14 サツキ VS ガルドラク
「お前が魔獣狩りか」
ざらついた声に、ガルドラクの全本能が最大の警戒を発する。瓦礫の中から現れたその男はただの人間、魔力は無に等しい。だがその身が纏う死臭は圧倒的な破滅を予感させ、その赤い瞳から漏れる殺気はあまりにも禍々しい。
天眼と呼ばれる人狼の双眸は、男の内奥におぞましい【力】を見る。
人の皮を被った鬼。
人間の姿をした化け物。
ガルドラクの瞳が極限まで研ぎ澄まされる。限界まで剥かれた牙が、獰猛な唸りを上げる。
「すでに金狼状態か」サツキは口元を歪める。「この国に来た甲斐がありそうだ」
オメェは誰だ、その疑問を、ガルドラクは咬み砕く。
なぜならそんな問いに意味などないからだ。目の前の男が何者なのか、人間か、亜人か、魔物か・・・そんな事になんの意味があるというのか。あるいは先ほど空を緋色に染め上げた魔力、赤い瞳、灰色の髪、そしてこれまで嗅いだことがないほど禍々しい臭い・・・それらが指し示す存在は、ただひとつ。
だが、それが何だというのだ。たとえ目の前の男が全面戦争の殺戮者だったとして、たとえ325年前の英雄だったとして、そして唯一黒竜に匹敵する化け物だったとして・・・その事実に何の意味があるというのか。
重要な事は、ただひとつ。
「テメェ、オレより強いな」
ガルドラクは壮絶に嗤った。
そう、それだけが意味を持つ。
圧倒的な化け物だけが、彼に死闘をもたらす。
「俺を前に嗤うか。それでこそ月の狼だ」
無機質な瞳がガルドラクを見る。
「水精魔程度を殺した所で、何の感慨もわかない。多少なりとも実力が拮抗していなければ、戦いとは呼べない。虐殺や蹂躙も悪くないが、さすがにそればかりでは退屈に過ぎる」
「同感だな」ガルドラクの獰猛な殺気が、空間を揺らがせる。狼の瞳孔が、細く、小さく、研がれていく。「いい加減、雑魚を相手にするのはうんざりしてた所だ。オメェならオレを愉しませてくれそうだ。オレを殺せそうだ。オレに、本当の戦いを与えてくれそうだ」
人狼の殺意がサツキに襲いかかる。
高純度の、まさに月の狼だけが放つことのできる獣の殺気。そのあまりにも剥き出しの敵意に、クシャルネディアは黒い魔力を纏う。彼女は魔獣狩りの強さに、ある種の敬意を抱いる。だが我が主にこれほど不躾な殺気を向けるなど、到底赦せるものではない。クシャルネディアは暗澹たる視線を人狼に向け、しかし
「無粋な真似はよせ、クシャルネディア」
サツキの声が、彼女の行動を咎める。
赤い視線がクシャルネディアを射る。
「俺の戦いだ。邪魔をしたら殺す」
「私としたことが、思慮が足りませんでした。どうか御赦しください」
クシャルネディアは二人から距離をとる。
「この気配、この殺意、そしてその眼・・・間違いなく魔狼月牙隊の血筋だ。ボロスの予言は正しかったらしい」
サツキは嗤う。
今のサツキは饒舌だ。レヴィアとの一戦を経て、高揚している。魔力を解放し、300年ぶりに魔剣を振るった。ただの一振りが街を両断し、逃げ遅れた市民は数百、あるいは数千単位で死に、そして超越魔物でさえ一撃で滅ぼす。まさしく竜殺し。これこそが最凶の生体兵器。だが同時に、誇りと誓いに病的な執着を見せる狂人。同胞の名と血と魂の体現が自分なのだと、俺こそが異種族殲滅用生体兵器の矜持その物なのだと、自らを規定している。
殺戮者にして英雄。その矛盾が、その狂気が、彼を戦場に駆り立てる。
ガルドラクと同じように、サツキも闘いを求めている。
血を流し、痛みを感じ、存分に力を振るうことの出来る戦場を。
