sector.3
なんとかサンドイッチとチーズを飲み込む。そして、ミルクティーを揺れる車内で流し込んだ。
思わず持ってきてしまったミルクティーのカップは、後で返しに行こう。
「もう魔法少女が来たのか?」
他の車をすり抜けて海岸線へ向かう。途中、対空機関砲やら自走対空機関砲ともすれ違った。
ジャックのせいで崖下に落ちた直後だったが、タタラはそこらのレーサーよりも腕がいいので安心できる。漫画を読みながら、マフィアと余裕でカーチェイスをこなす強者だ。
「いんや、海洋性ギフトが押し寄せている。ジャックの部隊は対空装備がメイン。俺達で多少削らなきゃ、防衛ラインが壊滅よぉ」
「これも、魔法少女がギフトに刺激を与えているってことか?」
「だろうな。だが、先行してきている点が謎だ」
もし魔法という存在に刺激されたのなら、魔法少女を追いかける形になるはずだ。
「天才参謀ダカツなんだろ? なんか思いつかないのか?」
「本職は前衛だっての。まぁ、俺は天才だから、ギフトがどういうアルゴリズムで戦闘を行うのかは大まかに把握している」
(ちょっと褒めたら、急に難しい横文字使い始めたな……)
車をかっ飛ばしながらも、タタラは持論を展開した。
「実際に何度も戦って分かったのが、魔法少女を優先的に狙うのではなく、強力な魔法が使われた一定範囲内の人間を、殺しやすい順に狙っているように見える」
「負ける可能性が高い魔法少女は、後回しになるってことか」
「そんな感じだな。ギフトの適応力の高さは、文明と戦争をやるための人工知能がそうさせてるみてえだ。人類の兵器を真似したり、撃破するための機構を試行錯誤している。前に出て戦ってりゃ、そのうち分かるだろうよ」
脳みそがコカインで構成されているような野郎だ。しかし戦いとなれば、鋭い洞察力を惜しげもなく披露する。きっとこの推測は、多かれ少なかれ当たっているのだろう。語ったこと以上に、多くの先を見越しているはずだ。
「今、脳みそコカイン野郎のくせにって思わなかった?」
「ねーよ」
ほんと、感の良い奴め。
そろそろ海岸線の道に出るはずだ。拳銃を抜いて、マガジンのバネやスライドがちゃんと動くか確認した。
「アキラは後ろの方に移ってくれ」
「はいよ」
シフトレバーを踏んづけないように、後ろの席に転がり込む。
後部座席には、菓子の袋からショットガン。挙句の果てには、六連発グレネードランチャーのMGLまで積んである。さらに後ろの荷台には、布団が無造作に置かれていた。
足元から双眼鏡を見つけて、水平線上を探ってみる。
浮かんで見えるゴマ粒みたいなものは、あの魔法少女だろう。もう少し手前、十一時の方向に視線を移すと白波が立っていた。
自然現象ではなく、明らかに一定範囲だけ水面が荒れている。
「さーいくぞー!」
タタラは楽しそう。つまり、派手な戦いが起きるって意味だ。
それにしても、前衛の戦力が少なすぎじゃないだろうか?
「とりあえず軽くご挨拶だ。そこのグレネードランチャーに弾を装填しろ!」
言われるままグレネードランチャーを取って、回転式弾倉をスイングアウトする。空っぽの弾倉をゼンマイのように回してやる。これで弾を込めて戻せば発射準備完了だが、弾が見当たらない。
「弾はどこだ?」
「助手席の下ぁ」
視線をそこにやると、弾薬がごちゃごちゃと入った箱がある。そこから、ベルトでまとまっている40ミリ弾を、芋掘りみたいに引っこ抜いた。
弾を二個ずつ指で挟んで、六箇所の穴に入れていく。このピッタリと収まる感覚が、何だか気持ちいい。
弾倉を元に戻し、後はコイツを食らわせるだけだ。
天井のサンルーフを持ち上げてからスライドさせると、青い空が出てくる。グレネードランチャーの六連シリンダーが引っかからないよう、慎重に上半身を出した。
潮風が髪をかき乱し、心を浮つかせる。
ギフトの大群は、横幅二百メートル以上に広がり、もう間もなく砂浜に上陸する。
車は速度を落とし、俺は照準器を覗いた。この距離なら、細かく発射角度を調整する必要もない。
先頭のギフトが上陸を始めたが、まだ引き付ける。見慣れた歩兵型によく似ている。だが一回り身体が大きく、頑丈そうなヒレが体中から生えていた。
だいぶ砂浜に上陸したところで、小さな何かが高速で海面から飛び出す。
それはおびただしい数で、一瞬で空を濁らせた。
