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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第四話 地獄に堕つ五芒星編 第一部【復讐者】
85/150

7 推薦状






 アステルは閑寂とした庭を眺めた。


 先ほどまでここは賑やかだった。真昼の日射しの中で、子供たちは元気に走り回っていた。「みんな、買い物に行くよ」そんな彼等に呼び掛けたのは、最年長のヘルマ・レンギンだった。昨夜アステルに助けを求めたエルフの少女だ。彼女は子供たちを引き連れ出掛けた。アステルの姿に気づくと破顔し、小さくお辞儀した。彼は手を振ることでそれに応えた。


 孤児たちの姿はアステルにあの子を連想させた。


 特にヘルマを見ているとミドナを思い出さずにはいられなかった。


 あの子もエルフ族だった。樹海の奥地に、ミノタウロスの聚落しゅうらくの程近くの、川辺に倒れているのをアステルが発見した。流されたのか、捨てられたのか、とにかく彼女はずぶ濡れだった。幼い顔が真っ赤に染まっていた。酷い熱だった。アステルはその幼子おさなごを抱き抱えた。無骨な獣人の手に、その肢体は硝子のように繊細に思えた。妖術師シャーマンの婆様に診察してもらい、長老様エルダーに薬草を煎じてもらい、アステルは夜通し看病した。彼は心優しいミノタウロスだった。狩りの獲物を殺すことにさえ心を痛め、肉を喰う時は、誰よりも長く彼等(部族)の戦神に祈りを捧げた。殺しをいとうアステルは聚落の戦士ウォリアーになることが出来なかった。戦えない雄のもとに嫁いでくる雌はいない。アステルには家族がなかった。物心ついたときにはすでに血縁は亡かった。彼は孤独に生きてきた。


 種族は違った。だがエルフの幼子は、アステルに出来たはじめての家族だった。


『パパ・・・熱いよ・・・』


 不意に脳裡をよぎったあの子の最後の言葉に、アステルは拳を握りしめた。


 黒炎が眼界にちらつく。


 魔女の哄笑が耳朶じだを掠める。


 胸底きょうていで憎悪が膨れ上がる。


 歯を喰いしばり、突き上げてくる凶暴な衝動を抑止おしとどめる。


 鎧に隠された右半身が、けるように熱い。


 渦巻く憤怒と殺意を、なんとか魂の内奥おくに追いやる。


「呑まれるな」アステルは胸に手を当て、自らに言い聞かせる。「憎悪に呑まれるな、狂気にゆだねるな。今はまだ」アステルは荒い呼吸を整えながら呟く。「そう、今はまだ」


 堅固な精神力が憎悪を退かせた。


 平静を取り戻したアステルの視界に、ひとりの男が入り込んだ。


 孤児院の門をくぐり、男は庭を歩いてきた。


 視線が合った。凶悪な眼をしたエルフ族だった。


 男はアステルをめ、その脇を無言で通りすぎた。無造作に扉を開け、孤児院の中に入った。


 肉食獣のように獰猛な気配を発散するエルフだった。昨夜の蛮人たちとは比べ物にならないほど血の臭いを漂わせていた。だが不思議と危険な人物には思えなかった。少なくともこの孤児院に危害をくわえる輩にはみえない。男の容貌がアステルにそう思わせたのだろう。


 男はヘルマに似ていた。











 家事を終え居間リビングに戻ったマルセルは、窓辺で紫煙をくゆらせる男を見つけた。


「いつ来たんだ、ヴォルフラム」


 マルセルは椅子に腰かけた。昨夜奴隷商の男たちに手酷く殴られた傷が痛んだ。白皙はくせきの顔は腫れ上がり、口元は切れ、生来の美貌が台無しだった。


「金を払っていたらしいな」マルセルの問いを無視し、ヴォルフラムが口を開いた。「闇市場ブラック・マーケットの野郎どもには一銭も払うなと忠告したはずだ。ああいうゴミどもはクソにたかるハエみたいなもんだ。金を払うとすぐ調子に乗りやがる。なぜ俺の名前を出さなかった」


