喪われた神の神話1
「記憶閲覧、開始。クラウドにアクセス」
チェス盤をそのままにして、クリフは操作盤のボタンを触り、ドームのようなもので中庭を覆った。空が消え、辺りが闇に包まれる。
「なにっ……?」
思わずつぶやいたアダムの顔を柔らかな『幻光』が照らす。闇の中、不安定に照らし出されるクリフの顔は、美しいが、どこか不気味に感じた。
「ヨグ・ソトースの屍の発見は化学にも進歩を与えてくれた。超古代の技術には、《記憶を検視・映像として具現化する》ものがあったようでね。異形の神の屍と共に埋められたユピテリアの宝玉には、ある古代神官の脳細胞から抜き取られた記憶が残されていたんだ」
クリフはそう言い、呟いた。
「邪神ヨグ・ソトース、データ確認」
その言葉と共に、アダムの目の前には宙に浮かぶ球形の水晶のような形をしたモニターが現れる。
「これは……!?」
「どこでも、データにアクセスできるよう、クラウドシステムを使ってる。僕の声に反応するようになってるんだ」
アダムは茫然と、球形のモニターを見つめる。
モニターの中に、赤い服を身に纏った少年が映し出される。彼の顔はよく見えないが、身に着けている装身具には黄金や宝玉が使われている。輝くような金の髪は伸ばされ、結わえた左側の髪には何本か編み込みが入っていた。そして、彼の腕には蛇の刺青のような刻印が刻まれていた。
彼の精悍な褐色の素足には黄金のアンクレットが光る。
そのアンクレットを見た瞬間、アダムはふと、『懐かしい』という感覚に陥った。正確には、胸の奥がきゅっとうずくような思いだった。
これは、一体なんだ?
僕が彼を見たことなど、一度もないはずなのに。
「この人は……?」
「古代の王だ。名前すら残っていないけど、彼が邪神の始祖ヨグ・ソトースを殺したと言われている」
「彼が?」
球体の中、古代の王は振り返ろうとする。次の瞬間、映像は移り変わる。
「うわっ……!」
アダムは思わず、声を上げた。そこに映っていたのは、異形の怪物だった。アストラに似た外見だが、それよりももっとおぞましい。
周囲にいる古代人たちが、恐ろしく小さく見えることから、その大きさは長大なのだろう。肉色の触手が無数に生え、赤い眼球が見開かれた生物。そして、無数の口と、びっしりと生えた牙が存在している。
その肉色の怪物は全身から血を流している。
赤い瞳からしたたり落ちる粘り気のある血は、まるで涙のようだった。
だが、有り余る不快感にアダムは思わず口元を抑える。
「吐きたいなら、早めに言って。これを見て正気でいられた者は少ない」
だが、クリフは平然とその映像を見ていた。
「これが……邪神の始祖、ヨグ・ソトース?」
「ああ。神官は王と対立していたようだからね。詳しい経緯はわからずじまいだが、ともかく古代の王がヨグ・ソトースを殺したようだよ」