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断暦の殲神〜闇に沈む王と暁の叛逆者〜  作者: 夜叉
第零章 正史 審判の日
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ある王子の記憶

王城の地下牢獄へと続く螺旋階段は、まるで永遠の暗闇への道行きを思わせた。

 一人の王子が、狂ったように連なった階段を息を切らして下っていく。

――鍵を……! 鍵を渡しに行かなくちゃ!

 闇へと走る王子の金糸の髪が揺れ、鮮やかな赤の瞳を隠す。彼の荒い息が恐怖と困惑とで蒼白に染まった唇から絶え間なく吐かれる。

 彼が幾度も訪れたはずの地下牢獄への道が、まるで見知らぬ異空間のように感じた。冷気が漂い、時折沈黙の中に耳鳴りのような音が聞こえくる。

 壁に取り付けられた『幻光灯』によって、足元は不安定ながらに照らされているも、階段の勾配は急であり、下っていくごとに、その明かりは弱くなっていく。

 瞬間、つい先刻見た凄惨な光景が、十二歳になったばかりの王子の脳裏をよぎった。

 玉座に座ったまま事切れた、鮮血に覆われた父王シーフェルの姿。その体には何か所もの刺傷があった。父王の、まだ若いというのに皺に覆われ、明らかな苦悶を残した顔は、まるで見知らぬ老人のようだった。

 頭に残る鈍痛と共に眠りから覚め、玉座の間に向かったばかりの王子には、いったい何事が起ったのか、理解ができなかった。

 ただ、光が喪われ瞳孔の開いた父王の赤い瞳を見たとき、その瞳が、もう二度と自分を優しく見つめることはないのだと、それだけを悟ったのだった。

幼いころ、何度も王子の頭を撫でてくれた父王の大きな手の平の中には、小さなガラス玉のペンダントが握られていた。

――どうして? 父上。どうして、もう起きないの?

 ふと、玉座の窓の外から響く、人々の悲鳴が王子の思考を遮った。

 王子は悲鳴を聞き、思わず窓の外を眺めた。王城は天にも届くと言われたほどの高層建築であり、この玉座の間からは、王都全体を見渡すことができる。

 王子は震える手で、窓のそばに置かれた『拡視鏡』を手に取り、その小さな鏡を赤い瞳の前に当てる。

 そこに映っていたのは、都の人々が幾人も、恐怖の表情を浮かべ、救いを求めるようにあとずさっては、「何か」に貫かれたように胸を抑え、ひとりでに倒れていく光景だった。

「アストラ……!?」

 王子の声は思わず震えた。人類が暦と歴史を失って以来、世界に現れ始めた視認不可能生命体『アストラ』の見えぬ触手に貫かれた人間は確実に死に絶える。

長らくその存在は、ただの『伝説』とされてきた。

 七日前、地層深淵より、『アストラ』の父であり母である『邪神の王』なる存在が現れ、最後の予言を行うまでは。

 王子の脳内に、美しくも恐ろしい、姿なき邪神の声がとぎれとぎれに蘇る。

『そなたら人類の罪は重い。我が無限の複製体たちにより、そなたらを永久に殲滅しよう。……ただし、審判の日、…………が私との賭けに勝利すれば』


「邪神の王。これが、『審判』の結果だというのか?」

 王子の声は震えながら、ひとりでに吐き出される。

 王子のかたわら、そして玉座には父だけでなく、多くの臣下、そして近衛兵たちの死体が転がっていた。

 アストラが王都に、そして世界にあふれ出たということは、姿なき『邪神の王』の勝利を意味する。人類の代表者は、彼との賭けに敗北したのだ。

 王子は拡視鏡を下ろす。そうすると、刈り取られていく多くの命が、小さくなっていく。先ほどの凄惨な光景は姿を変え、一人一人の命が奪われる様が、まるで子供の頃に「彼」とやった『箱庭遊び』の人形たちが芝居をしているかのように見えた。