「さては歩兵型にへばり付いてたな。こっちに来なけりゃ無視しろ!」
タタラの声は、風切り音にかき消されず届く。
いい具合の数が上陸したので、射撃体勢に入る。これほどの数が相手だと、気休め程度の爆発力しかない。本来なら、爆撃機がなんとかするような仕事だ。
引き金を引くと、拳銃やライフルでは味わえない「パコン」という独特の音と衝撃が伝わる。
できるだけ多くのギフトに榴弾の破片が当たるように、着弾間隔に気をつけた。
六発全て打ち尽くして、十体殺せていればいいほうだ。ギフトは軽く見積もっても、千体以上。絶妙に間隔を開けて進行しているので、爆発物の効果が薄い。
タタラから次の策を聞きに、車内へ戻った。
「あいつらの間隔が広すぎて、ほとんど仕留められねぇ! どうする?」
「ちょっと前はすし詰めだったのによぉ、学習しやがったなクソ共め……とりあえず目立って引き付ける。この先にある、もっと広い砂浜まで行くか」
俺とコイツで馬鹿げた数を相手にする。それだけで、股間のあたりが浮かぶような感覚に支配された。
あのダカツが、強化兵として戦う姿――ぜひ見てみたい。
「お、こんな所に焼夷弾っと」
運転席の隙間に手を突っ込んだタタラが、赤く塗装された焼夷弾を引っこ抜く。さつまいも感覚でグレネード弾が出てくる車。俺は好きだ。
空の薬莢を窓から捨てて、受け取った焼夷弾をリロードする。
「俺特製だから、よく燃えるぞー」
不意に窓の外を見ると、飛行型が二匹こっちに向かっていた。
「こっちに気づいた飛行型が来たぞ!」
「俺がやる」
再び座席の隙間から、今度はマシンピストルを取り出す。
チャージングハンドルは、上部に露出した棒を折ってから引く特異な構造。大きなトリガーガードは、グリップとして機能するPP-2000だ。
「そんな珍しいのわざわざ使ってんのか」
「趣味よ趣味。強装弾使えるから、実益を兼ねてるけど」
銃を左手で持ち、口を使ってチャージングハンドルを引く。窓を開けるボタンをマガジンで押して、銃を突き出した。
迷わず一直線に飛んでくる二匹の飛行型に向け、弾丸をバラ撒く。横目で撃っているが、決して適当ではない。二回に分けて放った弾幕は、程よくバラけてギフトを確実に仕留める。
空中で絶命したギフトは、爆ぜた水風船みたいに暴れながら落ちていく。
初弾の傷へ向かって、次弾の傷が吸い込まれるような現象を、落ち着いて見ることができた。
複数箇所への損傷が、体組織の急なねじれを生み、再生に失敗する。その理屈が何となく分かるような絵面だ。
「ナイスショット」
「こりゃどーも」
キメ顔のタタラと、バックミラーの中で目が合った。
焼夷弾の装填が終わり、再びサンルーフから顔を出す。こちらに気づいて、長方形の隊列が崩れ始めた。
まだ撃ち込んでいない範囲目掛けて発射。着弾すると、広い範囲に炎が飛び散る。
「すんごい燃えるなこれ」
ゲル化燃料を使っているのか、中々燃え尽きない。
一応火を嫌うらしい。全弾撃ち尽くす頃には、隊列を大きく崩した。
流石に歩兵型も俺達に気づき、金属的な叫び声を上げる。
「かっ飛ばすぞ! 車内に戻れ!」
ズボンを引っ張られ、半ば強引に引き戻される。それと同時に、車内にルーちゃんの声が聞こえてきた。
「アルファライザーの最終チェック、完了しました。ムラクモとアメンボは引き続き使える状態です。それに加えて【ヤタノ】と【ヤサカニ】に、【12・7ミリ小銃】も使用可能です」
本当に間に合わせたのか、顔も知らぬエンジニアは。しかも、武器が三種類も増えている。
「小銃とやらはともかく、他の二種類の説明を」
「ヤタノは、正式名称を【疑似魔装具・八咫鏡】と言って、対魔法生命体用の兵器です。手を使わずに撃てるビーム兵器だと思って下さい。使えばどういったものかすぐに分かります」
そんな無責任な。
「ヤサカニは【戦略飛翔珠・八尺瓊勾玉】という正式名称で、野球ボール程度の大きさをしたものを、複数浮遊させて使います。質量煌を利用した、短射程ビームガンを搭載。情報収集の目としても、大いに役立ちます」
これで三種の神器勢揃いってわけだ。一番上手に扱えそうなのが、12・7ミリ小銃だろうけども。
腕輪を装着して、転装に備える。歩兵型は、余すこと無く俺達の車を追う。
遠方からは、絶え間ない高射砲の射撃音が聞こえ、対空部隊の戦闘開始を知らせた。