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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第四話 地獄に堕つ五芒星編 第一部【復讐者】
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6 オルマの闇






「これはこれはヴォルフラム様」執事がヴォルフラムに頭を下げた。紳士然とした熟年の男だが、堅気とは違う鋭い眼光をしていた。彼は背後の扉を護るように立っていた。「あいにくと旦那様は愛人の方々と放蕩あそびに興じている最中ですので、今しばらく来賓室でお待ちいただけますか」


 ヴォルフラムは煙草に火をつけると深く吸い込み、満足そうに紫煙を吐き出す。


「俺が来たと伝えろ」


「旦那様はお楽しみの最中です。私が邪魔をするわけにはいきません。お待ちください」


「なら俺が直接話をしてやる。そこをどけ」


「私は執事である以前に旦那様の護衛でもあります。いくらヴォルフラム様といえど、旦那様の許可なく入室を赦したとなれば、私の信用が揺らぎます。ここを通すわけにはまいりません」執事の全身から殺気が立ちのぼり、眼光が鋭さを増した。


「おいおい、まさか俺とる気か?」ヴォルフラムは不快そうに眼を細めた。「アイツの部下だから、俺が手を出さないと思ってるのか? ずいぶん舐められたもんだな」懐から術式剣アサメイを取り出す。魔水晶から削り出された翡翠ひすい色の短刃が精霊に呼応するように燐光をおびた。ヴォルフラムは凶悪な瞳で執事を見据えた。「聖銀級ミスリル・クラスに喧嘩を売るってのがどういうことか教えてやろうか」


 重々しいエルフの殺気が室内に充満する。


 依然執事はヴォルフラムを睨み続けているが、その額には冷や汗が浮き出している。


 不意に執事の背後の扉が開いた。


 半裸の女が顔を出した。


「旦那様がヴォルフラム様をお通ししろとおっしゃっているわ」女は艶然と微笑んだ。「どうぞこちらへ、旦那様がお待ちです」


 女の開けた扉に、ヴォルフラムが歩み寄る。


「申し訳ありませんヴォルフラム様。しかし私にも使命がありまして」


 執事が謝罪した瞬間、彼の右腕を冷たい風が吹き抜けた。


 血が噴き出す。


 絨毯の上に右手が落下した。


 絶叫する執事の髪を鷲掴み


「右腕一本で勘弁してやる。次ふざけたことをぬかしやがったら首をもらう。わかったか?」


 そう吐き捨てるとヴォルフラムは彼を突き飛ばした。


「あまり僕の使用人を痛めつけないでくれよ」


 穏やかな声が響いた。


 驕奢きょうしゃをほしいままにしたような室内に、半裸の美姫に囲まれ、微笑む美青年がいた。肘掛け椅子アームチェアに腰かけヴォルフラムを見ていた。


「クソ面倒な仕事を持ち込みやがって、どういうつもりだヨハン」


 ヴォルフラムの相対しているのは数刻前に別れたばかりの連盟本部副会長ヨハン・シュハイトルム伯爵だった。ヨハンは先ほどとは別人のような容貌をしていた。頭髪は乱れ、服は着崩れ、瞳は冷酷によどんでいた。ヴォルフラムはヨハンの前で立ち止まると、短くなった煙草を放り捨てた。美姫のひとりが吸殻を拾い上げ、まだ火の燻るそれを灰皿へ運んだ。


 いつの間にか用意されていた椅子に腰を下ろし、ヴォルフラムは新たな煙草に火をつけた。「ただでさえ面倒な仕事だってのに、おまけにお前が同行するだと? 何考えてやがる」


 先ほどの皇太子護衛任務の打ち合わせのさい、ユリシール王国王都へのヨハンの同行が明かされた。表向きは王国ギルドとの会合に出席するとなっているが「ああ、ジェラルドと会うことになってね」とヨハンはこともなげに真の目的を告げた。


「ジェラルドとは揉めてるだろ」


「だからこそ会うんだ。和解することにした。三月前のヤコラルフ消滅、あの事件でフューラルド地方が帝国騎士団により封鎖された。その煽りを受け、帝国において僕の組織の最大の取引相手である【亜人の坩堝デミ・シェイカー】がかなりの痛手を被った。実質的に壊滅状態だといっていい。アウグストとは当分取引ができない。僕としても困るよ。デミ・シェイカーに卸すつもりで仕入れていた奴隷スレイブどもが一気に無駄になったんだ、僕の被る損失はいくらだ? 向こうに弁償させようと思ったんだが、アウグストからある提案が持ち込まれた」


