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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第四話 地獄に堕つ五芒星編 第一部【復讐者】
80/150

2 クリムゾン・クローバー






「君たちは相変わらず仲が悪いようですね」


 小綺麗な身なりの人間が苦笑しながら現れた。


「ヨハン副会長ではないですか」


「いや、そのままで」立ち上がろうとするレオパルドを手で制し、青年は四人の前で立ち止まった。「我等がオルマ多種族連盟、その中でも最高峰のパーティ【紅い羽根クリムゾン・クローバー】をわざわざ呼び出したんです。君たちは何かと忙しいはず、形式的な挨拶は抜きにしましょう」


「しかし、これでも俺たちは連盟員です。それに貴方はオルマ多種族連盟総本部副会長である以前に、シュハイトルム家ご当主であります。伯爵様を前にただ座っているというのは、やはり失礼かと」


 その獣の見た目とは裏腹に生真面目なレオパルドがやはり立ち上がろうとするのを「ヨハン副会長がいいって言ってるんだから気にすんなよ」ヴォルフラムが面倒臭そうに止める。「それよりさっさと仕事の話をしようぜ」


「彼のいう通りですよレオパルドくん。気にしないでください」


 ヨハンは快活にそう言うと、紫煙を吐き出すヴォルフラムに笑いかけた。


「それにしても君は非常に率直な物言いをしますねヴォルフラムくん。いや、怒ってるわけじゃないですよ。むしろ僕は君を気に入っています。だが君のそういう態度に上級役員や何人かの貴族から苦情が出ているのも事実です。騎士団からの評判もけっして良いとはいえない。闇市場ブラック・マーケットに関わっているという噂も君の悪評に拍車をかけている。君がいまも連盟を除名されないのはひとえにその実力がゆえですよ。聖銀級ミスリル・クラス神聖な冠ホーリー・クラウンを所持しているのは連盟でも君と、あとはカサンドラくんだけです。そちらのオーギュスタ嬢でさえ協会から託されているのは黄金の冠ゴールド・クラウンでしたね?」


 ヨハンの視線にオーギュスタがうなずく。


「天才ゆえの特別待遇というわけです。しかしそれに胡座をかいて好き勝手をされては連盟としても困る。できれば軽率な行動は慎んでほしい」


「善処するさ」


「そういう皮肉な態度をやめろっていわれてんのよ」


 ディアナが横目で睨む。


「お前の説教は聞き飽きた」


「ハァ?」


「悪いけど、喧嘩はそこまでにしてください。実は君たちに紹介したい方がいる」ヨハンは苦笑すると扉へ向かって呼び掛けた。「どうぞ、入ってください」


「噂通り纏まりのないパーティのようだな、ヨハン副会長」


 低い声と共に軍服に身を包んだ人狼が現れた。


 一般的に野生の獣頭コボルドや人狼という種族は服を身につけない。オルマのように様々な種族が混在する国では、ある程度の礼儀として雄ならば陰部を、雌ならば胸元と下半身を軽装で覆い隠したりはする。現に獣頭のレオパルドは腰布サルールを穿いている。だが上半身は裸だ。


 人狼は青色の軍服をキッチリと着込んでいた。獣人が軍服の着用を義務付けられているということは、それなりの身分、階級に属しているということだ。人狼の胸に並ぶ数々の勲章、獣でありながら品性を感じさせる顔立ち、そしてオルマ多種族騎士団の中でも特異な青い軍服。


「近衛騎士団の方ですか?」


 オーギュスタがおっとりと人狼に尋ねた。


「そうだ」人狼は手を後ろで組むと四人に自己紹介をした。「皇太子様直属近衛騎士長のルイソン・ガ・バステナだ」


「皇太子直属の近衛?」


 ディアナの疑問に


狼隊ガルムだ」とレオパルドが答える。「皇族近衛騎士団の中で皇太子様の護衛を任されているのは人狼で構成された特別近衛衆、通称【狼隊ガルム】。その存在は前々から知っていたが、まさかこうして対面する機会がくるとはな」


「近衛だと?」ヴォルフラムは剣呑な眼をさらに細め、人狼を、ついでヨハンをめた。「おいおい、まさか皇族絡みの仕事じゃないだろうな」


「そのまさかだよ」


 ヨハンは大仰にうなずくと四人の前に座り、続けてルイソンがその隣に腰かける。


「俺たちは荒事なら何でもやるが、結局それだけだ。貴族高官相手の仕事ならまだしも、皇族だ近衛だいう神聖なお務めは完全に門外漢だ。そういう上品な仕事は【閃光の狩人ラディアンス】にでも持ち込めばいい」