単なる蹂躙で終わらない、確かな死闘を。
なぜなら、サツキには此処しかないからだ。
故に、理由など語らない。これから始まる戦いに意味などない。
強大な魔力は、強大な魔力を引き寄せる。
この戦いは、ただの必然にすぎない。
サツキはガルドラクと変わらない、ただの戦闘狂に過ぎない。
違いがあるとすれば、それは、
127人の名と血と魂に誓って、サツキが敗北を喫するなど、あり得ないという事だ。
「一瞬たりとも金狼状態を緩めるな」
彼を中心に、空間が軋んでいく。
「その姿でようやくだ。たがそれでもなお、お前の勝利は無に等しい」
サツキの眼球が、緋の奈落に沈む。魔力精製炉が脈動を始める。人造魔導強化骨格に魔力が供給される。皮膚 筋肉 血管、さらには遺伝子までを浸食している身体強化魔方陣が、赤く輝き始める。
「すぐに死ぬなよ」
サツキは、完全な狂気に沈んだ瞳でガルドラクを捉える。
「狼王の言葉は正しかったのか、ボロスに感じた敬意は本物だったのか、そして命令に背いてまで俺が見逃した人狼の血は繋がったのか、そこに意味はあったのか、何の価値があったのか・・・俺に教えてくれ」
その刹那、音が消えた。雪が止んだ。
そして
災厄が解放された。
すべてが赤く染まる。凄まじい圧力に毛先が焦げる。息を吸うたびに喉が灼ける。空間その物の重量が増したかのように、身体が軋む。
もはや魔力ではない。これは力場の奔流だ。【力】という概念その物だ。
ガルドラクは赤く煙る視界に【それ】を視る。
暴風域の中心に立つ、鬼神。
緋色の力を纏う異形。
右手に握るそれが剣と呼べる代物なのか、人狼には判断できない。なぜなら本来刃があるべき場所は、空間が内側に沈み込むように歪み、理解を越えた轟音が鳴り響いている。かろうじて赫灼たる鋒が見て取れるだけだ。
だがその光景だけで、あの剣の禍々しさはわかる。想像を絶する魔力が、あの一点に集中している。あれは極点だ。触れる物すべてを崩壊に導く、殲滅の刃。
圧倒的だ。対峙すればわかる。クシャルネディアが言った通りだ。奴は掛け値ない怪物だ。超越魔物さえ凌駕する、鬼神だ。奴はオレより強い。オレの数段上をいっている。勝てるか? 勝率は何割だ? 万にひとつも勝機があるか? 勝てると思うか? オレはこの化け物に、勝つことができるってのか?
「くだらねぇ」
浮かぶ雑念を、ガルドラクは一笑に付す。
ガルドラクは無様な感情すべてを咬み砕くように、牙を剥いた。オレは今まで逃げたことがない。生まれてから一度だって、敵に背を向けたことがない。ガキの頃からオレの周りは敵だらけだ。一つ眼の巨鬼に襲われた。喰い殺した。二頭狂犬に狙われた。喰い殺した。毒霧蜥蜴に囲まれた。喰い殺した。多頭獄犬を、血魔を・・・敵を殺した。ただひたすら、殺し殺し、殺し続けた。ついには飛竜を屠り、山岳の残党を喰らい尽くし、魔女を退け、蟲王の兵隊を鏖殺し・・・やがて魔獣狩りと呼ばれるようになった。
オレは月の狼だ。戦う為だけに生まれた種族だ。オレは畏れない。たとえ敵がどれだけ強大だろうと、どれだけオレを凌駕していようと、関係ない。オレは独りで此処まで来た。群れを捨て、戦いに明け暮れた。友情に価値などない。愛も無意味だ。オレは本能の枠を越えたい。生物の領域を突き破りたい。オレの魂を極限まで磨きあげ、誰ひとり到達出来なかった場所に立ちたい。だから睾丸を抉り取った。だから同胞を見捨てた。子孫などいらない。群れなどいらない。オレは獣になりたい。ただ強さだけを追い求める、孤独で、孤高な、気高い狼に。
