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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第二話 真祖・クシャルネディア討伐編 後編
44/150

13 赤い化け物






深淵主の千手タナトミル・マヌス】。


永えの檻メラ・ハウア】を遥かに越える深度の異空間【深淵アビス】をクシャルネディアの膨大な魔力により千のに変える、空間干渉型の極大魔法。深淵アビスその物が意思を持ったように獲物に掴みかかり、そのまま最深度の奈落へ引きずり込み、囚われた者は未来永劫その檻から逃れることはできず、名状しがたい闇によって発狂する。それを耐えきる精神力があったとしても、深淵アビスにはクシャルネディアの上層奴隷魔物エルダー・スレイブが棲み着いており、どちらにせよ喰われて死ぬ。極大魔法とは絶対的な死の象徴。あらゆる場所から黒い腕が現れ、サツキに掴みかかる。頭上の空間が歪に割れ、深淵への扉が開かれる。絡みつき、鷲掴み、千の腕は一斉にサツキをその中へと引きずり込む。


 クシャルネディアの勝利である。


 かつてこの魔法を喰らい、生き延びた者はいない。


 それなのに、彼女の背筋には悪寒が走っている。


 黒い腕が幾重にも巻き付き、すでにサツキの身体は闇に犯されている。だがわずかな隙間から覗くその瞳は、獰猛に、残虐に、闇より深い緋色に輝いている。


 深淵へ呑まれていくサツキを見つめているクシャルネディアの耳に、ざらついた声が滑り込んだ。


「いくぞ」


 刹那。


 全てが赤く染まる。









 卓越した戦闘センスを持つアニーシャルカでさえ、何が起きたのか理解できなかった。突風のような圧力が吹き抜けたかと思うと、視界が赤くけぶった。剥き出しの肢体を疼痛が苛む。水中にいるように身体の動きが重くなる。


「どうなってやがる」


 彼女の問いに


「魔力濃度が高すぎる」


 カルネが、ぼそりと呟く。


 声は震え、弱々しい。


 アニーシャルカはカルネに視線を向け、眉をひそめる。カルネは身を屈め、痙攣しながら吐いている。胃液が膝を汚す。吐き続ける。


「しっかりしろ」


 傍らのバルガスが彼女の肩を抱くも


「無理」


 カルネは涙を流しながら笑う。


「こんなの拷問だよ。ありえないよ。なんだよあの魔力量。天災じゃないんだからさ・・・化け物だよ。本当に、化け物だ・・・!」


 ロイクは庭園を眺める。月光が空気に混じる赤い魔力に反射して、周囲一帯が赤光しゃっこうに包まれている。


「この光景は一体・・・」


「クソッ!」


 リアンの悲痛な声。


「修理したばっかのに、またですよ!」


 右眼から血が滴っている。魔眼が砕けたのだ。


「どうして空気が赤いんだ」


 ネルグイが不気味そうに呟く。


「魔力だよ」なおも吐きながら、カルネは言う。「ここら一体、ドラゴンキラーの魔力で赤く染まってるんだ・・・!」


 その時、庭園の中央で轟音が鳴り響いた。






            ※※※※※






 はじめて太陽を見たのは、幼少の頃だ。


 陽の高い時刻に外に飛び出したのは、不注意か、好奇心か、もうクシャルネディアは覚えていない。血魔ヴァルコラキは陽光への耐性を生まれながら持ち、降り注ぐ光を浴びようと消滅することはない。だが闇に潜む【魔】にとって、全てを照らし出す太陽は、やはり恐ろしい聖光だ。魔力の薄かった彼女の肌は赤く爛れ、産毛は燃え、そして網膜は焼けた。痛みに歪んでいく視線を、けれど太陽からそらせなかった。なぜなのかわからない。ただ、強大な力を前に、眼が離せなかった。


 神と並び称される自然の極致。


 空の彼方が生み出した神秘の炎。


 生命の光。


 圧倒的な存在。


 そう、太陽は圧倒的だった。


 幼心にクシャルネディアは思う。


 きっと、太陽に近づきすぎればどんな存在だって燃えて灰に還ってしまう。


 そう、きっと太陽ならドラゴンだって殺せる。


 ドラゴンだって。


 






