sector.1
所々破壊された街並みはどこか情緒的で、いつもとは違う雰囲気が妙に心地良い。まだ昼と言える時間帯だ。市街地にはそよ風が吹き抜け、清々しさを感じる。
腕輪はゼロの数値を示したので、ロックが解除された。それを外して鞄にしまう。
「なあ。俺はともかく、テツとそこの魔法少女はどうするんだ?」
「別にどうもしねえよ。今更、俺達の存在がどうのこうので困ったりはしない。最近派手にやり過ぎて、ちょいと有名になっちまったしな。何なら、うちの支部まで付いてる来るか? テツとやら」
「アキラを一人で行かせるのは心配だが、家に電話しても誰も出てこないんだ。家に帰って様子を見ないと」
「そうか、残念だ。面白い機械でも見せてやろうと思ったんだが」
テツの家は、特殊な合金を取り扱う製鉄工場。テツ自身は機械工学を学んでいる。そんな彼の手を見れば小さな傷と、機械油の汚れがある。
ジャックはそれを見た上で発言したのなら、相当狡猾で鋭い観察眼を持つ男だ。
「なんだって!?」
「様子を見るだけなら、送ってやってもいいぞ」
「…………いいのか? なら、俺も連れて行ってくれ」
機械マニアの魂に火が付いた。ジャックはこうやって人を誘惑し、仲間に引き入れるのかもしれない。テツもうっかり仲間入りさせられないよう、俺が見張っていなければ。
「ルーちゃん、車余ってる?」
「何人か徒歩で帰ることになってもいいなら」
ジャックはキョロキョロと見回し、ターゲットを定めた。
「ギル」
「やだね」
素早さが売りのギルは返事も早い。
「ふうむ……しょうがない、車を回収してくるか」
俺達を救ったオリーブドラブのバイクに飛び乗り、ジャックは一瞬で点になった。
「はぁ……」
いろんな意味の詰まったため息が出る。
「もう一度家に電話してみたらよ、親父は酔い潰れて眠ってたらしいから、帰る必要がなくなった。アキラは電話しなくていいのか?」
ポケットの奥底で眠っていた携帯電話は、神藤桔梗の名前をいつまでも表示し続けた。
「は、ハハハ。全部終わってから連絡しよう。今連絡したら面倒なことになりそうだ」
「それがいい、あの人を心配させるとひどく怒るからな。ましてや、戦闘稼業に戻るなんて言ったらどうなるやら」
「家出しよ」
悩みの種は尽きないのが俺の人生。
「お二人さん、ちょっといいか!」
一仕事終えたギルがノートパソコン片手に歩いてくる。
「ん、そうだ。俺は【ギルバート・モーガン】一応名乗っておく」
「俺は神藤暁。こっちが――」
「月島哲広だ」
「いきなりで悪いんだが、このノートパソコンをジャックに渡してくれないか? ちょいと急用が入っちまってな」
閉じられたノートパソコンは、アタッシュケースのような形になり、ちょっと落とした程度では壊れそうにない。
「俺を信じてもいいのか?」
もし俺がスパイか何かだったら、このノートパソコンを持ち帰ってじっくり解析するに違いない。
「俺達は【九条家】と関わりがあってな。敵の多い九条家にとっての神藤家は良きパートナーだ。お前からすれば他人でも、俺達にとっては信頼できる相手なのさ」
「でも、俺に神藤の血は流れてない」
「絆に血は関係ない。んじゃ、頼んだぜ」
厚くて重いそれを受け取ると、ギルは長い足でスタスタとどこかに消えてしまった。
「すごーい、こんなにゴツゴツしたパソコン初めて見た!」
(こっちは魔法少女を初めて生で見たがな)
「私は、【星降る空の守護者 魔法少女サキ】よろしくね!」
「あ、ああ、よろしく。てかさ、いい加減治療受けろよ」
破れた衣装はいつの間にやら戻っていたが、顔や手足を血で汚したままだった。
「だいじょーぶ! 傷は魔法でちゃちゃっと直しちゃいました! 変身解いてシャワー浴びれば、いつものピチピチ可愛いサキちゃんなのです」
「自分で言うかそれ」
確かに、間近で見ればピチピチ可愛いサキちゃんだと言われて納得できる容姿をしている。
「じゃあね、ヒーローさん!」
鮮やかな髪が風に乗り、腕の長さ程度のステッキを天に振りかざす。そうすると、無数の煌めきが彼女を包み、大空へと導いた。
本来なら、「美しい」や「きれい」といった感想を持つだろう。だがしかし、活火山よりも激しく湧き上がるリビドーの塊には、そうは見えなかった。
「純白か」
ナイスだ雲! 忌まわしき太陽に立ちはだかり、俺だけに純白の楽園を見せてくれるとは粋な真似を……
逆光で確認出来なかった楽園を、俺は垣間見る。
「へんたーい!!」
スカートを抑え、魔法のステッキをこちらに突きつける。ピンク色をした煙の爆発が先端から発生し、煙が晴れるとタライが落ちてくる。凄まじい聴力だ。
「なにぃ!?」
モロに顔面から食らってしまい、脳味噌の中心部まで金属音が届いた。
「おお、丈夫……」
ルーちゃんが地面に落ちたタライをぺたぺた叩き、感想を漏らす。一瞬、「大丈夫」に聞こえたが、タライに対する賞賛だと気付いた俺は少しショックだった。
「アスファルトに落ちても傷一つ無いなんて……貰ってもいいですよね?」
テツは呆れた様子で返した。
「いいんじゃないか?」
所有権を得たルーちゃんはツヤツヤのタライに頬擦りし、ご満悦だ。
「くぅう、痛え!」
「自業自得という言葉をアキラに捧げよう」
無慈悲なテツの言葉を受け取る。悶絶していると、黒いピックアップトラックが目の前で停車し、ジャックが顔を出した。
「何やってんだお前ら」
「見てください! 丈夫なタライを手に入れましたよ!」
「そ、そうなの? よかったじゃん。でもって、どうしてアキラは鼻血出してるんだ?」
「俺が純白の楽園に行き着くには、罪深い身だったのさ…………」
「成る程な……だが、その楽園を垣間見ることが許されただけでも幸運だ」
俺達は無意識に握手を交わしていた。それは先程のものとは違う、友情の始まりを告げるものだった。