勇者は今更の様に、魔王様の御顔を拝見した心地になりました。

どす黒く紫がかった雄々しい曲がり角から、流れる長い銀の髪。神々よりも神々しく、整った、程度では済まされぬ、それこそ神の御業とでも言いたくなる様な、完璧に整った容貌。吾輩、などと称される割りに、瑞々しい青年の様な溌剌とした御姿。つるりと長く先の尖った、いわゆる悪魔しっぽといわれる形状のモノが、くるくると勇者の足に絡み付いて離すまいとくっ付いている。ばさりと一つ、羽ばたく魔王様の背には、濡れた様な純黒の大きな羽根が広がっているのです。

魔王様は勇者によって惨たらしくも傷だらけの御姿でいらっしゃいました。それでも尚、勇者に対して優しく、愛おしげにさえ見える瞳で、微笑んでおりました。

聖剣が撒き散らした魔王の血に塗れた手で、己を斬ったその手を優しく握り、優しい声で、優しい提案の手を差し伸べたのです。




「平和を望むならば―――吾らとの融和を。

勇者よ。吾らは共に在れる道がある。

吾々は人と戦わずに互いに融和し、それによって吾々は住み処を手に出来る。

住み処さえ得られれば、吾らは人を害さぬ。

そして人との住み処の安寧の為に、この魔の力を魔物に振るおう。

融和の果てに吾らが各王家に染み込めば、人と人との争いなどは起こさせぬ。

なあ、まさに“平和”だろう?」

「平和……」

「ああ、平和だ。貴公が望んだとおりの。」

「で、でも、あなたは、魔王で……」

「誰が誰と為そうと平和は平和だ。その価値に差異は無い」

「わたしに負けた癖に……」

「ああ、負けた。吾輩は魔王であると言うのに、勇者たる貴公を殺せぬと知った。だから人による統治の下で、我が配下が暴走する事無く、魔物が弱者を喰らうこともない、人の争いの起らぬ手段を提案したのだ。当然だろう? 吾輩は貴公に負けたのだから」

「でも、何か、何かが……」

「命は惜しくなどないが、吾輩の死に価値など無いのは先に示した通り。

貴公の娘を捨てた尊き研鑽は、我が死ではなく平和を築く為に、なのだろう?

ならば吾が勢力を活用せよ、勇者よ。それが勝者の権利である」


勇者は敗者に追い込まれた心地になっておりました。

勇者は男を確かに圧倒したはずでした。倒しました。今直ぐにでも殺せるだけの武力の差がある筈なのです。魔王は魂までも見せて、裏の手なども出せる筈の無い状態の筈なのです。援軍も無い筈です。幹部たちは皆、仲間達が相討ち覚悟で留めてくれているのだから。

惨めに消え去るだけの敗者から寄せられる思いもよらぬ感情、信頼していた人たちの仕打ち、醜さ、そして世界の命運を握る提案。

たかが戦いが天才的な程度の小娘には、荷が重い選択肢に迫られておりました。

魔王様は言葉巧みに、選ばない、他者と相談する、といった選択肢を奪う様に誘導されていたように思います。今この瞬間に決めるしかないと、勇者は思い込んでおりました。

その時の勇者は目の前にある、決めなければならないと思っていた選択肢に一杯一杯で、魔王様がその御魂を体内に戻された事も、残った指輪状の漆黒のモノ、その形状の意味にも、無知な事に賢明な事に、考慮の対象外にしておりました。

思案に夢中で隙だらけになった勇者に対して、魔王様は如何様にも出来でしょうに、実に誠実に真摯に紳士的に相対されておりました。


その間も、諸国の王の争う声が魔王の玉座の間に響き渡ります。


『よく言うわ。色で媚び売る女狐め。どうせその身体で――――』

『これ以上は宣戦と受け取りますわよ、フィンルー公』

『女性を侮辱するのは感心しませんぞフィンルー公。栄光あるルペンザルツ騎士団領盟主として、女性に加勢せざるを得ませんな』

『強盗団の間違いでは?』

『失敬な! 大体貴国は昔から―――』


魔王様の映像にて、勇者の祖国の騎士と、恩ある王の国の騎士がついに剣に手を当てました。

どうして武装を解かずに会議に随伴させているのでしょう。

勇者は各国の互いへの信頼の無さ、入り混じる思惑を思って胸が塞ぐ思いです。

魔物による被害、荒廃した各地という窮地は未だ眼前に立ち塞がっているというのに、魔王が居なくなった位で、どうして一致団結を解いてしまうのか。

王と女王の言い争いが醜く響きます。それぞれに加勢する王や盟主。

もう、戦争が、始まりそうな様相を体してきました。

魔王の脅威が失せたと思った途端にこれです。

勇者は、その仲間達は、こんなにもズタボロになって頑張ったのに、ようやっと魔王の城に辿り着き、強大な魔王御軍幹部たちと戦って、やっと、やっと、魔王を倒したというのに。

なのに。

人の王たちは―――


勇者は仇敵の前にもかかわらず、きつく目を瞑り、それからきっと魔王様を見上げました。


「確認します、魔王よ。この映像に、偽りはありませんね?」

「わざわざ偽るまでも無く愚かなのでね」

「そう、ですね……」


反論の余地が無く、勇者は悲しげに目を伏せました。

勇者は残念ながら、諸王の性格をよくよく知っておりました。

そして、幻惑を破る守りを所持しておりました。

故に、勇者に魔王様の幻惑の術は通用しないのです。

勇者は魔王の何らかの魔術によって決意させられた訳ではありませんでした。

魔王様は、魔術など用いず、ただ、言葉と事実だけで、勇者に決断させました。

勇者は決めました。

今の、ヒトの世界を変えると、決めました。

たった一人の意思が、世界をすっかり変えてしまいました。

ただ強いだけで愚かだった小娘の決意が、世界を正しく“平和”にしたのです。











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