            ※※※※※






 深淵主の千手タナトミル・マヌスが跡形もなく消し飛んだ。


 突風にクシャルネディアの髪が乱れ、おぞましい魔力濃度に肌がチリつく。眼を見開き、前方を直視する。


 赤い暴風域。


 螺旋を描くように、濃紅こきべにの魔力が空間を占領していく。


 中心に、ドラゴンキラーが立っている。


 その姿は、もはや人間とは思えない。人間ではない。


 緋色の空洞を見ているような、底無しの瞳。


 尋常ならざる血流と魔力の奔流により目元や腕に浮き出た血管。


 吐き出される息が赤くけぶる。


 心臓の鼓動に合わせ、半永久魔力精製炉が膨大な魔力を造り出していく。今まで詮をされていた異種族殲滅用生体兵器ドラゴンキラーの力が噴き出す。毛穴や汗腺から漏れだした魔力により、サツキの周囲には赤い濃霧が立ち込めている。それだけではない。広大な庭園全てが夕陽に包まれているかのように、薄紅に沈んでいる。異種族殲滅用生体兵器ドラゴンキラー最強といわれた魔力はサツキの全身を循環し、魔導強化骨格を、刻まれた略式魔方陣の性能を限界まで引き出す。


 クシャルネディアの脳裡に【太陽】が甦る。


 あの時感じた熱が、痛みが、畏怖が。


(まるで太陽と対峙しているかのよう)


 クシャルネディアはサツキを見つめる。


【アレ】と今から戦うのだ。


 先ほどまでの戦闘は、文字通りお遊びだった。


 サツキの言った通り『これから始まる』のだ。


 時間はわずか三十秒。


 しかしその三十秒は、間違いなくクシャルネディアのこれまで経験してきたどのような戦闘よりも、激烈で、壮絶で、絶望的な時間となる。


 彼女は覚悟を決める。


 生き残ると。


 クシャルネディアの表情が狂気をおびる。白い肌に血管が浮き、蒼い瞳がギラリと輝く。分厚い魔力で自身を覆い、サツキの圧力から身を守る。超越魔物トランシュデ・モンストルである彼女でなければ、正面にさえ立てないであろう。もはや力を解放したドラゴンキラーは、存在の次元が違う。


「時間が無い」サツキは身を屈め、クシャルネディアに言い放つ。「始めるぞ」


 その言葉が鼓膜に届いた瞬間、サツキの立っていた地面がぜ、同時に彼女の視界を掌が埋めていた。


 サツキの振り抜いた腕が、クシャルネディアの頭部を吹き飛ばした。


 クシャルネディアは後方へ倒れそうになるも、左脚で踏ん張る。頭部はすでに完璧に再生されている。飛び散った血液だけが地面を汚す。


 彼女は黒い刃物と化した腕を横に薙ぐ。サツキはそれを平然と掴み、受け止める。先ほど彼の腕を切り裂いた血闇の刃ダーキュリル・エッジは、本来の力を取り戻したサツキにはなまくらも同然だ。後退しようとするクシャルネディアの腕を、サツキが引き抜く。肩から千切れ、血が噴き出す。


もろいな」


 サツキの蹴りが下腹部を直撃する。胴体が破裂し、臓物が飛び散り、クシャルネディアは回転しながら吹き飛ぶ。そして再生。着地するまでに完璧に元通りになる。


 顔を上げたクシャルネディアの頭を、すでにサツキが鷲掴わしづかんでいる。


「肉体は脆弱で、俺の速度にもついてこれていない。雑魚どもを相手にするならそれで十分だろうが、俺相手にその反応速度は致命的だ」


 クシャルネディアの後頭部が地面に叩き付けられる。皮膚が裂け、頭蓋骨が砕け、血と脳が飛び散る。一度ではない。二度、三度、四度。大量の血飛沫が噴き出す。そしてひときわ力を込めた五度目の叩き付け。大地に亀裂が走り、岩盤が何本も突き出し、砂塵が乱れ飛ぶ。彼女の胸から上がぐちゃぐちゃに潰れている。だが、魔力と血液が損傷を一瞬で再生する。まるで刻を逆回しにしているかのようだ。


