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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第三話 魔獣狩りの人狼編 後編
68/150

8 ダークナイト






「俺の剣をここまでかわすとは、なかなか筋のいい男だ」


 酷薄な嗤い声をあげながら、男がゆっくりと広場に姿を現した。人間離れした灰白かいはくの肌、血に黒ずんだ鎧、冷気のよう殺気を漂わせる冷たい男。その姿だけですでに異様だが、何よりその肩に担いだ尋常ならざる巨刃きょじんが眼を引く。二メートルを超える剣身けんしんはまるで岩塊のように重々しく、その刃は断崖を思わせる荒々しさ。およそ人間が操るには不釣り合いな、特大のつるぎ


「さすがはユリシール王国ギルドの十闘級といったところかな?」男はロイクの健闘を称え、しかし悲しそうに首を振る。「だが、さっきのはいただけない。いくら自分の腕に自信があるとはいえ、俺の剣を、それもこの特大剣グレートソードを受け止めるには、君の肉体と剣術は些か脆弱すぎる。いや、悲しむことはない。俺と君とではそもそも存在が違いすぎる。虫が巨人の一撃を止められないのは当然のことだ」


 男は立ち上がったロイクを一瞥し、その両隣に立つ二人を見る。


「やあツァギール、こんな所にいたのか。君が怪我を負っているとはめずらしいな。そっちの女にやられたのか?・・・ああ、君の顔、知っているよ。雷刃ブロンテー・エッジだろう?これは驚いた。まさか王国ギルドの切り札が二人も帝国に侵入していたとは、いやはや国境警備に不備がある証拠だな。アレほど上層部に進言しておいたというのに、一向に見直す気配がない。俺が総騎士長なら将校の二、三人、晒し首に処すところだが、あいにく俺にそこまでの権限はない。権力と政治、それに特権階級どもが絡むと法則ルールがややこしくなって駄目だな。俺は単純明快なのが好きだ。もっとも原始的で、本能に忠実な、完璧な法則ルールがな。君たちもそうだろう?」


 男はゆっくりと三人に近づいてくる。


「野郎は誰だ。オメーの知り合いか?」


 アニーシャルカはツァギールを見る。彼は眉間にシワを寄せ、彼女の問いを無視するように眼の前の騎士に向かって叫ぶ。


「騎士長ッ!」


「そう大声を出さなくても聞こえている」


「この非常事態に、一体いままで何処にいたのですか。貴方がいない間に、凄惨な事件がたびたび起こっています。・・・それにその姿、まるで数日間戦場に身を置いていたかのような返り血だ。まさか、いや、あり得ないとは思いますが、今ヤコラルフで起きている災禍に、貴方は関わっているのですか・・・?」


「すべてが俺の仕業じゃあないが、そうだな、俺が手を引いてると思ってもらって差し支えない」ザラチェンコは血濡れの鎧を晒す。「ついでに言うと、今一番新しい返り血はゲルマンのものだ」


「まさか、我等同族を殺したと言うのですかっ!」


「同族?君たちが俺の仲間だというのか? ククッ、よしてくれツァギール。俺が帝国に忠誠を誓い、同胞はらかたの為に剣を取る男だと、そんな絵に描いたような騎士だと、まさか本当に信じていたわけじゃあるまい。俺が忠誠を誓うのは父上と母上の血、そして俺の見出だした世界の法則ルールにだけだ。それこそが俺の騎士道の根幹なんだよ」


 ザラチェンコは嗤い、三人をめつける。


「しかしちょうどいいところで君たちに出会うものだ。魔獣狩りが来るまで退屈していたところなんだ。退屈とはもっとも唾棄すべき事象だと思わないか? いや、勘違いしないでくれ。俺も時間を浪費するのは好きだ。帝都三番街の路地裏に行きつけの喫茶店があるんだが、ここの珈琲とシルニキが絶品でね、三日に一度は足が向く。いいか、想像してみてくれ。酸味の強い濃い珈琲と、糖蜜のたっぷりとかかったパンを、午後の陽射しの射し込む窓辺でゆっくりと食す・・・至福の時だ。そういう時間は好きなんだ。だがなあ、こんな辺境の寒空の下で、頭のイカれた人狼を待ってるだけなんていうのは、もはや時間という概念への冒涜だよ。そこで提案だ。少し俺と遊んでいかないか? 安心してくれ。三人いっぺんでかまわないし、それにもちろん人間として、第八殲滅騎士団 騎士長として相手をしてやる。でないと、すぐに終わってしまってつまらないからな」


 ククッ、と嗤いザラチェンコは巨刃きょじんを構える。


「騎士長だと? じゃあアイツがアストリッドのいってたザラチェンコって野郎か」


 アニーシャルカはロイクを横目で見る。


「オメーがそこまでボロボロにされてんだ。マジでヤバい野郎みてえだな」


「アストリッドがあの男の話をした時の様子を覚えているかい? 隠してはいたが、間違いなく怯えていた。それにソロモンは彼に『遊ばれた』と言っていた。どうやらその話は本当だ。あの男はマズいよ。おそらく人間じゃない」


