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D・M  作者: 足立 和哉
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3.クリボースとクリニート

 山肌に刻まれた歩きやすい登山道を登っていると前から体格の良い女性と細身の女性が下りてきた。二人とも今時の山ガールスタイルで体格の良い女性はピンク色のハットを被り、薄緑色のジャケットと色合わせのスカートに黒色のタイツを穿いていた。一方の細身の女性は濃紺のハットを被り水色のジャケットと色合わせのスカートに黒色のタイツを穿いている。

遠目から見る彼女達は二十代の若い女性のように見えたが、次第に近づいてくる姿を見て、私は自分の判断が間違っている事に気が付いた。

「こんにちは」と挨拶をしてくる彼女達の声はまさしく中年以上の声であり、更に濃いめの化粧を施した顔は、明らかに六十歳を超していると思わせた。私は大いなるショックを禁じ得なかったが、明るく「こんにちは。今日は天気が良いですね」と返事をした。

「晴れてはいるけど、上は寒いわよ。初雪だって」体格の良い方の女性が野太い声で話かけてくる。

「私達は白馬大池山荘に泊まったけど、テントの人達は寒かったでしょうね」化粧気のないもう一人の細身の女性は素っ気ない声で続ける。白馬大池山荘は白馬大池の傍らにある山荘で、その前には広いテント場があるのだが、そこでテント泊をする人たちも多かったようだ。

「あなたは今日はどこまで行くの?白馬岳?」再び体格の良い方の女性が話かけてきた。

「そのつもりですけどね。雪の対策をあまりして来なかったから、どうしようかと思ってます。どれ位積もっていますか?」

「白馬大池でうっすらという感じだったからね。上の方だって五センチ位かしらね。積雪は大した事なくても凍ってるかもしれないわ。でも大丈夫、良い天気だから行くべきよ」体格の良い方の女性が大きな声で答える。

「ところで、あなたの後ろからたくさん小さな白い物が付いてきているわよ」細身の女性が急に話題を変えた。

 私は“天狗の庭”での経験が生々しいままだったので、嫌な気持ちで振り向いた。しかし、そこにはただ登山道があるだけだった。

「私には何も見えないけれど」私は二人を見比べながら言った。

「あら、見る方法は既にご存知でしょう。あなたが持っているカメラのファインダーを覗いてごらんなさいな」体格の良い方の女性が意味ありげな笑みを浮かべて私に言った。

 私は先ほどと同じようにしてカメラのファインダーを覗いて見た。確かに登山道を夥しい数の白いカプセルが私を追うようにして地表すれすれを這うように登ってきている。白いカプセルの行列の後を見るとそのカプセルを補充するかのように上からぽとぽととカプセルが間断なく落ちてきていた。私はカメラを空に向けてみた。すると上空に得体の知れない大きな雲のような白い塊があり、その雲の下の方が細かく不揃いに千切れて地表へと向かい、それらが地表に届くまでには白いカプセルと化していた。無論、ファインダーから目を離すと白いカプセルも白い大きな雲の塊りも見えない。

「あなた方には、あの白いカプセルが見えるのですか?」

これまでスーリンという若者しかあの白いカプセルは見えていなかったのだ。すると彼女達はスーリンと同じように不思議な能力を持った人間という事になる。

「私の名前はクリボースと言います」体格の良い方が自己紹介をした。

「私はクリニートよ」細身の女性は相変わらず素っ気なく答える。

「空にある白い大きな雲のような物体は一体なんですか?」私は初めて見る白い巨大な物体について彼女達に聞いてみた。

「あれはね、白いカプセルの親みたいなものね。白い雲のようなものから細かく千切れて白いカプセルが産まれてきているでしょう」クリボースが即座に答えた。

私は再びカメラのファインダーを覗いて見た。空中に浮かぶ異様な物体は白いので清潔感はあるが、白い蛆虫が次々と吐き出されているような印象もあり、見続けていると気持ちが悪くなり、私は思わず吐き気を催し酸っぱい物が喉まで上がってきて咽こんでしまった。

白いカプセルは私に到達するとそのまま登山道を登って行くものもあれば、私の周囲を這い廻りながらピョンピョンと私の脚に向かって飛びかかっているものもいる。そのうちに何となく足の先端に痺れを感じたり、更に針で刺されたりするような痛みすら感じるようなる。これは目には見えない白いカプセルの影響なのだろうかと私は薄気味悪さを感じた。

