記録室の予言者
アダム覚醒より、七日後――。
王城、十五階に存在する記録室の中央、『神獣クロノス』の像にもたれかかる少年の姿があった。
銀色の長い髪を窓から入ってきたわずかな風が揺らす。
とてつもなく広い記録室の本棚には、本と電子ファイル数冊の「記録」しか格納されておらず、少年――ガイアが手にした薄い電子ファイルはその数少ない記録のうちの一つだった。
『殲神』(せんしん)、ガイアは指で薄い液晶をスライドさせる。
そこには、逃げまどう人々の姿を捉えた画像があった。タップすると、それは当時の映像として動き始める。
「最新の記録。いや、これが歴史を奪われた僕たちの持つ、最初で最後の記録だ」
ガイアは小さな声でつぶやき、青い瞳で文字を追う。
「『審判の日』。先王シーフェルは無形なる『邪神の王』との賭けに敗北した。そして、世界には『邪神の王』の複製生命体である『アストラ』が無限に解き放たれた。」
ガイアは細い指で液晶をスライドさせる。
「『アストラ』。それは、人間の目には確認することができない怪物……。背後から忍び寄り、その長い触手で確実に人を死に至らせる。」
ガイアは瞳を見開き、画像を眺めた。すると、逃げまどう人々の背後に、全身が触手に覆われた怪物の姿が現れる。
「……『アストラ』に抗う方法はない。だが、人類はとうの昔、名を忘れられた王が殺した『喪われし神』ヨグ・ソトースの屍を発見。そして、大いなる犠牲を払い、唯一の希望を見出した」
そのとき、記録室に備え付けられたスピーカーから声が響いた。
「勅令放送、勅令放送。E地区に『アストラ』の発生が確認された。ただいまより、発生源鎮圧のため、すべての『殲神』に討伐命令を下す。」
ガイアは物言わぬ白亜の獅子にもたれかかり、その白い目を見つめてつぶやいた。
「運命が動き出したみたいだね、クロノス。」
記録室の自動式扉がシュン、という音を立てて開かれる。
「ちょっとガイア! 勅令放送、これで三度目。さっさと準備しないと粛清されちゃうよ」
ピンク色の髪に同色の瞳をした小柄な少年、ゼファーの中性的な声が響く。ゼファーもガイアと同じく殲神の軍服を纏い、下半身にはスカートのようにも見えるフラップを身に着けている。そして、腰には『神の牙』:銃形状をガンホルダーの中に装着していた。
「やあ。ゼファー」
ガイアはそう言って立ち上がり、出口に向かって歩いていく。
「ていうか、いつもここで何してんの? 記録室、何もないじゃん」
ゼファーは思わず、ガイアの目を見つめて言った。
『王駒』:ビジョップのガイアはいつも、何を考えているかわからない。ゼファーは一年前に『王駒』:ナイトに昇格し、彼とよく行動を共にするようになったが、その整った顔立ちに浮かぶ感情を何一つとして読み解けたことがなかった。
「記憶の音を聞いているんだ」
「記憶の音?」
「ああ。僕たち人類は神を殺したその時から、すべての歴史を奪われた。だが、どこかには残っている気がするんだ。喪われた歴史の中に埋もれた人々の声が」
ガイアはそう言って、自動式扉の外に出ていく。
ゼファーは思わず、ガイアを後ろから追いながら、声をかける。
「どういうこと? 呼びに来てやったのに先に行くなって!」
ガイアは軽く目を閉じ、『演算』能力により、未来を幻視した。
幾度となく、彼が『演算』のビジョンで見た、少女のように華奢な少年、彼の声。深い森、襲い掛かる『アストラ』。
ガイアは桜色の小さな唇を軽く動かす。それは声にすることさえ戸惑われる、彼の切望だった。
「……やっと、キミに会えるんだね」
ガイアの口元に優しい笑みが浮かんだ。