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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第三話 魔獣狩りの人狼編 前編
53/150

7 レッド・アイズ









「僕の領域テリトリーで殺す」


 レヴィアは宙を駆け上がり、ガルドラクを見下ろす。人狼との交戦により町は破壊し尽くされている。家屋は薙がれ、地面は割れ、全てが裂かれている。ガルドラクは一秒に数回、あるいは数十回その爪を振るう。圧倒的な速度で空を切るガルドラクの腕は真空刃を作りだし、余波だけであらゆるものが裂けていく。


 数十年に一度、【精霊暴走】と呼ばれる現象が観測される事がある。一定の空間に限界値を越えた精霊が集まり、爆発する。なぜこのような事が起きるのか諸説あるが、正確なところ判然としない。わかっているのは、この爆発は甚大な被害を巻き起こすという事だけだ。魔法とは爆発である。魔力を圧縮し、刺激を与え、魔力を暴発させる。その衝撃で属性エレメントが解放され、様々な属性が放たれる。それこそが魔の法則だ。【精霊暴走】とは【風の極大魔法】の発現である。森や草原で起きるなら人的被害も少ないが、まれに村や都市で発生することがある。ガルドラクの戦いの爪痕は精霊爆発に近い。裂ける。裂ける。全てが裂ける。違いがあるとすれば、ガルドラクは魔法を使わず、ただ己が身体能力のみで敵を蹂躙する。


 レヴィアはガルドラクの攻撃を全て無効化している。水の肉体はどれだけ裂かれようとダメージを負わない。だが、それだけだ。レヴィアはガルドラクを捉えられない。ひとたび人狼が俊動しゅんどうすれば、数十、あるいは数百単位で身を引き裂かれ、何もすることができない。攻撃を加えることができない。


 はやすぎる、とレヴィアは舌打ちする。


 あるいはザラチェンコなら、生来の剣士である彼ならば、ガルドラクの動きに反応できるかもしれない。だが水精魔ウィンディーネのように魔法特化型の種族は、そもそも近接戦闘向きの進化をとげていない。そんな彼女が最強の戦闘種族である人狼と真正面からぶつかるなど無謀もいいところだ。


 だからこそレヴィアは眼下の人狼に告げる。


「僕の領域テリトリーで殺す」


 レヴィアの指先に魔力が集中し


氷結の魔城壁フリーグシス・クレモティラード


 指を鳴らす。


 巨大な氷の壁が地面からせり出す。


 ガルドラクはゆっくりと周囲を見回す。分厚い氷壁が聳え、それは町をまるごと一周しているように見える。


 レヴィアは笑う。彼女の頭上に巨大な水瓶が現れる。上位水魔法【無尽蔵の水瓶アクア・ヒュドロ】。


「ひっくり返るぜ」レヴィアは中指を立てる。「溺れろ」


 巨大な水瓶は反転し、激流が町に降り注ぐ。凄まじい水量が町を呑み込み、広がり、しかし氷の壁により水の逃げ場はない。水位が上昇する。レヴィアはこの町ごとガルドラクを水没させる気だ。


 人狼は脚に力を込める。太股が二倍、三倍と膨れ上がる。


 次の瞬間、レヴィアに向かって飛ぶ。ガルドラクの爪がレヴィアを襲う。だがその爪は彼女から飛び出した巨大な尾ヒレによって阻まれる。厚く、硬質な鱗の生えたヒレだ。


 ガルドラクの動きが一瞬止まる。水魔精(ウィンディーネ)の肩から海巨触クラーケンの触手が現れ、ガルドラクの身体に巻き付く。さらに新たな巨海獣リヴァイアサンの群れ。長大な身体を持つ大海蛇シーサーペントだ。ガルドラクの腕に、脚に、シーサーペントは噛みつく。


 海の魔物に囚われたガルドラクを、尾ヒレが水没した町に叩き落とす。レヴィアの飼っている奴隷魔物(スレイブ)が、次々と水に放たれる。蛇に、魚に、鯱に、鯨に、様々な形の魔物がガルドラクを殺すために牙を剥く。


 最後にレヴィアは体内で飼う最強の魔物、先程ガルドラクの一撃を止めた尾ヒレ、海竜バハムートを産み落とす。名の通り竜の血を引く海の怪物。幾世代にも渡る交配によりその血は薄れているが、その外見は間違いなくドラゴンを連想させる。硬い鱗に覆われ、二対の翼は巨大なヒレと化し、高速遊泳のため手足は退化している。大海の飛竜ワイバーンと恐れられるこの種は水中に棲息するためか、竜血族ドラグレイドではなく水精魔ウィンディーネとの共存を選んだ。


