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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第四話 地獄に堕つ五芒星編 第一部【復讐者】
81/150

3 依頼







 彼の言葉に四人は口をつぐむ。ヨハンは居住まいを正すと、真剣な表情で口を開いた。


「皇太子様がユリシール王国を訪問する」


「どういうことです?」一拍の間を置き、ディアナが理解できないというようにヨハンを見た。「なんでオルマの皇太子様があんなクソみたいな国に行くんです?」


「ディアナ、少し言葉が汚いぞ」彼女を注意するレオパルドであるが、彼の顔にもディアナと同様、不審な表情が浮かんでいた。「とはいえ、ディアナの疑問も理解できる。ヨハン副会長、なぜ皇族の方がユリシール王国をご訪問なさるのです? こういう言いい方はあまり良くないことは承知していますが、ユリシールは差別国家です。十五年前の異種族廃絶運動を皮切りに、ユリシールは人間以外の種族を国内から排除し続けている。それでいてあの国の闇市場ブラック・マーケットはいまだに獣人やエルフを奴隷として売り買いしている。正直我が国とユリシールの仲を考えると、皇太子様があの国を訪れる理由がわかりかねるのですが」


「険悪だからこそ、だ。」ルイソンが口を開く。「皇太子様はユリシール王国と我が国との確執を和らげたいとお考えだ。その裏側には王国闇市場への牽制、世界を代表するギルドである多種族連盟と王国ギルドの協定、あるいは最近ユリシールが手に入れた巨大な資源地帯『血魔姫の領域ヴァルレギーナ・ダソース』の利権関係など、オルマ国としてみれば様々な政治的思惑が交差している。だがそういうものを抜きにしても、皇太子様はユリシールとの仲を改善したいと考えている。あの御方が何よりも求めておられるのは亜人奴隷デミ・スレイブの解放だ。奴隷市場の瓦解が皇太子様の願いだよ。その為にユリシール王国の王族と会見することになった」


「第二王女のベルティーナか」


 ヴォルフラムが呟く。


「そうだ。やはり闇市場ブラック・マーケットに関わる者は王国について詳しいようだな」


「ユリシールの裏社会はデカい取引相手だ。ある程度の知識はある」


「ベルティーナは王国中道左派最大の後ろ楯サポーターです」ヨハンが語る。「ユリシールの特権階級には危険な輩が多い。王党派や貴族派の中には過激な排亜人主義デミフォビア人類主義ナショナリストが大勢います。そういう者たちを牽制しているのが第二王女です。十五年前の異種族廃絶運動以降、貴族や騎士団の中にも『やり過ぎだ』『ついていけない』という声が囁かれ始めたのに気づいたベルティーナ王女は、そういう革新派の支援者として『亜人差別撤廃』を掲げることにした。基本的に王族は政治に干渉しませんが、それでも第二王女です、貴族も軍もその存在を無視できない。結果、最近のユリシール王国の亜人種への強硬姿勢は一時期より弱まっています。まあ、それでもまだまだ酷いことに変わりはありませんが」


「その女王と皇太子様が会うわけですか」レオパルドはヨハンを、ついでルイソンを見つめた。「つまり俺たちへの仕事というのは皇太子様の」


「護衛だ」と人狼が頷く。


「もちろん君たちが直接皇太子様を護衛するわけではない。それは我々近衛隊やオルマ騎士団の騎士たちの役目だ。我々はこの命をとして殿下の身を守る。だが何が起こるかわからない。であればやはり戦闘に特化した連盟の冒険者、それも【古塔】にまで到達した精鋭を護衛の中に入れておきたい、そう考え私はこの場に来たのだ」


「しかし、どうして皇太子様が王女様の元まで足を運ぶのです?」オーギュスタが疑問を口にする。「何もわざわざユリシール王国まで赴かなくても、どこか中立国で会談を済ませた方が安全ではないですか?」


