喪われた神の神話2
「僕たちの体には、この、ばけもの……いや、ヨグ・ソトースの細胞が入っているのか?」
「何をいまさら。最初に言ったでしょ。脳、脊椎、腕、足、胴体。君たちの体のすべてにヨグ・ソトースの屍から摘出した邪神細胞を移植している。ちなみに、君たちの染色体も、細胞移植をした時点で、ヨグ・ソトースが持つ特殊染色体、XXXタイプに書き換えられる。つまり、君たちは遺伝子さえも邪神の始祖と同じものを共有しているんだ」
アダムは思わず、口をあんぐりと開けたくなった。そして、自分の体を思わず、抱きしめる。あまりにおぞましく、身が震えた。完全に、もう自分の体は化け物なのだ、と実感した。
だからこそ、死ねばあんな風になってしまうのか?
アダムはその疑問を口にする。
「つまり、『浸食』は、邪神細胞が増幅して起こるの?」
「ああ。主たるきっかけは二つだけどね。まずは死亡時。心臓が停止した瞬間に、邪神細胞は活性化し、これまで共存していた人の細胞を食いつぶしにかかる。それからもう一つは、君たちが生きているだけで緩慢に起こることだけど、ヨグ・ソトースと遺伝子の情報が近い者を殺すたび、邪神細胞は活性化していく。その遺伝子情報が近い者に《アストラ》は含まれる。何せ、ヨグ・ソトースの直系の「息子」である邪神の王の複製体だからね」
「それなのに、アストラを殺し続けるなんて……じゃあ僕たち、みんなゆくゆくは化け物じゃないか! なぜ、こんなことを?」
「国家防衛のためだよ。そのためには尊い犠牲が必要だ。まあ、父上が賭けに敗北しなければ、こんなことにはならなかったけどね。臣民には、本当に悪いことをしたよ」
クリフのその言葉には、一切の罪悪感も悲壮感もなかった。
暗がりで見る、蒼い幻光に照らされたクリフの姿は美しく、どこか恐ろしかった。その恐ろしさは、肉色の化け物、ヨグ・ソトースを見たときに勝るものだ、とふと感じた。
アダムはその原因が何なのかを悟る。
クリフは人の感傷とでもいうべきものを一切切り離しているのだ。
だからこそ、彼には感情的な話など通じるはずがない。
「さっきのユピテリアの宝玉に残された記憶保存技術を解析させ、僕は父上の前頭葉に残った記憶を具現化した。父上は賭けから戻ってくるなり、病床に倒れてしまい、当時の話を聞けなかったからね。ただ、邪神の王の与えた知恵の通り、ヤドリギの下に植えられた《ヨグ・ソトース》の屍を掘り起こせというだけ……」
しかし、そのクリフの言葉には、わずかな哀惜があるように感じられた。
閲覧まことにありがとうございます。世界観説明パートとなってしまいましたが、どうかよろしければ、今後もお付き合いくださいませ。