エピローグ『ブレイヴ・オブ・デス』
男は繁茂した草叢に身を潜め、山道を見張っていた。
薄汚れ、獣のような臭いを放っていた。だがそれでいい。彼は森と同化している。これなら獲物に気取られない。
樹々の隙間から月光が射し込んだ。男は眼を細めた。草木の隙間に巨大な満月が見えた。そしてその満月を中央から二分するように、一本の影が貫いていた。
それは塔だった。打ち捨てられ、忘れられた、古の塔。
しばらくそれを眺めていた男は、山道から聞こえてきた足音に視線を戻した。
山道の向こうから複数の人影が歩いてきた。
多種族国家オルマ、その東に聳えるドーガ山脈の山道は、連盟の人間がよく使う道として知られる。ユリシール王国ギルドに比肩する超大型ギルド、オルマ多種族連盟に籍を置く人々は、ドーガ山脈をよく越える。この先に広がる古代湿地林に用があるのだ。様々な動植物、珍しい鉱石、危険な魔物の棲息するその地は、連盟の者たちからすれば天国だ。新米冒険者から熟練の狩人まで、富と名声を求め湿地林を訪れる。だが連盟には暗黙の了解があった。湿地林を抜け、グラム水没林を越え、ザラムスズ湿地草原の果てにある古代遺跡群に入ってはならない、という暗黙の了解。そしてそこに聳える古の塔には、絶対に近づいてはならない。
連盟はその塔を、なかば禁域のように扱っていた。
もっとも、遺跡群に近づこうにもザラムスズ湿地草原はギルド指定危険度9に分類される魔物たちの縄張りであり、何より遠すぎる。オルマ首都から目指した場合十五日、湿地林から出発したとしても十日、しかもこれは単純に塔までの距離を計算した場合である。実際は足場の悪い湿地であるため馬が使えず、凶暴な魔物との激戦も予想される。たとえ遺跡群に辿り着いたとして、そこは死種のさ迷う死の遺跡。何人もの冒険者たちが塔を目指し、誰ひとり帰ってきた者はいない。ユリシール王国領『血魔姫の森(クシャルネディアの領域)』よりもさらに危険な場所であると、オルマ多種族連盟は認識していた。現在この地を目指す連盟の人間は皆無だ。
(冒険者どもか。女もいるな。楽しめそうだぜ)
男は草叢の中で笑った。仲間もそう思っているであろう。彼は野盗であった。名をクレイグという。そしてこの周辺には彼の同僚が身を潜ませている。ドーガ山脈を中心に追い剥ぎをする【ロド盗賊団】は、冒険者や旅人にとって非常に危険な存在だった。あらゆるものを奪われ、男ならば容赦なく殺され、女は犯されたあと殺され、亜人(特に獣人族)はユリシール王国の闇市場に売り払われる。だが何よりたちが悪いのは、ロド盗賊団のメンバーがオルマ多種族連盟で銅級の実戦経験者たちだということだ。
新米はもちろん、時には銀級でさえ狩る対象にする、恐ろしい盗賊団。
とはいえ盗賊業に身をやつした以上、彼等はすでに除籍されている。すべてのギルドがそうであるように、オルマ多種族連盟も厳しい規律と正しい人格を求める。ユリシール王国ギルドのような悪辣集団は異端である。民族主義的、全体主義的風潮ただよう王国の中にあって、個人主義を掲げている点も、異様さに拍車をかけている。騎士団が干渉できぬほど力を持っているあたりは、連盟と似ているが。
クレイグは草叢から飛び出した。冒険者たちは四人のパーティーだった。近接職の男が三人、魔術師の女が一人。基本に忠実なパーティーだ。装備や雰囲気からいって、さほど経験を積んでいるようには見えない。
「楽な仕事だぜ」クレイグの言葉に応じるように、隠れていた男たちが次々と現れる。冒険者たちは逃げる暇もなく、五人の盗賊に囲まれてしまった。
「ロド盗賊団だ」
