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D・M  作者: 足立 和哉
4/14

4.メピリード

 標高が上がるにつれて、私は明らかに山の寒さを感じるようになった。周囲の大気はひんやりと冷気を帯びて、しばらく立ち止っていると底冷えすら感じさせる。歩き出すと体が熱くなるので、普段の登山なら半袖のTシャツ姿で出発するのだが、さすがに今回はれんげ温泉での秋の寒さからの出発で、最初からTシャツの上に長袖のトレールシャツを着こんでいた。歩いている内に熱くなるだろうと思っていたがその長袖を脱ぐ事もなくここまで来た。

 登山道は、やがて岩の多い場所に入る。周囲はまだ森で、森林限界はまだ先にある。大小の岩が連なっており、その上を歩く。この頃になると所々にザラメ状の雪がまばらに積もっていた。周囲の寒さでまだ溶けきらずに残っている。足を滑らさないように慎重に歩を進める。

 やがて、まばらだったザラメ状の雪が次第に岩の登山道全体を覆い始めるようになってきた。この調子では山の上にはどれだけの雪が積もっているのだろうか?不安になるがクリボース達の話だとそれほどでも無いらしいので不安感を振り払いながら歩き続ける。今、歩いている登山道には太陽の光が直接届かないせいもあるが、周囲には陰気な雰囲気が漂い、それが私の不安感を一層に煽っている。

 時間的にもう間もなく白馬大池に着くはずだと思った時に、背後からザク、ザクと元気よく足音を響かせながら登ってくる音が聞こえてきた。追い抜かせてやろうと私は立ち止まって後ろを振り向くと、赤色のキャプを被り、白地に濃いオレンジ色のラインの入った半袖Tシャツ姿に濃い青色の半ズボンを穿いた中年の男性が軽い足取りで登ってきていた。

「どうぞ、先に行ってください」私は四十代半ばと思われる夏姿の男性に少し呆れながら声をかけた。

「いやあ、やっと追い着きましたよ」その男性は日焼けした顔を綻ばせながら言った。

 私はその男性とは面識が無かったので「やっと」という彼の顔を怪訝な面持ちで見た。

「あ、驚かせましたね。あなたとは初めて会います。私の名前はメピリードです」

 私は彼がスーリン等と同じ変わった人間達の仲間なのであろうと直感した。普通、山でいきなり名乗る者はいない。

「今度は何があるのでしょうか?」私は恐る恐る聞いてみた。

 その時、更に後ろから三人連れの若者が登ってきた。彼らは私を見ながら「こんにちは。済みません、先に行かせてもらいます」と言いながら次々と私とメピリードを追い抜いて行った。不思議な事にメピリードは道の真ん中にいたが、その若者達はメピリードをすり抜けるようにして通過していった。やはり、メピリードの姿は私だけにしか見えていないのだろう。この現象も次第に慣れてきた感じがあり、恐怖心も薄らいでいる自分を感じた。

「では、早速ですが、カメラのファインダーを覗いていて下さい」

メピリードはそう言うと、今までの連中がそうしていたように二本のトレッキングポールを両手でしっかり持ち直し、近くにあった岩の裂け目に差し込んだ。

 ファインダーを覗く私には白いカプセルが登山道を下から次々と這うようにして登ってくるのが見えていた。上空に白い巨大な雲状の物は見えなかったが、カプセルが存在している以上、どこかにそれはいるはずだった。しかし先ほどの二人の老婦人が「しばらくは大丈夫だからね」等と言ったばかりだったので彼女達の働きもあまり効を奏していないのが分かった。

 メピリードがトレッキングポールで突いた岩の横に大きな穴が開いた。そして、そこから再びスーリンが現われた。

「今回はメピリードさんからの呼び出しだったか。これは気を引き締めて対応しなくちゃいけないな」スーリンはそう言いながら私にペロっと舌を出した。

「どうも私の評判はスーリンの仲間達には悪くてね。働かせ過ぎだとか、たまには休ませてくれとかとよく言われるのですよ」メピリードは落ち着いた大人の声で私に言った。

 私には何がなんだか分からなかったがカメラのファインダーを覗き続けた。確かにメピリードの命令で動くスーリンの動きはこれまでになく早く的確であった。次々と地表に穴を開けて白いカプセルを地中へと引き込ませていた。メピリードはメピリードで他の岩の裂け目にポールの先を突き刺していた。同じようにそばに穴が開いて、そこからスーリンと同じく黄色いキャップを被り黄色のジャケットと灰色のズボンを穿いた人間達が次々と飛び出してきた。そしてスーリンと同じ動作をして白いカプセルを地中へと引き込ませていた。多くのスーリンの仲間達がメピリードによって地表に出てきたので地表にいる白いカプセルはほとんど姿を消してしまった。逆に地表は白いカプセルの入る穴だらけの印象があった。

