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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第三話 魔獣狩りの人狼編 前編
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3 グロクス






 その逆五芒星をぐるりと囲うように蛇のような模様がのたくっている。文字だ。人やデミの扱う言葉ではない。魔の住人のみが知りえる魔語グロクス、それはもはや失われて久しい言語。ガルドラクの脳裡を何かが掠める。オレはこの模様を視たことがある。記憶をまさぐる。基本的にガルドラクは過去に頓着しない。日々はただ流れていき、その中で刹那的な生を享受している。ガルドラクの記憶に強く焼き付いている事といえば、それは強者との戦闘のみだ。瞬殺でも鏖殺でもない、まさに死闘と呼ぶに足る戦いを与えてくれた者こそを記憶にとどめる。この模様はガルドラクの記憶を刺激する。


『チッ、予想以上にヤバい狼だ』


 女はそう言った。黒い焔を操る魔女はそう言った。乱雑な紫色の髪、美人だが決定的に良心の抜け落ちた陰惨な顔、そして右眼を覆うように刻まれた逆五芒星ヘル・ペンタグラム


『アンタは最後に回しとくよ』


 魔女はそう言い残し消えた。


 ガルドラクを相手に生き残った数少ない人間、いや、あれはすでに人間をやめていた。間違いなく超越魔物トランシュデモンストルの領域に足を踏み入れていた。


魔語グロクスか」アウグストは羊皮紙を掴み「多少は心得がある」読み始める。


【我々は魔物、我々は奈落、我々は邪悪、地獄に堕ちた五芒星はやがて世界を悪夢で包む。我々の真名いみな逆五芒星ヘル・ペンタグラム。忘れるな。地獄に堕つ五芒星ヘル・ペンタグラムだ】


 そして逆五芒星の下に、もう一文、大きく書かれている。


【夜明けまで待つ】


「これは何なんだ?」


「メッセージだろう」ザラチェンコは肩をすくめる。「何者かに向けての」


 ザラチェンコは語る。『何か』による虐殺事件がこの数日立て続けに起きている。村が、宿場が、砦が襲われ、人間・亜人を問わず殺されている。当初は血魔ヴァルコラキと関連があると思われていたが、奴等の殺戮とは決定的に違う部分がある。血魔ヴァルコラキの被害を受けた場所はかならず食人鬼グールの発生が確認され、一時的な隔離地区に指定される。だが『何か』の襲撃を受けた場所でグールは発見されていない。のみならず、その村、宿場、砦には死体がひとつも残されていなかった。唯一数本の手足が発見された。切断面は巨大な獣に喰い千切られたように荒々しかった。手がかりとなるのはその手足、そして地面に血で描かれた先ほどの逆五芒星。


「傷口を学者に調べさせたんだが、驚くべき事に傷の咬み痕は海巨獣リヴァイアサンのモノだった」


 ジュルグ帝国領には海がある。だが現場は全て雪深い辺境の地だ。森と山ならあるが近くには海どころか湖すら無い。そのような場所で大海の巨獣に喰い殺されるなどあり得ない。


「この事件は不可解な点が多すぎる。死傷者はすでに数百人に上っている。血魔ヴァルコラキの襲撃を上回る数だ。俺たち殲滅騎士団はこの件を追わねばならない」


 ザラチェンコは立ち上がる。


「それではすまないが、これで失礼する。魔獣狩り、血魔ヴァルコラキの件は頼む」


「オレからすると、こっちの方が楽しそうだ」ガルドラクは羊皮紙を指先で叩く。「この逆五芒星には覚えがある」


「【獄炎の魔女コラフェルヌ・マギス】だろう?」


「ああ?」


「シュラメール魔術王国の虐殺魔、獄炎を操りし天才魔女、名をジュリアーヌ・ゾゾルル。最重要一級危険存在デンジャー・イグジステンスに分類され、世界脅威一覧ブラックリストの上位に名前の載る女だ。過去、君が獄炎の魔女コラフェルヌ・マギスと殺し合った事は記録に残っている。それに、言ったろう?以前、君と遭遇したことがあると。俺はあの戦闘を目撃している。凄まじい戦いだった」ザラチェンコは称賛の視線を人狼に向ける。「確かにジュリアーヌ・ゾゾルルの顔にはこれと似たような五芒星が刻まれている、と報告されている。だが今回の件との関係は不明だ。その辺りを洗うのも殲滅騎士団の役目だ。何よりこれだけ帝国領民が虐殺された事件を初めから外部の者に任せるなど許されない。こちらにも面子がある」


「面子か。テメェ等人間はそれで殺し合うのが好きらしい」


「その通り。上層部にはプライドが命よりも重い連中が大勢いるのさ」


 乾いた笑い声をたてると、ザラチェンコは扉に向かう。


「もし俺達の手に余るような事になれば、また君に会いに来るよ」扉を開け、そこで何かを思い出したかのようにザラチェンコは振り返りる。「安心してくれ魔獣狩り、退屈はおしまいだ」


「何の話だ?」


「これから世界は面白くなる」


 そう言い残しザラチェンコは部屋を後にした。去り際に浮かべた猟犬の酷薄な笑みだけが、残像のようにガルドラクの網膜に焼き付いた。入れ違いにアウグスト側近のオークがエルフ族の男女を連れて入ってくる。二人は後ろ手に縛られ、猿轡を噛まされ、薄汚い毛皮一枚を羽織らされていた。


「不思議、いや不気味な男だ。まあ、まともな人間に殲滅騎士団騎士長など務まらんのかもしれないがな」アウグストは呟くと、気を取り直したようにガルドラクを見る。「埋め合わせの肉が届いた。純血の耳長ルーツ・エルフだ。手に入れるのに苦労したよ。何せコイツ等の血肉は絶品だ。至るところから手が伸びる。密輸するのも一苦労だ。私のオススメは肝臓をワインと凶暴亀アスピドケルの血で煮込んだ煮料理ゲラルソだが、お前は踊り食いが好きだろう?」


 ガルドラクの前に、エルフが差し出される。彼は無造作に女のエルフを掴み寄せると、その首筋を喰い千切った。一咬みで首が無くなり、頭部が転げ落ちる。


(違和感がある)


 ガルドラクは咀嚼しながら考えた。旨い肉だ。先ほど食らったオークのクソ肉とは雲泥の差だ。だがガルドラクの意識には違和感の靄が立ち込め、味を楽しめない。純粋な食欲を満たせない。何かが引っかかる。腹部にかじりつく。血が吹き出す。臓物を食らう。咀嚼する。違和感はザラチェンコの話を聞いている時に生じた。奴は何かおかしな事を口にした。そう、あり得ないことを。


「ああ、そうか」


 血に濡れた口でガルドラクは得心する。


 ザラチェンコは二十代中盤から三十代前半といった外見年齢だ。どう多く見積もっても三十五には届かない。それなのに彼は『魔獣狩りと獄炎の魔女の戦いを目撃した』と言ったのだ。だがそれはあり得ない。なぜならガルドラクがジュリアーヌ・ゾゾルルと殺し合ったのは五十年以上前の出来事なのだ。ザラチェンコが生まれているはずがない。


「あの野郎、頭がイカれてやがるのか?」


 ガルドラクは猟犬の残像に向け、呟いた。






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