sector.3
いよいよ取り囲まれ、圧倒的に不利な状況に追い込まれたその時だった。
「あっはっはっはっは! 魔法少女がバイクの速度に負けてやんの」
最悪な状況を楽しむ、ノーヘルバイク乗りの声だ。これだけで普通の野郎じゃない。
最低限のパーツで構成され、高い座席を持つ鈍いオリーブドラブ色の車体に跨っている。いわゆるオフロードと呼ばれる種類のバイクだ。その車両には舗装路での走行を考慮したのか、蛇の鱗のようなオンオフ兼用タイヤを履いていた。
軽快なエンジン音を放つ二輪車には二人の男が乗っていて、運転手は黒髪でゴツゴツとした顔つき。俺は、その奇妙な瞳の奥に狂気の光を隠していることを見逃さなかった。
後ろには、暗い灰色の後ろ髪を小さく縛った黒いスポーツサングラスの男がゆったりと跨がり、サブマシンガンのMP5を携えている。
本来ならバイクで颯爽と登場するヒーローに期待したいところだが、失礼ながらそうは見えない二人組。
「何だありゃあ」
相棒も気付いたらしく、思わず得物を下ろしていた。
間もなくギフトの群れに近づいた彼らの、危機感を感じさせない会話が飛び込んでくる。
「オラァ! ギル、降りろぉ! お前が乗ってるとコイツじゃパワー不足で動きにくいんだよォ!」
「わーってるっての。言っとくが俺はお前より軽いんだぞ? スマートなモデル体型だ」
「オメーのはひょろ長いって言うんだよ! モデル体型を語っていいのはイケメンだけだ」
「うるせー、俺の方がモテるからイケメンなんだよ!」
「こなくそっ!!」
降りるように急かされたサングラスの男は【ギル】と呼ばれている。運転手の急ブレーキで跳ね飛ばされた彼は灰色がかった髪をなびかせ、小口径のサブマシンガンを俺達の方目掛けて空中で構えた。
サングラス野郎はひょろ長いようでガタイがいい。白い歯を露出しながら弾丸をバラ撒いたが、器用にギフトだけを撃ち抜いてみせた。
「なっ……」
あまりの急な出来事に、俺達は驚きを隠せない。
その男が放った弾丸は二匹のギフトから命を奪う。その証拠に、ギフトは黒い液体に溶けた後に蒸発してしまう。
「次はオレの番ね」
バイクに跨ったままの男はエンジンを吹かし、回転数を上げる。蒸発したギフトの隙間から包囲網に入り込み、俺たちを防御するように左旋回してみせた。
「頑張るねぇ、お二人さん! これでもう勝ちだ」
「勝ち……だって?」
今ここで戦っているのは四人。しかも、銃を持っているのはサングラスのギルさんとやらだけだ。とてもじゃないが、勝ち誇れる気分ではない。
(こいつら、バカなのか?)
「へっへ」
小さく笑ったバイクマンは更に速度を上げ、右足で次々と蹴り飛ばしていった。その蹴りは人間技とは思えない程に重く、ギフトがぽんぽん飛んでいく。蹴りだけで五体も蒸発してしまった。
「は?」
ギフトを殺すのは難しいという概念を無視してなぎ倒していく二人。ギルも威力の低いはずのサブマシンガンで次々と殺し、最後のマガジンに入れ替えた。
「だーから言っただろギル。銃より殴ったり蹴ったりの方が早いんだって! 銃はちょっと遠い敵にだけ使わんとすぐ弾切れだ」
殴った方が早い? そんなバカな。
「ものは試しだ。銃での殺し方が分かった方が何かと便利だろ?」
「まぁ、そうなんだがな。ギフトと戦える人数増やさにゃならんし」
遠方で銃を撃っていたギルは弾を撃ち尽くし、彼もまた俺達に近寄ってくる。
「一般人にしては頑張ってるな」
「お、おう……」
どう答えていいものか分からず、テツと顔を見合わせたが、やはり彼も同意見らしい。
「さぁーて、この数をどうするか?」
スタンドを立て、バイクから降りながら全員に語る。
「まぁどうなるにせよ、増援が来るまでは好き勝手暴れさせてもらおうか。【アルファライザー】の実戦データも欲しい」
そう言ったバイクの男は、跨って来た車体と同色の腕輪を懐から取り出し、左腕にはめる。思わずその腕輪に見惚れていると、向こうは視線に気付いた。
「おまえ、その白いやつちょっと見せてみろ」
「こ、これか?」
目を見開き、俺の白い腕輪に吸い込まれるように迫り来る。左腕を捕まれ、その男はエイリアンのミイラでも見るような表情をしていた。
「なんでここにあるんだよ……間違いねえ、本物だ」
「これはいくら積まれても渡せない!」
この反応、恐ろしくレアな限定品だったのだろうか?