ガルドラクは決意を固めるように、拳を作る。
オレだけはわかっている。オレの強さを。オレだけは理解している。オレの誇りを。これだけは揺らがない。たとえ眼前に途方もない化け物が立ち塞がろうと、たとえ相手が【最強】と謳われた英雄であろうと、これだけは、絶対に、譲らない。なぜなら、それはもはやオレの魂そのモノだからだ。
「最強」
決然と、断言するように、獣は吼く。
「オレこそが、最強だ」
その瞬間、ガルドラクの肉体を縛っていた脳の枷が、外された。
ガルドラクはこれまで全力で戦ってきた。全身全霊を持って狩人足りえてきた。だが、それは誤りだ。彼は気づいていない。これまでただの一度でさえ、完全なる全力を出した事など無い。飛竜を殺した時さえ、超越魔物と戦った時でさえ。
だが鬼神という災厄と対峙し、
生涯、最大の敵を前にして、
この時はじめて、ガルドラクは【本気】を出した。
そしてサツキは、それを瞬時に理解する。
ざらついた声が、開戦を告げた。
「来い」
言葉と同時に、サツキの視界からガルドラクが消えた。
残像さえ残さぬ、壮絶な疾さ。
サツキの肩から血が噴く。次いで腕、背、頬。
だが血飛沫は超魔力により蒸発し、傷口は瞬時にふさがる。身体強化略式魔方陣は自然治癒能力を高める。魔方陣は本来、限界を越えた膂力を獲得するために組術式されたモノ、治癒はあくまで副次的な効果であり、その性能は大したものではない。だがサツキの術式は何度も【進化】を繰り返している。血魔のような超速再生は不可能だが、裂傷程度なら一瞬で回復する。生半可な攻撃では致命傷を与えられない。
だが、それでも。
「俺の反応速度を越えるか」
ガルドラクのこの速度は、
「お前を相手取るには、まだ出力が足りないらしい」
この一点において、サツキを凌駕する確かな武器となる。
半永久魔力精製炉の回転数が上昇し、サツキの魔力保有量が、さらに爆発する。
奈落のようなサツキの魔眼。増大した魔力が瞳に集中する。涙腺から緋色の水蒸気が立ち上る。眼球の魔方陣が連鎖反応を起こし、サツキの視界性能が指数関数的に向上する。
これで視える。
捉えられる。
ざらついた哄笑が響く。
赤い奔流が、ヤコラルフを呑み込む。
もはや此処は地獄。
超越者のみに赦された戦場。
獣はその命を賭け、鬼神に挑む。
狂気、殺意、矜持。すべてが入り乱れ、それでいて、
ただ、破壊だけを求めるように、
サツキは、魔剣を振り下ろす。
「シャレになんねーな。イカれてやがる」
アニーシャルカは吐き捨てると、眼下の街を眺める。空間が震える轟音、嵐のような突風、そして赤い閃光が瞬くたびに街そのものが切断されていく。民家も、商店も、城館も、城壁も、その赤い刃の前ではすべてが等しく無意味。つい先ほどまで形を保っていたヤコラルフは、わずか数秒で崩壊しつつある。
「たくっ、化け物同士の戦いはこれだからイヤだぜ」
「何がどうなっている」
ツァギールは理解できないといった表情でアニーシャルカの隣に立つ。
「この光景は何だ。これは現実か?」
「まあ、たちの悪い冗談みたいなもんだ。悪夢だと思って諦めろよ。脱出できただけマシだろ」
「そうだね。あんな所にいたら、今頃私たちは死んでいるよ」
ロイクは髪に積もった雪を払いながら苦笑した。
三人は一度も立ち止まる事なく走り続けた。城門を潜っても止まることはなく、そのまま雪積もる丘の上まで走り抜けた。そして息つく暇もなく、サツキの【解放】が巻き起こった。
