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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第三話 魔獣狩りの人狼編 前編
58/150

12 ブラックリスト









「で、総支配人グランド・マスターはお前らに何の用だったんだ」


 ビールを一口飲むと、ソロモンはアニーシャルカを見やる。


「仕事の話だよ。わたしとロイクと、そしてサツキにな」


「ただの仕事の話ならあの場で話せたはずでしょ。それをわざわざアンタ等三人だけを別室に呼ぶなんて、何か裏があるんでしょ?あの場に居たのは全員十闘級、王国ギルドがもっとも信頼を寄せてるワタシ等に話せないとなると、それ相応の事情があるって事になる」


 アストリッドはワインを瓶のままらっぱ飲みする。


「そのビンテージワインがいくらするか知ってるのかい?せめてもう少し味と香りを楽しんだ方がいいと思うよ」


 ロイクはアストリッドの品の無さを嗜めるが、彼女は首をかしげ一気に残りを飲み干す。


 ロイクは肩をすくめる。


「確かに俺たちにさえ詳細を知らせないとなると、きな臭いな」


「きな臭いなも何も、完全に闇の依頼ブラック・クエストだぜ」アニーシャルカは嗤う。「王国ギルドもたまには面白い事をしやがる」


 四人が酒を飲んでいるのは第四区画東部の高級娼館『トパーズ』地下にある闇ギルドのクエスト案内所だ。本来であれば闇市場ブラック・マーケット関係者以外立ち入りを禁止されている場所だが、アニーシャルカの連れであること、何より全員が十闘級を預かった猛者であり、裏の仕事に縁のある傭兵のソロモンとアストリッド、何事にも中立性を重視するロイクといった面子であった為、入場を許可された。


 この案内所の支配人(マスター)であるバンホルトは気をきかせ、店内の客を全て追い出し、店員(ウェイトレス)すら帰らせ、四人の貸し切りにした。十闘級同士の会話となれば自然ギルドの重大事や王国の極秘情報などがやり取りされる。そういった情報等を売り買いするのも闇の住人の仕事だが、しかし十闘級を相手に無礼が過ぎればただでは済まない。ましてアニーシャルカは盗聴を嫌う。一度彼女の話を盗み聞きし、それを市場に流した男がいたが、彼はバラバラ死体で発見された。『誰であろうとわたしからモノを盗む奴は赦さねえよ』のちにアニーシャルカはバンホルトにそう語っている。彼女がジェラルドとつるむのは思考が似ているからだ。奪い、殺し、稼ぐ。生まれながらの犯罪者たち。


闇の依頼ブラック・クエスト? 仕事の内容はなんなんだ」


 ソロモンの問い。


「一応口止めされているんだ」


 答えるロイク。


「別にいいじゃねーか」アニーシャルカはロイクに嗤いかける。「探ろうと思えばやりようはいくらでもある。どうせジェラルドあたりにはもうバレてるぜ。あの野郎耳が早いからな。広まるのは時間の問題だ。それにそこらのクズに漏らすならまだしも、同じ十闘級だ。問題ねーよ」


「まあ、そうだね」


 ロイクはグラスの蒸留酒をしばらく眺めてから口を開く。


総支配人グランド・マスターからの依頼は【魔獣狩り】の討伐だ」


 その言葉を聞いた瞬間、アストリッドが眼を見開く。ワインの瓶を置き、ロイクの言葉を今一度咀嚼し、何かを理解したように深くうなずくと


総支配人グランド・マスターは頭がイカれたの?」


 冷たくいい放つ。


「もしかしてアンタ等、その仕事を引き受けたの?」


「三日後、返答を聞くそうだ」


「そんな仕事を引き受ける奴はただの自殺志願者だよ」アストリッドはだるそうにロイクとアニーシャルカを見る。「魔獣狩りの討伐?人間があの化け物を殺す?クシャルネディア討伐を成功させたことで王国ギルドは調子に乗ってるんじゃないの?この国には祖なる血魔ルーツ・ヴァルコラキがいたからガルドラクの名はあまり広まってないけど、ジュルグと周囲の小国でその名を知らない奴なんかいないよ。五歳のガキから七十の爺まで全員が魔獣狩りを知ってる。なにせ帝国はそのあまりにデタラメな人狼の戦闘力に討伐不可能の決定を下し、どころか帝国騎士団は『魔獣狩りこそジュルグ帝国最強の存在、我々の求める強さ、その理想こそがあの人狼だ』とあがめる始末。世界脅威一覧ブラックリストの序列第三層にクシャルネディアの名前がある。でも魔獣狩りはさらに上、序列第二層に名前が載ってる、文字通り桁外れの化け物なんだよ。討伐なんて無理だね」