 穴は少なくとも二種類ありそうだ。一つはクリニートやメピリードが開ける穴でスーリン達が出てくる穴、もう一つはスーリン達が開ける白いカプセルが入る穴だ。

「ある程度の数のルコスが地表にいた方が山の環境を維持するのには良いのですが」スーリンは汗だくになった顔を敢えて拭きもせずに私に近づいて来て言った。私が不思議そうな顔をしたのだろうスーリンは更に付け加えた。

「失礼、ルコスの話は誰もしてなかったですね。あの白いカプセル状の物体を我々の世界ではルコスと呼んでいます。意思の無い有機物と言って良いでしょう。彼らは自らの意思では動けないので周りの環境に左右されながら動き回るのです。既に見たかもしれませんが、ルコスの本体は空に浮かんでいる巨大な雲状のカボハイドです。これも意思の無い有機物で、そのカボハイドが千切れて小さくなった物がルコスになります」

「しかし君達の働きによって地中に入ったルコスは何をしているのだろう?何か悪い影響を与えているのではないだろうか?」私はそう聞かずにはいられなかった。

「地中に入ったルコスは地中にある分解促進物質によって、さらに分解されます。そして分解してできた物質が山の木々や高山植物などに必要なエネルギーを供給する役割を持ちます。しかし過ぎたるは及ばざるが如しで、地中のルコスが多くなり過ぎると別のトリクリと呼ばれる、これまた意思の欠落した有機物に変化します。トリクリが地中に溜まり過ぎると、実は私の仕事に影響が出てくるのですよ。今は私がトレッキングポールの先でルコスが入れる穴を開けまくっていますが、その穴が開けにくくなるのです」

 いつの間にか傍にメピリードがやって来てスーリンの話を真剣そうな顔で聞き入っていた。

「スーリン。今回の俺のやり方はどうだった?やり過ぎたか?」メピリードはスーリンの顔を睨みつけながら聞いた。

「いや。いつもと変わらんよ」スーリンはにやにやしながら答える。

「いつもと変わらんというのでは分かりにくいな。はっきりさせろよ」メピリードの語気が荒くなってきた。

 私にしか見えない不思議な人間達の中で、メピリードは最も粗暴な性格なのかもしれないとその時私は思った。

「適度に厳しいという状態さ。いつもと変わる状態というのは、例えば二年前だったか、あんたがやり過ぎた時に白馬岳山頂にいる山の神が気を失う位に調子が悪くなった時があったが、そんな状態をいうのさ」スーリンはさらりとメピリードの追及をかわしていた。

「俺が直接、山の神を煩わすのではなくて、実際にはスーリンがした行為になるんだが、そのスーリンをけしかける役目が俺なもんだから、結局、俺が悪者になる場合が多いな」メピリードが自嘲気味にぞんざいな口調で言った。

「確か白馬岳の山頂には山頂を示す道標や方位盤があるだけで、何も祀っていないはずだね。白馬岳の山の神というのは一体何ですか?」私は思わず聞いた。白馬岳の二九三二メートルの山頂には信仰の山なら良くある祠は無かった。

「太古の昔の造山運動によって山々が形成された時点から、主だった山には神霊が棲みついたのです。人はそれを山の神とか山神と呼んで古くから敬ってきたのです。後に仏教の信仰の対象になった山では神仏混淆してしまいますが、共存関係を維持して存在し続けているわけです」穏かな口調に戻ってたメピリードが説明を始めた。

「白馬岳には白馬岳の山の神がおります。私達はその山の神からの命を受けて、あなたを守護するようにと言われています。先ほど会ったクリボースとクリニートも同じです。現在、あなたは多数のルコスに纏わり付かれやすい状態になっています。そこで私達はあなたがルコスに襲われないように監視し、かつ色々な手段で追い払っている訳です。しかしルコスは白馬岳の山の神の栄養源でもあるので、ルコスが少しは地表にいないと山自体が弱ってしまいます。その辺りを加減しながら私達は動いています」

「私がルコスに纏わり付かれやすいというのですか」私が何故そのような状態になっているのか分からなかった。とにかく今回の登山は不思議な出来事がいくつも起こって気が滅入りそうである。

「でも、登山は続けて下さいよ」横からスーリンが口を出す。

 私は力なく頷いて、近くの岩に腰を下ろした。

「じゃあ、お先に失礼しますよ。もうすぐ白馬大池です。そこでゆっくり休んでください」メピリードがそう言ったので、顔を上げると既に白馬大池につながる岩の多い登山道を駆けあがるように早い速度で登り去っていた。

 スーリンとその仲間達はメピリードがいなくなってもしばらく同じ場所に止まっていないといけないと言って、穴開け作業を中断して雑談をしている。

「あなたは先に進んでくださいよ」スーリンは私にそう言いながら白馬大池への道を指差した。私は重い腰を上げて白馬大池へ続く登山道に向かって歩き出した。


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