「陸ならまだしも、水の中で海竜バハムートに勝てる奴なんかいねーよ。喰われて死ね」


 レヴィアの考えは正しい。水中で巨海獣リヴァイアサンに、そして海竜バハムートに勝てる者などいるはずがない。まして薄いとはいえ竜の血脈、魔力も、肉体も、隔絶している。


 人狼は死ぬ。


 レヴィアはほくそ笑み。


 だが、そうだろうか?確かに海竜バハムートは狂暴だ。巻き起こす水流は全てを呑み、その巨体はすべてを破壊する。まさしく海の生態系を支配する王だ。だが、ガルドラクは幾千もの魔物をほふり、ジャルガ山岳の飛竜ワイバーンの群れを喰い尽くした人狼だ。そこらの野良犬とは格が違う。種族全面戦争時にガルドラクが生まれていれば、間違いなく【魔狼月牙隊ガルム・スファンギ】の一員となり戦場を駆け抜けていただろう。そして血と殺戮に彩られた地獄の中でドラゴンと、あるいは異種族殲滅用生体兵器ドラゴンキラーと争った事だろう。戦友ともを、家族を、群れを逃がすため【最強の殺戮者】と畏怖された【No.11】、その前に立ちはだかった狼王ボロスと魔狼月牙隊ガルム・スファンギ。オレもそうありたかった、とガルドラクは思う。【No.11】という圧倒的な死を前に、全てを捨てて戦った彼等のように、絶対的な強敵と殺し合いたい。それが無理なのはわかっている。ドラゴンキラーはすでに滅んだ。


 オレは渇いていく。


 オレは飢えていく。


 息はできず、水は重く、巨海獣リヴァイアサンが身体に喰らいつく。海巨触クラーケンは絞め殺そうと巻き付き、そして海竜バハムートがガルドラクを狙う。だが、こんなものじゃ満足できない。こんなものは死闘ですらない。


 オレが求めているのは、もっと圧倒的なモノだ。


 オレが欲しているのは、さらに壮絶なモノだ。


「雑魚どもが」


 ガルドラクの体毛が黄金に輝き出す。月光を浴び、その身に蓄えた月の魔力。それを解き放つ。


「狩りの時間だ」


 ガルドラクの全てが、獰猛に光る。


 そう、だからレヴィアは間違っている。


 たとえ水中だろうと。


 たとえ海竜バハムートけしかけようと。


 相手はあの【魔獣狩り】なのだ。


「なんだ?」


 レヴィアがその異変に気づいたのは、水中を高速移動する黄金を目撃したからだ。次いで水面に広がる血を見るにいたり、彼女は悟る。


(この血は巨海獣リヴァイアサンの物・・・!)


 瞬間、水面が爆発する。水柱が噴き上がる。何かが超速で水面を突き破った。


 雨のように降り注ぐ水の向こうに、レヴィアは見る。


 氷壁の上に立つガルドラクを。


 その上半身は黄金色に輝いている。


 金狼状態ライカン・レシュール


 月光の魔力により身体能力を極限まで引き出した、月の狼マーナ・ガルム最強の形態。


 数秒ガルドラクを見、レヴィアは激怒する。


 それは家族ペットである魔物どもをほふられたからであるが、しかし巨海獣リヴァイアサンを殺された程度で声を荒げる水精魔ウィンディーネではない。


 ガルドラクは海竜バハムートの首をくわえている。二対のヒレは裂かれ、尾は切断され、腹を喰い破られた海竜バハムートのその巨体を、顎と首の力だけでくわえているのだ。ガルドラクはこの巨体をくわえたまま水面から数十メートル飛び上がったのだ。


「おいおいおい、僕の海竜バハムートに何してんだよ!」


 レヴィアにとって海竜バハムートは特別な存在だ。彼女とバハムートは同時期に、同じ場所で生まれ育った。ゆえに彼等はまるで本当の兄弟のように刻を歩み、愛情を育んだ。他の奴隷魔物ペットとは違う、まさしく家族ファミリー。その海竜バハムートの首に、人狼が噛みついている。そして首筋に噛みついた獣がそうするように、ガルドラクは海竜バハムートの首を喰い千切った。海の王は無惨に、水中に落下する。ガルドラクは見せつけるように肉を咀嚼そしゃくし、呑み込み、骨を吐く。


