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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第三話 魔獣狩りの人狼編 後編
71/150

11 サツキ






 触腕の連撃が不意に止む。


 わずかの間に、巨海触クラーケンは破壊の限りを尽くした。数区画にわたる瓦礫の山。砂ぼこりの嵐。あるじが望むなら、クラーケンはさらなる破壊を約束するだろう。だが、レヴィアは目の前の敵を忘れたように、そんな敵などどうでもいいというように、空を見上げている。その表情には憎悪が浮かび上がっている。


「この気配、あのクソ犬だ」


 悪童は嗤い声を上げた。


「ようやくだ。ようやく海竜バハムートとこの腕の借りを返せる。ハハハハハッ、あのクソ犬め、今度こそぶち殺してやる。潰して砕いてぐちゃぐちゃにして、そして喰ってやる。みんなでさ、あの人狼を喰ってやろうよ。きっとクソみたいな味だろうけど、あの野良犬にはふさわしい末路だと思わない?」


 レヴィアの興奮に、殺意に、海の魔物たちは歓喜に蠢く。あるじの敵を殺すことこそ、奴隷魔物スレイブにとって何よりの喜び。それこそが存在理由。彼等は猛り、唸り、叫ぶ。


 殺せ!殺せ!人狼を殺し尽くせ!


 憎悪により、もはや一個の大群と化したレヴィアは、思い出したように視線を向ける。


 砂ぼこりの中から男が出てくる。


「うわ、まだ生きてんのかよ。うぜぇな。人間のくせに僕をイラつかせるのやめてくれない?」


 レヴィアの嘲笑を無視するように、サツキは自分の右腕を見た。血に染まっていた。水精魔ウィンディーネの血ではない。巨海獣リヴァイアサンの血ではない。正真正銘、彼自身の血だ。腕だけではない。服は破れ、肉が裂け、全身から血が滴っている。灰色の髪から血が一筋流れる。サツキは無感情に、その惨状を見つめ、嗤った。


 瞬間、クラーケンの触腕が叩きつけられた。轟音。


「笑ってんじゃねえよ」


 うんざりしたように眉をひそめたレヴィアの顔を、千切れた触腕がかすめた。クラーケンの血液が彼女の頬を濡らす。肉の引き裂かれる音。血の噴き出す音。散らばる肉片を踏み潰し、サツキは前に出る。クラーケンの連撃をかわし、さばき、反撃に転じる。だが、すべては防ぎきれない。サツキの傷は増えていく。


「無駄だよ。人間じゃ僕には勝てない」クラーケンの触手は一瞬で再生する。「お前さ、まあ確かに強いけど、でも所詮人間だよね。僕の魔力によって強化された奴隷クラーケンの攻撃をここまで受けて死んでないのは褒めてやるけど、いい加減うんざりなんだよ。僕の相手はお前なんかじゃないんだ。僕が殺さなきゃならないのは人狼なんだ。あのクソ犬なんだよ。アイツに切断された右腕が疼くんだよね。殺せ、殺せ、ってさ。しっかしさ、もうめんどくせー、魔法で殺しちゃおうかな」


 そう言うが、レヴィアは魔法を使わない。彼女が魔法を使ったのはガルドラクと闘った夜が最後だ。レヴィアは執拗に奴隷魔物スレイブを使う。それしか使う気がない。なぜなら人間相手に魔法を使うなど、赦せないからだ。下級存在を相手に、なんで僕が魔力を消費しなければならない? 人間は人間らしく、奴隷ペットに殺されればいい。


「僕とお前じゃ存在が違うんだよ。あんまり僕をイラつかせないでよ」


 レヴィアから放たれる凄まじい殺気を、しかしサツキは無視する。


「この状態じゃ、これが限界か」


 サツキは確認するように呟いた。異種族殲滅用生体兵器といえど、その魔力のほとんどを封じられた状態では、レヴィアを殺すことはかなわない。相手は超越存在。世界でも有数の強力な魔物。この『状態』のサツキが弱いわけではない。数か月前に目覚めた頃と比べ、現在のサツキは最小限の魔力で最大限の性能を引き出せるように順応していた。異種族殲滅用生体兵器の中にあって、人造魔導強化骨格、略式魔方陣、半永久魔力精製炉の三つを完璧な制御下に置いていたのはNo.11イレブンだけだ。天界の大賢者アンヘリーナルどもをして『完璧な適合者』『魔導生体技術の極致』『神に背きし者』とまで言わしめたサツキは、もはや人間ではない。人の姿をした【何か】だ。その腕は山を抉り、その魔力は天を焼き尽くし、その剣はあらゆるものを滅した。


 だが、それも魔力を解放すればの話だ。


 今のままではレヴィアに勝てない。


「不便になったものだ」


 垂れ落ちる血を拭い、サツキは自嘲気味に嗤う。


 同胞が英雄と呼んだ男。127人の矜持を体現する存在。唯一黒竜に匹敵すると畏れられた異種族殲滅用成体兵器ドラゴンキラー


 それが、この姿はなんだ?


