8 任せておけ
「一本貸して」
カルネが手を差し出す。
バルガスはその掌に愛用の鎌を放った。カルネはすぐに切っ先で人差し指を切った。傷口から赤い玉が次々と溢れ出す。バルガスは眉をひそめた。
「その刃には出血呪術が掛けられている。それだけの傷でも血が止まらなくなるぞ」
「大丈夫。解呪くらい出来るし、それに今は血が止まらない方が都合がいいんだよね」
そう言うとカルネは血でぬめった人差し指をエルドの額に押し当て、魔方陣を書き始めた。素早く、的確に複雑な紋様を書き終わると、次はミルドの額にも血で魔方陣を刻んでゆく。それが終わると、カルネは自分の額にも魔方陣を書き、しゃがみこみ、短杖を地面に向ける。魔方陣を通して、双子の魔力がカルネに送られる。短杖の先端が熱を帯びていく。カルネは何かを詠唱する。呪文だ。おそらく魔力と火力を補強する類いの呪文だろう。あるいは極大魔法か生贄魔法の術式に組み込まれた呪文。どちらにせよ、必要なものなのだろう。
上位魔法を遥かに上回る極大魔法だが、使い勝手はよくない。魔力の消費量が異常なことと、何より発動までに時間がかかかりすぎる。死霊魔導師のような高位存在なら一瞬で発動可能かもしれないが、基本的に人間では不可能とされている。
人類の極大魔法発動短縮は、115年前シュラメール魔術王国で一件だけ確認されている、という話をバルガスは思い出した。酒場の席でカルネが喋ったのだ。彼女は時々魔術について滔々と語り出すことがある。ガス抜きのようなものだろう。のちに『獄炎の魔女』と呼ばれ虐殺の限りを尽くした、黒い焔を操る女。その圧倒的な天稟を持つ魔女は、18歳の時に極大魔法発動短縮に成功したという。
「アタシも天才だけど、そんなことが出来るのはもう天才とかそういう次元じゃない。化け物だよ」
吐き捨てるように言い放ったカルネの言葉には、その実憧れのようなモノが混じっていた。イカれた魔術師同士、共通点でも見いだしたのか、あるいは圧倒的な才能への嫉妬か。どちらにせよ、バルガスからすれば目の前で極大魔法を扱っているカルネも充分に化け物だ。
これから死ぬというのに、双子のエルフ族は無抵抗だ。最初、カルネの話を聞きバルガスはすぐにエルフの首に鎌を突き付けた。
「お前らには悪いが」彼は刃が皮膚に当たるか当たらないかの絶妙な加減を保ったまま言った。「俺たちも死にたくないんでね。出来れば大人しくしていてもらえると有りがたい」
「「抵抗する気はありません。と、いうより出来ないのです」」
双子はローブの前を開け、胸を晒した。左胸に黒い模様が渦を巻いている。
「呪術だ」とカルネ。
「「そうです」」双子のエルフ族は淡々と言葉を紡ぐ。「「僕たちは奴隷狩りに合い、ユリシール王国に連れてこられました。奴隷商に引き取られ、ある娼館に売り飛ばされました。そこは超高級娼館でした。その為、お客様に粗相をしないよう、また逃げ出さないよう、左肺に呪術を刻まれました。なので僕たちは人間に逆らうことが出来ないのです。逆らえば肺に圧力がかかり、最終的には破裂します」」
「酷え話だ」
ネルグイが言う。
「よくある話じゃないですか」とリアン。
「奴隷はデカい市場だ。俺たちもたまに一枚噛むが、なかなかの稼ぎになる。傭兵家業が馬鹿らしく思えるほどだぞ」
「お前もアニーシャルカも、どうしてそうクソみたいになっちまったんだ?俺の育て方に問題があったってのか?」