「出したよ、昨日」


「それじゃ遅いんだよ。奴等が最初に来たときに、俺がケツモチだと脅しとけばこんなことにはならなかった。あるいはお前が俺に連絡してればカタをつけてやったんだ。なぜ黙ってた」


「いつまでもお前に迷惑はかけられないだろ」


「お前に心配されるほど、俺は落ちぶれちゃいない」ヴォルフラムは窓外に吸殻を捨てるとマルセルに向き直った。「俺はこの孤児院で育った。お前とヘルマと一緒にな。お前等は俺の唯一の家族で、ここは俺の唯一の古巣だ。だから俺はここを守っている」ヴォルフラムはマルセルを見る。「まあいい。過ぎた話だ。もう金を払う必要はない。カタはついたからな。・・・にしても酷い顔だな。医者にでも行け。ついでにガキどもにマトモな物でも食わせろ」


 ヴォルフラムは懐から取り出した布袋をテーブルに投げた。大量の金貨の擦れる音が響いた。


「カタはついたって、奴等はどうなったんだ」


「全員死んだ」ヴォルフラムは冷酷に告げた。「またああいうクソどもが現れたらすぐ俺に言え」


「子供の頃から何もかわらないな。すぐ手が出て、誰彼かまわず喧嘩して、あげく金の為に危険な連盟員になって・・・そんなお前が今じゃ聖銀級ミスリル・クラスだもんな」


「誰彼かまわず喧嘩してたのはお前が殴られてピーピー泣いてるからだ。俺が代わりに殴ってやっただけだ」


「そうだったな」マルセルは青く腫れた頬を撫でながら苦笑した。「どうやら僕も子供の頃から変わってないらしい」


「そう簡単に変わらねぇだろ。死ぬまでこのままだ、少なくとも俺はな」ヴォルフラムは煙草をくわえた。「ところであのデカブツは誰だ」


「ああ、彼はこの孤児院の救世主さ。昨夜なんとか逃げ出せたヘルマが連れてきた男でね、彼がいなければ今ごろどうなってたのかわからないよ。宿が無いというから泊まってもらったんだ。空き部屋ならいくらでもあるしね。もっとも彼からすると少し小さいかもしれないけど」マルセルは庭に立つアステルを眺めた。「それにしてもあの鎧と、何よりあの斧を見たかい? ただ者じゃないと思うんだけど、知ってるかい?」


「さあな。少なくとも連盟員じゃない」


「だよね。今朝彼に『連盟員になるにはどうすればいいだろうか』って聞かれたから、きっと冒険者になるためにこの街に出てきたんだろうね・・・見た目は恐ろしいけど、とても礼儀正しくて優しい人だよ。彼には本当に感謝してる」


「そうか」しばらく沈黙したのち、ヴォルフラムは窓際を離れ扉を開けた。「じゃあな。何かあったらまた来る」


「ヘルマに会わなくていいのか? 彼女は買い物に出てるけど、もう少しすれば帰ってくるはずだ。お前に会えればヘルマも喜ぶよ」


「アイツは元気にしてるんだろ」


「ああ」


「ならいい」ヴォルフラムは振り返りもう一度念を押した。「何かあったら俺にいえ。次黙ってたらぶん殴る。わかったか?」


「わかったよ」


 ヴォルフラムは頷くと扉を閉めた。











「俺の妹が世話になったらしいな」エルフの男が紫煙越しに話しかけてきた。心なし先ほど目撃した時よりも獰猛な気配が緩んでいた。「ヴォルフラムだ」男は無愛想に名を告げた。


