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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第四話 地獄に堕つ五芒星編 第一部【復讐者】
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5 アステル・ガンサルディード







 アステルは往還(おうかん)を歩いた。すれ違う人々は彼の異様な風体に目をとめた。様々な種族の集まる首都バルシアでは彼の巨体もそこまで珍しいわけではない。オルマ騎士団の鎧を着た巨人(ギガース)や鉄槌を担いだ連盟所属の大鬼(オーガ)などが闊歩している街だ。アステルはすぐに人混みに溶け込んだ。とはいえ彼の纏う異形の鎧と、常軌を逸した戦斧(せんふ)は、この街にあっても異質だった。


 バルシアは都市中心部に様々な組織や施設が集まっている。


 図書館を出るとすでに夜気が濃かった。


 街は喧騒に包まれていた。


 アステルは歓楽街を抜け、都市を(まも)る城壁を目指した。


 長い間カラマゾ樹海の奥地で研鑽に身を捧げてきた彼には、この街はにぎやかに過ぎた。この数日、アステルは南城門を抜けた先にある小さな森で夜を過ごしていた。


「誰か!お願いです、助けてください!」


 そう叫ぶ少女に出くわしたのは、中心街から外れた一区画であった。


 綺麗な少女だった。美しい金髪から長い耳が飛び出していた。エルフ族だ。少女は大きな瞳に涙を溜めながら、道行く人々に訴えかけていた。だが彼女の話に耳を傾ける者はいなかった。


 アステルは少女を見た。


 年の頃はあの子と同じくらいかもしれない。


『ねぇ、パパとわたしはどうして種族がちがうの?』


 不思議そうにアステルを見つめるあどけない顔。


 頭の中にあの子の声が甦った。


 少女とミドナの姿が視界でだぶった。


「どうした」


 気がつけばアステルは少女の前に立っていた。


 彼の巨体に少女は怯えたように身を引いた。だがもう一度アステルが優しく問いかけると、少女は彼を見上げ涙を流しながら「みんなが、(さら)われそうなんです」と嗚咽した。


 アステルは屈み、少女に視線を合わせた。


 華奢な少女の肩に力強い手を置いた。


「案内してくれ。私が何とかしよう」









 少女の先導のもとアステルが辿り着いたのは、孤児院だった。貧困街(スラム)が近い区画のためか、非常に静かな場所だった。孤児院は煉瓦壁(れんがへき)に囲われていた。門をくぐると手狭な庭があり、その先に孤児院が建っていた。もとは教会のたぐいだったのだろう、宗教的装飾のほどこされた尖塔の建物の中から男たちの怒声や子供たちの泣き声が聞こえてきた。


「お願いします。みんなを助けてください」


 少女の哀願にうなずくと、アステルは孤児院へ向かって歩いていった。


 開け放たれた玄関からひとりの青年が転がり出てきた。


「やめてくれ!金なら納めているはずだ!」


 傷だらけの身体で立ち上がると、青年はそう叫んだ。白皙(はくせき)の美青年だった。耳が長い。彼もエルフ族のようだ。


「お前等の払う上納金なんざたかが知れてるんだよ。それよりもここのガキどもを売っぱらった方がよほどイイ金になる。ボスだってその方が喜ぶはずだ」野蛮な嗤い声とともに数人の男たちが孤児院から出てきた。鬼人(オーク)獣頭(コボルド)、人間。男たちは一様に悪辣な顔つきをしていた。彼等の手には麻縄が握られ、その先には様々な種族の少年少女が繋がれていた。先頭に立つ獣頭(コボルド)がエルフの青年の胸ぐらを掴んだ。「どけよクソエルフ。テメーみたいに歳食ってる野郎は売れねぇんだ。殺されたくなけりゃおとなしくしてろ」


「お前ら、わかってるのか、ここはヴォルフラムの」


「またその話か」コボルドは嘲笑を口もとに浮かべた。「なあおい、俺達がそんなハッタリにビビると思ってるのか。だいたい凶悪な精霊使い(ヴェノム・アネスティード)がなんでこんな孤児院と関係があるんだよ。あの男は血も涙もない最低の犯罪者だぜ。アイツがどれだけの亜人デミをよその国に売ってるかわかってんのか? そんな野郎がこんな孤児院気にするわけねぇだろ。よしんばヴォルフラムと揉め事が起きたとして、金さえ払えばなんとかなる。アイツは金が好きだからな」


「そうかもしれない、でも、アイツにとってここは」


「うるせえ」


 コボルドは青年を投げ飛ばし、


「おい、行くぜ」


 背後の男たちを引き連れ歩き出した。


 その男たちの行く手にアステルが立ち塞がった。


「止まれ」ヘルムの中から重厚な声が響いた。「貴公等の蛮行は些か目にあまる。その子供たちを解放し、消えろ」


「なんだてめぇは」


 男たちは凶悪な形相で彼を睨んだ。アステルの異形の鎧姿に一瞬怯んだようだが、そんな態度はおくびにも出さずに各々すぐさま武器に手を伸ばした。そうとう場慣れした男たちだった。