冒険者の一人が絶望したように呻いた。その悪評を知っているのだろう、女魔術師などは今にも泣き出しそうな顔をしている。
「安心しろよ、反抗しなきゃ苦しまずに殺してやる。女の方も、愉しんだらすぐ楽にしてやる」
下卑た嗤いが夜闇に響いた。
冒険者たちは剣を抜く。みすみす殺されるつもりはないようだ。
やれやれ、とクレイグは首を振ると、短剣を抜く。仲間たちも得物を手に取る。
今にも戦いが起ころうとしたその時、
「まったく、逃げるのも楽じゃないな」
冷たい声が響いたと思うと、彼等の頭上の空間が裂け、一人の男が落ちてきた。その場の全員が呆気にとられたように動くのを止めた。クレイグは現れた男を凝視した。膝をついているので顔は見えないが、彼が騎士なのだということはわかった。男は鎧を身に付けていた。血で赤黒く染まり、いくつもの戦痕が刻まれた鎧だった。血膜の隙間から、藍鉄が覗いている。その姿は何か底冷えするような印象を彼等に与えた。だが何よりこの場の全員が注目したのは、男が背負っている剣だった。とてつもない大剣だ。岩のよう荒々しい刃が、月光に照らされ輝いていた。
「予想以上の負荷だ。次元断層に長く留まるのはやめた方がいいな」
男は首を回しながら立ち上がった。その顔を見て、クレイグは悲鳴を上げそうになった。蛇の鱗、二又の舌、縦に伸びた瞳。男は人間ではなかった。
「おや、なんだ人がいたのか」男は周囲を眺め、笑顔を作った。「いやはや、まったくすまない。どうにも俺は昔から不注意でね、前方を歩いている婦人に気づかず激突したり、足元にすがり付く物乞いを踏んづけたり・・・そうそう、一度などどこぞの領主の子供を蹴飛ばしてしまったことがあったな、あの時は酷かった。父親がえらい剣幕で俺に迫ってきてね、それも私兵を携えてだよ。まったくああいう手合いの人間というのは、どうしてああも」
そこで男は何かに気づいたように額に手を当てた。
「いや失礼、俺の無駄話になど君たちは興味はないよな」男は嗤いながら特大剣の柄に手をかける。「しかし、ちょうどいいな。悪いが依り代になってくれないか?」
瞬間、特大剣が周囲を薙ぎ払った。
クレイグには何が起きたのかわからなかった。彼の仲間も、冒険者たちも理解できなかったろう。気づいたときには九人の頭部は地面を転がり、血と胴体が辺りを汚した。
男は懐から小瓶を取り出し、中身を死体に振りかけた。灰色の粉がはらはらと舞い落ちる。それは骨灰だった。闇魔法により精製された灰は、簡易召喚儀式の供物の役割を果たす。
骨灰が死体に触れると、血が煮たち、肉が溶け、骨が崩れる。人の形を失っていく。やがてすべての死体が黒い液体に変化し、一ヶ所に凝集したかと思うと、黒い液体はみるみるうちに新たな形を取りはじめる。
『君からの連絡を心待にしていたよ。吉報と受け取って構わないかな? ザラチェンコ』
死霊の似姿となった黒液は、魔人に語りかけた。
「イビルヘイム、君の期待を裏切るようで悪いが、あまり良い知らせは出来そうにない」ザラチェンコはため息をつく。「結論から言おう。失敗だ」
『魔獣狩りを仕留め損ねたか』
「ああ。どうやら俺も君もガルドラクを少し舐めすぎていた。まさか魔狼月牙隊の血があれほど恐ろしいとはな。奴を確実に殺したいなら、俺たちもある程度の痛みを覚悟しなければならないぞ。もっとも、正直なところ魔獣狩りの生死は不明なんだがな」
『どういうことだ?』
「さっきまで奴と戦っていたんだが、実はかなり込み入った展開になってしまってね、逃げてきた所なんだ」
『何があった』