「それでジェラルドか」ヴォルフラムが呟いた。「アウグストはユリシールと太いパイプがあるだろ」


「彼が間に入ってくれてね、今回和解する運びとなった。王都に入りしだい、君には僕の護衛を任せることになる。紅い羽根クリムゾン・クローバーの任務はあくまでユリシールへの道中および第三、四区画までの護衛だ。さすがに他国のギルドを王城に立ち入れるほど、あの国も馬鹿じゃない。第二区画からは近衛隊が皇太子様を護衛する。会談が終わるまで暇だろ? 僕とジェラルドの会合に立ち合え。向こうも相応の護衛を出してくるはずだ」


雷刃ブロンテー・エッジ


「懐かしいだろ?」ヨハンは嗤った。数年前、ジェラルド率いる奴隷市場とヨハンの仕切る【偉大な伯爵グラン・カウント】が衝突した。その抗争の折り、壮絶な闘いを見せたのがアニーシャルカとヴォルフラムだ。魔法剣士と精霊使いの戦闘は凄絶を極め、お互い魔力と体力が尽き果て泥沼の様相を呈してきたあたりで組織同士の不干渉条約が締結、抗争は終結した。ヴォルフラムの身体には今もあの時の傷痕が残っている。曲剣により裂かれた胸。雷によりかれた背。かわりにヴォルフラムはアニーシャルカの肩を抉り、腹を貫いた。


「クソ忌々しい女だ」


「彼女の相手は君にしかできない。期待してるよ」


「王都で揉め事はごめんだ」


「お互いに自国の王族が動いてるんだ。さすがに揉め事は起きないさ。あくまで保険だよ」


「だといいけどな」


 ヴォルフラムは立ち上がる。


「おいおい、まさかもう帰るつもりか?」ヨハンはわざとらしく驚く。「せっかく来たんだ、酒と女を用意してやる。遊んでいけよ」


「皇太子の出発は二週間後だ。だから俺は今日から酒と女を断つ。酒も女も精霊が乱れる一番の要因だからな。俺はこれでもプロだ。仕事に挑むさいは万全を期する」


「相変わらずストイックだな君は。いや、だからこその二重最高階級ダブル・ハイクラス所持者というわけか。確かに君とカサンドラ嬢はどことなく同じ雰囲気をしているよ」


「アイツと一緒にするな」


 ヴォルフラムがヨハンを睨んだ時、ノックの音、ついで扉が開き、ひとりの男が現れた。


「ザーチャ、君か」ヨハンは灰白かいはくの肌の男を見た。


「ああ、俺だ。頼まれていた仕事を済ませたんでね、報告に来たよ」ザーチャはヨハンに嗤いかけ、次にヴォルフラムの存在に気づいた。「おや、もしかしたら、いや、俺の記憶が間違っていなければいいんだが・・・君は凶悪な精霊使いヴェノム・アネスティードじゃないかな?」


 ザーチャの大仰な立ち振舞いに不快そうな顔をするヴォルフラムに「紹介するよ。彼はザーチャ、少し前に雇った騎士あがりの男だ」とヨハンが説明した。「なかなか使える男でね、僕専属の用心棒にしようかと考えているところだ。ザーチャ、君の考えは間違っていない。こちらのエルフは我等がオルマ多種族国家にわずか二人しかいない二重最高階級ダブル・ハイクラスのひとり、ヴォルフラム・レンギンだ」


「やはりそうか。君の噂は色々と聞いているよ。これからよろしく」


 差し出された手をヴォルフラムは無視した。


 ザーチャは肩をすくめ手を引っ込めた。


「なるほど、なかなか気難しい男らしいな」


「気にするなザーチャ、ヴォルフラムには愛想というものがなくてね、誰にでもこうなんだ。それより頼み事の結果を聞かせてくれるかな?」


「ああ、そうだった。貴方の眼を盗んで仕事していた愚か者たちなら部屋の外にいる」


 そうしてザーチャは軽快にこれまでの顛末を語って聞かせた。


 その話を聞いて反応したのは、しかしヨハンではなかった。


「なんだと?」ヴォルフラムは眉をひそめた。「貧困街スラム近くの孤児院だと? そりゃ確かか」


「ああ、教会のような建物の、少しみすぼらしい孤児院だったよ。それがどうかしたかな?」


「おいヨハン」ヴォルフラムは凶悪な眼で伯爵をめた。ヨハンは肩をすくめた。そのわずかな動作だけで、二人の間で何らかの取引が交わされたようだった。ヴォルフラムは術式剣アサメイを取り出し歩き出した。その背にヨハンが声をかける。