 リーダー格のコボルドが槌矛メイスを片手にアステルの前に歩み出た。メイスの先端は赤黒い血や干からびた皮膚などが付着していた。よほど使い込まれた武器だ。コボルドは不遜な目つきでアステルを眺め回し「てめぇが誰だか知らねぇが、死にたくなかったら邪魔するんじゃねぇ」獣特有の獰猛な唸り声で凄んだ。


「無駄な血を流すつもりはない」アステルは冷静な声でコボルドに語りかけた。「命を無駄にするな。すでに勝負は決している。貴公等では私に傷ひとつつけることはできない。私と戦えば、貴公等は死ぬ。だが私は無意味な殺生を好まない。武器を収め、子供たちを解放し、いますぐこの場から立ち去れ。私に武器を抜かせるな」


「たいした自信じゃねぇか。確かに図体はデカいが、この国にはてめぇみたいな身体だけの野郎は大勢いる。俺は巨人ギガースの頭をこの棍棒で砕いたことがあるし、巨大鬼トロールの野郎をコイツで潰し殺したことだってある。デカいから強いってことにはならねぇんだよ」


 このコボルドは元オルマ騎士団の猛者だ。三等騎士に分類される実力者であり、連盟基準に照らし合わせれば銀級シルバー・クラスに匹敵する。並みの男ではない。


 コボルドから鋭い殺気が放たれる。


 だがアステルはその殺気を平然と無視し、口を開く。


「もう一度いう。退け。無駄な血を流すな」


 その瞬間、コボルドの槌矛メイスが全力で横振りスイングされた。獣人の強力な筋力によって放たれた一撃は、アステルの左側頭部そくとうぶを完璧にとらえた。鈍い轟音が響いた。いつもならば、この一撃で敵は死ぬ。肉の潰れる感触に嗤い、敵が無惨に崩れ落ちる様を堪能できる。だがコボルドの手が感じたのは、痺れだった。


「忠告したはずだ。貴公等では私に傷ひとつつけることはできない」


 コボルドの一撃に微動だにしなかった。厳然と直立していた。ヘルムには傷ひとつみられなかった。


 槌矛メイスを握る手が震えた。まるで堅牢な巨巌きょがんを殴りつけたように、跳ね返ってきた衝撃に腕に痛みが走った。「て、てめぇ」苦痛に顔を歪め、コボルドはアステルを睨みつけた。「この手応え、普通じゃねぇ。さてはその気味悪い鎧になにか仕掛けがありやがるな」


「確かにこの鎧は呪物、魔装の類いだ。だがたとえ私が生身だろうと、貴公の攻撃などで血を流すほど、私は生やさしい研鑽を積んできたわけではない。私の宿敵は超越者だ。あの魔女を殺すために、私は地獄を選んだ」アステルはその背から、戦斧せんふを引き抜いた。分厚い刃が夜闇を裂いた。


 その桁外れの鉄塊に、男たちはのみならずエルフの青年も、子供たちですら息をのんだ。


 アステルは斧を突き立てた。たったそれだけの動作で、地面に蜘蛛の巣状の亀裂が走った。


「これが最後の忠告だ。退け」アステルは厳然と男たちを見据えた。「この断竜斧は貴公等を断つ為のものではない。逃げることは恥ではない。無闇な死を選ぶな。私としても、これ以上貴公等の狼藉を赦すほどの寛容さは、あいにく持ち合わせてはいない。まだ続けるというのなら、悪いが断ち斬る」


「ふざけやがって」


 コボルドが吠えた。


「そんな見え透いた脅しに屈するほど俺たちはやわじゃねぇ。確かにその斧はすげぇ代物だ。だが、そんなもんを振り回せるわけがねぇ。おおかたその見た目で敵を脅して引き下がらせる、張りぼてみたいな武器なんだろ。そんな手はくわねぇよ、なあ!」


 コボルドの怒声に、背後の男たちも同意の声をあげる。


 冷静に考えればアステルが嘘をついていないとわかるはずだが、プライドを傷つけられ頭に血の上った男たちは、すでに見境をなくしている。もはや子供たちのことなど眼中にない。とにかく眼前のこの男を殺さなければ収まりがつかない。


「身体中の骨を砕いて、全身をバラバラにして魔物にでも食わしてやるよ」


「そうか。ならばしかたない」


 アステルは斧を担ぎ、腰を落とした。


 血走った眼で、コボルドたちが足を踏み出したその時、


「君たち、そのくらいにしておけ」


 酷薄な声が闇の中から響いた。


 全員が動きを止め、その声の方を向いた。


 いつの間にか、彼等の近くにひとりの男が立っていた。黒い髪の、灰白かいはくの肌の男だった。


「ザ、ザーチャさん」


 男たちのひとりが怯えたように呟いた。


「ザーチャ、なんでてめぇがこんなところにいやがる」コボルドは苦々しそうに悪態をついた。「さては俺たちを見張ってやがったな」


「実はボスの命令でね。なんでもここ最近ボスに無断で商売をしてる身の程知らずの一派がいるとか。あの人は部下を完璧に支配したいタイプの人間だろ? 当然ボスはお怒りだ。そこで俺に命令が下された。『僕の目を盗んで金を稼ぐクズどもを連れてこい』とね」そういうとザーチャは縄に縛られた子供たちをに嗤いかけ、次に男たちに向かってやれやれと首を振った。「どうやら決定的な場面に出くわしたようだ。悪いがこれも仕事でね、おとなしく俺についてきてくれるかな?」


