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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第二話 真祖・クシャルネディア討伐編 後編
36/150

5 地獄の始まり





 前方に禁足地の森が見えてくる。


「あの向こうに真祖の城館があるのか?」


「らしいよ」


 バルガスの問いにカルネが答える。


「薄気味悪い森だな」


 ネルグイは眼を細め、森を眺めながらひとりごちた。


(確かに、普通の森じゃないな)


 バルガスも目の前に迫る鬱蒼とした樹々に、不気味な物を感じた。この前訪れたヌルドの森も危険な場所だったが、それは人の手が入っていない未開の地特有の、野生の恐ろしさだ。だがこの森は違う。明らかに異質な、魔の気配が漂っている。暗く、深く、おぞましい何かが染み付いている。禁足地と呼ばれる理由がわかる気がした。


血魔ヴァルコラキ狩りに相応しい天候じゃねーか」


 アニーシャルカが空を見上げている。雲ひとつない、抜けるような青空が広がっている。大地を覆う邪悪な森とは正反対だ。


 陽が高い。心地よい陽光が降り注ぐ。


「森は荷馬車じゃ抜けられない。ここで下りるぞ!」


 森を目前にして、ネルグイが大声を出す。


 三台の荷馬車は速度を落とし、停車する。


 先頭の荷馬車からロイク、ミーシャ、三兄弟が。


 二台目の荷馬車からバルガス、カルネ、リアン、アニーシャルカ、ネルグイ、双子の奴隷エルフ。


 最後の荷馬車からボリス、ブルーノ、カルロッテ、そしてサツキ。


 荷馬車から下りたメンバーは自然と集まり出す。


「禁足地だ」


 決意と警戒を含んだ声で、ロイクが告げる。


「いよいよか」ネルグイはロングソードに手を掛け「血がたぎるな」


「俺は恐ろしくて震えてますけどね」冗談を言いながら、ボリスは担いでいた革袋を地面に下ろす。中から炎水晶玉えんすいしょうだま雷水晶玉らいすいしょうだまを取りだし、腰に吊るす。簡易魔術道具は魔水晶に魔術を封じ込め、誰でも簡単に魔法を発動する事のできる道具だ。便利で強力な代物だが、そのぶん値が張る。これひとつで金貨百五十枚はくだらない。


「実はひとつだけ問題があるの」ミーシャはみなを見る。「ギルシュとアンニーナから連絡が来ない」


「それはお前たちの連れか?」


 バルガスが聞く。


「そう。禁足地の偵察に出てたボクたちの仲間。王都を出発してから共鳴皮紙で連絡を取り合ってたんだけど、昨日から返事が返ってこない」


「死んだんじゃねーの?」


 アニーシャルカが言う。


「ここは禁足地だぜ。奴隷魔物スレイブにでも見つかったんじゃねーか?」


「ギルシュは九闘級、アンニーナは七等級魔術師だった。そう簡単に負けるとは思えない」


「そりゃソコらの雑魚には殺されねーだろうよ。けどな、上級エルダーが相手だったらどうだ?バルガスの言ってた死の三姉妹ブラッド・シスターズがいたとすれば?二人じゃどうにもならねーぜ」


 ミーシャは不安げにロイクを見る。


「一度、撤退すべきじゃない?少なくとも二人の生死を確認しないと」


「おいおい」


 呆れたようなネルグイの顔。


「不測の事態は承知の上だろ」彼はミーシャを見る。「祖なる血魔ルーツ・ヴァルコラキを殺そうなんてイカれた仕事を引き受けた以上、それはお前さんも承知してるはずだ。仲間の死も己の死も、それすら糧に金を求めるのが俺たちギルド登録者だろ?今さら怖じ気づいてどうする」


