嘘つき予言者との契約
どれほど走ったのか、森林を抜け、静かな平原へとたどりつく。ガイアは突如、立ち止まる。アダムはそれに驚き、思わず前につんのめるが、ガイアが振り返って、体を支えてくれた。
大きな青い瞳に見つめられ、思わず、どきっとする。ガイアは静かに告げた。
「ここに来れば、しばらくは安全なはずだ。『演算』によるとね」
「どういうこと?」
ガイアはふっと目を閉じ、手を天にかざす。すると、その周りが青く光った。
「僕は神の屍との『細胞融合』によって、異能を得た『王駒』のうちの一人だ。能力は『演算』。未来予知みたいなものだね」
「未来予知……? 未来が見えるの?」
「ああ。でも、絶えず世界の未来は変動する。だから完璧ではないけどね」
アダムはガイアに礼をまだ言っていない、と気づいた。
「あの、助けてくれてありがとう。いや、ありがとう……です?」
ガイアはふふっと笑って言う。
「それ、変だよ」
アダムの頬は火が付いたように、かっと赤くなる。
アダムはなぜか、目覚めて以来、「敬語」というものがうまく出たためしが一度もない。記憶がないことが原因なのか、何なのかわからないが、ほかの言葉はすらすらと出るのに、それだけはうまく、ほかのポーンたちのようにしゃべれないのだ。
目上の人、隊長のダーレスや、目覚めて初めて出会った最高権力者のクリフは、特に気にしない様子だったが、アダムとしては、事あるごとに「人に失礼なことをしている」という、いたたまれない気分に襲われる。
「あっ……ごめん、じゃなくて、すみません」
「敬語はいいよ。苦手みたいだし」
「……ほんと? ガイアさん」
「さんもいらない」
「でも、君は偉い王駒なんでしょ?」
「べつに、偉くないよ。ただ、アストラを殺し過ぎちゃっただけ」
ガイアはそう答えた。ふと、アダムは時間のことを思い出す。
そうだ。日が暮れているということは、時間がさらに経過したということだ。もう、間に合わない……!
「ごめん、僕、行かなきゃ! 討伐設定数をまだこなせてないんだ!」
ガイアはそのとき、アダムに顔を近づけた。正確には、首へと顔を近づけた。
「なっ、何?」
ガイアはゆっくりと、ほほ笑みながらアダムの首輪に触れる。
「ねえ、僕の『メイト』になってくれる?」
「え? メイトって?」
「管理番号、教えて」
「管理番号?」
アダムはぼんやりと、はじめにクリフに言われた番号のことを思い出した。
『大事な番号だから、忘れちゃだめだよ』
「078934……」
アダムがつぶやいた番号をそのまま、ガイアは首輪の側面にある液晶のタッチパネルを操作して打ち込んだ。
アダムはつぶやいてからはっと、クリフがその次に言った言葉を思い出した。
『その番号は、個人の討伐設定数、および、まあポーンの君には関係ないけど、殲神の『異能』を管理するものだ。ともかく、君たちの生命に関わるものだね』
思い出した瞬間、全身の温度が下がり、焦りのあまり、アダムは信じられないほど高いトーンの声で叫んでしまった。
「えっ!? これ、人に簡単に教えちゃダメなやつだった!?」
「言ってから気づく? 大丈夫。僕以外に教えなければね」
ガイアはそう言い、自分の首輪の液晶に向かって親指を押し、ロックを解除したあと、アダムの首輪の液晶へと浮かんだ「Mate Confirm」というボタンを押し、呟いた。
「移植体ナンバーツー、アダムの『メイト』として移植体ナンバーセブンティーン、ガイアを認証」
しゅわん、と音がして、双方の首輪の液晶が発光する。
そしてガイアは、アダムの首輪の液晶に数個並んだ項目の中に新たに浮かんだ黒いボックス状の「討伐数移行」という項目を押した。
「討伐数の移行を開始。ナンバーセブンティーンより、討伐数80をナンバーツーに移行。」
ガイアのその言葉と同時に、アダムの首輪は光った。
「これでいいかな。アダム。一応、ガントレットで討伐設定数を確認して」
「えっ……わかった」
アダムはガントレットからホログラム画面を立ち上げる。すると、「100/100」が表示された。
「これ、どういうこと?」
「僕は君のメイトになった。つまり、これからあらゆる苦難……たとえば討伐数を分かち合えるってこと。ああ、大丈夫だよ。僕は討伐設定数以上を狩ったあとだから。」
ガイアは自分のガントレットを操作し、アダムに見せた。
「ん……でも、ちょうどになっちゃったみたいだね」
そこには、「700/700」という数が打刻されていた。アダムは思わず動揺した声を上げた。
「ななひゃく……!? 君、たったの数時間でそんなにも殺してるの?」
「うん。」
それよりも、王駒とはいえ、一人の殲神にそこまでの討伐設定数を課しているということが信じられなかった。
「仕方がないさ。それが僕たちの義務だからね」
アダムの心の声を呼んだかのようにガイアは言った。
そしてそのとき、勅令放送が響く。
「全殲神に告ぐ。発生源近くに現れた『複製核』の討伐がたった今完了した。本地区に現れたすべてのアストラはまもなく、消滅する。」
だが、放送の声を遮るかのように、がさがさっと音がし、一人の少年が現れた。
「アダム!」
少年、イリヤの目には明らかな焦燥が浮かんでいる。
「イリヤ! どうしたの?」
「殺し……切れなかったんだ……! あと10体、足りない!」
イリヤの目に、涙が浮かび始めた。目の前にある死を恐れているのだとわかる。
「アダム! お前の討伐数、分けてくれ! 先輩から聞いたんだ、メイトってのになればいいんだろ? コードを教えてくれ!」