sector.5
「いやー、すごかったぜ! 初めてなのにアルファライザーと一体化するなんてよ」
赤白の装甲を外し、道端に座り込んだ俺に語りかけるジャック。
「ギフトを倒した数はオレが三割でギルが四割。んでもって、お前さんが二割だ。残りのちょびっとは、魔法少女とお前さんの厳つい友達が殺った」
「数えてたのか?」
「大まかにな。殺傷数最下位はえーっと、テツだっけ名前? しかし、魔法使ってるのにあんまり倒せていない魔法少女サキさんを最下位とします! テツくんは生身でよく頑張りました!」
「は、はあ……」
最下位を免れた相棒は複雑な表情をしている。一方の魔法少女は不満そうだ。
「ええ、なんか悔しいんだけど。誤審だー、再審しろ―!」
「頑張ったテツくんには『がんばったで賞』を贈ります。最下位だったサキさんには超科学で濃縮した激苦ジュースの罰ゲームです。審判に刃向かったので三倍マシマシを飲んでもらいます」
「ええぇぇ!?」
「オラ飲めぇ! 健康的なジュースだァ!」
司会者風の口ぶりは一変し、激苦ジュースを飲ませるだけのマシーンと化したジャックを眺めていると、聞き覚えのある落ち着いた声で話しかけられる。
「お疲れ様です。そして、申し訳ありませんでした」
「ルーちゃん?」
「はい、例のルーちゃんこと【ルーツィア】です。本名が呼びにくいので、皆さんからは愛称の方で呼ばれています」
彼女は想像以上に美人で、想像以上に小さかった。落ち着いた口ぶりの割には、まだあどけないというか。だが、表情は落ち着いた大人そのものだ。
軍服とも、学生服とも言える青系の制服を着ている。
「こんな小さな子が戦闘に加担してるなんて」
「こう見えても二十歳過ぎてますよ」
「強化兵か……年を取らないらしいな。俺はともかくテツは無関係だ、解放してくれ」
「それは、大丈夫です。危害を加える事はありません」
こういう連中は、情報戦の強さが異常だ。人生の一つや二つ、簡単に創作してしまう。本当に信じてもいいのか疑問が残る。
「おお、そうそう! 戦闘に参加してもらったんだ、報酬を払わなきゃね」
俺の不安を叩き壊すように、ジャックは明るい声で言った。苦味に悶える魔法少女を添えて。
「日本円でいい? 必要ならドルとかユーロに変えるけど」
そこで俺は「なるほど」と思う。
(これは『同志』という意思表示の報酬か)
変に拒否するより、貰っておいたほうが安全を保証してもらえるだろう。
差し出された封筒をそそくさと懐に滑りこませる。
「ほら、そっちのキミも」
テツにも百万円程度の厚みがある紙の封筒を差し出す。
「おおおっ、俺にこんな大金!?」
(しまった!)
大金のやり取りをスムーズにこなし過ぎたことを悔やむ。
「へっへっへ、ずいぶんとデカイ現金に慣れてるな? ブラックマーケットの悪ガキ」
ヌルリと首が回り、いやらしく上がった口角と面白がる瞳に睨まれる。
「何を言ってるんだ? ちょっと金に困ってただけだ」
悪足掻きにしらばっくれてみせたが、付け焼き刃が通用する相手でもない。これで強化兵の知識だけでなく、怪しい分野に首を突っ込んでいる常連だということが露見した。
「まあまあ、そう焦るなって。お前さんの正体は筒抜けだよ、神藤暁」
「はぁ、バレバレだな」
「しっかし奇妙なやつだ。オレが徹底的に調べても、ブラックマーケットに行き着く前が分からん」
「どうせなら、そこを調べて欲しかったな」
俺が育ったブラックマーケットには思い入れが強すぎる。売ってるものは、未承認の医薬品や銃火器だが、それを売っている人間は良いやつばかりだった。俺の家族と言っても過言ではない。
「なあ、調べたってことは、そこで商売してたみんなに会ったんだろ? 元気だったか?」
「もちろん! 今でもピンピンどころかビンビンしてたぜ」
「それなら良かった」
ブラックマーケットは広大な地下街に存在し、【蛇の巣】なんて呼ばれていた。そこで拾われ、雇われ生きていたんだ。
大崩落が起きる前までは。
「それにしても、あそこの連中タフだよなぁ。大崩落があっても、死んだのはほとんど客だったって話だ」
「ああ……本当に……」
「――そうだったな、この話はもうよそうか」
おちゃらけた雰囲気の彼も、俺に気遣って話を切り上げる。
あの日、心の支えだった少女が死んだ。名無しの俺に、名前と悲しみを残して死んだ。
「あのー、私の報酬は」
しっとりとした空気の中、アホみたいな魔法少女の声がよく通る。
「テメー、コイツのしんみりタイム中に金の話しすんじゃねえよ! さっさと治療受けて帰れ! 口直しのあめちゃんあげるから!」
「わぁい!」
そんなやり取りに思わず笑ってしまい、俺の悲しみは和らいだ。もうとっくの昔に克服したつもりだが、深い傷が完全に癒えることは絶対にないだろう。
「ずいぶんとちっちゃい缶ね」
「文句言うな、量の割には高いんだぞ」
ジャックの大きな手の平には、円柱型の平べったい缶が乗っている。蓋を開けると小さな紫色の飴が顔を出した。
