侵食者の末路
「ぐっ……」
アダムは討伐を続けるも、腕を触手により、拘束されていた。
背後より現れたアストラを見切れなかったことが原因だ。
アストラの触手はまるで、嬲り殺すのを楽しむかのように、アダムの心臓へと迫っていく。
「アダム!」
そのとき、イリヤの声が響く。そして、次の瞬間、イリヤによって、アダムを狙うアストラのコアが破壊された。
「ありがと、イリヤ」
アダムは、荒い息をつきながら、イリヤに礼を言う。
「どうってことないって。友達だろ? じゃ、俺向こうの方で狩るから」
辺りを見渡すと、殲神の誰もが、ひたすら、地面から無限に湧き出るアストラを殺している。命じられたまま、この戦いに終わりがあるかどうかも知らないままに。
命の手綱を握る首輪によって管理された彼らは、いつ、終わりが来るのかわからない戦いを続けるほかにないからだ。
ふと、一人の殲神がアストラの腹部から突き出た触手によって、心臓を貫かれた。
あっけなく、青年は倒れる。
――まずい、始まる!
アダムは息を飲む。『殲神』はその死と共に、細胞浸食が限界まで進み始める。やがて青年の死体は発光し、痙攣し始める。
アダムは思わず、短剣を構える。幾度か見た末路が、再び繰り返されるのだ。食い止めなければならない。しかし、疑問が浮かぶ。
『僕は、さっきまで人間だった彼を殺せるのか……?』
青年の体から触手が発生しはじめる。軍服がやぶれていき、全身が赤い目玉と、青黒い触手とに覆われていく。そして、人ではなくなった声で天を仰ぎながら叫ぶ。
「う……グ……うぉぉぉぉぉ!!!」
このままでは、邪神化が進んだ彼は、確実に殲神たちを襲う。
誰かが、一刻も早く殺さなければならない。アダムは震える手で、もう一度短剣を握る力を強めた。しかし、体は動かなかった。
そこに白い髪の青年が現れ、ソードブレイカーを構えて跳びあがり、勢いよく青年の首を斬り落とした。
辺りには血と青黒い体液が飛び散る。青年は軽い身のこなしで着地する。
「王駒……ヴァルトロ……」
その技の速さに、思わず、彼の名をつぶやいてしまった。アダムは何度か、彼を見たことがある。一度に800体のアストラを殲滅するという王駒、ルークの《白き狂戦士》。ヴァルトロは顔に飛んだ返り血をぬぐい、吐き捨てるようにつぶやいた。
「役立たずのクズどもが。邪神化した奴はとっとと殺せと何度言えばわかる」
そして彼はアダムを冷酷に一瞥し、隣を通り過ぎていった。
――やっぱり、苦手だ。
アダムは通り過ぎるヴァルトロを見て、心の中でため息をついた。16歳の自分(クリフからそう聞いた)と、おそらく二、三歳ほどしか年齢に差はないだろうが、彼の持つ殺意のようなものを感じると、思わず息が詰まる。
何より、二度目の討伐戦線で、同じ小隊に当たったとき、小隊の指示を任されたヴァルトロはポーンを捨て駒にするような作戦を考え、実際に数人が命を落としかけたのだ。
「あのクソガキに、非力なクズを守れと命じられたことは一度もない。王駒である俺の義務は、いかに多くのアストラをぶっ殺せるかだ」
戦線終了後、思わず抗議したアダムの襟首をつかみ、冷たい爬虫類を思わせる白い眼球に睨まれて吐き出されたその言葉は、今でも忘れられない。
王駒が、普通の殲神より、多くの討伐設定数を課されていることは知っている。だが、だからと言って、何をしてもいいというのか……?
思考が渦巻きそうになったところで、アダムは首を横に振る。
――今は余計なことを考えている暇はない。
アダムは短剣を下ろし、腕に装着した篭手のボタンを押す。
すると、長方形のホログラム画面が表示される。アダムはその数字を見つめ、
「20/100か……」
そう、失望を込めた声で呟いた。
制限時間は残り4時間。あと80体をそれまでに狩らなければ、王による容赦のない『粛清』が待っている。