sector.6
コーヒーを飲み干し、ニヤニヤとするクソウサギ。
何を考えているか読めるぞ。どうせ「いい実験体が手に入った」と思ってるんだろう。
しかし俺は、いいおもちゃが手に入った気分だからあいこだ。
それに、ろくでなしだがヒーローに憧れはある。力を使って人々を守ろうとする意思は変わらない。
やってみせようじゃないか、心優しいヒーローには出来ない戦い方を。
俺にとって、話がいい方向で着地してひとまず安心する。
「へいへい、ルーちゃんどうした?」
ジャックは通話に応じたと思えば、少し顔をしかめた。
「【謀略部】から――飛行型の残党と……強化兵だと!?」
彼は「ああ」だとか「そうか」を繰り返し、俺のほうを見る。今日はとんでもなく忙しい一日になってしまったようだ。
「分かった、オレとアキラで出よう。アルファライザーは使えるか?」
しばらく応答を待つ。
「テスト運用で酷使しすぎたな。よし、引き続き指揮を執ってくれ」
小型のヘッドセットをPDAに差し込み、耳に掛ける。本体をポケットへねじ込んで、即席の通信装置を完成させた。なかなかに便利そうな機械だ。
「アルファライザーは使えないが、銃でどうにかなる相手だな。移動しながら倒し方を教えるから付いてこい!」
槍をその場に残し、立ち上がるウサギ。
「ああ!」
ジャックの背を追う。そんな俺を引き留めようとした、白く細い手は届くこともなく、弱々しく下ろされた。
「早く帰ってきてくれよー、この施設を見て回りたいんだから」
一方のテツは、特に気にかける様子もない。吹っ切れた俺の、そこそこな強さを知っているからだ。
一階の裏口を出ると、本館よりは少しばかり小さい別館が二つ見える。その一方へ走って向かった。兎の名を持つだけあって、軽く走っているはずなのに速い。
「ギフトの殺し方は簡単だ。短時間で複数箇所を破壊するか、一箇所に強力な衝撃を加える。もしくは真っ二つにするんだ。強化兵を殺すつもりでやれ」
「ザコの強化兵なら、何度か殺したことがある」
思いっきり走りながら出す声は少しかすれ、息苦しい。
「ああ、その時の感じでやるといい。ただ一つ違うのは、破壊された部位を他の部位から高速で補う性質だ。同時に複数箇所を破壊することで、再生能力を逆手に即死させることができる。破損部位を破損部位で治そうとして、そのままジュワッと蒸発だ」
ジャックの簡単ギフト殺害講座を聞き、殺り方をイメージトレーニングする。拳銃なら人間の胴体に二発、頭部に一発をくれてやる動作を、より素早くやればいい。
そんな俺を少し不安にする補足を、ジャックは付け加えた。
「だが、素早く複数箇所に撃ち込むのが意外と難しい。奴ら、再生速度に関しては強化兵を上回る。並の速さで撃ったら結構弾使うからよ、散弾か大口径弾が有効なんだ」
それを殴り殺したこいつらの拳は、どうなっているのやら。
息を切らせながら、何とか遅れないようにする。別館のドアを開けると、複数人の男達が銃火器を見定めていた。
「何やってんだお前ら。そこにあるのは、修理待ちのものしかないぞ」
ジャックの顔を見ると、軽く笑ってみせた彼らのうちの一人が答える。
「俺達も出ますよ。ニコイチで軽く修理すれば十分いけます」
「そりゃあ使えるかもしれんが、お前ら自身は戦闘が続いて消耗したまんまだ。それに、アキラの感覚を取り戻すための、いい訓練にもなる。食うか休む以外の行動は禁止だ」
強化兵でもないのに戦い続ければ、優秀な兵士だって弱り鈍り死ぬ。妙に怪我人が多いわけだ。俺が把握している以上に、この一帯では戦闘が起きているのだろう。
とぼとぼとその場を後にする男達を追い出し、奥の方へ早足で進む。