「あら、気分が悪そうだわ」クリニートが私の顔色を見て言った。

「早く楽にさせてあげないとね。まず、私が先に行くわね」そう言ったのはクリボースだった。

クリボースは私の目の前で直立不動の恰好で目を閉じて瞑想を始めた。すると、ゆっくりと確実に体格の良いクリボースの体が浮遊し始めた。そして一定の速度で空へと上昇していき、ある高度で彼女は静止した。カメラのファインダーを覗くと、彼女が静止している場所は白い巨大な雲の塊りの下だった。クリボースは次々と白い千切れ雲が出てくる辺りをトレッキングポールで突きはじめた。すると千切れる雲の数が次第に減ってきて、地表に到達する白いカプセルも瞬く間に減少していた。

「どうなってるんだ。大体、人間がそのまま浮遊できるはずがない」私は思わず叫んでいた。彼女もスーリンと同様、不思議な人間であれば浮遊する可能性も十分に考えられたが、そこまで私には考えが及ばず底知れない恐怖感が私を襲っていた。

「言い忘れていたけど、私達はあなた以外には見えていないのよ。あなたが私達と話をしていると思っていても、他の人から見ると単に独り言を言っているようにしか見えないのよ。だから、気を付けてね。きっと怪しまれるから。ほら、あの二人も気味悪そうにあなたを見ているわ」クリニートが意地悪そうな顔をして私に言った。

 私は、丁度今、登山道を登ってきた二人連れの中年男性の顔を見た。確かに怪訝そうな顔をしていた。

「こんにちは。いやあ、雲の形がまるで人の形をしていたから思わず感激して叫んでしまったよ」私は照れ笑いを作ってその場を誤魔化した。しかし到底理解はしてもらえなかっただろう。実際には雲一つない青い空だったからだ。二人の登山者は黙って儀礼的な挨拶をしながら私から一刻も早く離れたいかのように急ぎ足で登って行った。

「では、私も仕事に取り掛かるわ」

 クリニートは両手に持っていたトレッキングポールの先端を見つめた後、近くにあった岩の二か所の裂け目にポールの先端を素早く突き刺した。何が起きているのか分からなかったので、私は早速カメラのファインダーを覗いて見た。

 クリニートがポールの先端を突き刺した岩の傍にぽっかりと穴が開いていた。そして、そこから先ほど出逢った黄色いキャップを被った鷲鼻のスーリンが出てきた。

「また会いましたね。予告通りでしょう」その若者はにっこりと笑うと「今回はゆっくりとしていられないのでね」と言うや否や、先ほどと同じように自分のトレッキングポールの先端を地表に次々と突き立て行く。すると周辺にできた新たな穴に、まだ残っていた白いカプセルが次々と吸い込まれて行った。

「じゃあ、僕はこれで行きます。クリニートさんに呼ばれた時はさっさと仕事を片付けて、すぐに立ち去らないといけないのです」スーリンは挨拶もそこそこにクリニートが作った穴の中に戻った。

 クリボースとクリニート、そしてスーリンの三人のおかげで私の周辺にいた夥しい数の白いカプセルはすっかり数を減らしていた。それと共に私の痺れ感や痛みはとれたような感じだった。いつの間にか空から降りてきたクリボースが「これで、しばらくは大丈夫だからね。私達はこのまま、れんげ温泉まで下山しますから、あなたは気を付けて登山続けてくださいね」と私に軽く会釈して言いながら、クリニートを促した。クリニートは軽く会釈しただけで何も言わずクリボースの後を追うようにして去って行った。

 こんな現象が起きてもなお私は登山を続けなければならないのだろうかと思い悩む。知らない間に自分が精神的に病んでいる状態になってしまったのではないかとも疑ってしまう。幻覚、幻視、幻聴など色々な単語が頭を駆け回る。

「くじけず前に行きましょうよ」背後から声がした。

後を振り向くといつの間に現われたのか日に焼けた顔をしたスーリンが静かな笑みを浮かべて立っていた。

「脅かすつもりはないのですが、今、引き返す方が危険です。僕達が常にあなたを見守っていますからね」そう言うとスーリンは信じられない速さで、白馬岳に続く登山道を登っていった。

 僕達っていうからには他にも誰か仲間がいるのだろうか?そう思いながら私はスーリンの足跡を追うようにゆっくりと登り始めた。


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