「それはルガルの流儀だ。ギルドは予想外の事態に直面した場合、撤退しろと教えている。俺やあんたとは違う」


「確かにそうかもしれないがなバルガス、しかし金貨五万枚が掛かってる。俺たちは退く気はない」


 うなずく三兄弟。


「俺たちも撤退はゴメンですね」ブルーノとカルロッテを見ながらボリスは笑う。「ここまで来たんだ、今さら逃げ帰るってのは無いでしょう」


「ミーシャちゃんさあ、言ってる事は理解できるけど、簡単に引き下がるような奴をロイクが集めると思う?ここにいるのは全員が金と名声とスリルを求める猛者どもだ。仲間が二、三人死んだくらいじゃ考えは変わらねーし、何より逃げ帰ったとなれば十闘級の名折れだ」


 アニーシャルカはロイクに視線を向け


「違う?」


「確かに、その通りだよ」


 ロイクは答える。


 ギルドに八人しかいない十闘級、彼等はユリシール王国ギルドの切り札だ。巨大鬼トロールの群れを大剣一本で壊滅させた強戦士ロイク、上級吸血鬼エルダーヴァンパイアをたった一人で殺しきった魔法剣士アニーシャルカ、それらの偉業は王国中に知れわたり、故に十闘級は王国騎士団や貴族から絶大な信頼を得ている。重要な護衛任務や高額報酬の討伐依頼が回ってくるのはその厚い信頼があってこそであり、真祖討伐に乗りだし、クシャルネディアと刃を交えての撤退ならまだしも、仲間の死に怯えむざむざ逃げ帰ったとあれば、彼等の沽券は地に落ちる。下手をすれば闘級を剥奪され、笑い者にされるだろう。


 これは他のメンバーも同じだ。勇猛蛮勇ゆうもうばんゆうで知られるルガル傭兵団、狙った獲物は逃さない弧影猟団、彼等の評価も当然下がる。これまでのように仕事が回ってくることは無くなる。


「もちろん二人の安否は気になる。だけど私たちに撤退は許されない。それは君もわかってるはずだ」


 ロイクの言葉にミーシャは小さくうなずく。


 それを見るとロイクは


「話はお仕舞いにしよう。悠長にお喋りしている時間はない。目の前は禁足地、王国一の危険地帯デンジャー・ゾーンだ。気を引き締め、感覚を研ぎ澄まし、己の技量を信じなければ道は切り開けない。各自、準備はいいかい?」


 各々(おのおの)、準備万端の意思表示をする。


「ならばこれより地獄に」


 ロイクは笑顔でそういい放った。しかしその言葉尻には、緊張のような物が窺える。


「この森はどうだ?何か視えるか?」


 バルガスはリアンの隣に立つ。


「気味悪いです」


 森の中をくまなく観察していたリアンは首を横に振りながら答えた。右眼の光彩に魔法陣が浮き出し、蒼白く輝いている。魔眼だ。生物は生きているだけで微弱ながら魔力を放出する。彼はそれを可視することができる。


「何も視えません。何もいないんです。この森の中には生き物が存在していません。そんな事ってあり得ますか?森ですよ?何なんですかここ」


「禁足地だ」


 バルガスは嗤うが、その笑顔は硬い。


「地獄の入り口だ。気を引き締めろ」


 リアンの肩を叩くとバルガスは腰で交差している二本の鎌に手を当てる。手に馴染む、愛用の品。その刃にかけられた出血呪術は敵から血と命を奪う。彼はいつも奪う側に立っている。狩る側に。それがこの森を前にしていると、まるで自分が狩られる側に滑り落ちたような気にさせられる。


(不安を噛み殺せ)


 バルガスは数秒眼をつむり、それから開く。戦場に赴く前は、いつも不安になる。いくつ激戦をくぐろうと、どれだけ修羅場を経験しようと、これだけは消せない。死、という根源的な恐怖。まして相手は真祖クシャルネディア。メンバー全員の顔に不安が刻まれている。彼等はそれぞれ自らの方法ルーティーンによって恐怖を殺し、闘気を高め、暴力性を解放する。この先もっとも必要になる、敵を殺す本能。ここに集まった猛者どもはそれが出来る者たちだ。


「行こう」


 ロイクの声。


 各々動き出す。


 ふと気になり、バルガスはサツキを見る。みすぼらしい、奴隷のような布服。武具の類いは皆無。生ぬるい風にたなびく灰色の髪。そして見るものに不吉を予感させる赤い瞳。


 バルガスは、サツキの顔に浮かぶ表情に驚き、そして納得する。


(やはり、ただの人間ではない)


