sector.4
「俺に……俺にやらせてくれ!!」
「よしきた」
ギルは呆れ顔でテツの側に付き、フォローする。
「操作は簡単! このハウジングカードを挿してからT字型のレバーを引っ張るだけだ。とりあえずやってみろ」
言われるがままにカードを受け取り、腕輪に挿入すると何の抵抗もなく入る。T字型のレバーを引くと鈍い痛みを左腕に感じた。
「なんか刺さったぞ! 痛え!」
「それは透析装置の開発コードネームを持つ。装着者の安全を保つために、血液を一時的だが別物に置き換えて、生命力を高める」
「血液!?」
この男はなんてことを言うのだ。腕輪には俺の血液と思われる赤い線が浮かび上がり、シンプルなデザインからイカしたデザインになっている。
「一時的だっての。むしろちょっと寿命が延びるかもしれんぞ」
少し後悔したが、もう後には引けない。
「ここからどうする!?」
「腕輪の表面に出る数字が百になったら準備完了。後は好きな掛け声で変身すればいい」
どういう原理か知らないが、腕輪の白い表面に数字が赤く浮かぶ。俺の腕輪もあっという間に百を示し、複数の赤い半透明のリングが俺を読み取っている。
咄嗟に掛け声が思いつかず、彼の言葉を真似した。
「転装! アルファライザー!!」
空間から集まった装甲達は俺の体にフィットする。俺より一回りも二回りも大きいジャックが装着できたとは思えない快適性だ。サイズ調整機能でもあるのだろうか?
「このまま安定すればいいが……」
最後のヘルメットが装着する際、首の後に腕と同じ痛みを感じる。
「また刺されたっ!?」
「お前の脳波を読み取って動きを最適化する。傷は残らないからそう心配すんなって」
あれこれやっているうちに、ギフトが二体同時に飛び掛かる。ジャックはひらりとかわし、俺は無意識に拳を突き出していた。
「すっ……ご……」
俺の拳に跳ね飛ばされたギフトは、もう一体を巻き込んで溶けて蒸発する。
「すっごいだろ? オレが開発に関わってるからな!」
得意げな男の声は耳に届かない。人生で最も頭が冴え渡り、脳味噌にハッカを詰め込まれた気分だ。
「はっ……ハハッ! なんだこの感覚。気分が良すぎて気持ち悪い」
「おお、どうやら完璧に適合したようだな。良いデータが取れそうだ」
ジャックは満足した様子でウンウン頷き、何を思ったか俺の頭を鷲掴みにして耳元で怒鳴った。
「ルーちゃん聞こえてるぅ? 今、オレ以外が装着してるんだけど、さっきので武器壊れたりしてない?」
「巻き添えでかなりの数が壊れましたね。もう少し考えてアルファライザーを運用してください」
アルファライザーのヘッドパーツから落ち着いた少女の声が聞こえている。このシステムのサポート役なんだろう。
「誰なんですか? この人。生体パターンから察するに、【強化兵】ではなく一般の方のようですが」
「ルーちゃん……一般の人相手なのに強化兵とか言っちゃっていいの?」
「あ!」
「クールキャラやめてドジっ子キャラにしたら?」
「こ、これは! えっと! その!」
戦闘中に漫才を始める二人に翻弄される俺を尻目に、テツとギルは協力してギフトを倒していた。
「あのー、耳元で漫才してる間に俺の出番が……」
「んんっ、おほん!」
ヘッドパーツからわざとらしい咳払いが聞こえ、また落ち着いた雰囲気に戻る。
実を言えば「強化兵」という単語に心当たりがある。しかし、これ以上会話が長引いてしまっては俺の活躍する時間が減ってしまう。
「現在使用可能な武器は【水黽】と【叢雲】です」
アメンボにムラクモ……今度はずいぶん気の利いた名前じゃないか。
使える武器は二種類。先程見た火力のせいで期待が膨らむ。
「早く……早く戦わせてくれ!!」
我ながら人が変わったような言動をしている。でも、これはずっと抑えてきた本心が零れ出てしまったことをよく知っていた。
「ほお、アルファライザーとの相性は抜群だな。ここまで攻撃的になれるのはナイスだ」
彼はアルファライザーのケースから二枚の小さいカードを取り出し、一枚を俺の腕輪に挿してからI字型のレバーを引いた。
「見てみろよ。魔法少女はそろそろピンチらしいから、お前が助けてやってくれな」
背中に心地良い重みを感じ、横目で確かめると両肩からにゅっと砲身が飛び出している。
「そいつは対空キャニスター砲だ。散弾が出る」
「これを撃つのか?」
心の中で「撃つ」と繰り返すと耳元で爆音がしたが、装甲のお陰で大したことはない。
「アアァーッ!! そいつは脳味噌と繋がってて、撃ちたい思ったら弾が出ちまうんだよ。先に言っておけばよかった……」
散弾はジャックの前髪を数十本跳ね飛ばし、後ろの歩兵型を粉々にした。
「ああっ、スマン。でも、どこがアメンボなんだ?」
「背中には格納された四門のガトリングがある。それを展開するとアメンボみたいに見えて意味が分かるぞ」
「展開?」
アルファライザーは俺の思考に再び応え、四門のガトリング砲が虫の足みたいに飛び出した。
「おおー、上手えじゃねえか!」
歓声を上げた彼は、空高くに向かって怒鳴り散らす。
「降りてこーい!! 細切れになるぞぉー!!」
「今度は降りるの? わがままなおじさんねー!」