「やけに詳しいじゃねーか」


「それって皮肉で言ってるのアニーシャルカ。ワタシが元はジュルグの人間だって知ってるでしょ」


 アストリッドはジュルグ帝国を抜け出た人間だ。彼女の右眼は魔眼だ。帝国民だった頃は両眼が存在した。つまり帝国を抜ける折り、第八殲滅騎士団に捕まり拷問を受けたのだ。だがただの帝国民ならば拷問など受ける事なく斬り殺されておしまいだ。帝国騎士団が拷問を加え、残虐に殺すのは敵国の人間、または裏切り者に対してのみ。となればアストリッドは一から十の、いずれかの騎士団に所属していたのであろう。彼女の剣の腕前を見れば、あるいは第八殲滅騎士団の可能性も捨てきれない。何にせよアストリッドは拷問に耐え、隙を見て逃げ出したのだ。彼女は顔を変え、名を棄て、猟犬の追跡から逃れた。そしてユリシールに住み着いた。かつての最大の敵国に。


「しかし、何だってユリシールが魔獣狩りなんかに手を出すんだ?」


 ソロモンは誰にともなく呟く。


「依頼主はおそらくジュルグ周辺の小国だよ」アストリッドが答える。「魔獣狩りは超がつくほどの戦闘狂でね、獲物次第では帝国に加担する。他国はあの人狼をジュルグ帝国最大戦力と捉えている。序列第二層の超越魔物トランシュデ・モンストルを保有している国なんて他に無いよ。小国からすれば魔獣狩りの存在は、それだけで政治的、軍事的に脅威だ」


「それで極秘裏に依頼が来たと?」


「ジュルグ帝国の手前、正式に討伐依頼なんて出せるわけがない。だからこその闇の依頼ブラック・クエスト


「なるほど」ロイクが頷く。「それでユリシールに話が回ってきたんだね。クシャルネディア討伐の実績を持つ王国ギルドに」


「その噂はすでに世界中に流れてる。祖なる血魔ルーツ・ヴァルコラキを殺したほどの猛者たちなら、あるいは魔獣狩りをれるかもしれない。当然ユリシールは受け渋るけど、闇の依頼ブラック・クエストなら最悪内容が露見しても、王国はしらを切れる。『魔獣狩り討伐は闇ギルドが勝手に行った事で、我々は無関係だ』ってね。それにユリシールからしても、ジュルグ帝国の最大戦力を消せるなら、それにこしたことはない。・・・まあ、話の流れはそんな感じじゃない?」


「完全に後ろ楯がないわけだ。帝国に捕まった時点で処刑確定か」アニーシャルカは歯を剥く。「まあ、死ぬまでに殺しまくってやるけどな」


「勇ましいね」


「お前のそういう所はガキの頃から何一つかわらないな」


「血に飢えてるのよ。ま、ワタシはアンタのそういう所を気に入ったんだけど。いい加減うちの傭兵団に入ってよ」


「さっき断ったばっかだろうが」アニーシャルカはアストリッドに中指を立てる。「しかし世界脅威一覧ブラックリストね。そういえばまだ一度も見たことがねーな」


「十闘級なら王立図書館で申請すれば閲覧可能だ」ソロモンはビールを飲み干し、手を上げる。バンホルトが寄ってくる。「一度くらい見ておけ。そうそうたる面子が載ってるぞ」


「その申請がめんどくせーんだよ。何十枚も書類にサインさせられて、審査と準備に何時間もかかるんだぜ。待ってらんねーよ」


「閲覧制限レベル10以上の極秘指定資料だ。そう簡単に見れるわけねえだろうが」


「君は気が短いからね」


「まるで獣ね」


「うるせーよ」


「ブラックリストならここにあるぞ」


 注文を取りに来たバンホルトが不意に呟いた。


 全員の視線が彼に集中する。


「正確にはブラックリストの写本だがな。まあ、内容は変わらん」


「なんでそんなもんを持ってんだよ」


「王立図書館の司書をしていた男がいてな、コイツがまた異常性癖者でな。女を殴らないとたないサディストだった。そういう男は亜人奴隷デミ・スレイブでも買って楽しめば良いものを、コイツは人間の女にこだわった。このあたりにユリシールの人類至上主義思想の刷り込みを感じるが、まあ政治的な事はどうでもいい。とにかくコイツは買った女が当分商売できないほど酷く顔を殴るんであらゆる娼館から出入り禁止となり、街娼からすら相手にされなくなった。しかたがないからコイツは普段は高くて通わない高級娼館『トパーズ』に来た。だがうちは『暴力的な性交』を売りにしていない。闇ギルドが経営している事を除けばクリーンな場所だ。うちの娼婦に手を上げる奴は、大抵悲惨な目にあう」