「なんで雇われて一月ひとつきそこそこのてめぇに、ボスがそんなことを頼むってんだ」


「さあ、俺が強いからじゃないか? ボスは強者を信用するんだ」


「ふざけた野郎だ」コボルドはメイスを握る手に力を込め、背後の男たちに合図を出した。男たちはすぐに理解するとザーチャを取り囲んだ。「てめぇを殺せばボスにバレる心配もなくなるってわけだ。もともとどこの馬の骨とも知れねぇ金で雇われただけの用心棒だ。前金だけ持って消えたなんざよくある話だ。てめぇをばらして埋めちまえばそれでおしまいだ」


「俺を殺す?」


 驚いたように呟くと、ザーチャは嗤った。


「ああ、どうやら君がこの一派の癌らしいな。君がいる限り残りの連中は素直にいうことを聞いてくれそうにない」


 刹那、ザーチャの右腕が消えた。


 一瞬の静寂。


 コボルドの首から血が噴き出した。獣の頭が地面を転がった。


 いつの間にかザーチャは剣を握っていた。彼の肌のように灰白色の剣だった。


 血を撒き散らしながらコボルドの身体がくず折れた。子供たちは悲鳴をあげることさえ出来ず、血を浴びた。


「さあ、どうする?」ザーチャは剣で肩を叩きながら男たちを見 回した。「おとなしく俺について来る気になったかな?」


 男たちは無言でうなずいた。






「感謝する」


 ザーチャに近づくと、アステルは頭を下げた。


 すでに子供たちは解放され、逆に男たちが縄で縛られていた。ザーチャは男たちを戒め、子供たちの頭を撫で、エルフの青年に「迷惑料だ」と数枚の金貨を渡していた。ひどく陽気な男だった。


「頭をあげてくれ」ザーチャはアステルを見た。「俺は君に礼をいわれるような事をした覚えはないよ」


獣頭コボルドの男が踏み出した瞬間、貴公が割り込んでくれた。あのまま戦っていれば、私はあの場の男たちを全員殺していただろう。貴公のおかげで無駄な殺生をせずにすんだ。感謝する」


「それは買いかぶりだ。俺があの時声をかけたのはたまたまだ」


「だが、貴公はずいぶんと前から夜闇に潜んでいた。出てくる瞬間を見計らっていたからではないのか」


「なんだ、気づいていたのか」ザーチャは肩をすくめた。「完全に気配を断った気でいたんだが、気取られるとはね。俺もまだまだだな」ククッ、と彼は嗤った。「なに、アイツ等を連れ帰るのは俺の仕事でね、コボルドひとりくらいならかまわないが、全員殺されちゃ俺としても仕事にならない。だから割り込んだまでだ」


「それでもだ」


 アステルはもう一度頭を下げた。


「礼をいう」


「まあ、君がそうしたいならそうすればいいさ。俺としても、礼をいわれて悪い気はしない」さて、とザーチャは笑顔を浮かべる。「それじゃあ、俺にはやることがあるんでね、このあたりで御暇おいとまさせてもらうよ」そういうとザーチャは男たちを連れ、孤児院を後にした。去り際彼は振り返りアステルを見た。


「そうそう、ここで会ったのも何かの縁だ。君の名前を教えくれないか?」


「アステルだ。アステル・ガンサルディード」


「アステルか。俺の名はザーチャだ。鎧に覆われていて確信はないんだが、その角、君はもしや牛頭族ミノタウロスか?」彼の質問にアステルは首肯した。「やはりそうか」ザーチャの眼が陰惨な光をおびた。「巨斧の牛頭。さながらお伽噺の戦神ダイダロスといったところか。ククッ、これはあくまで俺の勘なんだが」ザーチャはアステルを見据えた。その眼には先ほどまでとは違う、冷たく湿った、蛇のような気配が漂っていた。事実、この一瞬彼の瞳孔は蛇のように縦に伸びた。だがそれに気づいた者はいなかった。「君とはまた近いうちにどこかで会うことになりそうだ」


 そう言い残し、男は消えた。


 あとには静寂が残された。


 夜気がいっそう濃く香った。


「あ、あの」アステルの背後から小さな声がかかった。先ほど彼に助けを求めたエルフの少女が立っていた。彼女は涙に目元を赤らめながらアステルを見つめていた。「本当に、本当にありがとうございました。あなたが来てくれなかったら、今ごろ・・・」そこまでいうと、少女はまた泣きはじめた。


 アステルは先ほどそうしてやったように屈み、少女の涙を拭ってやった。






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[一言] 今度は用心棒の真似事を始めたのかな。
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