「俺も詳しく話したいんだが、なにぶん依り代の質が良くない。召喚術式は長く持たないだろう。だから要点だけを手短に話す」ザラチェンコは一拍間を置き「レヴィアが死んだ」
『なるほど。嬉しくない知らせだ』
「だろうな。俺としても戦力の低下は本意ではない。だが楽しい報告もある。喜んでくれ、クシャルネディアが生きていた」
『クシャルネディア? 彼女が現れたのか?』
「そうだ。実に元気そうだったよ。そうだ、彼女から君とベルゼーニグルに言付けを預かっているんだった。『殺す』だそうだよ。なんとも素敵な伝言だと思わないか?」
『どうやら私が想像している以上に、事態が複雑化しているようだ。ジュルグ帝国で何があったのか非常に興味が出てきたよ。レヴィアは魔獣狩りに殺されたのか? それとも女王に屠られたか?』
「そこなんだよイビルヘイム。実は俺もそこがわからないんだ。俺たちは辺境都市ヤコラルフで暴れていてね、超越魔物が四体も一ヶ所に集まるなど、なかなか見られるものじゃない。だがな、あの街にはまだ他に『何か』がいた。レヴィアはその『何か』に殺された」
『レヴィアはアレで序列第三層に指定される魔物だ。そんな彼女を殺せるほどの存在がいたと?』
「ああ、間違いない。おそらくレヴィアは・・・すまない、そろそろ依り代が崩れそうだ。まあ、詳しい事は直接会って話そう」ザラチェンコは満月を、そしてその中心に聳える一本の影を見る。「どうやら俺はオルマ領にいるようだ。予定よりだいぶ早いが、このまま塔に向かう。かまわないだろ?」
『もちろん、大歓迎だ』
「しかしなぁ、地獄に堕つ五芒星ならもう少し楽にセイリーネスを潰せると思っていたが、そうもいかないらしい。これは勘だが、この先荒れるぞ」
『君の口調を聞く限り、随分と嬉しそうに聞こえるな』
「そうか?」
『然り。実に楽しそうだ』
そこで依り代が崩れた。召喚術式が終了した。
ザラチェンコは特大剣を担ぎ、歩き始める。
「楽しそう、か」魔人は大きな嗤い声をたてながら闇の中に消えていく。「ああ、そうかもな。そんな風に考えたことはなかったが、どうやら俺は楽しんでいるらしい」
イビルヘイムは眼前の男を見た。地面を埋める巨骨のひとつに腰を下ろし、男は剣を掲げていた。おぞましい剣だった。黒くひび割れた骨のような刃から、膨大な熱と瘴気が立ち上っている。男はその剣を不気味なほど巨大な夕陽にかざし眺めている。
「塵滅ノ刃。間違いなく本物だ」
男は呟いた。聞くものを不安定にさせる、不快な響きを持った声だった。
「どうしてもコイツの行方だけがわからなかった。よく見つけたな」
「探し出すのに苦労したよ。とはいえ我等が【王】の頼みとあらば、致し方ない。これで四本すべてが貴方の元に帰ったわけだ」
「ようやくな」
男は剣を腰に戻す。彼の周囲には大量の巨骨が積み上げられている。ここは通称『魔神の墓場』。死の荒野を越えた先にある底無しの谷『大断裂』、そこを越えた先にある忘れられた土地。各国の世界地図にこの土地は印されない。神樹聖都セイリーネスの地図だけが、今なおこの場所を覚えている。そして魔神の墓場をひたすらに突き進めば、そこは『最果ての地』。濃霧のような瘴気が立ち込め、あらゆる光は届かず、侵入者は【濃血の飛竜】カラミットにより鏖殺される。
男は立ち上がった。
「今貴様が話してたのは、ヘル・ペンタグラムか?」
「そうだ。英雄と蛇の間に産まれた魔人だ」
「蛮勇の騎士の息子か。名前は確か、ザラチェンコだったか」
「彼を知っているのか」
「アイツがガキの頃に一度会っている。まあ、向こうは覚えてないだろうけどな。しかしあのガキがヘル・ペンタグラムに入ったか。やはりセイリーネスが憎いらしい」
