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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第四話 地獄に堕つ五芒星編 第一部【復讐者】
95/156

17 混乱






『夜叉(ヤシャ)ノ長(オサ)、猿(サル)ノ巨魁(キョカイ)ヨ』


 ジュリアーヌの口から異様な言葉が漏れる。


『我(ワレ)ヲ視(ミ)ヨ、我(ワレ)ノ血(チ)ニ潜(ヒソ)ム兇々(マガマガ)シキ気(オド)ヲ視(ミ)ヨ』


 一言一言噛み締めるように、それでいて流れるように呪文が溢れだす。


(ほう、詠唱術か)


 カ・アンクは興味深げに魔女を見た。


 詠唱術とは魔語(グロクス)による超高位禁術、異端魔法に分類される。発せられる言葉ひとつひとつが魔力を帯び、単語の組み合わせ、発声の強弱によって術式を組み上げ、使用者の能力(ちから)を増幅させていく。呪文の内容は様々であるが、そのすべてがかつて東西南北を支配した四大魔神に関係する文言(もんごん)であり、その詠唱自体が魔神信仰だと蔑まれ、セイリーネス及びその周辺諸国では眷属の詠唱(サーヴァ・カデンツァ)と呼ばれ禁忌とされている。


(この文言、東方の魔神【羅狒魁(ラヴァナ)のヤシャマル】に関係する呪文だな。殺戮の猿どもを信仰するとは、なんともこの女らしい)


 カ・アンクが得心している間にも、ジュリアーヌの唇からは悍(おぞ)ましい呪文が紡がれていく。


『我(ワレ)ハ眷属(ケンゾク)、連(ツラ)ナル者。狒狒(ヒヒ)ノ御前(ゴゼン)ニ頭(コウベ)ヲ垂(タ)レ、蠱毒(コドク)ノ奥(ウチ)ニ邪鬼(オニ)ヲ戮(コロ)シ、獣(ケモノ)ノ成(ヨウ)ニ血(チ)ヲ歃(スス)ル』


 ジュリアーヌは杖をくるくると回し、不意に空の彼方を指し示す。


『羅闍(ラジャ)ノ業(ワザ)、狒狒(ヒヒ)ノ腕(カイナ)、而(ソウ)シテ刃(ヤイバ)』


 狂犬のように、いや狒狒のように魔女は牙を剥いた。


『無羅獅(ナラシ)ノ牙(キバ)、鬼鷹(キダカ)ノ顎(アギト)・・・嗚呼(アア)、羅狒(ラヒ)ノ夜叉丸(ヤシャマル)ヨ、ドウカ我(ワレ)ニ、悪鬼羅刹(ラクシャス)ノ如(ゴト)キ力(チカラ)ヲ』


 詠唱が了(おわ)る。


 ジュリアーヌの魔力が励起(れいき)する。


 大気が灼(や)け焦げるほどの熱量が、杖の先端に収斂(しゅうれん)する。


『魔道具やドラッグだけでは飽きたらず、詠唱術(カデンツァ)によりさらに強化(バフ)を重ね掛けするとは』カ・アンクは、ここまでくると認めざるを得ないというように、嗤った。『なるほどな、これが魔女か』


「そう、アタシは魔女」


 ジュリアーヌの眸(め)が払暁(ふつぎょう)を睨む。


「アタシこそが獄炎の魔女(コラフェルヌ・マギス)よ」


 彼女の視線の先、


 真っ赤な朝陽のただ中に、


 その獣が現れた。


「ハデにいくわ」


 異形の杖が焔(ほのお)を纏い、


「呑まれて、炸(は)ぜろ」


 哄笑と共に、黒い閃光が、暁を裂いた。


 極大魔法【凶新星(デス・ノヴァ)】











 東の空が炸裂した。


「さすがだな、ジュリアーヌ」ザラチェンコは称賛するように口元を歪めた。「途轍(とてつ)もない極大魔法だ。序列第三層最強の名は伊達ではないな」


 ザラチェンコはアステルに視線を向ける。


 空を睨むミノタウロスの爛れた顔は、黒い焔に照らされている。


「よく見ろ、君が殺そうとしている魔女を」


 ザラチェンコも空を見上げる。恒星の爆裂を思わせる黒焔(こくえん)が、球状に膨れ上がっていた。何重にも強化(バフ)の重ねられた極大魔法の火力、その凄まじい熱量に、副次的な熱波だけで森が燃え上がる。


「あれが獄炎の魔女(コラフェルヌ・マギス)だ」ザラチェンコは復讐者の横顔に語りかける。「彼女は間違いなく希代の魔術師だ。あの不遜なイビルヘイムをして、才能(センス)ではジュリアーヌに敵(かな)わないといわしめた怪傑(かいけつ)だ。わかるか? 君の恋い焦がれるあの魔女は、とてつもなく強い。とてつもなくな」