「その意見には私も賛成だし、現にベルティーナ王女からもそう提案された。だが皇太子様は断った。殿下は勇敢な御方だ。奴隷の解放はオルマにとって最重要の問題、そういう局面で皇太子様は『逃げ』の姿勢を見せたくないと考えている。皇太子様のユリシール入りはいわば表明だ。皇族は、いや我々オルマはここまでの覚悟がある、という決意表明だよ」


「変わると思いますか?」レオパルドが真剣な表情でルイソンに聞いた。「ユリシールが本当に亜人奴隷デミ・スレイブを解放すると、そう思いますか?」


「それはやってみなければわからない。だがやらなければ永遠に現在の惨状が続くことになる。ならばやるしかあるまい。それが皇太子様の言葉だ」


「なるほど。確かに勇敢な御方のようだ」


 レオパルドはしばらく沈黙したのち「お引き受けしましょう」と告げた。


 紅い羽根クリムゾン・クローバーは基本的にリーダーのレオパルドが依頼の諾否だくひを決める。他の三人が口を挟むことはない。


「受けてくれるか。近衛騎士団を代表して礼をいう。ありがとう」


「皇族の護衛ね」煙草を踏み消し、紫煙を吐き出すとヴォルフラムは懐に手を伸ばした。が、煙草は切れていた。肩をすくめ椅子にもたれ掛かり面倒臭そうに眉をひそめた。「それもユリシールの王都に行くハメになるとはな。ヨハン副会長、王国ギルドとの折り合いはどうなってんだ。もう話はついてるのか?」


「会談はずいぶん前から計画されています。すでにユリシール議会や王国騎士団、それに王立魔術探求団、そして王国ギルドとも話はついています。王国は皇太子様の訪問を歓迎していますよ。表向きはね」


「あの差別国家がよく了承しましたね」


 怪訝そうなディアナの問いに「表にしろ裏にしろ、色々と取引が交わされたのだよ」とルイソンが苦笑する。


「まあ、近衛騎士の私が政治に関わる事はないが、それでも皇太子様のお側に使えていると色々と耳に挟む。噂によると王国ギルドがもっとも簡単にこちらの条件を飲んだようですね」


「ギルドはならず者集団ではありますが、あれでなかなか物事を平等に捉えるのです。おそらくユリシールでもっとも中立な立場にあるのがギルドですよ。その辺はヴォルフラムくんが詳しいと思います」


「中立ね」ヴォルフラムは嘲るように口元を歪める。「いい当て妙だな。確かにアイツ等は中立だ。金さえ払えばたいていのことは引き受ける。ギルドと話がついてるってことは、かなりの額を積んだな。だがギルドにしろ騎士団にしろ闇市場ブラック・マーケットに食い込んでいる野郎が大勢いる。奴隷関連ならジェラルドと話をつける必要がある。ま、それももう終わってるんだろ?」


「ええ、ジェラルドとの交渉はすでに終えています。彼が動かなければ裏社会も沈黙を守るでしょう。あの世界はルールに厳しいですから」


「ジェラルドとは確か、奴隷商人の名でしたね」


「そうです」レオパルドの言葉にヨハンがうなずく。「ユリシール奴隷市場を牛耳る上級騎士、ジェラルド・ハプスロート。王国の裏社会には職種ジョブと呼ばれる領域が設定されており、大きく分けて五つに分類できます。【魔術グリム】【ブッチャー】【殺しキリング】【斡旋レイバー】【奴隷スレイブ】。今回の皇太子様訪問をもっともこころよく思わないのは奴隷スレイブ、つまりジェラルドなのです。ユリシールの闇市場は自分たちの領域に忠実であり、ゆえに他の領域の揉め事に干渉しないと決められています。いいかえれば自分の尻は自分で拭け、というところでしょうか」


「ああそうだ」ヴォルフラムがヨハンを見る。「今回の件はジェラルドの縄張りの話だ。面倒事を処理するのはボスの仕事だ。つまりジェラルドさえ黙らせとけば他の縄張りの奴等は口を出さない。横やり入れるのはルール違反だからな」