「ほう、ザラチェンコとセイリーネスの間に何かあるのか?」
「奴の両親を殺したのは【聖騎士アルトリウス】だ」
「なるほど」イビルヘイムは噛み締めるように嗤った。「蛇は執念深いというからな。なかなか面白い展開が待っていそうだ」
「で、アイツからなんの連絡だ?」
「どうも魔獣狩りを仕留め損なったらしい」
「おれは忠告してやったはずだイビルヘイム。貴様等は月の狼を甘く見すぎている。魔獣狩りは狼王の血筋だ。ボロスは狂っていた。いいか、アレは【No.11】に喰らいかかった狂犬だ。当時そんなイカれた事をした野郎はジンライネルくらいのもんだ。魔獣狩りはその狂血を引き継いでいる。簡単に殺せると思うな」
「貴方の助言に耳を傾けるべきだったと反省している、王よ」
「王、ね」男は嘲笑を浮かべる。「おれが貴様等の王とは、なんとのも皮肉な話だ」
「暗黒の時代の頃ならそうかもしれないが、今の貴方は我等の同胞だ」
「死種として復活するはめになるとは、さすがのおれも予想できなかった。おれの頭の中では常に音が鳴っている。至福直感もさんざん経験してきた。だが、ガキの頃から神が何を考えてるのか理解できたためしがない。まあ、黒竜に自我と肉体を奪われ無意味に別次元を漂うだけの存在を【神】と呼称するのは、いささか無理があるのかもしれないけどな」
「運命の悪戯というやつさ」
「神と運命は同義じゃない」
男はゆっくりと振り返った。異貌と呼ぶより他にない、彼はそういう姿をしていた。祭服、あるいは修道服だったろう装衣は、しかし襤褸切れのように朽ち果て、血と瘴気を吸い、あたかも歴戦の戦士を彩るローブのように揺れている。露出した肌には蛇のような縫い跡が幾本も走り、縦横無尽に広がるそれは、まるでバラバラに切断された人間を何とか縫い合わせたかのような、グロテスクなものだった。そして男を異貌たらしめているもっとも大きな要素は、その眼だ。白濁した死者の双眸。世界を拒絶するその瞳は【蘇りし者】の証。だが超越魔物である以前に、彼は間違いなく選ばれし者。
イビルヘイムは男に向かい一礼する。
「地獄に堕つ五芒星は超越者の集まりだ。そして超越者とは、他者に従うのを好まない。ある程度の協力や妥協はあれど、結局我々は各々好き勝手に動く無法者どもだ。だからこそ王がいる。四本の凶剣を操り、一振りの聖剣に選ばれた貴方ならば、我々を統べる魔の王に相応しい。なにせ今やブラックリストの最終ページに名が刻まれているのは、貴方だけなのだから」
イビルヘイムは恭しく男を見つめると嗤った。
「そうだろう? ギグ・ザ・デッド」
【序列第一層 最重要一級危険存在 一体】
聖剣に選ばれし邪悪【穢れた大勇者】ギグ・ザ・デッド
ギグは死霊魔導師に舌を出した。そこには産まれた時から刻まれていた痣があった。産婆が悲鳴を上げ、両親が赤子を棄てる理由となった、逆五芒星の痣が。
光と闇に選ばれし者。
神に選ばれ、魔神に魅入られた者。
まさしく穢れた大勇者。
「話は終わったろ。もう消えろ」
「貴方がそう望むのであれば、従おう」イビルヘイムは大仰に頷くと、その身を空間に溶け込ませていく。「最後にひとつだけ。これより我々はセイリーネスを潰しにかかる。古の塔にすべての同胞が集結する。ぜひ我等が王にも足を運んでもらいたい。というよりは、貴方が来なければ何も始まらない」
「安心しろよ。おれは勇者だ。セイリーネスに挨拶に行くのも悪くない」
「その言葉が聞きたかった」
薄ら寒い嗤い声を残し、死霊魔導師は消え去った。
ギグは索漠たる世界を眺める。
そして己の運命について思いを馳せる。
聖剣に選ばれし勇者が、魔の軍勢を従える。