 サツキの顔には不安も恐怖も、負の感情は一切ない。


 禁足地を前にして、しかしそこに暗い陰が指すことはない。


 あるものはただひとつ。


 狩る側に立つ、殺意だけが渦巻いていた。

 






            *****







 森の奥。鬱蒼とした森林は陽光を遮り、樹々の間を冷たい空気が流れていく。本来、森とは生の象徴であるが、この地からは生命を感じられない。


 死が漂う森。


 魔が蔓延る地。


 血魔ヴァルコラキの領域。


 普段なら、この地は奴隷魔物スレイブの庭だ。だが、現在彼等は隠されている。


 獲物をおびき寄せるために。


 闇の中に。


 薄暗い空間に一本の亀裂が走る。最初は小さな傷だった。それはみるみる広がり、やがて大きな裂け目となる。


 空中に現れた黒い空間、その中で、何百もの魔物が蠢いている。


 赤い長虫が亀裂から飛び出す。地面に落ち、獲物を求め地を這う。一匹、二匹、そして溢れ出す。周囲が赤く蠢く。その中に数匹、黒い長虫も混じっている。赤い百足ムカデをさらに凌駕する体長と凶暴性をかね揃えた、黒い百足ムカデ


 おぞましい虫たちの狂乱。


 その近くで、また空間に亀裂が入る。黒い裂け目から覗くのは、ギョロリとした眼玉。ぬるつく鱗。鋭い鉤爪。巨大な蜥蜴とかげだ。


 不気味に喉を鳴らし、口から毒霧を漏らしながら、蜥蜴たちが這い出てくる。


 ギョロリとした眼玉で周囲を見回し、獲物の気配を全身で探る。


 敵が主の領域に侵入した。獲物が禁足地に足を踏み入れた。


 百足ムカデ蜥蜴とかげが森の中に放たれる。


 奴隷魔物スレイブの意識に刷り込まれた指令はただひとつ。


『私の敵を喰らい尽くしなさい』


 彼等は忠実に行動に移る。


 十二人の人間と二人のエルフ族を排除するために。


 そして真祖の城館、その庭園には二頭の番犬。三つの頭を持ち、赤黒い剛毛に覆われた巨体を揺らしながら、庭園を徘徊していた犬たちは動きを止める。鼻をひくつかせ、獲物の臭いをかぎ分け、牙を剥き出しにする。獰猛な表情のまま、番犬はゆっくりと森の中に入っていく。二頭は思い思いの方向に進んでいく。だが、目指すべき場所は同じだ。


 人間の臭い。エルフ族の臭い。餌の臭い。


「来たか、人間ども」


 真祖の従者、ロートレクが窓から外を眺めている。


 彼は羊皮紙を握っている。共鳴皮紙だ。奴等の仲間になりすまし、人間どもをこの地に導いた魔道具。それを破り捨てる。


「クシャルネディア様の地を荒らすとは、不埒極まる振る舞いだ」


 陽は高い。空は青い。彼のあるじは寝室で眠りに落ちている。


 だが、祖なる血魔ルーツ・ヴァルコラキが目覚める必要はない。


 なぜなら彼女の奴隷たちが敵を殺し尽くすから。


 裂き、砕き、食い尽くす。


 残虐な魔物の宴。


 人間どもの基準に照らし合わせれば


 ユリシール王国ギルド情報。


 危険度6 巨大百足ガデルムカデ


 危険度8 毒霧蜥蜴バジリスク


 危険度8 最上位 黒鎧百足ペゾディアン・ガデルムカデ


 危険度9 多頭獄犬ケルベロス


 どれも比類なき凶暴性を持った魔物たち。


 万にひとつも、人間どもに勝ち目はない。


「悲鳴と絶望にひれ伏せ」


 ロートレクは踵を返す。


「無惨に悲惨に死ぬといい」


 そう告げると、彼は城館の奥に消えた。






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