表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第四話 地獄に堕つ五芒星編 第一部【復讐者】
95/150

17 混乱






夜叉ヤシャオササル巨魁キョカイヨ』


 ジュリアーヌの口から異様な言葉が漏れる。


ワレヨ、ワレヒソ兇々マガマガシキオドヨ』


 一言一言噛み締めるように、それでいて流れるように呪文が溢れだす。


(ほう、詠唱術か)


 カ・アンクは興味深げに魔女を見た。


 詠唱術とは魔語グロクスによる超高位禁術、異端魔法に分類される。発せられる言葉ひとつひとつが魔力を帯び、単語の組み合わせ、発声の強弱によって術式を組み上げ、使用者の能力ちからを増幅させていく。呪文の内容は様々であるが、そのすべてがかつて東西南北を支配した四大魔神に関係する文言もんごんであり、その詠唱自体が魔神信仰だと蔑まれ、セイリーネス及びその周辺諸国では眷属の詠唱サーヴァ・カデンツァと呼ばれ禁忌とされている。


(この文言、東方の魔神【羅狒魁ラヴァナのヤシャマル】に関係する呪文だな。殺戮の猿どもを信仰するとは、なんともこの女らしい)


 カ・アンクが得心している間にも、ジュリアーヌの唇からはおぞましい呪文が紡がれていく。


ワレ眷属ケンゾクツラナル者。狒狒ヒヒ御前ゴゼンコウベレ、蠱毒コドクウチ邪鬼オニコロシ、ケモノヨウススル』


 ジュリアーヌは杖をくるくると回し、不意に空の彼方を指し示す。


羅闍ラジャワザ狒狒ヒヒカイナソウシテヤイバ


 狂犬のように、いや狒狒のように魔女は牙を剥いた。


無羅獅ナラシキバ鬼鷹キダカアギト・・・嗚呼アア羅狒ラヒ夜叉丸ヤシャマルヨ、ドウカワレニ、悪鬼羅刹ラクシャスゴトチカラヲ』


 詠唱がおわる。


 ジュリアーヌの魔力が励起れいきする。


 大気がけ焦げるほどの熱量が、杖の先端に収斂しゅうれんする。


『魔道具やドラッグだけでは飽きたらず、詠唱術カデンツァによりさらに強化バフを重ね掛けするとは』カ・アンクは、ここまでくると認めざるを得ないというように、嗤った。『なるほどな、これが魔女か』


「そう、アタシは魔女」


 ジュリアーヌの払暁ふつぎょうを睨む。


「アタシこそが獄炎の魔女コラフェルヌ・マギスよ」


 彼女の視線の先、


 真っ赤な朝陽のただ中に、


 その獣が現れた。


「ハデにいくわ」


 異形の杖がほのおを纏い、


「呑まれて、ぜろ」


 哄笑と共に、黒い閃光が、暁を裂いた。


 極大魔法【凶新星デス・ノヴァ











 東の空が炸裂した。


「さすがだな、ジュリアーヌ」ザラチェンコは称賛するように口元を歪めた。「途轍とてつもない極大魔法だ。序列第三層最強の名は伊達ではないな」


 ザラチェンコはアステルに視線を向ける。


 空を睨むミノタウロスの爛れた顔は、黒い焔に照らされている。


「よく見ろ、君が殺そうとしている魔女を」


 ザラチェンコも空を見上げる。恒星の爆裂を思わせる黒焔こくえんが、球状に膨れ上がっていた。何重にも強化バフの重ねられた極大魔法の火力、その凄まじい熱量に、副次的な熱波だけで森が燃え上がる。


「あれが獄炎の魔女コラフェルヌ・マギスだ」ザラチェンコは復讐者の横顔に語りかける。「彼女は間違いなく希代の魔術師だ。あの不遜なイビルヘイムをして、才能センスではジュリアーヌにかなわないといわしめた怪傑かいけつだ。わかるか? 君の恋い焦がれるあの魔女は、とてつもなく強い。とてつもなくな」