くぐもった嗤い声が漏れ、しかしそれはすぐに止む。
「神よ、アンタが何を望んでいるのか知らないが」ギグは虚空に向け呟いた。「まあ、おれはおれの好きなようにするさ」
「よう、王はどうだった?」
金属質の声が響いた。蝿と獣を融合したような悪魔は、愉しそうに嗤っていた。
「相変わらずだ」塔の闇の中からぬるりと現れた死霊魔導師はベルゼーニグルに答えた。「何を考えているのよくかわからない。だが、少なくとも我々の敵でない事は確かだ。存外、セイリーネスを滅ぼす事には乗り気かもしれない」
「そいつはよかった。何せあの男は凶剣に認められた者だ。魔神の忠実なる僕たる我からすれば、ギグ・ザ・デッドとはまさに主。我はこれで忠義に厚い男でね、できれば主人に弓を引きたくない」
「君の口からそんな言葉が聞けるとはね」
イビルヘイムはくつくつと嗤う。
「私がいない間に、何か変わったことはあったか?」
「いや、特にないな。カ・アンクの兵蟲から幾つか書状が届いたくらいだ」ベルゼーニグルは六本の腕で洋皮紙を振る。「これといった情報は届いてない。そうだな、我が気になったのはコレくらいだ。【巨斧の牛頭】。知ってるか?」
「初耳だ。何者だ?」
「なんでも女を探してるようだ。紫の髪、右顔面に逆五芒星の刺青、そして黒い焔を操る女。我等が魔女を殺したいらしい。カハハッ、おおかた復讐だろうな」
「ジュリアーヌは破綻者だ。各地で虐殺を繰返し、あらゆる種族から恨みをかっている。まあ、放っておいていいだろう。牛頭のような低級存在、我々が手を下すまでもない。もし何かあれば彼女自身に後始末をさせる」
「自分のケツは自分で拭かないとな」
「そういうことだ」イビルヘイムは頷くと、満面の笑みを浮かべた。「それより、面白い物を見たくはないか?」
「随分と上機嫌だな。気持ち悪いぜ」
「いや、偶然見つけてしまってね、まさかこんな物が現存しているとは思いもしなかった。転生してから初めて、神に感謝の祈りを捧げたほどだ」
イビルヘイムが手をかざすと、闇が裂け、『それ』が現れた。
「おいおい、冗談だろ」ベルゼーニグルは驚いたように声を上げた。「何処でそんな物を手にいれやがった」
「凶剣捜索の折りに、たまたま見つけたのさ。南マカラゾ樹海の地底洞窟に棲む小鬼どもが神体として祭壇に奉っていた物だ。いや、気持ちはわかるよ。これはまさに魔導生体技術の極致といっていい。どれだけの魔導師たちがこの技術を再現しようと努力し、散っていったことか。蘇生を試みたんだが、さすがに損傷が激しすぎてね、魂の残滓の定着しか出来なかった。だが近付いて、そしてよく耳を澄ましてくれ。声が聞こえる。永き時を隔てた殺戮者の声が」
イビルヘイムに従い、ベルゼーニグルは『それ』に近づいた。
『ドラ・・・キ・・・オマエ・・・コトダ・・・ツキ』
感情のない、掠れた囁きが聞こえた。
「何て言ってるんだ?」
「さあ、おそらく生前最後に口にした言葉を繰り返しているんだろうが、意味まではわかりかねる。残滓の記憶とは得てしてそういうものだ。だが、これはこれで趣があるじゃないか。調度品としても素晴らしいが、やはり魔導師としこれほどの研究材料は他にない。それにコレで遊ぶというのも、一興じゃないか?」
「325年前なら、お前は殺されてるぜイビルヘイム。奴等はたとえ死体だろうと、同胞を侮辱されるのを赦さないからな」
「だが、今はそうではない」
不遜な死霊魔導師の嗤いは、闇によく響いた。
不意に『それ』の右腕がだらりと垂れた。
【No.5】
そこにはそう刻まれていた。
【第三話 魔獣狩りの人狼編 了】




