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断暦の殲神〜闇に沈む王と暁の叛逆者〜  作者: 夜叉
神話と世界の真実
14/23

若き王との遊戯

「これより、このポーンはクイーンに昇格する……。相手の最終列に達したポーンは役割を変える決まりだからね。」

 そう言いながら、クリフは自ら手に持った白いポーンの駒をクイーンへとすげかけた。

「チェスは面白いゲームだ。歩兵のポーンですら、重要な駒になり得る可能性を持つ。そうだろう?」

 クリフは椅子にもたれ、アダムを赤い瞳で見つめた。

 王城の中庭にある白い東屋。そこに置かれた白いテーブルとチェス盤をはさみ、二人は向かい合っていた。

 クリフは時折、手のひらに収まるサイズの操作盤コンソールをいじった。それは中庭のどこかに備え付けられた、風向きを変える機構を調整するものらしく、やや涼しくなる。

「調整しても暑いね。この《風力機》も《魔岩》のエネルギーを使って動かしているけど、大した威力がない」

 《魔岩》とは、この世界を主に動かすエネルギー化学物質だとアダムはダーレスに教えられて知った。

 一万年前、人類が邪神の始祖ヨグ・ソトースを殺した。

だが、まるでその遺志を継ぐかのように始祖と同質の神格である『邪神の王』が現れた。

記憶を司る邪神の王の力により、人々はすべての歴史を後世へと記録する能力を奪われてしまったが、「なぜか」化学領域には邪神の王は介入できず、人類は文明を発展させ、その資料だけはわずかな記録として後世に受け継がれた。

 アダムは《魔岩》がどういったものなのか、実際に見たことはないが、それが枯れ果てたこの世界に唯一残されたエネルギーであり、採掘資源であるということは知った。

 化学と元素によって、魔岩のエネルギーをあらゆる形に転換させ、暗闇を照らす灯りや、果ては殲神を管理する首輪の動力源にまで、その力を利用しているという。

 アダムは自分の黒い駒を進めながら問いかける。

「なぜ、ただのポーンでしかない僕を賭けに誘ったの?」

「君は昔から、誰よりもいい賭けの相手だったからだよ」

 太陽の日差しが、東屋を照らす。白い駒がまぶしく見え、アダムは思わず目を細める。

「クリフ。なぜ」

「ん?」

「なぜ君は、討伐設定数で殲神たちを縛り……その数を達成できなければ殺してしまうの?」

 クリフは駒を進め、アダムに言った。

「君の手だよ」

「イリヤっていうポーンがいたんだ。あの子は僕に優しくしてくれた。 短い間だけど、僕たちは友達だったんだ。」

「それじゃ、君は彼の最期の願いを聞けたのかい?」

 アダムは押し黙り、拳を握りしめ、そして黙って、ナイトの駒を進め、クリフのビジョップを取った。

「思った通りだ。」

 クリフは整った顔に笑みを浮かべる。

「え?」

「君ほど僕に張り合える相手はいない。」

クリフは自身のナイトを移動させ、アダムのビジョップを取った。アダムはふと見ると、先ほどまでポーンだったクイーンがキングへと近づいていると気づく。

アダムは思わず、どきっとし、唾をのみこみながらつぶやく。

「そうかな。君は強すぎる。……でも、不思議なんだ。」

「何がだい?」

「僕には記憶がない……ただ……僕は過去に何か、許されないことをしてしまった。……そんな意識がぼんやりとあるだけで。」

「ほら。また、君の手だよ。」

「それなのになぜか、チェスのルールは克明に覚えているんだ。」

 クリフはそっとほほ笑んだ。それは勝利を確信している者の笑みだ、と思った。

「言っただろう? 君は僕にとって、誰よりもいい賭け事の相手だった。体が覚えているんじゃないのかい?」

 アダムは敗北を確信し、抗うことをほとんど諦めて、ポーンの駒を前へと進める。どう身動きをしようと、もはや負けることは決まっているのだ。逆らっても無駄だろう。

「そうなのかもしれない。だから今だってわかる。僕がもうすぐ負けるってね。ねえクリフ、……僕は一体何なんだ? どんな親がいて、どんな友達がいて、何を思って生きていた?」

 クリフはアダムの手を見て、冷たく笑う。

「何も知る必要はないよ。アダム。君はただ、僕の友達でいてくれれば、それでいい。」

 友達。クリフの唇から吐かれたそのセリフはあまりに表面的だった。

彼の言う、《友達》とは一体、何なのだろう。

 そして、自分にとっての《友達》とは一体、何なのだろう? 

たとえ、死にかけた姿に手を伸ばさなかったとしても、《友達》と言えるのだろうか。

 アダムは考えても、その答えが出ないことに憤りを感じた。

そして、クリフの赤い瞳を見つめて告げた。

「……それじゃあせめて、教えてくれ。この世界について。邪神について」

「構わないよ。この勝負がついたらね。」

そして、クリフは歩兵から昇格したクイーンをアダムのキングの前に移動させ、

「チェックメイト」

 とつぶやいた。


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