「その司書にブラックリストを写させたわけか」


「極秘指定資料だ。金になる。で、どうする」


「見せてくれよ。その方が会話も弾む」


 まってろ、とバンホルトは奥に引っ込むと、分厚い本を手に戻ってくる。


「汚すなよ」


 バンホルトはブラックリストをテーブルに置き、酒の注文を取り、カウンターの向こうに引っ込んだ。


「こいつがブラックリストか」


 その時、クエスト案内所の扉が開いた。


「貸し切りだ」


 威圧的なバンホルトの声に


「かりにも常連客にその態度は酷いな」


 屈強な狩人と赤毛の魔術師が入ってくる。


「バルガスとカルネか」


 バンホルトは十闘級四人に視線を向ける。


「そいつ等なら歓迎だ」


 アニーシャルカは木樽ジョッキを掲げ、二人に頷く。


 バルガスとカルネは四人のテーブルに向かう。


「よおバルガス。顔を合わせるのは何年ぶりだ」


「ルガルを抜けて以来だから十年か十一年か、覚えてないくらいだ」


 ソロモンはバルガスに拳を差し出し、彼は無意識に拳に拳をぶつけていた。ルガル傭兵団特有の挨拶。拠点ホームから離れて久しいが、いまだバルガスの身体はその挨拶を覚えていた。


「ルガルでアニーシャルカとつるんでた男か」


「アマダロスの団長か」バルガスはアストリッドと握手する。「まともに会うのははじめてだな。九闘級狩人のバルガスだ。後ろにいるのが八等級魔術師のカルネ。まあ、クシャルネディア討伐の件で俺達も多少は有名になっただろうが、ルガルに次ぐ巨大傭兵団の団長には売り込んでおかないとな。俺達は犯罪ギルド【ダムド】だ。裏の便利屋のような物だ。暗殺、誘拐、密輸、何でもやる。場合によっては闇ギルドを介さず依頼を受けることもできる。足が残らず安全だ。アマダロスの仕事の性質を考えれば、俺達を使う利点はあるだろう。気が向いたら声をかけてくれ」


「そのうちコキ使ってあげる」


「金さえ払えば馬車馬のように働くさ。それはそうと」


 バルガスは椅子に座りながらアニーシャルカとロイクを見る。


「ジェラルドから聞いたぞ。お前らに闇の依頼ブラック・クエストが持ち込まれたそうだな」


「やっぱり耳の早い野郎だ。アイツの人脈は洒落になんねーな」


「ジェラルドに会ったということは、『食事』の調達かい?」


 ロイクの言葉にバルガスは頷く。


「そうだ。『女王』は満足してくれたよ」


「なによりだ」


「それで闇の依頼ブラック・クエストの獲物は?」


 ロイクが説明する。あまりの内容にバルガスは口笛を吹き、カルネはあきれる。


「ねえ、それ魔導書グリモワール?」


 過剰な装飾の施された禁書を見て、カルネが問う。


「そんな大層なもんじゃねーよ。ブラックリストだ」


「極秘指定資料じゃん。魔導書よりよっぽどヤバいよ」


 カルネはブラックリストを無造作に開く。


 世界脅威一覧ブラックリストとは人界に絶大な被害を与えるであろう存在が記された禁書だ。険悪な国際情勢の中において、しかしブラックリストの中身だけは世界共通となっている。この中に記される危険存在には序列が付けられ、その中でも序列第三層以上に名を連なる存在は最重要一級危険存在デンジャー・イグジステンスと呼ばれ、とりわけ畏れられる。


