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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第三話 魔獣狩りの人狼編 前編
47/150

1 ガルドラク






「雑魚どもが」


 ガルドラクは毒づくと、夜空に吼えた。


 分厚い雲の隙間から、月光が大地を照らした。


 一面の雪景色、見渡す限りの雪原。


 だが、ガルドラクの周囲一帯には(おびただ)しい死骸が積み重なっていた。巨人ギガースの死体だ。大木のような四肢、岩石のような胴体。八メートルはありそうな巨躯は鈍色の鎧に包まれ、みな無骨な大剣や戦斧せんふを手に持ち、しかしそれらはすでに意味をなさない。彼等は鎧ごと裂かれ、解体ばらされ、散らばっている。血を吸った赤いまだら雪が月の光に映える。ガルドラクの銀毛は大量の血潮に濡れている。水浴びをした犬類がそうするように、彼は身震いし、血を弾き飛ばした。


「さすが、魔獣狩りだ」


 背後で下卑た声があがった。ガルドラクは振り返る。


 鬼人オークが三人立っていた。醜い男たちだ。何十発も殴られたような顔をしている。腫れぼったく、皮膚はたるみ、鼻は豚のように平べったい。大きな身体がその醜男しこおぶりに拍車をかけている。身長は二メートルもあるだろう、頑強な筋肉に覆われた身体に、濃灰色ダークグレー外套(コート)を羽織っている。雪大狗ニクス・ドッグの毛皮だ。寒冷地帯に棲むこの魔獣の毛皮は、雪国では重宝される。


巨人ギガースの大群を、こうもあっさり潰滅させるとは。やはりアンタは噂通りの人狼だ」


 中央のオークは一歩前に歩み出ると、両腕を広げ嗤いかける。だが、その表情には畏れが潜んでいる。


「世辞は間に合ってんだよ。それより誠意を見せろ」


 ガルドラクはオークの前に立つ。身長自体はそう変わらない、ガルドラクの方が頭ひとつ分高いくらいだろうか。しかし銀毛に覆われた屈強な肉体の放つ圧威(あつい)は、オークのそれとは比べ物にならない。あらゆる物を引き裂く鉤爪、全ての獲物を容易に噛み砕く牙、そして金色に輝く魔狼の眼・・・時に人狼は獣人族に分類されるのではないか、と生物学者の間で議論される。だが、人狼と対峙すればその考えが間違いだと即座に気付くだろう。獣頭コボルドなど比較にならないほど魔獣の性質を剥き出しにする、魔の狼。俗に長寿人狼ヴェオウルフと呼ばれ帝国領で恐れられる月の狼マーナ・ガルム。その存在は亜人デミなど比べるべくもなく強大、間違いなく超越魔物トランシュデモンストルに分類される【魔】の住人。


 オークは背後の二人に目配せをする。二人は傍らに置いてある布袋をガルドラクに放る。とても大きな袋だ。中で何かがモゾモゾと動いている。ガルドラクは中を覗く。手足を縛られ、猿轡を咬まされた人間の少女が五人、折り重なっていた。彼女たちは人狼の姿を見ると、声にならない悲鳴を上げ身をのけ反らせる。ガルドラクは袋の中に鼻先を突っ込み、臭いを嗅ぐ。生臭い臭いが鼻腔を掠める。人狼の内奥ないおうで怒りが沸き上がる。


「テメェ等、ふざけてるのか?」


 ガルドラクの声に怒気が混じる。


「一体何のことだ?」


 オークは素知らぬ風を装うが、動揺を隠しきれない。


「オレの鼻を誤魔化せると?」ガルドラクの眼に殺意が宿る。「この人間の女どもからは精液の臭いがする。オークのクソ精液の臭いがな。テメェ等はオレに『生娘きむすめじし』を報酬として約束した。それがどうだ? この女どもはテメェ等の『穴』じゃねえか。オメェ等のクソ精液で汚れた(じし)をオレに喰わせる気だったのか? テメェ等には誠意が無いらしい。アウグストの野郎、手下の躾がなってねえな」


 オークは何か言い訳をしようと口を開くが、時すでに遅し。オークの上半身から大量の血が噴き出す。首筋から鳩尾にかけて、肉がごっそり喰い千切られている。骨が露出し、臓物がこぼれ落ちる。彼は低い嗚咽を漏らし、すぐに絶命する。ガルドラクは亜人デミの肉を咀嚼しながら「不味い。クソの味がしやがる」と口元を歪める。


 リーダー格のオークが喰い殺された瞬間、残る二人は駆け出していた。身体能力の高い亜人種だ。数秒のうちにかなりの距離を走っていた。


 だが、人狼から逃げられる者などいるのだろうか。


 ガルドラクは軽く雪を蹴る。それだけで、二人のオークを追い抜いていた。鉤爪が赤く染まっている。追い越しざま、ガルドラクは数回爪を振るった。背後で肉の崩れる音がする。二人のオークは肉片と化し、無惨に果てた。