 血に染まる視界。損傷する肉体。


「無様だと思わないか?」


 サツキはレヴィアに言った。


「今の俺を見たら、アイツ等は何という?」


 サツキの中で、狂気が鎌首をもたげた。


「この醜態を見たら、アイツ等はどう思う?」


「はあ?」理解できないと言ったように、彼女は首を傾げる。「知らねーよ」


 降り下ろされる触腕。サツキは避けない。血が飛ぶ。だが、避けない。防がない。倒れない。そして微動だにしない。淡々と言葉を続ける。


「無様だと思わないか? たかだか水精霊ウィンディーネに弄ばれ、クラーケンなどに血を流すなど、これほど無様なことがあるか? アイツ等が今の俺を見たら、どう思うだろうな。罵るか? そしるか? それとも嘲るだろうか? アイツ等は俺に失望するだろうか?」


 赤い瞳で、殺意が渦巻き始める。


 サツキの饒舌は、危険な兆候だ。


 気分が高まると、サツキは見境を無くしていく。とりわけ過去と現実の見境を。三百年という月日がたやすく崩れ去り、矜持と残虐性が混ざり合い、呪いという枷の中から、闘いを求める本性が現れる。全面戦争時、竜殺しドラゴンキラーと称された殺戮者の本性が。


 サツキはおよそ英雄とはかけ離れた男だ。良心の欠如、共感能力の欠陥。人を、亜人を、魔物を殺し、彼が後悔の念にかられた事などない。どれだけ殺そうが、心が痛んだことなどない。どころか、サツキはそれを楽しんでいる。圧倒的な魔力でもって戦場を蹂躙し、血に酔い、死をもたらす。まさに生まれながらの殺戮者。サツキが生体兵器とったのは、なかば必然だ。


 そう、俺は兵器だ。サツキは嗤う。英雄などではない。俺は単なる兵器でしかない。死を撒き散らす道具、殺戮にきょうじ、闘いの中にしか生の実感を見い出せず、飢えた獣のように血を求める。崇高な信念や誇り高い理想など持ち合わせた事はない。ただ戦場に投入され、眼前の敵を殺し尽くし、屍の山を築く。俺は化け物だ。戦禍の化身だ。様々な異名で呼ばれた。赤眼の殺戮者、鬼神、竜殺し。その名の通りに、俺は殺し、屠り、殲滅した。国の為でも、人類の為でもない。ただ、俺にはそれしかない。そこでしか生きられない。そして、それだけでいい。俺はただの兵器。アイツ等の信じた英雄などではない。俺は英雄などではないのだ。


 だが、それでも。


「ああ、わかっている」


 サツキは静かに呟いた。


「それでも同胞おまえらは、俺を英雄と呼ぶだろう」


 その瞬間、サツキの纏う空気が変わった。禍々しい気配がサツキを中心に漂い始める。人間の物ではない。亜人の物でも、まして魔物の物でも。異質な殺気が溢れていく。


「遊びは終わりだ」


 ざらついた声が響く。


 サツキは眼前の敵に向け、決然と告げた。


「127人の名と血と魂に誓って、これ以上お前などに後れはとらない」


 血濡れの腕が魔剣を引き抜く。


 刃の無い剣が、わずかに赤い燐光を帯る。


 半永久魔力精製炉が脈打ち始める。


 緋色の双眸に、血管が浮き上がり始めた。


「一撃だ」


 そしてサツキは宣言する。


「一撃で殺す」










 三匹の魔物の激突は、想像を絶する魔力の余波となって空間を震わせた。


 大広場はもはや跡形もない。どころかその周辺は、何区画にもわたり崩壊している。魔人の剣が、女王の魔法が、人狼の爪が、圧倒的な破壊を引き起こしていく。


 ありとあらゆる破壊行動が、逃げ遅れた住民を血肉に変える。果敢に踏み込んだ帝国騎士がバラバラにされる。もはや人間の介入できる闘いではない。魔物でさえ不可能だ。ここから先は【超越した者ども】の領域。まさしく超越魔物(トランシュデ・モンストル)法則(ルール)が支配する戦場。


 地を埋める、数百もの血の槍。


 斬撃により抉られた街並み。


 蠢く奴隷魔物(スレイブの群れ。


 石化魔法により造り出された巨盾、巨斧、巨剣。


 地獄のような戦場。


 その戦場の中心に立つは、一匹の獣。


 赤く濡れた月の狼(マーナ・ガルム)