「だろうな」バルガスはにやりとする。「あんたは俺に剣とナイフを教え、心身ともに鍛えてくれた。十歳の頃には人を殺せたほどだ。おかげで俺は今も生きている。感謝してるさ。だが、あんたが教育者に向いてるかといえば、それは神のみぞ知るってヤツだ。それにネルグイ、俺は知っている。あんたが奴隷に同情するような、感傷的な人間じゃなってことはな。思い出せ。十五年前にルガル傭兵団が荷担した異種族大量虐殺のことを。アレに比べれば、呪術を刻むくらい良心的に思えるだろ?」
「それを言われちゃおしまいだぜ。ありゃ確かに地獄のような光景だった。もっとも、今俺達が直面している現状に比べりゃマシだがな」
「どうでもいいけど、時間ないんでしょ?さっさと準備に取り掛からないと全員死ぬよ」
カルネが超増強魔水薬を飲みながらせっつく。
「よし、始めろ」バルガスは双子の首から鎌を下ろした。
そしてカルネが血で魔方陣を書き、極大魔法のために魔力を練っている。
「もう少しで発動できる」カルネは静かに言った。「アニーシャルカさんを連れ戻して。極大魔法はコントロール利かないから、発動可能になった瞬間、ぶっぱなすしかないんだ」
「連れ戻すってもな」
ネルグイが赤いムカデの塊を見る。明らかに先程より数が減っている。だが、それでも凄まじい量だ。
「僕は嫌です。あんな所に行かないですよ」
リアンが情けない声を出す。
「あのなリアン」バルガスは嗜めるように「俺も嫌に決まってるだろ」
とはいえ、アニーシャルカとの付き合いは、少々特殊だ。同じ傭兵団で同じ飯を食い、同じ鍛練を積み、同じ寝床で眠り、姉弟同然で育った。バルガスの初陣でその背中を守ったのはアニーシャルカだ。彼女がいなければ死んでいたかもしれない。ダムドのメンバーや、これまで殺してきた人間、売り飛ばしてきた異種族とは違う。あいつはクソ女だが、それでも生まれてから十五年間、共に生きてきた戦友だ。
「しかたない。たまには情に流されてみるか」
バルガスは嗤う。
「奇遇だな。俺もそう思っていた所だ」
ネルグイがロングソードを担ぐ。彼からしても、アニーシャルカは娘のような存在だ。
二人は歩き出す。
「アニーシャルカが暴れて、その尻拭いをするのが俺たちの役目か。クソ、酒が飲みてえ」
「昔からそうだったろ?もっとも、今回はあいつがいなきゃ俺たちは死んでいた。アニーシャルカに感謝しないとな。まさかあいつに感謝する日が来るとは、夢にも思わなかった」
「全くだぜ。アニーシャルカが貴族の爺をぶん殴った時に、今後一切あいつにこんな感情を抱くなんてあり得ねえと思ったんだがな。なにせ後始末に」
「その話はよせと言っただろ」バルガスの苦い顔。「俺の人生の汚点だ」
バルガスはため息を吐く。目の前に巨大百足の集団が迫っている。鎌を握る手に力がこもる。
「それじゃ行くか、ネルグイ」
「やるしかねえな」
そして二人は巨大百足の群に
突っ込まなかった。
眼前の赤い津波の中央がまばゆく輝いたかと思うと、ムカデたちが吹き飛んだ。蒼白い雷光と、耳をつんざく雷鳴。焼け焦げた長虫がバルガスたちの身体に貼り付く。ポッカリと空いた穴から、アニーシャルカが飛び出し、綺麗に着地すると、そのまま走り出した。
「オメー等何してんだ!」
怒鳴る。彼女はすぐに二人を通りすぎる。アニーシャルカは首だけで振り返る。バルガスとネルグイが後を追って走ってくる。その背後には、獲物を失った巨大百足の群。
「あんな所で何してやがった!」
「極大魔法がもう少しで発動する!おめえを呼び戻しに来たんだよ!」