「ここにいるのは、戦い慣れしてるのが少なくてな。アキラみたいなのが来てくれると、マジで助かるぜ」
「そんなに戦力が少ないのか。苦労させられそうだな」
ガンラックが並んだ薄暗い道を進み、途中で使えそうなバトルライフルを拾ってみた。
「行き場のない、あいつらを守る立場になるかもしれんが、オレはお前を可能な限り守ってやる。それだけで、人類の上位一割に入れる安全度だ」
「半分だけ、期待してる」
俺が拾ったバトルライフルのM14は、すっぽりと銃身が抜け落ち、滑稽なバネの弾む音とともに崩れ落ちた。
「あ、トドメ刺しやがったな。それは銃剣付けて、ぶっ叩きすぎたら壊れたやつだ。個人に行き渡ってる物以外、調子悪いのがほとんどだぞ」
通路の片隅にそれを置いてから進んでいくと、重厚な扉が現れた。
そこにカードキーを読ませてから、パスワードを打ち込むジャック。水密扉のような、重い鉄板が自動で開く。
「最近補給が間に合わなくてな。他の国でも、少数の強化兵を主力に、寄せ集め部隊で戦っている。ナム戦の装備を持ち出すほどに困っているのが現状だ」
確実に、この世は世界大戦のような状況に向かっている。下手をすれば、先進国ですら貧困の波が押し寄せてくるだろう。
それに、誰かが得をするために起こされる戦争と違い、災害のようなものだ。暗殺とか情報戦が役に立たない、泥臭い殲滅戦になる。
完全に開いた扉の先を指差し、ジャックは自慢げに部屋を見せびらかす。
「オレの私物だ。ちょっと変わり種が多いが、コイツらを使おう」
扉の派手さにしては、小さな事務室のような場所だ。各種刀剣やナイフ、東側の銃が目立つ。
スリング付きの、黒いショットガンを俺に向かって投げるジャック。
「これなら少しやりやすくなるだろ」
モスバーグのM590だ。このモデルは、ショットガンでは珍しく銃剣を着剣できる。
「そうそう、これもな」
鞘に入った銃剣を受け取り、拳銃とは反対の左腰にぶら下げる。
彼自身は、手榴弾を二個腰に引っ掛けて、ベルト給弾式機関銃を拾って装填する。ロシアのPK機関銃の派生型、PKPペチェネグだ。
通常のベルト給弾式機関銃とは弾を装填する向きが逆で、これは一人で運用する場合のメリットになる。さらに、加熱に強くて銃身交換の必要が少ない設計だ。
大きな銃に予備の弾薬ボックスを抱えたジャックと、来た道を引き返す。
来る途中で見つけたショットシェルベルト。それを二本むしり取り、肩にかける。
バックショット弾とスラッグ弾の二種類だ。
それと、棚にある箱から、バックショット弾を鷲掴みにして装填した。ポケットにも数発詰め込んで、持てるだけ持っていく。
「どうしたルーちゃん?」
通信が入ったのか、ヘッドセットを押さえて声を聞き逃さないようにしているジャック。
「奴らは山から市街地に向かっているらしい。移動しながらの殲滅戦になる」
ひぃひぃ言いながらジャックを追いかけ、地下駐車場に戻ってきた俺は、キーを投げ渡された。
「運転頼むわ」
「わ、分かった」
車の運転なんて久しぶりだ。昔に、ターゲットを轢き殺した時以来かもしれない。
あの黒いピックアップへ乗り込む。いつの間にかバイクと自転車は荷台から下ろされていた。
キーを突っ込み、シートベルトはしない。いざって時に飛び降りるためだ。
大きな車体が揺れたと思えば、荷台にジャックが飛び乗っている。
「これで世界一強いテクニカルの完成だ」
強化兵自身が銃架となり、敵を撃ち落とすなら確かに強いだろう。しかも、この化け物だ。
ギアをローに入れ、ハンドルの切れ具合や、車幅を頭に入れる。
坂を登って道路に出る頃には、運転の感覚を取り戻していた。
本当の復帰戦が始まると思うと、腹の奥底から心地よい何かが込み込み上がってくる。