「マズイな。もう少しマシな味だと思ったんだけどよ」


「クソ犬が、野良犬が、僕の家族の肉を喰ってんじゃねえよ!」レヴィアは憤怒に染まり「殺してやる」


 レヴィアの激憤に呼応するように水面が泡立ち、そこから巨大な腕が二本立ち上がる。一本は激流を統べる水のかいな、もう一本は絶対零度に宿す氷のかいな。その双腕はレヴィアの掲げた右腕に呼応し、そして彼女は人狼に氷水の腕を降り下ろす。


 ガルドラクは避けない。動かない。ただ大きく口を開け、吸引音がわかるほど凄まじく息を吸う。


 そして、咆哮。


 その音量に、大気が震え、氷壁に亀裂が入り、そして巨大な双腕は圧倒的な音圧を前に弾け、砕け、消し飛ぶ。


「バカ・・・な」


 レヴィアは言葉を失う。


(僕の魔法を、音圧だけで相殺したというのか?)


 人狼には三つの武器がある。その最後のひとつが咆哮だ。異常な肺活量から瞬間的に吐き出される吼え声は、もはや音圧の極大魔法と言っても過言ではない。ガルドラクの超咆哮は、いかな魔法だろうと正面から打ち砕く。


 魔眼、疾さ、咆哮。この三つこそが人狼最強の武器。


 魔法を消し飛ばされたレヴィアに、ガルドラクの猛攻が襲い掛かる。金狼状態ライカン・レシュールとなり、さらに強化された三つの武器。軽微な指先の揺れさえ捉え、わずかな魔力の淀みさえ見逃さない魔眼。もはや縮地さえ上回り、水面を軽々走り抜ける移動速度と、常軌を逸した攻撃回転数。そして極大魔法さえ相殺せしめる威力を秘めた超咆哮。


 レヴィアは裂かれ、裂かれ、裂かれ続ける。肉体の損傷を無視して彼女は魔法を放つが、捉えるのは残像のみ。


 ガルドラクは液状化するレヴィアの魔力の流れを視る。そして肉体希釈の弱点を見抜く。水の血肉アクネロ・ソマは攻撃を受けた瞬間、自動的に肉体を液状化する。だが損傷が激しすぎる場合、魔力の供給が追い付かず、ほんの一瞬だけ魔法が解ける。つまり全身を吹き飛ばすほどの威力の攻撃を浴びせれば、ほんの僅かとはいえ、レヴィアは生身を晒すことになる。


 そしてガルドラクにはレヴィアを吹き飛ばす『音圧』がある。


水精魔ウィンディーネを喰うのは初めてだ」


 ガルドラクは嗤い、息を吸い、そして


 超咆哮。


 レヴィアの肉体が弾け、散り、そして元の形を取り戻す。


 そこで勝負は決まる。レヴィアの右肩から先が切り飛ばされる。彼女は驚愕に眼を見開く。熱い血潮と共に右腕が宙を舞う。痛みは無い。完璧な切断面ゆえに、痛覚が遅れてやってくる。ようやく痛みが全身に広がる段になって、全身が切り裂かれていることに気づく。血が噴き出す。


「バラバラにしたつもりだったが、肉体希釈に阻まれたか」


 ガルドラクはレヴィアを細切れにするつもりだった。だが水の血肉アクネロ・ソマの隙は想像以上に狭いものだった。まあいい、とガルドラクは思う。次で殺せばすむことだ。


 町を呑んでいた水が、急激に引いていく。この水は魔法によって生み出された物であり、維持するには術者の精神力と魔力濃度安定が不可欠だ。海竜バハムートを殺され、水の血肉アクネロ・ソマを破られ、片腕を切断されたレヴィアは、冷静さを保てない。


 超越魔物トランシュデ・モンストルには大きく分けて二種類ある。


 生まれた時より圧倒的な力を持ち、ゆえに敗北を知らず覇道を歩んできた者。


 幼少より敵に囲まれ、生き残るために殺戮を繰り返し、敗北と屈辱の果てに圧倒的な魔力を手に入れた者。


 レヴィアは前者だ。ゆえに敗北に慣れていない。だから戦いが終わっていないというのに精神こころを乱してしまう。魔法を解いてしまう。水の血肉アクネロ・ソマさえ、解いてしまう。


