愛しき日々の願いは、時に奇跡を起こす
読んでいただきまことに有難うございます。
ではどぞー。
「いらっしゃい」
あの別れた後、もう半年以上経っていた。
リンファはあの一夏の思い出にも似た恋を簡単に消え去る事ができなかった。
「……退屈ね」
彼との思い出も沈殿してあの色鮮やかな店内もまた褪せたセピア色に戻っていた。
そんな中で彼女は自然と店の外を歩いている異邦人に目が泳いでしまう、彼との初恋は甘酸っぱくも確かに彼女の心の奥底でまた沸き起こる日を待つように静かに湛えていた。
「……アデル」
そう言葉にして発すると自然と目に涙が溜まってくる、好きになった人の名前。
どんどんと暗い気持ちになって行くのに、あの鮮やかな思い出は消える事なく彼女に呪いをかけていた。
「新しい恋を探そう……」
リンファがこの呪いにも似た苦い恋の記憶を忘れるには、新しい恋を探すしかなかった。
根が明るい性格なのだ、確かにだらしなく億劫なことはしたくない彼女だが、このどうしようもなく引きずってしまっていた自分自身のみっともなさを肯定したくはなかった。
「かといって、新しい男か……」
そう気持ちの切り替えを行って見ても、そもそもがときめかないのだ。
アデルの残した呪縛はそうそう簡単に外す事ができなくなっていた。
「悩んだって仕方ないか、仕事仕事っと!」
彼女が仕事を真面目にやった事があるかは甚だ疑問視するところではあるが、そうして日常の中にリンファは溶け込んでいた。
その時だった、客の対応をして行く中で変わった人がやって来た。
「すいません! 誰かいませんか?!」
突然押しかけるようにして店に入って来た男は息を切らしながら、矢継ぎ早に話し出すのだった。
「ど、どうしたんですか?」
「いきなりすいません、私はこの前の街で行商人をしている者でして……」
話を聞くとどうやら運んでいた荷馬車が盗賊に襲われて命からがら逃げ出してきたのだとのこと。
「えっと、取り敢えず水飲む?」
リンファは勢いにつられて男性の事情をもっと詳しく聞くのだった。
「盗賊って……そんなに道中危険なんですか?」
「何をいってるんですか貴方! 危険なんてもんではないですよ」
男性の話を聞いて行くうちにリンファは次第に青ざめた、この当時シルクロードを渡ることは命がけだったのだ。
それこそ故郷の人が心配してお守りやら縁起物を身に付けさせるくらい危険な旅、莫大な金が動く金の道とも別名呼ばれる道中には、荒くれ者やそのお金に目が眩んだ詐欺師など、野党の類はそれこそ砂漠の砂粒ほどいた。
「それに、この長い道中比較的安全だっていってもですね。突然変わる気候、照りつける猛暑など自然の脅威からは人間は無力な程に命を落とすことだって珍しくありませんよ」
「そんな……」
アデルは確かに言っていた、両親が心配していると。
それは文字通りの意味だったのだ、果てし無く危険な旅それがシルクロードだった。
「ねぇ、行商人さん。恋人はいますか?」
「な、なんだよいきなり」
「いいから、答えて?」
「まぁ、居るけど……」
「こっちに来る時何も言われなかった?」
「いやそりゃ言われたよ、行った半数は戻らないと言われてる旅だ。だから彼女は俺が戻らない時のことを覚悟してる」
「どうしてそこまでしてこのシルクロードにくるの?」
「……夢なんだよ、俺は彼女と一緒に店を開きたい。この旅を終えれば莫大な富が手にはいる。そのお金で彼女と結婚するんだ」
「そう……素敵な夢ね」
リンファは男性の話を聞いてどこか納得していた、あのアデルも何かの事情があってお金が必要だったのだろう。
もしかしたら本当の彼女は故郷に居て、その人と今頃一緒に幸せに過ごして居るのかもしれない。
そんな馬鹿な想像をして自分に嫌悪した、馬鹿みたいだ私こんなにもアデルの旅が危険だって知らなかったなんて。
「ねぇ、行商人さん私がもし西に行きたいって行ったらどうする?」
「なに言ってんだ! 危険だってさっき言っただろ!」
リンファは抑えて居た気持ちが溢れ出してきた、アデルという人がこの世にもし居なくなって居たら。
そんなことを思った時心臓が止まる思いがした。
なんでそんな危険な旅だって教えてくれなかったの?
アデル……アデル………アデル!