 だが、これは芝居などではなく、紛れもない現実なのだと、玉座を覆う血の匂いが証明している。

「なぜ、僕だけが生かされた……?」

 王子がそう呟くなり、意識のなかで、聞き覚えのある声がした。

『きみの幸福は、誰のおかげで成り立ってきたのかな?』

その声が誰かと疑う前に、王子の頭はある考えに支配されていく。

僕が幸福のため、目を逸らし続けたのは、犠牲にしたのは、僕の……たったひとりの……。

王子は唇を引き結ぶ。そして、走り出した。

 彼の元へ、急がなくては。僕があのとき、渡せなかった鍵を、渡さなくてはならない。

 だからこそ、王子はあらゆる人々が死に絶えた王城の中をただひたすら走り、本能に導かれるように地下へと向かったのだ。それでも、頭の中は絶えず、現実から逃がれようとするのをやめられない。

――誰か……誰か、全て嘘だと……悪い夢だと言ってくれ!

 その声が誰にも届かないと知りながらも、王子は祈り、走り続けていた。

――償いなら、何でもする! だから……!

 ようやく、階段の果てが見え始める。

 わずかな明かりすら断絶された暗闇が支配する地下牢獄がそこにあった。

 王子は階段を降り、歩いていきながら、ポケットの中に入れた小さな宝石飾りを取り出した。そして、金細工の文様の彫られた台座の横にあるボタンを押して、『幻光』を灯らせる。

すると、鉄柵がゆっくりとその姿を見せた。そして、鉄柵の右端にある扉は既に解錠された後だった。

 思わず顔をしかめる。そこにむせかえるような血の香りが漂っていたからだ。

 そして、王子は思わず息をのむ。

 震える手で、宝石飾りの右横についた出力源を操作し、明かりを強くすると、オレンジの光があたりを照らし、その先にいる者の姿を照らし出す。

 『彼』を見つけた瞬間、気づけば、王子の震える唇からは絞り出すような声がこぼれていた。

「許して……!」

 明かりに照らし出されたのは、血みどろに汚れた白いシャツを着た黒髪の少年の姿。年頃は、王子とほとんど変わらないように見える。

 彼の口元には冷たい笑みが浮かんでいた。そして、彼のかたわらには、二人が幾度も遊んだチェス盤が置かれている。

だが、そのチェスの白い駒はみな、べっとりと血に汚れていた。

 王子は既に開け放たれた扉をくぐり、少年と向かい合う。そして告げた。

「何が望み? 何でもあげる! だから、お願い!」

 少年は答えることなく、ただ一言、つぶやいた。

「きみは、僕と一つになってくれる?」

 王子は目を大きく見開き、声を震わせながら、答えにならない答えを口にした。

「一体、何を言っているんだ……?」

 少年は笑みを浮かべて、何事かをつぶやいて、王子に向かって白く、骨のように細い指先を伸ばす。

 その瞬間、少年の背後から数多の蛇のような黒い影が生まれ出る。そして、その影は触手のような形状となって、王子のもとへと向かっていった。

 王子は驚愕のあまり、言葉を失い、そしてまるで意識を奪われたかのように、その場へと倒れる。

 やがて、影は地下へ沈むように消えていき、少年はうつ伏せに倒れた王子のそばに膝をつき、彼を見下ろした。

 王子は喪われていく意識の中、力の萎えた唇を震わせ、声なき声を少年にかけた。

『僕はそれでも、君を救いだしたかったんだ……この永遠に続く闇から』

 少年はその声を聞いたかのようにほほ笑んで言う。

「もう、君の手は必要ない。……おやすみ、偽善者の王子様。」

 その響きの中にあるのは、悲しみか、それとも激しい怒りなのか、自らを失いつつある王子には感じとることができなかった。




閲覧いただき、ありがとうございます。

本作はデスゲーム、異能バトル、神話、タイムトラベル、オーパーツ集め、ホラー、愛や友情などを含んだ多要素ファンタジーです。

ここは遠い過去か未来か、神の怒りによって歴史記録が断絶された、見えぬ怪物によって脅かされる世界。

世界観がやや変わった作品になっておりますが、よろしければどうか、お付き合いください。

もしお気に召しましたら、どうかブクマをお願いいたします。

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