「あの街はお仕舞いだね」ロイクはゆっくりと膝をつくと、ツァギールを見上げた。「ところで聞くだけ無駄だと思うけど、あの街の住民はどれだけ避難しているんだい?」
「避難などしていない。第八殲滅騎士団の鉄則は『獲物を逃さない』だ。魔物が侵入した時点でヤコラルフは封鎖された。それでも逃げ出した住民はいるだろうが、ほとんどが街の中だ。今回は僕たちの掟が裏目に出た」
「しょうがねーさ」アニーシャルカは嗤う。「あんなもんは自然災害みたいなもんだ。アレを止められると思うか? あんな魔力、そもそも生物が持っていい範囲を越えてんだよ。人間にはどうすることも出来ねー領域だ。わたし等凡人は、ここで見てるしかねーのさ」
「確かにそうだね」
ロイクは血の滲む腕を押さえながら呟いた。
「結末はどうであれ、私たちには見届ける事くらいしか出来ないよ」
ガルドラクの鬣が鷲掴まれた。
獣には一分の隙も無い。余波だけで崩潰をもたらす四肢、空間さえ断つ異質な刃。ガルドラクはそんな化け物に肉弾戦を挑んでいる。研ぎ澄まされた五感は何ものをも見逃さない。一撃一撃が致命傷になりかねないサツキの猛攻を、ガルドラクは避け、捌き、掻い潜る。
サツキの動きと魔力の流れを視て、ガルドラクは確信する。
コイツはオレの動きに反応している。オレの速度を捉えている。だが、それでもなお、オレの方が疾い。
枷の外れたガルドラクの速度は、魔力精製炉の出力を最大まで解放したサツキをもってしても追いつけない、神疾と化していた。それは僅かだが、だが確実にサツキの反応速度を上回っている。この領域の戦いにおいて、その僅差はとてつもない意味を持つ。
鬼神では人狼を追いきれない。
だが、ガルドラクは捉えられた。
サツキの強さの根源とは何であろう。
常軌を逸した研究、おぞましい人体実験の果てに生み出された魔導生体技術。
同胞の魂を背負う誇り、殺戮を愉しむ狂気、相反する矛盾を抱え、しかし決して屈服する事のない、強靭な精神。
魔導師たちの予想を遥かに上回った適合率。術式そのものが変異し、それにより生体器官の性能は限界を越え、遺伝子はより力を求め書き換えられる。
それらは間違いなくサツキの強さだ。さまざまな要因が絡み合い、重なりあい、No.11は誕生した。だが、まだ足りない。サツキがなぜ竜殺しと呼ばれたのか、今の説明では不十分だ。全面戦争においてあらゆる種族が畏れ、竜血族でさえその名を忌避し、五統守護竜が最重要抹殺対象と定め、そして唯一、黒竜 ゾラペドラスが『我が宿敵』と認めた男。
上記に挙げられた要素、そのすべてを完璧に使いこなす、その資質。
圧倒的な闘争感覚。
それこそがサツキを竜殺しと呼び足らしめた。
ガルドラクは彼の反応速度を凌駕している。だがサツキは僅か数秒のうちに人狼の動きの癖、傾向、好みを、無意識のうちに見切る。ゆえに感覚なのだ。自覚などしていない。ただ殺戮に、死闘に、闘争に必要な物を瞬時に理解する。その感覚が魔力精製炉を、魔導強化骨格を、魔方陣を、魔力を、魔剣を完璧に御し、あらゆる戦場、あらゆる状況、あらゆる敵を殲滅する、絶対的な武器となる。
サツキはガルドラクの動きを読んだのだ。
五感だけでは人狼を捉えられない。だからサツキはその闘争感覚によって、獣の神速を、強引にねじ伏せた。
「この疾さ、ボロス以上だ」
残忍な声が嗤った。
凄まじい勢いでガルドラクは地面に叩きつけられる。
身体能力において並ぶ者のいない月の狼を、軽々と投げ飛ばすその膂力に、地盤が陥没する。
背筋を貫く衝撃。だが激痛を感じる暇などない。ガルドラクは視る。刃の歪んだその魔剣を。