リンファは抑えられなくなった気持ちに歯止めが効かなくなって居た。
会いたい。
もう私を忘れて居てもいい、会って無事な姿が見たい。
あの優しそうに笑って、私の事をずっと好きだと言ってくれた人に。
「……会いたいよぉ、アデル!」
ボロボロと涙を流して泣き崩れる彼女を行商人の男はオロオロと戸惑うだけだった。
「……おじさん、私を西に連れてって」
無茶なお願いをされて断り続けて居た男だったが、その後も数時間ずっと懇願する彼女についに折れた。
「本当に危険なんだぞ! 命を落としても知らねぇぞ!」
そう脅しをかけてもその鳶色の瞳には一切の迷いがなかった、リンファは両親に伝えることもなく無断で家を飛び出したのだ、あての無き旅。
「アデル……貴方は今どこに居るの」
虚しく夜空にその声はかき消された、無数の星々はリンファの胸を慰めるには温もりが足りなかった。
そうして始まった旅、着の身着のままで飛び出した彼女は薄いピンクの服とその髪に蓮の花を簪代わりに差しながら。
暑く溶けそうな昼、凍えてしまいそうな夜。
カラカラに乾く喉、ぼやけていく視界。
あての無い旅を続けていくつの日々が続いたのだろうか、数日かもしれない、数年だったかもしれない。
彼女はその記憶さえも曖昧になって居た。
会いたい。
それだけが心の支えだった。
幾千の街を過ぎて街並みも変わる、あぁアデルはこんな風景を見て居たのね。
アデルの話して居た頃が懐かしい、今もどこかで生きて居るのだろうか……
私に色を教えてくれた人、白亜のように白い肌とサファイアの様に青い瞳の貴方。
アデル。
「もう…もう逢えないのかな……アデル」
道の真ん中でリンファは途方に暮れた、なんで私はこんな所にいるんだろう。
シルクロードという華やかな道の真ん中で悲嘆にくれる少女がいた。
——リンファ——
その声はどこから聞こえたのか分からない、けどハッキリと聞こえた。
あの人がいる、あの人が近くにいる。
「行かなきゃ……」
アデルが呼んでる。
少女は道無き道を突然走る、知らない道知らない街。
けど知ってる、あの優しい瞳を、愛の言葉を。
私の名を呼ぶ、あのアデルの顔を。
「アデル!!」
そこは小さな交易場だった、街とは呼べるほどでは無い小さな場所。
そんな場所で栗色の髪と白い肌。
何よりも私の好きな青い瞳。
「……リンファ?」
彼、アデルがいた。
「会いたかった! 会いたかったよぉ」
アデルの元に駆け寄って飛びついた、彼は支え切れずに一緒に倒れる。
「……どうしてこんな場所に?」
「貴方が心配で、会いにきたの」
「心配?」
「アデル何も言ってくれない、危険なんでしょ! 危険な旅なんでしょ! なんで教えてくれなかったの?」
「それは……」
「なんで教えてくれなかったのよ!」
「僕は死なないから」
「何それ冗談?」
「冗談じゃないさ、僕は死なないからその心配はないのさ」
「どうゆう事?」
泣きじゃくった顔をアデルが拭う、その顔を見つめて彼は言った。
——君に会うまで僕は死なない——
真剣な瞳でリンファにそう伝えた。
「……何それ、馬鹿みたいな理由」
「そうだね、馬鹿みたいな理由かもね。でも君に会うまで死ぬことなんて一度も考えなかった」
「無茶な人」
「そんな無茶をしてしまう程、僕は君に恋してるんだ」
笑って私を抱き寄せる彼、私が感じたかった温もりがそこにはあった。
「ねぇリンファ、僕は君に言ってなかったことがあったんだ」
「何?」
「結婚しよう、離れていて感じたんだ、もう君のいない世界は考えられない」
「え?……でも故郷は? 両親は?」
「僕が故郷に帰ったのは母の薬を買う事だったんだ、シルクロードを渡ったのはそれが理由」
「じゃあ」
「そう、無事に母は回復して元気になった、向こうで彼女が出来たって言ったら喜んで送り出してくれた」
アデルはリンファをさらに強く抱きしめて、確かめる様に言った。
——僕のお嫁さんになってくれますか?——
リンファは泣きながら、笑いながらこう返事をした。
——はい——
シルクロードが織り成した異国の二人は。
互いの瞳を見つめ合いながら。
幸せな誓いのキスをした。
異邦人 完
病んだ作者の感想。
きついっす。
恋した事のない作者に恋愛はハードル高過ぎますって、なんでこんな無茶したんだろうなぁ(白目)
次回作は流行りのおっさん追放ものでも書きます。
もし宜しければ読んでいただけると嬉しいです。