「血を流すのは久しぶりだ」ガルドラクは嗤う。「なかなか悪くねぇ。だが、それでも少し拍子抜けだ。この程度じゃ全然足りねえ。もう少し楽しませてくれよ」


「貴方に言われるまでもなく、そのつもりよ」


 殺意の滲む声が答える。黒い霧の中からクシャルネディアが現れた。その姿には傷ひとつ無いが、すでに数十回殺されている。


「いい加減削り合うのは飽き飽きよ。そろそろ本気で殺しにいかせてもらうわ」


「奇遇だなクシャルネディア。俺もそう思っていた所だ」瓦礫が吹き飛び、砂塵の中からザラチェンコが現れた。剥がれた鱗、裂けた肉。激戦を物語る無数の傷が血を流す。


 魔人は長い舌で頬の血を舐め、クシャルネディアを見る。


「思うに俺たちの相性は存外いいんじゃないかな? 確かに出会いはあまり褒めれたものじゃなかったが、どうだい? 今からでもヘル・ペンタグラムに入りたいと言うのなら、俺がイビルヘイムとの仲を取り持ってやってもいい」


「穢れた血が、あまり図に乗らないことね」


「まったく差別的な女だ。排外主義はユリシールの名物だが、その原因は君じゃないかという気がしてきたよ。どう思うガルドラク? 彼女は全面戦争以前の遺物だと思わないか? それともまさか、君まで俺の血を軽蔑するんじゃないだろうな?」


「どうでもいい」ガルドラクは牙を鳴らす。「オメェの血も、その女の血も、たいして変わらねぇ。重要なのはテメェ等がオレに死闘を与えられるかどうかだけだ」


「聞いたかクシャルネディア。あれぞまさに進歩的魔獣の鑑だ。まあ見た目は、少し汚ならしいが」


「魔人が。少し黙りなさい」


「また怒らせてしまった。どうやら俺は女性の扱いが苦手らしい」ザラチェンコは肩をすくめガルドラクを見る。「しかしこれだけやってその程度の傷しか負わせられないとはな。そろそろ俺も極大魔法を使うべきかな」


「そうしろ。テメェ等に出し惜しみする余裕なんかねぇんだよ。本気で来い」


 ガルドラクの体毛が、黄金色に輝きだした。


「オレに死闘を与えてくれ」


「まさか、月の魔力を使うつもりか?」


「それが噂に名高い金狼状態(ライカン・レシュール)というやつね。見るのは初めてだわ」


 口調とは裏腹に、二人は絶対零度の殺意を人狼に向ける。


 その凄まじい殺気に、しかしまだ足りないと言うように、ガルドラクは膿んだ眼で二人を見る。


「オレはな」獣は口を開く。その声には、どこか虚無感さえ漂う。「オレは強い奴と闘いたいんだよ。圧倒的な化け物と殺し合いたいんだ。オレの存在などちっぽけに思えるような、オレなど歯牙にもかけないような、そういう化け物と殺し合いたいんだ」


 そこでガルドラクは自嘲するように嗤った。昔仲間に言われた言葉を思い出したのだ。


『そんなに戦いを求めてなんになる』『群れを守り、妻と子を愛し、静かに暮らしていけばいいじゃないか』『全面戦争は終わったんだ。魔狼月牙隊(ガルム・スファンギ)の血を引いているからといって、もうそんな生き方をしなくてもいいんだ』


 その通りだ。戦争は終わった。時代は変わった。平和とは言えぬまでも、慎ましやかな生涯を終えることは出来るだろう。


 だが、それに何の意味がある。時代が変わろうと、血は変わらない。オレは月の狼(マーナ・ガルム)。戦う為に生まれた種族。平和になろうと、魂は変わらない。オレは魔狼月牙隊(ガルム・スファンギ)の誇りを受け継いだ人狼。唯一、竜血族(ドラグレイド)に牙を剥いた獣ども。唯一、異種族殲滅用生体兵器(ドラゴンキラー)に闘いを挑んだ獣ども。その血は、いやおうなしにオレを闘いに駆りたてる。獲物を殺し、血を呑み、(じし)を喰らう。その時だけ、オレはオレを取り戻す。闘いだけが、オレに生を与える。そしてオレの魂が叫ぶ。もっと強い獲物を! 血湧き肉躍る死闘を! 圧倒的な化け物を!


「アア、だからオレは闘いを求めるしかねぇのさ」


 ガルドラクの体毛が、完全に黄金に染まった。


「それしかねぇのさ」






 『強大な魔力は強大な魔力を引き寄せる』


 その格言は一体いつの時代からあるのかわからない。最初の人類が生み出された時代とも、あるいは神魔戦争の時代とも言われている。だがそれがいつの時代だろうと、この格言はまったくもって正しい。まさしく強大な存在だけが、強大な存在を引き寄せるのだ。






 ガルドラクが金狼状態(ライカン・レシュール)()ったその時、


 それは巻き起こった。






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