「好きにしてかまわないが、室内はやめてくれ。中庭ならいくら汚してもかまわない」


 それには答えずにヴォルフラムは部屋を後にした。


「奴の妹が暮らす孤児院なんだよ」好奇心を露にするザーチャにヨハンは嗤いかけた。「同時にヴォルフラムが育った孤児院でもある。凶悪な精霊使いヴェノム・アネスティードなどと呼ばれ恐れられるアイツも、どうやら生まれ育った古巣だけは忘れられないらしい。これまでに何度か孤児院にちょっかいを出したチンピラや奴隷商がいたが、すべて彼に殺されている。あの場所が絡むとヴォルフラムは見境がなくてね、君が連れてきた男たちもこれから悲惨に死ぬだろう」


「見かけによらず甘い男だな」ククッ、と嗤いザーチャは踵を返す。「まあ、俺はけっして嫌いじゃないがね」


「なんだ、君までもう帰るつもりか?」


「貴方に付き合いたい気持ちは山々だが、あいにく俺にも用事があってね。非礼を承知で失礼させてもらうよ」


 ザーチャは振り返ると小さくお辞儀した。









 ヨハンの屋敷を辞したザーチャは歓楽街を避け、夜闇の濃い路地を歩いた。人気のない裏道を、まるで蛇のようにスルスル進み、不意に立ち止まった。


「いつまでもそうして俺につき纏うつもりだ。いい加減姿を現すのが礼儀じゃないか?」


『貴様ガ声ヲカケルノヲ待ッテタンダヨ、ザーチャ』


「おいおい、君くらいは俺を本名で呼んでくれよ」


『貴様がソウ望ムノナラ』


 小さな羽蟲の集団がいたるところから現れ、ザーチャの正面で凝集し、歪な魔蟲の形代かたしろと成った。蟻と蜂を融合させたような奇妙な影がザーチャを見つめた。


『こんな低級な羽蟲でも、形を成すくらいの使い道はあるらしい』先程よりも明瞭になった声が、形代から響いた。『あいかわらず人間ごっこにいそしんでるらしいなザラチェンコ。人のフリなどして何が愉しいんだ?』


「俺は半分人間だよ。子供の頃から人の皮を被って生活していてね、商人、冒険者、傭兵・・・最近では第八殲滅騎士団の騎士長だ。俺はけっして人間として生きるのが嫌いじゃない。これはこれで愉しいものだよ、すくなくともあの陰気な塔に引きこもっているよりかは、格段にな」ザラチェンコの瞳孔が縦に伸び、舌が二又に割れた。「ところで蟲軍レギオンの王が俺になんの用だ? せっかくヨハンの誘いに乗じてあの美姫たちと一夜を共に出来るチャンスだったというのに、君の蟲が室内にいることに気づいて、泣く泣く誘いを無下にしてきたんだ。くだらない用事じゃないだろうな」


『雌との生殖がそんなに愉しいか? 性器を交接嚢に入れて射精するだけだ。あんなものは種としての義務でしかない。人間にしろ亜人デミにしろ、脊椎動物は理解できない部分が多いな』


「まあ、価値観の違いさ。俺も蟲の気持ちなど毛ほどもわからない」ザラチェンコは蛇の眼で形代を見た。「で、なんの用なんだ、カ・アンク」


『その身に逆五芒星ヘル・ペンタグラムを刻んだ同胞すべてが動き出したぜ』数億の羽音に混じって、カ・アンクの嗤い声が漏れでた。『もうすぐ塔にすべての地獄に堕つ五芒星ヘル・ペンタグラムが集結する。そしてモナークも。それまでに帰ってこい、というのがイビルヘイムからの伝言だ』


「なるほどね。覚えておくよ」そこでザラチェンコは何かを思い出したように口を開いた。「そういえば、先ほどあの亜人デミに遭遇したよ。君の報告にあった牛角ミノタウロスだ。なかなか見所のありそうな男だ」


『殺したか』


「いや、アレはジュリアーヌの獲物だろ?」


『あの魔女が動くと思っているのか?』


「彼女は傲慢で我が儘だからなぁ。レヴィアだってあそこまで酷くはなかった。まあ、そこがジュリアーヌの魅力なのかもしれないがね」


『まあいい。所詮亜人デミだ、いつでも殺せる。放っておけ』そこまでいうと蟲の群れが崩れ始めた。『オレは帰る。伝言は伝えたぜ、あとは貴様の好きにしろ』


 羽蟲の大群が地面に落下した。一匹残らず死んでいた。


 ザラチェンコの脳裡にミノタウロスが浮かぶ。異形の鎧、極大の斧。そしてあの殺気。孤児院を護るため斧を抜いたその刹那、眼前の男たちを殺すと決めたその瞬間、わずかに漏れでた殺気を、狂気を孕んだその憎悪の殺意を、ザラチェンコだけが嗅ぎとった。


「いつでも殺せる、か」魔人は死骸を踏み潰し、冷酷に嗤った。「だといいがな」






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