「あーっ、話は後だ! 奪ったりはしねえが、事情を聞かせてもらうからな!」
ガンマンを引き連れて危険地帯に突っ込んできたのだから、まともな連中ではないと思っていたが、一応話は分かる相手らしい。
「見つけたっ! 早く避難してください、道は私が作りますっ!」
鈴のような声がむさ苦しい空間を浄化する。朝のニュースで見た魔法少女サキちゃんとやらがふわふわと上空でホバリングしていた。
「まだヘンテコが増えるのかよ」
ずっと半開きのままだったテツの口がようやく動く。その発言に上乗せするように、サングラスをずり落ちさせながら叫んだ。同時に、鋭い下三白眼の瞳が露わになる。
「ホントになあ! 変なのは【ジャック】だけで十分だ!」
(お前も十分変だよ!)
バイクから降りた運転手はジャックというらしい。恐ろしい程にありふれた名前。日本で言う、名無しの権兵衛の英語版だ。
変なジャックは、天を仰いで呟いた。
「逆光でパンツ見えねぇ……ギル、そのグラサン貸せよ」
「俺のトレードマークを下らん理由で渡したくない」
確かに、そんな短いスカートで空を自由に飛ばれたら中身が気になる。俺も同感だ。
「な、何言ってるんですか!!」
まともに取り合ってくれない野郎共に苛立ちを感じた魔法少女さんは、魔法のステッキを振り回して講義する。
「はやく! 逃げて! 死んじゃう!」
「死にそうなのはお前だっての」
ジャックは懐からタンカラーのオートマチックピストルを引き抜く。名前はよく分からなかったが、形状と色から察するにかなり最近の銃。恐らく二〇〇〇年以降に公表されたものだろう。
ぶっ放した三発の弾丸は逆光を物ともせずに、彼女を背後から狙う鳥型のギフトを見事殺してみせた。
「ひっ――」
魔法少女の間近を通り過ぎた殺意の鉄塊は、ファンシーでポップな彼女にはシゲキが強すぎたらしい。
「なぜ、三発で殺せる? こいつらはもっと頑丈なんじゃ……」
ギフトとしては耐久度の低い【飛行格闘型】の個体。それでも、拳銃弾の場合は数十発必要になる相手だ。
「あ? ああ、コツを見つけてな。気が向いたら教えてやるよ」
銃の中では難しい部類の拳銃を片手でブレなく扱う。こいつはまさに怪物だと悟った。遊び心すら感じる構えで、もし両手で扱ったら無慈悲で素早く正確な射撃をするだろうと想像できる。
「ホラホラ、魔法少女さん? オレはお前より強いだろ? でも空は飛べん。だからバッサバッサ飛んで鬱陶しい奴等を倒してくれ」
パンツのある方から目を逸らし、透き通る青空を見る。そこには、攻撃的な羽をした鳥が円を描くように何十体も滑空している。
「は、ハイ……」
それはそれは不服だっただろう。変なおっさん二人にバイクで追い越された挙句、自分の弱さを見せつけられたのだから。
「おい、ギル! 頭は見つかったか?」
「いんや、ここからじゃ見つからん。飛行型はどうだ?」
「どいつもこいつも付いてねえ。クソッ、どこに隠れてんだ――そうだ、お前さん達は頭の付いてるギフトは見なかったか?」
「いや、見てない。テツは?」
「スマン、俺もだ」
「――って、そもそも頭ってなんだよ? ギフトに頭なんて付いてないはずじゃないのか?」