「アステル・ガンサルディードだ」名乗り返した彼は、はたと思い至ったように「妹というのは、ヘルマという少女の事だろうか」


「そうだ。よくわかったな」


「貴公の顔立ちは、あの少女によく似ている」


「ガキの頃からよく言われる。まあ、性格は真逆だがな」ヴォルフラムはアステルを見上げた。「ヘルマがお前を連れてこなきゃ今ごろこの孤児院は無くなっていたかもしれない。手間をかけた」


「礼にはおよばない。当然のことをしたまでだ」


「当然のこと、ね。お前みたいな奴はこの街に珍しい」ヴォルフラムは上着をめくり胸元の階級章を呈示した。白銀の輝きがそこにはあった。「これが何かわかるか?」


「すまない。この街に来て日が浅い」


「これはオルマ多種族連盟の冒険者の証だ。冒険者とはつねに死と隣り合わせの危険な仕事だ。ゆえにこの業界最大の掟は『借りは返す』だ。お前は俺の古巣とヘルマを救った。これはデカい借りだ。お前、冒険者になりたいんだってな」


「なぜそのことを?」


「マルセルに聞いた」


「なるほど」アステルは頷いた。「そう、私は連盟という組織に所属しようと思っている。登録所という場所に行きたいのだが、くわしい場所がわからない。よければ教えてくれないか」


「中心街だ」ヴォルフラムはオルマ多種族連盟の場所を説明した。


「そうか、図書館の近くにあるのだな」


「これから行くつもりか?」


「そうだ」


「ならこいつを持っていけ」ヴォルフラムは懐から術式剣アサメイと羊皮紙を取り出した。羊皮紙は小さな文字や様々な紋章で埋め尽くされていた。短剣で人差し指の先を切ると、ヴォルフラムは羊皮紙の署名欄に血でサインした。吸収された血液は魔力を帯び、燐光を溢しながら明滅した。この羊皮紙は契約書などに用いられる一種の魔道具だ。それを丸めるとアステルに差し出した。「これは俺の推薦状だ。連盟ってのは基本的にどの種族だろうと加入できるが審査に最低一週間はかかる。だがコイツを持っていけば審査も登録金も、その他もろもろすべての雑事をすっ飛ばしてその日のうちに鋼級スチー・ルクラスの階級章を手に入れることができる」ヴォルフラムは不意にアステルの背後を見た。煉瓦壁には極大の斧が立て掛けられていた。間近で見ると、その迫力は凄まじかった。巨人ギガースでさえ、持ち上げられそうにない。ヴォルフラムは鋭い目つきでアステルを見据えた。「その得物、振れるのか?」


「振れる」これまで謙虚だったアステルが、その質問だけには激しく、不遜ともとれるほど力強く答えた。「それだけの研鑽を積んできた」


「ならいい。推薦した野郎がすぐにくたばっちまったら寝覚めが悪いからな。鋼級スチール・クラスでも推薦状を呈示すれば上位階級の仕事を受けられる。ましてや二重最高階級ダブル・ハイクラスの紋章入りの俺の推薦状だ、金級ゴールド・クラス並みの依頼だって受けられるかもな。手っ取り早く金を稼ぐことも、すばやく昇級することもできる。まあ、死なない程度に好きに使え」


「そんなものをもらっていいのか」


「いったろ、借りは返す」


 しばらく逡巡したアステルだったが


「すまない」羊皮紙を受け取ると彼は頭を下げた。「実は出来るだけ早く階級というものを登りたいと思っていた。ありがたく使わせてもらう」


「そうしろ」


 無愛想に呟くと、ヴォルフラムは孤児院を後にした。


 アステルは推薦状を見つめた。


「私は本当に、あの魔女に近づいているのだろうか」一瞬生じた迷いを、しかしアステルは振り払う。魔女の手掛かりは何もない。ならば冒険者となり、金級ゴールド・クラスを得て、獄炎の魔女コラフェルヌ・マギスの情報に辿り着くしかない。今彼にできることはそれだけだ。ならばそれをやるしかない。


 アステルは断竜斧を背負い、オルマ多種族連盟に向け歩き出した。






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