「そんな必要ねーだろ!カルネの魔力が膨れ上がってるのは感知してたし、空気は乾燥してきた。風に炎属性も混じってやがるし、おまけに火の臭いまで漂って来やがる。極大魔法の準備ができたのは丸分かりなんだよ。十闘級魔法剣士舐めてんのか?」
「そんなもの、俺たちには感知できねえよ」
「わたしは天才なんだよ」
アニーシャルカの言葉に、呆れるネルグイ。
「ともあれ、あの毒虫に突っ込まなくてすんだ」バルガスは走る速度をあげ、ネルグイに言う。「あとは全力で走るだけだ」
三人がカルネの元にたどり着いた時、彼女は驚いたように声を発した。
「すごい、ジャストタイミングだ」
短杖の先端で、膨大な魔力と炎が爆発寸前といった様相をていしている。カルネの右腕は震え、それを左手で押さえつける。顎から汗が垂れ、歯がカチカチと鳴っている。
「もう持たない所だったんだよ」何とか笑いながらカルネはそう言うと短杖を地面に突き刺した。瞬間、双子のエルフ族の身体が燃え上がり、一瞬で灰に変わった。彼等の血と肉体すべてを魔力に変換し、さらに生命を捧げることで、呪術の術式が発動、それが魔力を爆発的なエネルギーに変換し、カルネの魔力量は倍々に膨れ上がる。
凄まじい熱風がカルネを包む。全身から魔力が抜けていくのがわかる。魂まで抜けていきそうな勢いで、彼女の源が極大魔法に吸収されていく。これは凄い魔法になりそう、とカルネは内心笑った。
そして極大魔法の発動。
「燃えて無くなれ」
言葉と同時に、彼女の前方が灼熱に染まった。
大量の返り血が、ロイクを汚した。切断された多頭獄犬の右頭部が、彼の足元を転がっていく。右前肢を欠き、防御が手薄になった右側をロイクは狙い続け、ついに切断にいたった。切り離されてなお番犬の頭部は歯を剥き、ガチンガチンと牙を鳴らし続ける。しかしそれも長くは持たない。血液と魔力の循環を失ったその頭部はじきに死ぬ。だが、いまだ二つの頭部を有する多頭獄犬の本体は、この程度では倒れない。完全に滅するつもりなら肉体を破壊するか、頭部をすべて潰すしかない。前者は現実的ではない。剛毛と筋肉と骨格の塊である獄犬の分厚い全躯を両断するなど、さすがのロイクでも厳しい。ならば選択はひとつ。残りの頭部を切断する。
突然、轟音が鳴り響いた。背後から強烈な熱風が吹き付ける。だがロイクの視線は多頭獄犬から逸れない。その一挙手一投足を見逃さぬよう、集中している。
「極大魔法・・・?」
ミーシャの呟きが聞こえた。
ロイクは振り返らない。そのような隙を晒せば、一撃で葬り去られる。彼は十闘級だ。その実力は本物だ。だがミーシャのサポートがあるとはいえ、危険度9の魔物をひとりで殺すなど並大抵の事ではない。獄犬の腕と頭部を落としたが、ロイクも無傷ではない。数十ヶ所の切り傷、そのうち数ヵ所は深く肉を裂いている。重要な血管こそ傷ついていないが、それでも早めに手当てをした方がいい。アドレナリンにより痛覚の麻痺しているロイクはまだまだ戦えるが、相討ちでは意味がない。生き残らなければならない。
「堅実に、確実に、仕留める」
ロイクは自分に言い聞かせるように言う。
前方の多頭獄犬。後方の極大魔法。このふたつに気をとられ、二人はまだ気づいていない。
彼等の側面から近づく、もう一頭の獄犬の気配に。
強烈な熱波が、暴風雨の如く肌を叩きつける。
空を巨大な火柱が埋めている。生きとし生けるものを焼滅させる極熱の暴走。すべてを焼き尽くす炎熱の塔。極大魔法だ。そう遠くない場所で発動されたのだろう。