ギフトは動物を模した個体が多く、その何れも頭部が欠損した形をしている。
「それが、たまーにくっついてるのよ。そいつが指示を出して得物を上手く追い込むし、ギフトの行動パターンを増やす。さっきよりよく動くだろ、こいつら」
「指揮官がどこかにいるってことか……」
彼の話が本当なら、急にギフトが活性化したことに合点がいく。
そうこうしていると、ジャックは嬉しそうにポケットの中を弄り、厚みのある白いカードを取り出した。
「よし、【転装】の時間だ。ギル、援護ヨロシク」
「はいよ」
ギルがジャックの近くで拳を構え、飛び掛かったギフトを目にも留まらぬ早さの正拳突きで撃退していく。
彼の腕輪は俺の腕輪の半分程の大きさだが、同じサイズの大きな穴と小さな穴が空いている。まるで俺の腕輪を小型化したような風貌で、小さな穴は一個少なかった。レバーのデザインも小ぶりながら、白い腕輪と似た形をしているのものが備え付けられている。
カードを大きな穴に挿入し、力強くT字型のレバーを引く。それと同時に起動音が周囲に鳴り響いた。
彼の腕輪の表面にゼロパーセントが表示されたと思えば、瞬く間に百パーセントに達する。連続する機械的なビープ音。いくつかの赤いリングが現れ、彼の体を上下に行き来しながら読み取っているようだ。
ジャックは脚を肩幅に開き、よく通る声で叫んだ。
「転装! アルファライザー!!」
叫びに応えるように、白と赤のツートンカラー装甲が空間から出現した。体に添って組み上げられていく。
「変身……だと……?」
眼前に現れたそれは、恋い焦がれたヒーローそのもの。しかし、形状自体はロボット型怪人に見える。白と赤のカラーリングがその怪物性を隠していた。
装甲が完全に装着されると、どこかと通信を始める。
「ルーちゃん、20ミリのリヴォルヴァーカノンは使えるか?」
20ミリといえば、戦闘機の機銃にも使われる口径だ。ヒーローにしては嫌に現代兵器を使う。
「よし、消し飛ばしてやる」
硬い指を器用に使い、腰のケースから小さなカードを取り出す。腕輪の穴に差し込み、I型のレバーを引く。金属がぶつかり合う小気味がいい音がした。そして、長い砲身を持つカノンが光とともに彼の手中に現れる。
「ぶちまけろ! ギフト共!」
およそヒーローとは思えない発言には耳を塞ごう。凄まじい爆音とともに放たれた弾頭は歩兵型を引き千切る。二発、三発と撃つ度に敵は死んだ。
圧倒的な強さを魅せつけたが、十体ほど数を削ったアルファライザーに異変が起きる。
「あら、あらららら!?」
機械的で、格好いいとすら思ったのも束の間。装着者は情けなく慌てふためく。装甲同士の噛み合わせが悪かったのか剥がれ落ち、アルファライザーは消えてしまう。
「ううむ、やっぱオレじゃあダメか……」
顎を指で擦り唸っていたが、ふと俺と目が合う。
「よし、お前がアルファライザーを転装しろ。その白い腕輪でな」
「はぁ? 流石にそれは不味いだろ」
サングラスが再びずり落ち、あの眼に動揺が走った。
俺があの装甲を身に纏えというのか? 今の俺とは違う姿に「変身」し、強い力を得る。何よりも望むことだ。