「お兄さんだ!!」
「ひゃあ! ごめんなさーい!」
急降下してきた魔法少女は顔や足に切り傷があり、衣装も所々破れていた。痛々しいその姿は、日曜の朝には放送出来ない程血塗れだった。
「よし、撃ちまくれ!!」
最初は群れの真ん中に散弾を叩き込む。更に、散り散りなった飛行型のギフトにガトリング砲のおまけをプレゼントした。
「ウオオラァ! 四門斉射ァァッ!!」
ガトリングの唸り声が心地良い。ギフトの呻き声が俺を楽しませる。
「はっは! もう使いこなしてやがる。ギル、オレ達も思いっきしやろうぜ。どうせ増援もまだまだ来やしないだろうし」
「いいのか見せちまって?」
「強化兵なんてもう有名すぎて、どーってことねーよ」
秘密扱いしてルーちゃんを困らせていたが、もうどうでもいいことらしい。哀れルーちゃん、慌て損だ。
ジャックはからからと笑い、いっぱい物が詰まった上着を脱ぎ捨て、ギルは裸足になる。
「おいおい、オレ達のストリップショーにでも期待してんのか?」
こんな状況で脱ぐ野郎がいたら気になってしょうがない。変な意味ではないことを念押ししておく。
「ギルちゃーん! やっちまえ!」
「『ちゃん』を付けるな!」
暗い色のズボンを捲り、色白の手足がスラリと伸びている。いい年をしたオッサンがその格好をしているとかなり滑稽だ。川遊びで息子以上にはしゃぐパパに見えなくもない。
ギルは静かに唸り、全身に力を溜めている。その様子を横目で見ながら空中の敵にありたっけ叩き込み続けた。
「何をするつもりだ?」
テツと魔法少女は俺以上に状況を理解できていないせいか、ポカンとしている。一方俺は何をするか少しだけ見当がついていた。
彼らは「強化兵」だ。強化兵とは、第一次世界大戦の毒ガスが猛威を振るった時代の研究をルーツとする。
毒ガスが散布された区域で行動できるように「設計」された人間のようなもの。時代と共に改良が進み、薬物耐性から身体能力の向上が主軸となり、裏で歴史を動かしていた怪物。
奴等は殺しに特化した兵器。
「ふっ飛べギフトォ!」
白い四肢から浮き出るように砲金色の装甲が現れる。このアルファライザーとは違い、その男自身から装甲が現れたのだ。
「変身するタイプの強化兵!?」
想像以上の展開に、思わずそう言ってしまった。俺が強化兵を詳しく知っている人間だということが彼らに知られてしまう。
ピカピカの大砲みたいな色の足で地面を蹴ればギルの姿は消え、ほぼ同時にギフトの群れが吹き飛んだ。
「速すぎて見えない!」
「よそ見してんじゃねえよっと」
今度はジャックの背中から無数の赤黒い物体が飛び出す。俺の周囲で蠢いたそれは靭やかで、湿った触手だった。先端には気味の悪い刃物が備え付けられていて、周囲のギフトをサックリと斬り刻む。
「――ッ!?」
触手の生え際を観察すると、服には触手を出すための横の切れ込みが入っている。切り口の上の布を長くして上手に背中を隠していた。
「俺をご存知で? ファンならサインとか書いちゃうよ」
触手の刃で地面を抉り、砂埃を巻き上げる。視界を奪った煙も直に晴れ、アスファルトをキャンバスに彼の名前を刻んだ。
[Jack Rabbit]
荒々しいタッチで刻まれた名前を見て俺は驚愕した。
(知っている……俺はこの名前を知っている!! なぜ、こんな怪物の中の怪物がここに!?)
このジャック・ラビットの名前に動揺を隠せない。
「ううぅん、これじゃあプレゼントできないな」
自分の名前とにらめっこをしながらも、触手を使いギフトを刈り取っていく。
「やっぱサイン色紙とか買ってきた方が良かった?」
「い……いや、気持ちだけで十分だ」
「そう言うやつに限って欲しがりさんなんだよな。よし、百枚書いてやるよ」
「嫌がらせか!」
悪名高いこの男のサインを大量に貰ったら運気が落ちそうな気がした。
「んじゃ、こっちをプレゼントだ」
いつの間にか俺の懐に飛び込んでいた彼はカードを差し替え、レバーを引いた。
「そろそろ弾切れだろう。今度は剣だから言うまでもないな」
背中のアメンボは光の粒子になって消え失せ、代わりに棒状の装置が右拳の中に現れる。
「これがムラクモか」
「よく切れるから、足をうっかり落とさんようにな」
手の内の白いムラクモ。その刃と思われる部分から自動的に赤い閃光が迸る。
「うお、あっちい!」
「オレ用に出力を上げすぎたか? まあ、その分よく切れるから我慢してくれ」
もしこれが生身だったら、俺の右手右足は大やけどしていただろう。彼らが暴れたお陰でギフトの密度が低くなり、一体ずつ相手出来そうだ。
「よく切れるのか……それなら我慢しないとな!」
光刀を両手で持ち直し、目の前のギフトに飛び込む。斜めに振り下ろした刃は容易に体を切断し、一撃で仕留めた。どうやらこの剣は溶断することに特化しているらしい。
「良い!」
この武器の魅力にすっかり取り憑かれてしまった俺は、次々と切り捨てていく。俺はアルファライザーに支配されていると気付いた時、ギフトが既に全滅していた。
やがて戦闘機が空母型を撃破し、輸送ヘリから人間の兵士が降下。遅れて複数台の軍用車両が俺達を取り囲んだ。