 それを見逃すガルドラクではない。


 地疾ちばしる。


 ガルドラクの爪がレヴィアの首に迫り


「これこれは、まさかこんな処で我が国最強の魔狼、ガルドラク・ド・ガルガンジュに御目にかかれるとは光栄だ」


 岩剣がガルドラクの爪を止めた。


「俺を覚えているかな?」


 藍鉄色の鎧の男がガルドラクの前に立つ。


「テメェは確か」ガルドラクはその顔を見る。鱗が生え、蛇の眼を持った黒髪の男。デミ・シェイカーで会った時とは外見も雰囲気も違う。だがその軽薄な声には聞き覚えがある。第八殲滅騎士団騎士長。「ザラチェンコ」


「嬉しいね。覚えていてくれたのか」ザラチェンコは岩剣で人狼の爪を弾く。「だが念のため、もう一度自己紹介をしよう。地獄に堕つ五芒星ヘル・ペンタグラムがひとり、ザラチェンコ・ホボロフスキーだ。以後よろしく」


「人間じゃねえらしいな」


「あいにくね」


「オメェ、強いな」


「どうかな」


 ザラチェンコは傍らのレヴィアを見る。傷は酷いが、仮にも超越魔物トランシュデ・モンストル、手当てをすれば死にはしないだろう。


「さて、どうしたものかな」


 ザラチェンコは呟く。イビルヘイムもいっていたように【国堕とし】を控えた今、戦力を減らしたくはない。ザラチェンコが来なければレヴィアは殺されていた。仮に今からザラチェンコがガルドラクと戦うにして、レヴィアのサポートは受けられない。


【魔人】対【人狼】の一対一。


「六四といったところか」


 ザラチェンコにおごりはない。魔獣狩りを相手に絶対的勝利など確信できない。だからこれは可能性の話だ。六割負け、四割勝つ。それが金狼状態ライカン・レシュールを前にしたザラチェンコの感想だ。あるいは勝率はもう少し高いかもしれないし、逆に低いかもしれない。どちらにせよ分の悪い賭けだ。


「だから二人で相手をするべきだと忠告したんだ」ザラチェンコは肩をすくめる。「そうすればあるいは違った結果になったかもしれない。しかし俺にも落ち度はある。血魔ヴァルコラキの言葉に頭に血が上り、君をひとりで行かせてしまった。反省しているよ」


 彼の言葉にレヴィアは顔を上げる。そこには先程までの失望はない。あるのは怒り。ガルドラクに対する怒りだけだ。


「いい顔になったな。もっともその怒りはとっておけ」ザラチェンコはガルドラクに向きなおり、平然と告げる。「悪いが魔獣狩り、俺達はいったん退かせてもらう」


「ああ?」


「悪いが、俺達は、退却する」


 ザラチェンコが酷薄に微笑んだ瞬間、二体の魔物の身体を岩が覆い尽くす。そして表面に亀裂が走ったかと思うと、粉々に砕け、ザラチェンコとレヴィアの姿が消えている。どころか匂いも、気配も、魔力さえ完璧に消失している。


『安心してくれ魔獣狩り』ザラチェンコの声だけが、どこからともなく響く。『すぐだ。またすぐに君の前に俺達は現れる。殺し合うのはその時に取っておこう。犬なんだ、お預けは得意だろう?』


 最後に圧し殺した笑いを残し、地獄に堕つ五芒星ヘル・ペンタグラムは消え去った。


 濡れ、裂かれ、死人アンデッド巨海獣リヴァイアサンの死体の散らばる町だけがガルドラクの前に広がっている。


 ガルドラクは月を眺める。


「興が削がれたな」


 一言吐き捨て、町を後にする。









             ※※※※※









 レヴィアと別れたザラチェンコは、ヒューラルド地方を隔離封鎖する警備団の駐屯地へ足を運んだ。もはや半分帝国を棄てた身とはいえ、いまだ殲滅騎士団騎士長。血魔ヴァルコラキの驚異が去った事くらい伝えてやろうと思ったのだ。


「まったく、俺は俺の善良さに驚嘆するね」


 苦笑し、ザラチェンコは駐屯地へ歩を進める。


 レヴィアとは先程別れたばかりだ。仲間とはいえ、介抱してやる義理はないし、それに彼女も望んでいないだろう。


『あのクソ犬は殺す。必ず僕が殺してやる』


 別れ際、そう言ったレヴィアの燃えるような両眼がザラチェンコの網膜に焼き付いている。復讐に執り憑かれたな、とザラチェンコは思う。それが吉と出るか凶と出るか、それは今後のお楽しみだ。