 サツキの嗤い声が響く。


「だが再生速度だけは驚嘆に値する。不死者ノスフェラティの名に相応ふさわしい」


 サツキの残酷な嗤い顔が闇夜に浮かぶ。彼はいつになく饒舌じょうぜつだ。気分が高揚している。三百年ぶりに全力を出し、久々に本当の闘争たたかいをしている。あるいはそれは蹂躙かもしれないが、その違いなど些末なことだ。普段のサツキは無口なため、また非常に落ち着きがあり冷静クールに思われがちだが、それは彼の本質ではない。そもそもサツキが無口なのは周囲への関心が皆無なためであり、感情が希薄なのは共感能力が乏しいからだ。だがひとたび戦闘が始まれば、サツキはその本性を剥き出しにする。狂気を纏った暴力性、敵を破壊し尽くす残虐性、幼少の頃よりつちかってきた殺戮本能。種族全面戦争で遺憾なく発揮された、ドラゴンキラーの本性。


 同胞を何よりも大切にし、その一方で虐殺を楽しむ二面性。


 矜持と殺戮を内包する人格。


「どれだけ殺せば死ぬんだろうな」


 止まることの無い追撃が真祖を襲う。その一撃一撃が、軽々と地を抉り風を震わせる。破裂する肉体。大量の血飛沫。殺されていく。殺され続けていく。


 ここまでで、まだ十秒も経過していない。


 不意にサツキは気づく。


 周囲にいくつもの黒い球体が漂っている。


 数十の血闇の猛爆塊ダーキュリル・エクラルゴが一斉に爆発する。闇の爆炎は天を穿つほど高くのぼる。


「こんな物じゃ、もう俺は殺せないんだよ」


 強引に振りかざされた腕が、魔法を振り払う。


 もはや、上位魔法程度でサツキが傷を負うことはない。圧倒的な身体能力は生体兵器の武器のひとつだ。だが、それでもサツキの視界を奪う役割は果たせた。何より爆風により、一瞬とはいえサツキの攻撃から逃れることが出来た。その隙に、クシャルネディアは黒い霧に変化し、距離を取る。霧状変異は『肉体希釈』に分類される魔技まぎであり、質量を薄めることで高速移動を可能とし、さらに物理干渉を無力化する。近接戦ではおよそ勝ち目がないと悟っての行動、この選択は間違っていない。


 サツキが相手では無かった場合、ではあるが。


 禁足地は真祖の土地である。


 夜は祖なる血魔ルーツ・ヴァルコラキの時間である。


 この庭園はクシャルネディアの空間である。


 だが、この三十秒だけは、全てがドラゴンキラーの領域となる。

 

 限界まで見開かれたサツキの魔眼が霧を捉える。


 その瞬間、クシャルネディアが漂う場所が、潰れた。風景が内側へと歪み、亀裂から大量の血液が溢れ出す。庭園は赤い魔力で満ちている。サツキは魔力を集中し、クシャルネディアを空間ごと握り潰したのだ。すなわち、この領域でサツキから逃れることなど出来ない。


 実体を取り戻したクシャルネディアを禍々しい圧威あついが襲う。サツキは腰を落とし、左手を地面に突いている。異様なのは大きく構えた右腕だ。指先から肘にかけて、尋常ならざる魔力が集中している。爪は黒と見紛うほどの深紅、あらゆる血管が浮き出し、骨の軋む音が響き、腕の周囲があまりの魔力濃度に陽炎のように揺らいでいる。『あの腕一本に、極大魔法を数発放てるほどの魔力が宿っている』とクシャルネディアは瞬時に理解した。