 カルネが開いたのは、その第三層の記されたページだった。






【序列第三層 最重要一級危険存在デンジャー・イグジステンス 六体】


シュラメール魔術王国最大の天才にして最悪の悲劇【獄炎の魔女コラフェルヌ・マギス 】ジュリアーヌ・ゾゾルル


シジロバ皇国を滅亡へ導いた欲深き悪霊【死霊魔導師リッチ 】イビルヘイム・ユベール


ユリシール王国の夜を支配する血闇の女王【祖なる血魔ルーツ・ヴァルコラキ】クシャルネディア・ナズゥ・テスカロール


災厄の尾を振るう華瓏国の化け狐【九尾の魔狐キュウコフ】キルククリ


聖都セイリーネスの守護者【堕天使デモン・ドイカ】べリアル・シルフォルフ


海の魔獣を従えるバミューレラル海域の悪童【水精魔ウィンディーネ】レヴィア・リュリュサタン






「どいつもこいつも化け物だらけじゃねーか」


超越魔物トランシュデ・モンストの見本市のようだね」


「おいおい、お前ら二人はこの中の一体を仕留めたんだぞ」


「だからいってんだろうが、クシャルネディアの相手をしたのはサツキなんだよ」


「カルネ、知ってる名前はあるか?」


「イビルヘイムにジュリアーヌ、こいつ等なら魔術学術院の一年生だって知ってるよ」


「アンタ等わかってるの?魔獣狩りはこの『上』なんだよ」


 そう言うとアストリッドはページをめぐる。






【序列第二層 最重要一級危険存在デンジャー・イグジステンス 三体】


セメルータ砂漠に沈んだ黄金都市、そこに棲まう魔蟲の王【混沌の蟲軍カオス・レギオン】カ・アンク


人界を睥睨へいげいし最果ての空域を統べる竜血の末裔【濃血の飛竜カイト・ワイバーン】カラミット


ジュルグ帝国最強の魔狼 圧倒的戦闘種族【月の狼マーナ・ガルム】ガルドラク・ド・ガルガンジュ






「理解した?」アストリッドは魔獣狩りの名前を指先で叩きながら全員を見る。「世界脅威一覧ブラックリストの序列は必ずしも戦闘能力のみで決まるわけじゃない。魔力保有量、種族に備わった特殊能力、扱う魔法の性質、極大魔法の習得数、さらには凶暴性、思想、実績、繁殖能力、感染力・・・様々な観点から見てその『世界への脅威度』を元に序列をつけられてる。でもね、魔獣狩りだけは違う。死霊魔導師リッチ獄炎の魔女コラフェルヌ・マギスのように凶悪な極大魔法を扱うわけでもない、九尾の魔狐キュウコーフ濃血の飛竜カイト・ワイバーンのように絶大な魔力を持ってるわけでも、一夜にして都市を死種アンデットの巣に変えてしまう祖なる血魔ルーツ・ヴァルコラキの感染力も、混沌の蟲軍カオス・レギオンのような異常な繁殖能力もない。魔獣狩りは、ただその圧倒的戦闘能力が為にブラックリストに名を連ねる、 正真正銘の化け物だ。悪いことはいわない、その依頼は断るべき」


 アストリッドの言葉に、アニーシャルカが苦笑する。


「別にわたしだって死にたくねーよ。だから受けないにこしたことはない。でもな、サツキが行くっていうなら、わたしもロイクも行かざるを得ないんだよ」


「なぜ」


「大きな借りがあるんだ」答えたのはロイクだ。「私達は禁足地で二度、命を救われた。一度目は彼女の奴隷魔物スレイブと戦った時、二度目はクシャルネディアと対峙した時。そのどちらも、経験や力量ではどうにもならないほど、絶望的な状況下だった。彼がいなければ私達は確実に死んでいた。大きな借りだと思わないか?」


「それにな」ロイクの話をアニーシャルカが引き継ぐ。「魔獣狩りはとんでもねえ化け物かもしれねえが、おそらくサツキはそれ以上の化け物だ。アイツが引き受けるなら、喜んで同伴するさ」


「ずいぶんと奴を買うな」


 ソロモンが割り込む。


「確かにドーグを殺した時の殺気と体術は異常だった。あの一瞬であいつの力量は測れる。間違いなく実力は十闘級最強だろう。それは認めるぜ。だがどうにも解せねえ。あの戦闘能力は驚嘆に価するが、しかしそれでも奴がひとりでクシャルネディアを殺せたとは思えない。相手は死種アンデットの頂点に位置付けられる祖なる血魔ルーツ・ヴァルコラキだぞ?存在が永遠に等しい化け物だ。人間がひとりで殺せる領域を越えている」