 駐屯地は丘の上にある。雪を踏み分け、彼は丘を登ってゆく。ようやくたどり着く。幾つものテントがザラチェンコの前に並んでいる。そして帝国騎士とギルド関係者の死体が大量に散乱している。ザラチェンコは一番近い死体に近づく。首が抉られている。その隣の死体は頭が吹き飛ばされている。ザラチェンコは淡々と駐屯地の中を見て回る。おびただしい死体の共通点を発見する。全て抉られ、千切られ、吹き飛ばされている。そしてこれだけ死体が損壊しているというのに、雪の上には一滴の血も見当たらない。


(町から抜け出た血魔ヴァルコラキにでもやられたのか?)


 ザラチェンコはそう考えたが、殺し方に疑問が残る。血魔ヴァルコラキならこういう殺し方はしない。拷虐の双子マサクル・ツインズのように獲物を弄ぶなら、こんなに派手に壊さないはずだ。それに血魔ヴァルコラキは生者から直接血を吸引する事を好む。だが目の前の光景、これではまるで


「何者かが殺し、そのあとで別の何かが血液だけを吸い取ったのか?」


 そんな事があり得るか?


「あ、あなたは・・・ザラ・・・チェンコ騎士長・・・」


 思考に沈むザラチェンコの耳に、震える声が届いた。


 死体の積み重なった一画から、ひとりの男が這い出してきた。帝国騎士だ。両腕で懸命にザラチェンコの方へ這ってくる。見れば男は両足がない。彼はザラチェンコの脚にすがり付くと、嗚咽を上げ始める。ザラチェンコは男が落ち着くまで辛抱強く待ち、それから聞いた。


「何があったんだ?」


「あ、赤い眼の男が・・・」


「赤い眼?」


「あ、ああ赤い眼の、お、恐ろしい男が・・・私たちが悪いのか・・・、し、しかしこんな、こんなのは・・・た、確かに奴は私たちに忠告したんです・・・『剣を抜けば皆殺しにする』と、奴は、そ、そう言ったんです・・・ああ・・・でも、だからって、こんな・・・こんな・・・」


 そう言ったきり、男は倒れふし、動かなくなる。ザラチェンコは脚で男を仰向けにする。息をしていない。死んでいる。


「何が何やらさっぱりだな」


 ザラチェンコは嘆息し、最後にもう一度だけ駐屯地を見回すと、そこを後にする。もはや帝国騎士団がどうなろうと、帝国ギルドが被害を受けようと、どうでもいい。ここから俺は魔物として、地獄に堕つ五芒星ヘル・ペンタグラムとして行動する。


 雪原を歩きながら呟く。


「赤い眼の男、ね」


 先程の惨状をみるに、強大な力を持った『何か』だ。


 人間か、亜人デミか、それとも魔物か。


「まあ、俺には関係ないか」









             ※※※※※









 崩壊した村に、ひとりの少女がいる。彼女は地面に座り込み、放心している。主のドラキスと、自分の片割れのリロは魔人に殺された。灰となり消えた。生き残ったのはミロだけだ。リロが死に、次は自分の番だった。魔人はおぞましい短剣を片手に彼女の前に立った。その時、凄まじい濁流が村の中心から押し寄せてきた。


『レヴィアめ、ずいぶんと派手にやっているな』


 魔人はそういうと拷問を面倒に思ったのか、彼女の心臓に短剣を突き刺した。激痛が駆け抜けると共に、ミロは濁流に呑み込まれ、しかし光魔法による苦痛と手足の石化により水から逃れることはできなかった。水没した町の底で彼女は意識を失い、激痛により意識を取り戻し、また失った。気がつけば水は引き、魔人は消えていた。自分達が殺戮の限りを尽くした町は、さらに強大は力を持つ魔物により、潰滅していた。


 どれだけそうやって放心していただろう。


 静かな夜だった。


 背後から足音が響いた。


 何かが近付いてくる。


「少し遅かったか」


 ざらついた声が聞こえた。


 ミロの背筋をいいようのない寒気が襲った。なぜだかわからない。ただとてつもなく禍々しい『何か』が背後にいる。彼女は、魔物の本能に従い恐怖の正体を見極めようと振り返った。


 真っ赤な双眸が闇の中で光っていた。









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