 サツキの時間は限られている。もし黒竜の呪いが無ければ、魔力が尽きるまでクシャルネディアを破壊し続け、殺しきることも可能だろう。だが三十秒という限られた時間では無理だ。サツキにはおよばないまでも、クシャルネディアも膨大な魔力を有している。ならば戦い方を変えるまでだ。『削る』のではなく『抉る』。『連撃』ではなく『一撃』で葬る。再生を許さぬほど強烈な攻撃で、肉体を消し去る。


 クシャルネディアはサツキの言葉を思い出していた。


『魔力を纏い続けろ』

『何一つ見逃すな』

『何一つ聴き逃すな』

『空気の流れを読み、魔力の揺らぎを感じろ』


 ドラゴンキラーという過去最大の敵を前に【魔】の本能が浮き彫りになる。あの一撃を食らえば終わりだ、クシャルネディアの五感が訴えかけてくる。この百年ほど、敵と呼べる存在はいなかった。死霊魔導師リッチ悪魔デモンとの戦いは壮絶な物であったが、彼女も奴等も全力で戦っていた訳ではない。【地獄に堕つ五芒星ヘル・ペンタグラム】はクシャルネディアを引き込みたく、彼女は領地から追い出したいだけだった。余興とは言わないまでも、自然、激戦には届かない。


 全面戦争以降、死の危険など感じたことがない。


 だが、今は違う。


 手で触れられるほど近くに、自分の死が転がっている。


 クシャルネディアの五感が、魔力が、かつてないほど研ぎ澄まされていく。


 サツキの両脚の筋肉が張りつめるのを、クシャルネディアは捉えた。


 ドラゴンキラーが息を吸う微かな音を聞いた。


 視界から、サツキが消えた。


 空気の流れが読める。


 魔力の揺らぎを感じる。


 下方から迫り来るサツキの腕に、クシャルネディアは反応した。


 身をかわす。だが避けきれない。


 圧縮された超魔力はクシャルネディアの左半身を綺麗に消滅させる。背後に広がる庭園の大地が数百メートルにわたり抉れ、岩盤が宙を舞い、後方にひかえる城館の半分が吹き飛んだ。サツキの一撃はそれだけでは収まらず、さらには禁足地を巻き込み、森の一部が消失した。


(なんという威力・・・)


 クシャルネディアは唾を飲み込む。


(直撃していれば、間違いなく死んでいた)


 砂塵が夜空を覆う。月が霞む。


 サツキはまだ生きている真祖の姿に、感嘆した。


 もともと魔力とは拡散する性質を持つ。少量や濃度が低ければ一ヶ所に留めておくのも容易いが、ドラゴンキラーのような超高密度の魔力の場合、それは至難の技だ。今しがたサツキの放った一撃はとてつもない威力を有するが、その性質のため扱いが難しい。拡散しようとする魔力を強引に抑え付けるので、攻撃の精度が下がる。狙った場所に正確に腕を持っていけることなど稀だ。もちろんその不確定要素を補って余りあるほどの威力を持ってはいる。だが、眼前の真祖は生きている。それはつまり


「俺の動きに反応したのか」


 狂気の笑み。


「そうでないとな」


 そこからの十秒間、クシャルネディアがサツキの猛攻を凌ぎ切れたのは、なぜであろう。全方位から放たれる凶暴な連打に彼女の肉体はぜ、千切れ、死んでいく。連撃の合間には『あの一撃』が挟まれる。クシャルネディアはその攻撃だけは紙一重で回避する。庭園は災地となり、城館は崩落し、禁足地は戦闘の余波でざわめく。アニーシャルカたちは森の奥へ避難している。もはやただの人間が介入できるような戦いではない。