「初めて見るわね、これ」
「ドイツ製だ」
サキはとても小さな飴を、謙虚に一粒だけ貰った。もう金の話は忘れてしまい、意外と遠慮がちな性格かもしれない。彼女は、重い空気に耐えられずにふざけてみせたのだろう。
さっぱりとしたシュガーレスの飴は、食後の口直しには最高だ。懐かしい匂いがする。
「ん、お前らも食え食え」
俺とテツに缶を差し出したので、一粒ずつ貰う。ルーちゃんは横から三粒奪い、口に投げ入れた。
「おまっ、贅沢食いしやがって!」
「うーん、甘くないです」
同様に、魔法少女も渋い顔をしている。
「シュガーレスだからな。お前は甘いもんばっかり食って、ブクブク太りやがれ」
額に血管を浮かべたルーちゃんが、無言でジャックを殴り続ける。どこからか拾ってきたコンクリート片で殴っても、びくともしない。
「ジャック、うちの部隊が頭付きのギフトを見つけて殺した。ネズミみたいにちっちぇえやつだったらしい」
塵で汚れたサングラスを拭きながら、事後調査を行う部隊の指揮を執っている。頑丈そうなノートパソコンをカタカタ叩き、兵士のヘッドカメラの映像を映し出していた。
「ネズミぃ? そりゃ見つかんねえよ。ま、強くて倒しにくい頭持ちよりはマシか」
今日は色々とありすぎて疲れた。シャワー浴びて、家の布団に入りたい。だが、俺の左腕には白い腕輪が装着されたままだ。今は三十一パーセントを示していて、表示がゼロになるまで外してはいけないらしい。
「なあ、この腕輪を途中で外したらどうなる?」
一番詳しいであろうジャックに問う。
「俺達みたいな強化兵になっちゃうよん。しかも、適合できなかった場合は自分の再生能力に食い殺されちまう」
「なんだって?」
「アルファライザーは、人間だとかなーりキツイ代物でな。普通なら、【戦闘動作補助システム】のせいで内臓とか関節がボロボロになっちまうが、一時的に強化兵化すれば大丈夫。外れないようにロック機能もあるし、ちゃんと使ってれば事故が起きないことも検証済みさ」
強化兵というものは、そう簡単に死なない。しかし、元は人間なので、恐怖という障害がある。その対策として、大量の脳内麻薬を分泌する構造になっていると噂で聞いた。俺が豹変した理由もそれだろう。
「まさか、あんなにイカれちまうとは思わなかった」
「戦うには、楽しいくらいがちょうどいいぜ? 罪悪感に押し潰されるよりも健康的だ」
「俺は、ヒーローになりたい。守れる強さと優しさを持った。だが俺は、機械に乗っ取られて殺しに楽しさを感じるなんて……昔から何も変われない」
この男を見ていると、蛇の巣時代の俺が呼び起こされる。
「ほら、それが心に良くない。悪人を楽しく殺せば善人が救われる、それでいいじゃないか」
「イカれてるな、俺もお前も」
「イカしてると言ってくれ。生物であるからには、奪わなければ生きていけない。人間は奇妙なもので、それを嫌う連中がいる。オレは、そんな心優しい人間の為に戦っているということにして、楽しんで戦う」
もう、死ぬまで普通でいたかった。それなのに、なんでこんなやつに会ってしまったのだろうか。
彼は俺の悩みも知らず、続ける。
「それにしても、ギフトってのは謎が多いなぁ? 海から出てきたり、突然市街地の真ん中に湧いて出たり」
「どういう意味だ」
「この土地が、大規模な戦場になる日もそう遠くないという意味だよ。今日の襲撃とは比べ物にならない程に激しくて楽しいやつだ」
この男、どうにかして俺を戦わせたいらしい。
「大切な存在を守りたい。それと同時に、アルファライザーをもう一度使いたいと思っている自分が嫌なんだ」
「その欲望、両方満たせばいいさ。人を殺せと言っているんじゃない、怪物を殺せと言っているんだ」
人間じゃなければ罪悪感もない。なんて酷い口説き文句だ。
「いざって時に敵を取り逃がすヒーローより、ちょいと殺し慣れていた方が多くの人々を救える」
そう……俺が昔やっていた善行と大差ないじゃないか。俺は、悪党狩り専門の雇われだった。悪党一人殺して、普通の人間をいっぱい救う。俺は、報酬を受け取る。
すぐ目の前で、魅惑的な闘争が手招きしていた。
人は変われると言うが、俺はそう思わない。
幼少期に形成された、本能とも呼べる部分は絶対に変わらない。みんな変わったふりをして生きている。
抑圧された感情は、ちょっとしたきっかけで爆発してしまう。
「報酬は、出るんだよな?」
俺は、心優しい正義のヒーローに憧れた。それは、理想でありながら最も遠い。
今は、俺が戦う。もっとヒーローに相応しいやつが現れたら引退しよう。そうしたら、報酬を使って今度こそ穏やかに生きていく。地獄に堕ちるその日まで。
あと少し良い事をすれば、地獄巡りの末、羽虫に転生することを閻魔様は許してくれるだろう。
「ようこそ、ヒーロー。世界はいつの時代も戦いと英雄を必要としている」
差し出された右手を、俺は強く握り返してしまった。