「確かにそうだな」レオパルドはヴォルフラムの意見に同意すると、向かい合っているふたりを見つめながら口を開く。「紅い羽根クリムゾン・クローバーは完全に戦闘の為に組まれたパーティです。魔物の殲滅、危険地帯の調査、国内外を問わず紛争地帯への介入、それが俺たちの仕事です。見ればわかる通り全員が、いやオーギュスタはどこへ出しても恥ずかしくない自慢のメンバーだが、残りは俺を含めとてもじゃないですが皇族の方々に関わる資格があるとは思えません。ましてヴォルフラムは闇ギルドと関わりを持っていますし、それにクリムゾン・クローバー自体あまりクリーンだとはいえません。時にはやむを得ず法も犯せば裏社会の手も借りる。ヴォルフラムの言う通り、我々ではなくラディアンスを使うべきではないですか」


 閃光の狩人ラディアンスとは先ほど名前の上がったもうひとりの神聖な冠ホーリー・クラウン所持者、聖銀級ミスリル・クラスのカサンドラがリーダーを務めるパーティだ。おそらくオルマ国内でも最強のパーティだろう。クリムゾン・クローバー同様複数の聖銀級を擁し、名家の出であるカサンドラの人脈により貴族や連盟役員に顔が利き、国家への貢献度の高い依頼がいくつも舞い込んでくる。彼等はそのすべてを完璧にこなし、今や上流階級からの信頼は絶大だ。皇族に関する仕事ならばクリムゾン・クローバーではなくラディアンスに依頼するのが妥当だろう。


「そのあたりについては僕もルイソン騎士長とで話し合いましたよ」


 ヨハンはにこりと笑う。


「会長や役員たちならラディアンスを選ぶでしょう。オルマ騎士団総団長もカサンドラくんを推すはずです。しかし僕からするとラディアンスは少し政治的すぎる。彼等のバックに付いている貴族や元老院たちは些か愛国心が強すぎます。彼等のイデオロギーは非常に排他的、そして覇権主義的です。皇太子様はそういうやからを一番嫌う。あのお方はとても優しいのですよ」


「皇太子様もラディアンスよりクリムゾン・クローバーを気に入るだろう」ルイソンがうなずく。「君たちの資料は読ませてもらった。これといったイデオロギーのようなものは見受けられなかった。君たちは純粋に金銭の為に仕事をしている。そういう者が一番信用できる。それに単純に冒険者としての実力でも、私は君たちのほうが上だと判断した。なにせ君たちは【古塔】から生還した唯一の連盟員だ」


「それは間違いよ」


 ディアナが否定する。


「そうです。正確には俺たちは古代遺跡郡を抜け塔には辿り着きましたが、中には入っていない。俺たちは撤退したんです」


 レオパルドが彼女の言葉に同意する。


【古塔】とはオルマ国の東に聳えるドーガ山脈を越えた先にある古代湿地林、さらにその先に広がるグラム水没林を抜け、ザラムスズ草原の果てにある古代遺跡群の総称だ。クリムゾン・クローバーはその危険地帯から生きて帰って来た。


「私たちは逃げてきたんです。あの場所は危険すぎます」


 オーギュスタが呟く。


「それでもだよ」彼等の謙遜を一蹴するように人狼は身を乗り出す。「かつてあの塔までの道のりを踏破した者たちはわずかだ。しかも君たちは古塔について非常に重要な情報を持ち帰った。君たちはあの場所で死霊を目撃した」


 死霊、その一言に四人に緊張が走った。


 全員があの死霊と遭遇した時の事を覚えている。


 ヴォルフラムは窓外を見る。薄暮が空に迫る。じきに夜だ。


 彼の脳裏に死霊の顔が甦る。


『いやはや、まさか君たちのような低級存在が私の玩具スレイブを退けこの塔にまで到達するとは、いささか驚いたよ』闇に閉ざされた塔の入り口、その向こうから不気味な髑髏が現れ、嘲笑を含んだ囁きで四人の肝を冷やした。『諸君らの奮闘に免じて、ここで引き返すのなら君たちを見逃そう。この地で手に入れた戦利品はすべて持ち帰ってもらってかまわない。諸君等はそれだけの偉業を成し遂げたのだ。だがそれだけでは満足せず、無礼にも私の塔を土足で穢そうというのなら、話は別だ。一歩でも足を踏み入れれば、諸君等は想像を絶する死を迎えることになる』