刹那、赤い閃光。
振り下ろされた魔剣により、先ほどとは比べ物にならないほど広範囲が陥没し、岩盤が巨礫となって大量に突き出す。今の一撃で何区画崩壊したのか、どれだけの住人が死に絶えたのか。
「悪いがそんなもんを食らう気はねぇ」
寸前で魔剣を避け、ガルドラクは反撃に転じる。金狼状態と成ったガルドラクは空気を『蹴る』。それにより獣は空中での方向転換が可能となり、そこに人狼の疾さが加わることで、一切の逃げ場のない、全方位攻撃となる。
サツキの全身から血が噴く。
とはいえ、
「この程度じゃ俺は殺せない」
浅い。
皮膚を裂く程度では意味がない。もっと深く、骨まで肉を裂かねば、そして骨を砕くほど強烈な攻撃でなければ、サツキには届かない。
「だろうな」
瞬間、サツキの腹部に獣の爪がめり込む。渾身のスピードから放たれた一撃。サツキの後方が衝撃波に吹き飛ぶ。だが、それだけの攻撃を真正面から受けても、サツキは微動だにしない。どころか、食い込んだガルドラクの右腕を引き抜けないように掴み、魔剣を振り上げる。
だが、これはガルドラクの計算通りだ。
魔剣を掲げる腕を、今度はガルドラクが掴む。組み合うような形。だがこんなもので膠着状態を作ることは不可能だ。サツキの動きを封じられるといっても、それは一瞬にも満たないほど僅かな間だ。
しかし、それで十分だ。
人狼の爪はあらゆるモノを裂く。人狼の牙は何であろうと砕く。
そして魔獣狩りの咆哮は、極大魔法さえ粉砕する。
内奥からブチ殺してやる。
ガルドラクの肺が限界まで膨らみ、
ゼロ距離からの超咆哮。
異種族殲滅用生体兵器が至近に纏う魔力、その中でもNo.11のみが鎧う重魔力、通称【超高密度多重魔力装甲】が掻き消されるほどの、強烈な音圧。
サツキの耳から大量の血が噴き出し、眼から血の涙が流れる。
凄まじい威力。鬼神がこれほど血を流すのはいつ以来か。
「やるな」
だが、それでも。
「今のは効いたぞ」
サツキの顔から、嗤いを消すことは出来ない。
ガルドラクの胸部を、超魔力を纏ったサツキの蹴りが打ち抜いた。
この戦い初の被弾は、油断が招き寄せたものだ。一瞬、須臾、刹那、どう形容してもかまわない。わずかな空隙に生じた、誤差。しかしそれは、間違いなく油断だった。敵が圧倒的な化け物なのはわかっていた。途方もない存在なのは理解していた。それでも、いやだからこそ、ガルドラクは自分の【強さ】を【信じた】。
オレの渾身の咆哮なら、コイツに致命傷を与えられる。
しかし極大魔法を凌駕するガルドラクの咆哮でさえ、致命傷に届かない。
信じたがゆえの油断。
死闘に次ぐ死闘の果てに、いつしか魔獣狩りと呼ばれた、その力。
彼は己を信じた。人狼の、月の狼の、魔獣狩りの力を、ただ信じ抜いた。何も間違ってはいない。それだけの研鑽を積み、それだけの戦場を生き抜いてきたのだ。何ひとつ、間違ってなどいない。
誤算があるとすれば、
ガルドラクは吹き飛ぶ。なんとか体勢を立て直す。体毛は皮膚ごと抉れ、内出血が筋肉を毒々しく染める。劇痛に細胞が震える。肋骨が何本か折れた。衝撃が内臓まで響く。呼吸が阻害される。ガルドラクの動きがわずかに鈍る。
「止まるな。死ぬぞ」
狂った哄笑と共に、赤い猛攻がガルドラクに襲いかかる。
誤算があるとすれば、
破壊、破壊、ただ圧倒的な破壊。ガルドラクは牙を剥き、痛みを殺し、緋色の奔流を迎え撃つ。
暴力の嵐がすべてを蹂躙していく。
そう、誤算があるとすれば、
眼前の男が、最凶の竜殺しであるということだ。