「なら、すくなくとも第四区画は安全ってわけ?」


 ディアナの問いに「さあな」とヴォルフラムが呟く。「少なくとも上に話が通ってるならおとなしくするだろ。ギルドも闇市場も結局は組織だ。ある程度の秩序はある」


「十闘級はどうだ?」とレオパルド。「奴等は王国ギルドの中でもかなり自由に動けると聞く。十闘級については俺でも色々と噂を耳にする。特に【雷刃ブロンテー・エッジ】はオルマでも有名だ。もちろん悪い意味でな」


「アニーシャルカのクソ野郎か」


 ヴォルフラムは吐き捨てる。


「私もユリシールの十闘級は異常者集団だと聞いています」いささか不安そうにオーギュスタが顔を曇らせる。「全員が全員、血に飢えた狂人たちで、連盟ならば即座に除名対象に上がるような犯罪者たちだと」


「別に十闘級の全員がイカれてるわけじゃない」


 ヴォルフラムは毒づくように呟いた。


「イカれてるのは半分だけだ」


「十分じゃない」ディアナが嫌悪に眉をしかめる。「王国ギルドってだから嫌いなんだよ。どいつもこいつも屑ばかり。なんでそんな奴等がギルドの最高階級を授与されるのか理解できない」


「オルマの聖銀級ミスリル・クラスとユリシールの十闘級じゃあ意味合いが違うんだよ。聖銀ミスリルってのは実力だけで選ばれるわけじゃねぇだろ。人格、教養、それに血筋なんかが関係する場合がある。家柄や金で登り詰めた野郎を何人か知ってる。十闘級ってのはそういう文明的な称号じゃねえんだよ。アレはユリシールに『戦闘力』だけを認められ、ギルドの『力』を誇示する為だけに選ばれた奴等だ。聖銀級を授かってる連盟員二十五人のうち、いったい何人が十闘級とり合えると思う? 半分いりゃいい方だ。このパーティの中でも」ヴォルフラムは横に座る三人を順繰りに眺め「ディアナとレオパルドは張り合えるだろうが、オーギュスタ、お前はまともにり合ったら死ぬ」


「その十闘級のうち、君がイカれてると判断した『半分』とは誰なんだ?」


 ルイソンが聞いた。


「話は通してあるんだろ?」


「もちろん、だが警戒するに越したことはない。我々は皇太子様を護衛するんだ」


 ヴォルフラムはしばらく押し黙ったあと「四人だ」と口を開く。


「アストリッド、ソロモン、アニーシャルカ、ドーグ、こいつ等が」そこでヴォルフラムは言葉を切り「いやドーグの野郎は死んだか。じゃあ三人だな。名前くらいは聞いたことがあるだろ」


「念のためその三人について詳しく聞かせてください」


 ヨハンがヴォルフラムに笑いかける。


「俺は情報を集めるために王国ギルドに密告者(ネズミ)を飼ってる。ネズミの飼育には金がかかるんだよ」


「もちろん情報料は今回の報酬に上乗せしますよ」


 ヴォルフラムはしばらくヨハンを眺め、やがて納得したようにうなずくと十闘級について語り始めた。


 アストリッド。王国二大傭兵団の片割れ『アマダロス』の団長。金次第であらゆる仕事を請け負う危険な女。王国過激派には彼女のファンが多く、裏社会ではおもに【ブッチャー】【殺しキリング】と深い繋がりがあり、死体売買などで荒稼ぎをしている。毒々しいピンク色の髪、頬に刻まれた髑髏の刺青が特徴。帝国式の剣術を操り、右眼窩に嵌め込まれた攻撃魔法特化型の【魔眼】で敵を屠る。魔眼を嵌めかえることで複数の属性魔法を発動できるため非常に厄介。国内外をとわず【魔眼のアストリッド】の名で知られる。元々はジュルグ帝国騎士団に所属していたと噂されるも真偽は不明。