熱風は樹々を揺らし、燃やし、焦がしていく。風に混じって、死の臭いがする。樹が焼ける臭い、大地の焦げる臭い、肉の溶ける臭い。覚えのある臭いだ。325年前、ヌルドの森で嗅いだ臭いだ。【No.5】ブラムドが半身を失った時の臭いだ。1から15までの最初期ナンバーを持つひとり。もっとも多く戦場を共にしてきた同胞。サツキの眼にうつる禁足地が、あの時のヌルドの森とだぶる。半身を吹き飛ばされ、血を流し、それでもなお殺意と闘志を絶やさなかった同胞の、最後の姿。
『なぜ庇った』
サツキは目の前のブラムドを見た。左腕と右脚を失い、傷口は抉れ、焼け焦げている。サツキを庇い、五統守護竜の一体、炎竜の放った極大魔法が直撃したのだ。ドラゴンキラーといえど黒竜の眷属、最上級竜の極大魔法を喰らえば致命傷は免れない。
『あの程度で俺が死ぬと思うのか?』
『そうは思わない。だが、守護竜の極大魔法だ。いくらお前でも、ただじゃ済まないだろ?』
失った脚の代わりに、魔剣を突き立てブラムドは立ち上がる。傷口からの出血を魔力で押しとどめ、闘争心と全身に刻まれた魔方陣が痛覚を麻痺させている。心臓に埋め込まれた魔力精製炉が破壊されない限り、異種族殲滅用生体兵器はそうやすやすとは倒れない。だが半身を失うほどの大怪我では、さすがのブラムドもそう長くは戦えない。彼自身、それは重々理解している。だが、その口調にも、その表情にも、悲壮や絶望は見受けられない。あるのは、狂気。サツキを見るブラムドの赤い瞳には、誇り高い狂気が宿っている。
『黒竜まで護り抜くと約束したろ?』
ブラムドは血を吐く。重要な臓器をいくつも失っている。だが、その程度で折れる生体兵器ではない。その程度で砕ける彼ではない。
『お前の敵を殲滅すると、誓ったろ?』
魔剣を握る手に力が込められる。
『おれたちの死など、お前が気にする必要はない。おれたちはおれたちの名と血と魂に誓った。お前の名と血と魂に誓った。それは何よりも重い。今やおれたちは殺戮の剣、お前の為に全ての敵を殺し尽くす一本の剣・・・黒竜までの道を切り開くためなら、腕の一本や二本、喜んで差し出そう』
ヌルドの森は凄惨を極めている。開闢以来これほど壮絶な災厄が一ヶ所に集中するのは初めての事だろう。天は焼け、地は凍り、落雷が自然を打ち焦がす。洪水が生物を押し流し、まばゆい光が空間を裂く。炎、氷、雷、水、光。五統守護竜の極大魔法は破壊と破滅を撒き散らす。あらゆる生命を滅してゆく。その天災に抗うは、禍々しい生体兵器。膨大な魔力と隔絶した身体能力を有する赤い瞳と白い髪の戦士たち、ドラゴンキラー。だが、彼等を圧倒的な闇が呑み込んでいく。全てを汚し、犯し、冒涜する者。奈落から生まれいでし闇そのモノ。竜、飛竜、竜魔獣を従える、竜血の頂点。かつて天から神を引きずり下ろし、絶望で世界を蝕んだ神喰らいの邪竜。
黒竜ゾラペドラス。
『あんな『モノ』を、お前ひとりに背負わせるおれたちを赦してくれ。共に戦えぬおれたちを赦してくれ。竜の中でも、アレは別格の存在だ。おれ達じゃ歯が立たない。サツキ、お前でなければ届かない。お前の力でなければ殺せない。だからせめても、おれたちが眷属どもを食い止める。五統守護竜を引き受ける。お前が黒竜を殺すまで、何であろうと邪魔はさせない。殺す。殺し尽くす。殺し尽くしてやる』