「人間ね」アニーシャルカは思わずバカ笑いする。「ああ、そうかもな。お前等にはわからねーよ。サツキの戦いを直接見た奴にしか、アイツの凄まじさは理解できねーよ」


 アニーシャルカの脳裏に真相の庭園が浮かび上がる。


 空間を赤く染め上げるほど甚大な超魔力。


 人を捨て去った、鬼神のごとき姿。


 腕の一振りが極大魔法を凌駕する、圧倒的膂力りょりょく


 人造魔導強化骨格。全身に刻まれ略式魔方陣。半永久魔力精製炉。


 最強の異種族殲滅用生体兵器ドラゴンキラー


【No.11】


 ロイク、バルガス、カルネの心中もアニーシャルカと同じだ。


 サツキの『解放状態』を見たものにしか、あの恐ろしさは、あの禍々しさは、おそらく理解できない。


「なんにしろ、わたしが仕事を引き受けるかどうかはサツキ次第だ」


 アニーシャルカはそう言うと、一息にビールを飲み干した。


 ロイクは苦笑しながら頷く。


「まあ、引き受ける事になったとして、魔獣狩りはサツキに任せるぜ。超越魔物トランシュデ・モンストルの相手はこりごりなんだよ。わたしが相手取るのはおそらく騎士団だ。帝国領に王国ギルドの人間が無断で侵入したとなりゃあ、当然帝国騎士団が動くんだろ?」


「十闘級が帝国領をうろついてると知れれば、確実に猟犬が動くよ」アストリッドは深く椅子にもたれ、だるそうに口を開く。「といっても、別に帝都に侵入するわけじゃないでしょ。魔獣狩りの棲みかはヒューラルドやベルミヤルなんかの辺境で、あんな場所に第八殲滅騎士団は配属されてないし、ほとんど下級騎士しかいない。猟犬や第五戦魔騎士団なんかの武闘派は王国ギルド十闘級の名前、顔、素性まで知り尽くしてるけど、下級騎士にそんな情報は回ってないし、よほど運が悪くない限り殲滅騎士団なんかと殺り合う事にはならない」


「そりゃ残念だ」


「いや、帝国最強の騎士団と刃を交えないですむならそれにこしたことはないよ。禁足地の二の舞はごめんだろう?」


 ロイクの言葉に「まあな」とアニーシャルカ。


「殲滅騎士団か」ソロモンは想い出に耽るように呟く。彼は国境紛争の折り殲滅騎士団と交戦している。「まあ、あまり関わりたくない手合ではあるな。猟犬なんて異名は伊達じゃない。奴等は一度獲物に喰らいついたら喰い千切るまで放さん」


「ソロモンは猟犬と戦った事があるんだったね」


 アストリッドはまるで記憶を探るように、右眼周辺の傷痕をなぞる。


「何度かな」


「何年前?」


「最後に争ったのは国境紛争の時だからな・・・かれこれ十年以上前だ」


「ならさ、当時の副騎士長と戦った?」


 その質問に、ソロモンは黙りこんだ。


 アストリッドは傷痕をなぞる指先に力を込める。


「その様子じゃ奴と、ザラチェンコ・ホボロフスキーと戦ったらしいね


「戦ったというよりはな」ソロモンは苦々しげに吐き捨てる。「遊ばれただけだ」


「何だよ」アニーシャルカは興味深そうに二人を見る。「誰だそいつ」


「現第八殲滅騎士団 騎士長にして、歴代全帝国騎士最強と呼ばれる男」


 アストリッドの記憶の中で酷薄な笑い声が響く。


『なあターニャ、殲滅騎士団を抜けるなんて馬鹿げた事をしでかした貴様が、まさかただで死ねるとは思わないよな?』


 そして自分の右眼を抉り取った灰白の肌の猟犬。


 知らぬうちに指先が震えていた。


 アストリッドはうちに秘めた恐怖を悟られぬよう、毅然と言葉を発する。


「もしアンタ等がそのイカれた依頼を受けたとして、魔獣狩りに会う前に絶対遭遇しちゃいけないのがこの男だ。ハッキリ言うけど、ザラチェンコ・ホボロフスキーには勝てない」


 怪訝な顔を浮かべるアニーシャルカとロイクに


「魔獣狩りは恐ろしい」


 アストリッドは笑う。


「でもね、あの人はそれと同じくらいおぞましいんだよ」









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