 その言葉に、アステルはゆっくりとザラチェンコの顔を見る。


 魔人と牛頭の視線が交わる。


 娘を灼き殺された気弱な男と、両親を斬殺された泣き虫の少年。


 この時はじめて、ザラチェンコはひとりの復讐者として、アステルという復讐者と対峙した。


 そしてザラチェンコは何を思ったのか。


 だが、もはや二人には剣をまじえる時間も、言葉をわす時間も無い。


 瞬後、


 爆音により、空で燃え盛る黒焔が吹き飛ばされた。


 瓦解した極大魔法は無数のつぶてとなって森林に降り注ぐ。


 当然ふたりの立つ場所にも。


「いやしかし」黒焔が降り注ぐ寸前、魔人は届くはずのない人狼に向け、愉しそうに呟いた。「ジュリアーヌも怪物だが、やはり君はそれ以上の化け物だよ、ガルドラク」


 そしてザラチェンコとアステルは焔に呑まれた。











こえだけでアタシの極大魔法を相殺しやがって」


 ジュリアーヌは黒焔の残滓ざんしと共に降り立った獣を見下ろした。


 焔が絨毯爆撃のように降りそそいだ黒い爆心地。


 業火の揺らめくただ中に、その獣が垣間見(かいまみえた。 


「相変わらずデタラメな狼だ」


「ヨオ、テメェか魔女。久しぶりじゃねぇか」


 地を舐めていた焔が、掻き消えた。


 身震い。


 ただそれだけの動作で、獣は黒い業火を打ち払った。


『アレが魔獣狩りか』


 カ・アンクは焦土に立つ人狼をめた。


 鋼のような銀毛、強靭な肉叢じしむら、そして獰猛野蛮な狼の殺気。


 そのすべてが噂通りの、そしてジュリアーヌやザラチェンコからの報告通り、いやそれ以上の圧威をもってカ・アンクの眼前に迫り来るようだった。


 ただ、一点を除いて。


『おいジュリアーヌ』蟲の王は人狼の身体にのたくる禍々(・・)()()痕跡・・に眉をひそめた。『奴のあの残痕ざんこんはなんだ。あんなモノは報告になかったはずだ』


 人狼の肉叢の二ヶ所に、その痕跡が刻まれていた。


 腹部から胸座むながらみにかけて広がる、裂傷痕。


 左腕を取り巻く、破壊的な、壊滅的な爪痕。


 およそどのような攻撃にさらされればそのような傷を負うことになるのか想像すらつかない、あまりにも禍々まがまがしい古傷。


「五十年前、アタシが闘った時にはあんな傷はなかった」


『ザラチェンコからの報告にも入っていない。ということは奴が撤退した後にあの傷を』そこでカ・アンクは言葉を切り、今一度人狼の身体を凝視した。ザラチェンコの報告を思い出す。レヴィアを殺した正体不明の何か(・・)。空が赤く染まり、街そのものが両断された。


 蟲王はジュリアーヌに気取られぬほど静かに、だが驚愕を隠しきれぬというように、心中で呟いた。


(まさか、あの傷跡、かッ!)


 カ・アンクは全面戦争後期、確かにアレと酷似した傷跡を目撃している。


 サテルメージャの地で、確かに見ている。


『アンク、麾下きかを連れて消えろ。オレの闘いだ』


 しかし! と食い下がったカ・アンクのくびを捻り切るかの如く握り締め、殺意と狂信に燃える竜は、その蟲竜・・はカ・アンクをめた。


『いいか、オレの闘いだ、奴はオレの獲物だ、今イイところなんだ、邪魔するんじゃねぇ。それにいったはずだ、黒竜様の側を離れるなと』カ・アンクを放り投げると蒼き雷神ドルガ・ルザと呼ばれたその蟲竜ちゅうりゅうは眼前の敵に向き直った。その身は血塗ちまみれだった。その全身には禍々しい傷跡(・・・・・・)が走っていた。間違いなく蟲竜は死を覚悟し、それでも狂信に身を捧げ、愉しそうに嗤っていた。『悪かったなイレブン、だがもう邪魔をする奴はいねぇ。存分に殺し合おうぜ』


 そこでカ・アンクは記憶を振り払う。


 そして考える。


(もし仮に、奴が生きているとして、もし仮に魔獣狩りが奴と闘い生き残ったのだとしたら)


 これはあくまでの仮定の話だ。


 確証はない。誤っているかもしれない。


 だが眼前の獣はジュリアーヌの極大魔法を咆哮だけで吹き飛ばし、身震いだけで黒焔を消し去った。


 そして奴の身体から立ち上るこの殺気、この圧力。


 この兇猛きょうもうさは、彼のかしずいた雷竜に酷似していた。


 ゆえにカ・アンクの体内で殺意が渦巻いた。


『なるほど、あの人狼、危険すぎるな』











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