ブラムドは狂気の中に、いっそう深く沈んでいく。程度の差こそあれ、ドラゴンキラーは全員狂気を纏っている。だが、エーデル平原で殺戮の剣として誓いを立ててから彼等の狂気は、眼に見えて濃く、重く、暗い物へと変質している。彼等の眼に宿る狂気は一体なんであろう。殺戮への渇望か。共に戦えぬ不甲斐なさへの失望か・・・あるいはサツキへの、狂信か。
『赦しを乞う必要などない』サツキはブラムドに言う。『俺が決めた事だ。俺が俺自身に誓った事だ。黒竜は滅ぼす。必ず俺が殺す』
それは真実ではない。サツキは欠落した人間だ。命の重さが理解できず、善悪の境界線もなく、良心と共感能力が欠陥している。これは生まれついての性質と、劣悪な環境で育ったことに起因する。親はなく、友もなく、死と敵のみが周囲を満たしていた。物心ついたときから殺戮の泥沼に肩まで浸かっていた。何が死のうと、何が生きようと、どうでもいい。どうでもいいはずだった。
同胞が出来た。
共に生き、戦い、死んでいった者たちがいた。
今も、すべてをサツキに託し、彼等は戦っている。戦い、敵を殺し、そして彼等自身、死んでいく。
127人の同胞、その名と血と魂に、黒竜を殺すと誓った。
『来たか』
あらゆる災厄渦巻く空を、ブラムドは見上げる。純白の竜が、巨大な翼を羽ばたかせ、こちらに向かってくる。そこだけ空間が消失したかのような、異質な聖白の魔力。五統守護竜の一体、白竜。守護竜は数体の竜を引き連れ、さらにその背後には飛竜の群。飛竜の背には竜魔獣の影。
『アイツ等と、少し遊んでくる』
ブラムドはサツキに背を向ける。
『邪魔はさせない。一匹だって通しはしない。おれの身体が塵になるまで、奴等を殺し続ける』
サツキもブラムドに背を向ける。黒竜はすぐそこだ。ここからはサツキの戦いだ。歩き出す。だが、すぐに立ち止まる。サツキは背を向けたまま声を出す。
『お前たちは同胞だ。戦友だ。俺の誇りだ。お前らの事は忘れない』
『それは違う。逆だろ』強大な敵が近づいている。だが、ブラムドはかまわず話し続ける。『サツキ、お前こそがおれたちの誇りだ。おれたちの英雄だ。人々はおれたち生体兵器をドラゴンキラーと呼ぶ。だがそれは違う。その称号はただひとり、ある男のためのものだ。全種族はその男に怯え、竜すらその名を恐れ、そして唯一、黒竜が敵と認識した人間』
ブラムドは笑い、呟く。
『ドラゴンキラーとはお前の事だよ、サツキ』
ブラムドの咆哮があがる。戦いの雄叫び。それは決意の、誓いの、魂の吼え声。
そして彼は戦いの中に。
『後は任せたぜ』
そう言い残し、白竜の元へ。
あらゆる場所で激烈な戦いが起きている。
竜が死に、異種族殲滅用生体兵器が死んでいく。
熾烈を極める最終決戦。
その大詰め。
これよりサツキは黒竜と対峙する。
『任せろ』
歩きながらサツキは呟く。
そして
両手に握られた黒鎧百足の大顎脚を握り潰す。サツキの周辺には裂かれ、千切られ、すり潰されたムカデの死骸が散乱している。緑色の血液があらゆる場所を汚し、樹々は肉と臓物で彩られている。足元のムカデの破片が、痙攣したかのように動いている。サツキはそれを踏み潰す。血が飛び、外骨格が粉々になる。サツキの目の前に、生きている生物は一匹も存在しない。危険度8最上種・黒鎧百足はひとりの男に全滅させられた。
極大魔法の上った方向を眺める。すでに炎は消えている。だが熱と魔力の余波は、いまだ尾を引いている。
「任せておけ」
まるで記憶と現実が地続きであるかのように、サツキは呟いた。
歩き出す。
次なる敵を求め、極大魔法の余熱漂う方向へ、歩いてゆく。