 クシャルネディアを支えているもの、それはあの日の記憶だ。三百年前の約束、血魔ヴァルコラキの矜持と繁栄を秤にかけ、なおそちらに傾くほど重要な、血の誓い。


【それをたがえてしまえば、もはや私に価値などない】


 三百年の月日が誓いを狂気に変えた。だが、もとより誓約せいやくとはそういうものかもしれない。人であれ魔物であれ、それは呪縛となり、渇望となり、悲劇となり、復讐となり、そして狂気を生む。その先に何が待ち受けているというのか。幸福か、絶望か、あるいは虚無か・・・なんであれ、クシャルネディアが誓いを破ることはない。魂に刻まれた言葉を消し去るなどあり得ない。そう、サツキが同胞との誓いを決して捨てないのと、同じように。


 必ず成し遂げる。


 生き残る。


 その為には・・・


 クシャルネディアは地面を踏み鳴らす。


 瞬間、彼女とサツキを血の壁が別つ。


 上位闇魔法【血闇の魔城壁ダーキュリル・クレモティラード】。


 超硬度のその壁は、しかしサツキの一撃によって粉々に粉砕される。


 崩れ落ちる血の壁片の向こうに、クシャルネディアがいる。距離がある。血の壁はサツキから離れる為の目眩くらましだ。


 サツキの左右上方の空間が割れる。【永えの檻メラ・ハウウ】の中で蠢く長虫。大量の黒鎧百足ペゾディアン・ガデルムカデが雪崩のごとく襲いかかる。間髪いれず、複数の亀裂が空間に現れる。巨大百足ガデルムカデ黒鎧百足ペゾディアン・ガデルムカデ毒霧蜥蜴バジリスクが溢れ出る。


 その様子は、さながら蠱毒こどくだ。


奴隷魔物スレイブ程度で」


 サツキは両腕を振るう。毒虫たちが挽き肉となり、空間の亀裂が潰れ、周囲数十メートルにわたり血と肉の雨が降る。


「どうにかなると思うのか」


「思いません」


 クシャルネディアの眼前に、血で描かれた魔方陣が浮いている。複雑な紋様に魔力が通っていく。先ほど彼女の放った【深淵主の千手タノトミル・マヌス】は発動時間短縮の為に必要な行程を省いている。だが本来極大魔法とは手順を踏み、魔力を込め、正式に発動してこそ真価を発揮する。超越魔物トランシュデ・モンストルであるクシャルネディアからすれば極大魔法を練り上げる時間など数秒だ。その数秒を捻出するために大量の奴隷魔物スレイブを用いた。


 サツキは血の魔方陣を眼にし、初めてクシャルネディアの純粋な殺意を感じた。この数十秒、彼女は生き残ることのみに主眼を置いていた。避けること、逃げることに魔力を費やしていた。だがこの極大魔法は違う。


【魔】のことわりに忠実な、敵を食い千切る決意がみなぎっている。


 生き残る。


 その為には・・・ドラゴンキラーを殺す。


 誓いを守るために、『あの人』を殺す。


 クシャルネディアは生き残らねばならない。生き残り、サツキに耳を傾けてもらわねばならない。サツキを殺してでも生き残らねばならない。矛盾を内包した思考。破綻した行動。しかしそれ以外の方法があるだろうか。サツキは『戦え』と言った。種の為に、誓いの為に、なにより誇りの為に。逃げ、拒み、そして生き残ったとしよう。だがそんな勝利に意味があるのか。そのような臆病者の言葉に、力が宿るのか。戦いを放棄した私を、あの人は認めてくれるだろうか。


 否。


 断じて否である。


 もしあの人が求める者がいるとすれば、それは


 死を恐れず、敵を殺し尽くす、一本の剣のような者。


 私はそう、なれるだろうか。


 あの人の剣に、なれるだろうか。


 違う。


 必ず『なる』のだ。


 クシャルネディアは両手で魔方陣に触れる。


「ひとつだけお聞きしたいことがあります」


 極大魔法は、もういつでも発動できる。だが、クシャルネディアにはどうしても知っておきたい事があった。


 サツキの時間はもうわずかだ。それなのにクシャルネディアの問いに答えたのは、気まぐれか。あるいは彼女の声がたたえる尋常ならざる決意に、何かを感じたからか。どちらにせよ、サツキは答えた。


「お名前を教えて下さい」


「サツキだ」






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