sector.2
左ハンドルで、パワフルなピックアップトラック。その助手席で揺られて国道を進む。荷台には、あのバイクと俺の自転車を並べて積んでいる。ギフト鎮圧から間もなくだというのに、チラホラと他の車も走っていた。
後ろの席はテツで、その隣がルーちゃん。車内は広々としていたが、ルーちゃんがタライを持ち込んだせいで窮屈になり、テツの左頬を押し潰した。
「ほら、荷台に載せないと邪魔だって言ったでしょうが」
「酷いですジャックさん、ライ十四世を荷物扱いなんて」
「名前付けちゃったの!? てか、『タ』どこ行っちまったんだよ……」
「えっと、『タ』は旅行中です」
「おい、今設定考えただろ! どちらにせよネーミングセンス的にアウトだ!」
「ライ十四世は高貴なタライ。ジャックさんなんか貴族パワーで監獄行きです」
「ホント子供っぽいなぁ、ルーちゃんは。背伸びして、クールな女演出しようとしてるところとか」
「なんですと! 私はもう立派なオトナのオンナ! 演出ではなく、クールが溢れ出てきてしまうんです」
「へいへい、そういうことにしといてやんよ」
「むう、馬鹿にされているような気が……」
喉の奥から「そうだよ」という単語が出かかったが、なんとか飲み込む。
「しっかし、ギルのヤローはなんで俺にこのパソコンを渡したんだか」
ギルの持っていたノートパソコンは、後部座席の足元に置かれている。
「共有の機材だから持ち帰って欲しかったんじゃないのか?」
「これはギルの私物だ。なんか急に連絡がつかなくなるしよ。ま、持ち帰って開けば分かるだろ」
ジャックは終始にこやかにハンドルを握っている。
「なあジャック、どこまで行くんだ?」
「お、名前で呼んでくれるか。よし、俺もアキラとテツって呼ばせてもらうから、お前らも好きに呼んでくれ。もうちょっとで着くからなー」
ルーちゃんが「好きに呼んでくれ」に反応し、悪そうな顔で思考を巡らせて言い放った。
「変態ハイジャック」
「うーん、安直な悪口。もうちょっとまともなの考えて出直して来い。それと、部屋の片隅にあるダンボール箱の事を思い出してから、人の悪口を言えるか考えるんだな」
タライを撫でる手が止まり、タライの中に逃げ込もうとする。しかし、朱に染まった首元が見え隠れしていた。
「へっ、オレに勝とうなんざ何億年掛かってもムリだっての」
無残にも強烈なカウンターを食らったルーちゃんは、後部座席のシートに沈む。ダンボール箱の件は気になるので、後で聞いてみよう。
「ほーら着いたぞ」
市街地から少し離れた場所に建っている、落ち着いた雰囲気の、なかなか大きいビルに到着した。地下駐車場が存在し、薄暗がりに飲み込まれる。
「外から見ると、なんかの会社にしか見えないな」
「木を隠すなら森、怪しい施設を隠すなら普通のビルってことよ」
「ヒーローなのに怪しい施設で活動するのか? もっとこう、正義の秘密基地みたいなのを想像してたんだけど」
「はっはっは。純粋な正義の味方が、いつまでも世界を救えると思ったら大間違いだ。この地球は、何度も金持ちの悪党に救われた」
「悪党がなぜ世界を救う?」
「戦争も盗みも商売も人助けも、人間が居なけりゃどれも成り立たない。好き勝手やれる世界を愛した悪党が救うのさ。強くて優しいヒーローってのも悪くはないが、それだけじゃどうにもならない時がある」
「その『世界を愛してる悪党』ってのにジャックも含まれてるんだな?」
「悪党の俺を殺すか? ヒーロー」
「勝てる気がしない」
「勝てたら殺すか?」
「命の恩人だし、俺の敵になるとは思ってない。俺の仲間でジャック・ラビットを悪く言うのは一人もいなかった。それはきっと、俺がジャックと同じ側の人間だからだ。ヒーローなんて綺麗事言ってるけど、結局敵か味方かでしか判断してない」
俺は人殺しで金を稼いでいた。何人守ろうと、他人から見てしまえば狂人にしか見えないだろう。
「みんなを守る正義のヒーロなんて、夢のまた夢なんだ」
「それでいいんだよ。そんな器用な生き方をしようとすれば、いつか身を滅ぼす。自分の性質が分かってりゃ上等だ」
「…………」
大きな車体を繊細な操作で、ピッタリと駐車場のラインに合わせる。停車するやいなや、タライ頭のモンスターは逃げるように降りて走り去った。
俺も車から降りようとしたその時、ジャックに呼び止められる。
「おっと待ちな、そこのグローブボックスを開けてみてくれ」
膝の辺りを指で示し、開けるように促す。それに従い開けてみると、ナイロンホルスターに収まった鈍い金属の塊が顔を出した。
「これは!」
ブローニング・ハイパワー。現代オートマチックピストルの先駆けであり、完成形とも言える。設計こそ古いが、今なお使われ続ける傑作銃だ。しかも、シングルアクションの精密射撃に適したモデルではないか。
「プレゼントだ。グロックかガバメントで悩んだが、やっぱ使い慣れたのが一番だろ?」
「愛銃までリサーチ済みとか……もしかして、俺のストーカー?」
「そんな情報、コンビニで雑誌を買うより楽な仕事よぉ」
膝の上で簡単に分解し、内部をよく観察する。たとえ仲間から貰った銃でも、命を預ける道具だ。調べすぎて損ということはない。
新品以上にしっかりと手入れされ、文句のつけようがない完璧なコンディション。いい加減そうな彼からは想像できない、繊細な一面を見た気がする。
「いい心がけだ」
「自分が使うものは、徹底的に知り尽くさなければならないと教わった。アルファライザーの武装は調べようがなかったけどな」
もし、仲間から受け取った銃が動作不良を起こしてしまい、失敗したとしよう。最後に整備したのが自分なら、その過失の所在を自分か、生産工場のばあさんのせいにできる。
仲間が大切なら、必要な作業だ。
もちろん、たまに裏切られて細工されている場合もあるが。
組み直し、手に取ればしっくりと来るこの感触。銃を手放し、足を洗ったつもりだが、再びハイパワーが俺の一部となる。どうやら、銃とは切っても切れない縁があるらしい。
「マガジンポーチもあるから、持って行ってくれ。弾はいくらでもくれてやるし、売ってる場所も教えてやる」
とりあえず鞄にも入らないので、腰のベルトに固定した。
「ありがとう、大切に使うよ」
「ははは、あっという間に壊れちまうほど使ってくれた方が嬉しい。いや、どうせ使いすぎてすぐに壊れるさ」
「それは、ちょっと嫌だな」
ギフトとの戦いで使われるのか、人間との小競り合いで使われるのか――
「テツも何か欲しいか? いろいろな銃を用意できるぞ」
「い、いや俺はいいよ。捕まりたくはないぜ」
「ん、そうか……でも撃ち方は覚えておけ。死にたくないならな」
今まで平和だった街が、死ぬかどうかの空間に変わろうとしている。この男が現れたということが、何よりもそれを物語っていた。