 そうして髑髏から立ち上った魔力の異質さを、ヴォルフラムは忘れない。


 天才と呼ばれる精霊使いだからこそ理解できる死霊のおぞましい魔力。


 眼前の死種アンデッドは魔物ではない。おそらく、それ以上の存在。


死霊魔導師リッチイビルヘイム」


 紫煙とともに、ヴォルフラムが呟いた。


「そう、イビルヘイムです」ヨハンが苦い顔をする。「世界的脅威一覧ブラックリストの序列第三層にその名が記載されている、不死の魔導師。あらゆる魔術を修得し、指先ひとつで極大魔法を放つといわれる正真正銘の化け物です。まさかそんな存在がオルマ領に棲み着いていたとは・・・古塔はもともと忌避されていた場所でしたが、君たちの報告が上がってからは完全にアンタッチャブルな領域となりました。超越魔物トランシュデ・モンストルとは禁忌パンドラの箱です。絶対に開けてはならない。三月前みつきまえの帝国での災厄がいい証拠ですよ」


「ジュルグのフューラルド地方で起きた事件ですね」レオパルドが思案深げに眼を細めた。「地図から街がひとつ消えた。間違いなく超規模災厄級カタストロフィ・クラスの惨禍」


「ヤコラルフ、ですか」オーギュスタが悲しそうに顔を歪めた。「一晩で地方都市が半壊したと聞きました。何千人もの罪なき人々が犠牲になったと」


「半壊というのはジュルグ帝国が表向き公表している被害規模ってだけで、あれは嘘だよ」ディアナがオーギュスタを見る。「実際は半壊どころか、都市まるまるひとつが消滅したらしい。全壊でも崩壊でもない、消滅。たった一晩で六万人以上の人間が死んだ。被害者の中には辺境候のレオニード・チェスノーリンや第八殲滅騎士団騎士長まで含まれてるらしい。ジュルグからしたらとんでもない損害だよ」


 ディアナの話に「痛ましいことです」とオーギュスタが首を振る。


「ジュルグの公式見解によれば原因は精霊暴走アネトス・トロヴォースだ」ヴォルフラムは短くなった煙草を靴底で踏み消し、新たに一本をくわえた。


精霊暴走アネトス・トロヴォース】とは何らかの要因により一定空間の精霊密度が限界を迎え、精霊が爆発する現象を意味する。風魔力の化身である精霊の爆発は極大魔法を引き起こし、あらゆるものを破壊する。


「だが精霊の密度の低い大都市で精霊暴走が起こる確率なんざゼロだ。かりに精霊により風の極大魔法の暴発が起きたとしても、都市が消滅するほどの威力はあり得ない。ヤコラルフが消滅したのは別の原因だ。噂じゃ化け物同士が殺し合ったらしい。ジュルグの化け物といえば、アレだろ」


「魔獣狩り、か」


 そう言うとレオパルドは目の前の人狼を見やった。その視線の意味に気づき、ルイソンは苦笑する。


「そう、アレは私の同族だ。もっとも姿形が似ているだけで、魔獣狩りは私たち人狼ガルムとは別物だけれどね」


「具体的に何が違うんです? 僕には同じ人狼に思えますが」


 横から放たれたヨハンの疑問に


「血です」


 とルイソンが答える。


「ヨハン副会長、我々と魔獣狩りを隔てる決定的な差異は血なのです。我々オルマの人狼は長い年月を国家の中で過ごして来ました。そうすると必然、他の種族の血が混じる。もちろん人間やエルフと交尾を行うことは不可能ですが、獣人族となら可能です。私もこういう姿をしていますが、いくらか獣頭コボルドの血が混じっています。雑種なのですよ。我々は遥か昔に夜を支配したといわれる黒獣の血を失った」ルイソンは何か感慨にふけるように窓外を見た。「だが魔獣狩りは違う。彼には黒い血が流れている。月に狂い、狩りに酔い、ただひたすらに強敵を求めるのが月の狼マーナ・ガルムです。古い言葉で【夜の獣の血族ナイト・ガルノス・リニイッジ】と呼ばれる最強の戦闘種族。そういう意味では、どちらかといえば魔獣狩りは血魔ヴァルコラキに近い。アレも黒獣の血筋ですから」


「なんにしたってヤバいってことね」ディアナが肩をすくめる。「ブラックリストによると魔獣狩りはイビルヘイム以上の化け物なんでしょ? そんな魔物と一体どこの誰が戦ったってわけ?」


「さあな、あくまで噂だ。都市そのものが消滅した以上、目撃者も死んじまった。おそらく帝国も真相を把握できていない」


「ヴォルフラムのいう通りだ。現在帝国は真相究明を急いでいる。まあ、成果はないようだがね。ただあの晩以降、魔獣狩りが帝国領から消えた。魔獣狩りが『何か』と戦ったというのは、そこから発生した噂だよ。他にも噂は色々と流れているが、どれも眉唾だろう」


「噂なら私も聞いたことがあります。確かあの晩ヤコラルフの上空に『緋色の翼が広がっていた』と」


 四人が言葉を交わし合っていると


「そこまでにしましょう」ヨハンがひとつ手を叩いた。「だいぶ話がずれてしまった。そろそろ仕事の話と行きましょう」






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