「剣を交えたんだろ。どの程度ヤバいんだ?」


「あそこにクシャルネディアが立っていると思ってくれ」


 その言葉にアニーシャルカは舌打ちする。


「そりゃマジでヤバいじゃねーか。クソッ、逃げるか?」


「君にしてはずいぶん弱気だね。いつも強敵と闘いたがっているじゃないか」


「限度があるぜ。超越魔物トランシュデ・モンストル並の化け物とり合ってられるかよ。そもそもまともな勝負にならねえ」


 そう言うと、ザラチェンコに叫びかける。


「こっちはオメーと遊びたくないんだけど、断るのはアリか?」


「騎士として淑女ダーマの願いを無下にするなんていうのは些か心苦しいが、しかしさっきも言ったと思うが俺は退屈している。悪いが俺の申し出を受け入れてくれ。さいわい今日の俺は気分がイイ。楽しませてくれるなら苦しまずに殺してやる」


「だとよ」アニーシャルカはツァギールを見る。「あの調子じゃオメーも獲物の一人に入ってるな。一時休戦にするか?」


「まさか、あの人と闘う気か?」ツァギールはザラチェンコから眼を離さず、冷たく呟く。「死ぬぞ」


「まず第一に死ぬ気はねえ。第二にらずに済ませられる空気じゃねえ。そして第三に、死ぬにしろ黙って殺されるより闘って死ぬ方が百倍ましだ」


「なるほど。頭のイカれた女だと思っていたが、多少はまともな言葉を吐けるらしい」


「いちいち癇に障ることを言うんじゃねえよ」


「これでも誉めたつもりだがな」


 ツァギールは湾曲剣ファルカタの切っ先をザラチェンコに向ける。非情な笑顔を浮かべ、常軌を逸したやいばを担ぐ、歴代最強の帝国騎士。


「その剣には見覚えがあります。蛮勇の騎士ギロイ・リッツァが愛用していたという特大剣。レオニード辺境伯の所有する美術品だ。騎士団だけでなく、貴族にまで手を出し、あまつさえ英雄の剣を奪うとは。帝国への反逆は死をもって償うより他にない」ツァギールは殺意を込めて言葉を紡ぐ。「仮にもジュルグに命を捧げた騎士として、その剣がどういう意味を持つのかわからないわけではあるまい。そのつるぎ暗黒の時代ダーク・エイジから帝国を護り抜いた騎士の、誇り高い英雄剣だ。それを逆賊が持つなど・・・騎士長、貴方は恥すら忘れてしまったらしい」


「それは違うな。この剣はただ本来の持ち主の元に返ってきただけだ。それとなツァギール、ひとつ忠告だ。いいか、俺の眼の前で、軽々しく、蛮勇の騎士ギロイ・リッツァについて、語るな」


 ザラチェンコの顔から表情が消える。


「貴様に何がわかる。人間風情が、あまり図にのるな」


 絶対零度の殺気が広場を覆い、三人の背筋を戦慄が走り抜けた。


「おいおい、冗談じゃねえぞ」アニーシャルカは奥歯を噛み締め、二刀の斧刀コピスを構える。「マジもんの化け物じゃねーか」


「そういったろう」ロイクも曲刀ショーテルを突き出し、絞り出すように呟く。「あの男は怪物だ」


「この殺気、人間のモノではない」ツァギールは震えそうになる指先に力を込め、湾曲剣ファルカタを握り締める。「やはり貴方は『別物』だったか」


 この三人だからこそ対峙できるのだ。ただの人間なら、この殺気を向けられた時点で戦意を喪失し、殺されるのを受け入れるかもしれない。数々の修羅場を潜り抜けてきた三人だからこそ、立っていられるのだ。


「いや、失礼した」


 不意にザラチェンコは笑顔を取り戻す。


 それまでの殺気が嘘のように消え、軽快に喋りだす。


「少し頭に血が上ってしまったようで、悪かった。前任の殲滅騎士団騎士長は常々(つねづね)部下たちにこう言い聞かせていた。『氷のように冷徹であれ』とな。感情に振り回されているようでは、殲滅騎士団失格だ。ジュルグ帝国初代皇帝 ベルナルトゥーム一世も同じようなことを言っている。曰く『怒りは力を生み、代償に剣を鈍らせる』。いやはや、全くその通りだと思わないか? よどみない精神の安定こそが剣の冴えを引き出し、騎士としての矜持を維持する最良の薬だ。そして俺が猟犬に説いた言葉がこれだ。『蛇の冷酷さを身に付けろ』。こんなことばかり喋り散らしているから、俺は蛇蝎だかつのザラチェンコなどと陰口を叩かれるのかな? だが、その渾名あだなはなかなか言い得て妙だ。蛇蝎とはね。ククッ、そう、俺は冷血で、無慈悲で、だが諧謔ユーモアを理解する、蛇だ」


 ザラチェンコの瞳孔が縦に伸びる。


 瞬間、三人の鼻先を特大剣が薙いだ。凄まじい速度。髪先が焦げる。空間が震える。全員の身体に冷や汗が出る。


「俺が殺気を引っ込めたことで、油断したな。よくないな。あと半歩踏み込んで剣を振るっていたら、この遊戯は始まる前に終わっていたところだ。いいか、君たちは俺から一撃さえもらうことは出来ないんだ。気を引き締めろ。死にたくないならな」


 ザラチェンコは三人が覚悟を決め、恐怖を殺し、闘志を燃やすのを認めると、快活に言い放った。


「それじゃあ、始めよう。少しは楽しませてくれよ」






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