「ゴミどもが」


「荒レテイルナ、魔獣狩リ」


 発音の歪な、低い声が聞こえた。


「ゴルドドじゃねえか」ガルドラクは視界に入り込んだ大猿を見ながら言った。「いつからいやがった」


「今来タトコロダ」


「そういや、ここら一帯はオメェの縄張りだったな」


「ソウダ」ゴルドドと呼ばれた大猿は笑った。人狼の銀毛とは違う、真っ白な体毛に覆われた獣だ。ガルドラクを一回りほど大きくしたような巨躯の大猿。一角猿コルヌマンキだ。名前の通り額から一本、立派な角が生えている。一角猿は数十頭の群を作り雪山で生活する。性格は非常に獰猛、雑食であるため餌になるなら人だろうが魔獣だろうが見境なく襲う、まさに雪原の暴君。ゴルドドは群の(おさ)だ。


「巨人ノ群ガオレノ縄張リ二侵入シタト聞イテ来テミタガ、トンダ徒労ダッタヨウダ」


「そりゃ悪かったな。まあ来たついでに死骸でも持って帰れよ。テメェは何でも喰うだろ」


「サスガノオレデモ、アノ肉は遠慮スル。臭クテカナワン」ゴルドドは首を振ると布袋を指差す。「ソレヨリアノ女達ガ欲シイ。最近人間ノ肉ヲ食ベテイナイ。イラナイノダロウ?」


「好きにしろ」


 その言葉を聞くが早いか、ゴルドドは布袋まで駆け、中を覗く。


「旨ソウダ」


 低い笑い声をあげ、布袋を肩に担ぐ。中の女たちが暴れているのだろう、袋が波打つ。ゴルドドは袋を殴り付ける。とたんに静かになる。人間の背骨を小枝のようにへし折る大猿の怪力だ。袋の中は無惨な事になっているだろう。


「シカシ報酬ヲ平気デ投ゲ捨テルトハ、何ノタメニ仕事ヲ引キ受ケタノダ」


「退屈してんだよ」ガルドラクは吐き捨てる。「どいつもコイツも雑魚ばかり、遊びにもなりゃしねえ」


「魔獣狩リ、オ前ハ強スギル」ゴルドドは肩をすくめる。「オ前ガ満足デキル相手ナド、モウコノ国ニハイナイ。オ前二楯突イタ敵ハ、全テ喰ライ尽クシテシマッタダロウ」


「ジャルガ山岳で飛竜ワイバーンどもとり合ってた頃が懐かしい」


「タッタ一匹デ竜血ノ末裔ヲ鏖殺オウサツシタノダ。間違イナク、オ前コソジュルグ帝国最強ノ魔物ダ。コレ以上強サヲ求メテナンニナル」


「オレはな」


 ガルドラクはんだ眼をする。


「強い奴と闘いたいんだよ。圧倒的な化け物と殺し合いたいんだ。オレの存在などちっぽけに思えるような、オレなど歯牙にもかけないような、そういう化け物と殺り合いたいんだ。雑魚どもを殺して何になる。蟻を踏み潰して楽しいと思うか? 家畜を殺して満足できるか? クソをいくら喰らおうと、クソはクソだ。そんな物じゃオレの腹は満たされねえ。デカい獲物が必要だ。血湧き肉踊る死闘、それをオレに与えてくれる、圧倒的な獲物がな」


 ガルドラクは思う。もしオレがもう少し早く産まれていれば、あと二十年早くこの世に生を受けていれば、オレは全面戦争で竜血ドラゴンと、あるいは異種族殲滅用生体兵器ドラゴンキラーと戦えたかもしれない。天災その物と目された竜と、最強の殺戮者と畏れられた生体兵器と・・・奴等と壮絶な殺し合いを演じれたかもしれない。


「クソッ」ガルドラクは舌打ちをする。その夢はもう叶わない。ドラゴンは姿を消し、ドラゴンキラーは滅んだ。


「雑魚を殺すのは飽き飽きだ」


「オ前ハ狂ッテイル」ゴルドドは嘆息する。「オレニハ理解デキン。オ前ノ生キ方ハ虚無ダ。行キ着ク先ハ破滅ダ。オレニハ家族ガイル。子供ガイル。群ガアル。愛ダ。一角猿コルヌマンキニハ愛ガアル。ソシテオレノ生キル意味ハソコニアル。ダガ、オ前ニハ何モナイ。戦イ二支配サレテイル」


「まさしく、それこそがオレの目的だ」


「ダロウナ」


 ゴルドドはガルドラクに背を向け「子供タチガ腹ヲ空カシテイル。オレハ帰ル」そう言い、雪原を歩き出す。


 ガルドラクはしばらく大猿の背を眺めていたが


「愛だと?」人狼はきびすを返す。「猿が人間の真似事か。救えねえな」


 くだらなそうに呟く。


「愛などいらねえ。オレに必要なのは敵だけだ」






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