 ソロモン。王国二大傭兵団『ルガル』の団長。各国の戦地を渡り歩いてきた傭兵。浅黒い肌と修羅のような戦い方から戦場では【黒鬼(ブラック・オーガ)】の二つ名で畏れられていた。ラルドゥ小国異教弾圧闘争、ジュルグ国境紛争、ユリシール異種族廃絶運動など数々の戦場で死体の山を築き上げてきた。数年前まではうしろ暗い仕事を引き受けていたが、歳のせいか最近は丸くなり、闇市場(ブラック・マーケット)から手を引きルガル傭兵団も王国ギルドの正式な依頼だけを引き受けるクリーンな傭兵団へと変化した。とはいえ闇市場とのパイプが完全に切れたわけではなく、不穏な動きがないとも言いきれず、またひとたび剣を抜けばその凶暴性は全盛期となんら変わりはない。剣の腕は十闘級随一。


 アニーシャルカ。【雷刃(ブロンテー・エッジ)】と呼ばれる魔法剣士。『血魔喰らい(ブラッド・イーター)』を殺した功績により十闘級へと昇格。刃物と雷魔法を合わせた独特な剣術を操り、対人戦はもちろん対魔術戦、対魔物戦、広域殲滅戦など幅広い戦場に対応できるオールラウンダー。総合的な戦闘力は十闘級でも一、二を争う。残虐非道な性格。拷問、虐殺、暗殺などおよそ血腥い仕事すべてに手を染めている。裏社会では【斡旋(レイバー)】【魔術(グリム)】と関わりを持ち、何より【奴隷(スレイブ)】との関係が顕著。王国ギルドに席を置いてはいるが、ほとんど闇市場(ブラック・マーケット)の人間として扱われており、ジェラルドの用心棒としても有名。半年前のクシャルネディア討伐隊のひとり。最近では同闘級のロイクとともに、新入り(ルーキー)のもとで働くことが多いと噂される。


新入り(ルーキー)?」


 ディアナの疑問に


「新しく十闘級に上がった野郎のことだ」とヴォルフラムが言う。「謎の多い男だ。そいつが十闘級全員の前でドーグを殺した」


「なにそれ。十闘級は仲間割れ厳禁じゃないの?」


「アイツ等は血の気が多い。特にドーグは快楽殺人鬼として有名だったからな、揉めごとを起こしても不思議じゃねぇよ」


「それにしても全員の見ている前で殺すとは、少し常識を欠いているな」レオパルドがヴォルフラムに聞く。「その新入りも危険なんじゃないのか?」


「かもしれないが、判断しようにも情報が足りなすぎる」


「ネズミを飼ってるのだろ」


「ネズミも万能じゃねぇんだよ」ヴォルフラムは面倒臭そうに言う。「聞いた話によれば、新入りはほとんど表舞台に出てこないらしい。そいつが王国ギルドに登録されたのは半年前らしいが、そのあいだ新入りがおおやけの場に姿を現したのは二度だけだ。一度目はクシャルネディア討伐後に王城で開かれた国王謁見式。二度目が王国ギルド本部で行われた十闘級会談。たったそれだけだ。しかも半年のうちに受けた仕事がクシャルネディア討伐だけ、噂じゃ少し前に闇の依頼(ブラック・クエスト)が持ち込まれたなんて言われてるが定かじゃない。わかるだろ? 情報が足りないんだよ。まあ、まともな奴じゃないことは確かだ」


「そのルーキーに関しては、連盟の方でも調べましたよ」


 そう言うとヨハンは肩をすくめた。


「ヴォルフラムくんのいう通りいまいち正確な情報が出てこない。わかっているのはルーキーがクシャルネディア討伐に参加したこと、ギルド登録わずか三ヶ月で十闘級に昇格したこと、にもかかわらずどの派閥にも所属していないということです。十闘級はその戦闘力を買われ王族や貴族、騎士団に大物商人、さらには裏社会まで、様々な後ろ楯(サポーター)が名乗りを上げます。ですがルーキーにサポーターはいません。そもそも接触できないのだそうですよ。騎士団将校や貴族でさえ会うことができない」






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