 その言葉に、アステルはゆっくりとザラチェンコの顔を見る。


 魔人と牛頭の視線が交わる。


 娘を灼き殺された気弱な男と、両親を斬殺された泣き虫の少年。


 この時はじめて、ザラチェンコはひとりの復讐者として、アステルという復讐者と対峙した。


 そしてザラチェンコは何を思ったのか。


 だが、もはや二人には剣を交(まじ)える時間も、言葉を交(か)わす時間も無い。


 瞬後、


 爆音により、空で燃え盛る黒焔が吹き飛ばされた。


 瓦解した極大魔法は無数の礫(つぶて)となって森林に降り注ぐ。


 当然ふたりの立つ場所にも。


「いやしかし」黒焔が降り注ぐ寸前、魔人は届くはずのない人狼に向け、愉しそうに呟いた。「ジュリアーヌも怪物だが、やはり君はそれ以上の化け物だよ、ガルドラク」


 そしてザラチェンコとアステルは焔に呑まれた。











「吼(こえ)だけでアタシの極大魔法を相殺しやがって」


 ジュリアーヌは黒焔の残滓(ざんし)と共に降り立った獣を見下ろした。


 焔が絨毯爆撃のように降りそそいだ黒い爆心地。


 業火の揺らめくただ中に、その獣が垣間見(かいまみ)えた。 


「相変わらずデタラメな狼だ」


「ヨオ、テメェか魔女。久しぶりじゃねぇか」


 地を舐めていた焔が、掻き消えた。


 身震い。


 ただそれだけの動作で、獣は黒い業火を打ち払った。


『アレが魔獣狩りか』


 カ・アンクは焦土に立つ人狼を睨(ね)めた。


 鋼のような銀毛、強靭な肉叢(じしむら)、そして獰猛野蛮な狼の殺気。


 そのすべてが噂通りの、そしてジュリアーヌやザラチェンコからの報告通り、いやそれ以上の圧威をもってカ・アンクの眼前に迫り来るようだった。


 ただ、一点を除いて。


『おいジュリアーヌ』蟲の王は人狼の身体にのたくる禍々(・・)し(・)い(・)痕跡《・・》に眉をひそめた。『奴のあの残痕(ざんこん)はなんだ。あんなモノは報告になかったはずだ』


 人狼の肉叢の二ヶ所に、その痕跡が刻まれていた。


 腹部から胸座(むながらみ)にかけて広がる、裂傷痕。


 左腕を取り巻く、破壊的な、壊滅的な爪痕。


 およそどのような攻撃に曝(さら)されればそのような傷を負うことになるのか想像すらつかない、あまりにも禍々(まがまが)しい古傷。


「五十年前、アタシが闘った時にはあんな傷はなかった」


『ザラチェンコからの報告にも入っていない。ということは奴が撤退した後にあの傷を』そこでカ・アンクは言葉を切り、今一度人狼の身体を凝視した。ザラチェンコの報告を思い出す。レヴィアを殺した正体不明の何か(・・)。空が赤く染まり、街そのものが両断された。


 蟲王はジュリアーヌに気取られぬほど静かに、だが驚愕を隠しきれぬというように、心中で呟いた。


(まさか、あの傷跡、奴《・》かッ!)


 カ・アンクは全面戦争後期、確かにアレと酷似した傷跡を目撃している。


 サテルメージャの地で、確かに見ている。


『アンク、麾下(きか)を連れて消えろ。己(オレ)の闘いだ』


 しかし! と食い下がったカ・アンクの頚(くび)を捻り切るかの如く握り締め、殺意と狂信に燃える竜は、その蟲竜《・・》はカ・アンクを睨(ね)めた。


『いいか、己(オレ)の闘いだ、奴は己(オレ)の獲物だ、今イイところなんだ、邪魔するんじゃねぇ。それにいったはずだ、黒竜様の側を離れるなと』カ・アンクを放り投げると蒼き雷神(ドルガ・ルザ)と呼ばれたその蟲竜(ちゅうりゅう)は眼前の敵に向き直った。その身は血塗(ちまみ)れだった。その全身には禍々しい傷跡(・・・・・・)が走っていた。間違いなく蟲竜は死を覚悟し、それでも狂信に身を捧げ、愉しそうに嗤っていた。『悪かったなイレブン、だがもう邪魔をする奴はいねぇ。存分に殺し合おうぜ』


 そこでカ・アンクは記憶を振り払う。


 そして考える。


(もし仮に、奴が生きているとして、もし仮に魔獣狩りが奴と闘い生き残ったのだとしたら)


 これはあくまでの仮定の話だ。


 確証はない。誤っているかもしれない。


 だが眼前の獣はジュリアーヌの極大魔法を咆哮だけで吹き飛ばし、身震いだけで黒焔を消し去った。


 そして奴の身体から立ち上るこの殺気、この圧力。


 この兇猛(きょうもう)さは、彼の傅(かしず)いた雷竜に酷似していた。


 ゆえにカ・アンクの体内で殺意が渦巻いた。


『なるほど、あの人狼、危険すぎるな』











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