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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第二話 真祖・クシャルネディア討伐編 後編
35/150

4 前夜





「こっちは終わったぜ」


 血でぬらつく曲剣ファルシオンを腰に戻しながらアニーシャルカが振り返ると、ちょうどバルガスが獣人族の首を掻き切っている所だった。人よりも獣の性質が強く現れた獣頭コボルドだった。毛皮に覆われ乱杭歯らんぐいばを剥き出しにする獣の頭部が、強靭な肉体の上に乗っている。そんな異種族を軽々押さえつけ、バルガスはナイフで頸動脈と気管を断ち切った。血を吹き出しながら獣頭コボルドは暴れたが、バルガスは冷静に懐に潜り込むと、喉の裂傷に拳を突き込んだ。その一撃により血は勢いを増し、獣人族は喉を押さえながら倒れた。血にまみれた拳を無造作に振りながら


「こっちもだ」


 バルガスは嗤った。


「エグいなーおい。オメーはガキの頃から暴力的な野郎だ」


「お前にだけは言われたくない」


 バルガスはアニーシャルカの足元に『散らばる』死体を眺めた。首が、腕が、脚が、無数に転がっている。単純に切断された物もあれば、雷魔法により焼け爛れた物、荒々しく削り切られた物まで様々だ。


「少し遊んだだけだぜ」


「お前の悪い癖だ」


 アニーシャルカは昔から獲物を弄ぶ悪癖がある。最初にそれに気づいたのはバルガスが八つの頃で、アニーシャルカは九つだった。彼女はルガル傭兵団が立ち寄った村で、子馬を一匹殺した。脚を折り、腹を裂き、内臓をバラ撒いた。バルガスは今でも覚えている。裂けた腹に肘まで腕を突っ込みながら嗤っているアニーシャルカを。血と肉で楽しそうに遊ぶ彼女を。ぼんやり眺めていたバルガスの隣に、いつの間にかネルグイが立っていた。


『イカれてるが、アイツは強くなるぞ』


 ぼそりと呟いた。


 ネルグイの勘は当たっていた。


「交代の時間だろ。帰ろうぜ」


 アニーシャルカはあくびをし、歩き出す。ナイフをホルダーに戻しバルガスが続く。


 空が夜に沈んでいる。


 重々しい暗闇の中、月光だけが眩しいほど輝いている。


 二人は荒れ地と草原が奇妙に重なりあう土地を歩いている。エーデル平原とデデル荒野の境目だ。王都を出てから二日目の夜である。あと少し進めばデデル荒野に入り、荒野に入ってしまえば【禁足地】はすぐそこも同然だ。


 彼等がここに到着した頃にはすでに陽が赤く燃えていた。夜が降りてから真祖の領域に足を踏み入れるのは危険だと判断し、今夜はここで野宿をすることに決めた。バルガスとアニーシャルカは安全確保のため見回りをしていた。ユリシール王国は定期的に騎士団とギルドを使い、異種族を王国領から閉め出している。だが禁足地に近いデデル荒野は見逃される事が多い。禁足地の外とはいえ血魔ヴァルコラキの領域に近づくなど、普通の神経の人間には出来ない。自然、この辺りは王国の眼が届かなくなる。そうなると行き場を失った異種族たちはこの場所に住み着くようになる。特に獣人族のような五感の優れた種族はクシャルネディアと人間の気配を敏感に察知し、危険を避けながら綱渡りのような危うさでこの地を生き抜いている。討伐隊からすれば獣頭コボルドなど雑魚だが、この地の獣人は凶暴だ。警戒するに越したことはない。


 焚き火が揺れている。


 二人は炎に向かって歩いて行く。


 荷馬車と人の影が見えてくる。


「帰ってきたか」


 二人の姿を認めたネルグイが酒を煽る。


「交代の時間だぜ」


 アニーシャルカは焚き火を囲む面々の顔を眺めながら言う。


「次は誰の番だ?」


「私だ」


 ロイクが立ち上がる。群青色の胸当てが炎に照らされ、鈍く輝いている。


「俺の交代要員はどいつだ?」


 アニーシャルカの背後からバルガスが言う。


「まだ見回りに行ってねえ奴は・・・」


 ネルグイは言いながらメンバーを見回し


「お前だな」


 サツキに眼を止めた。


「俺か?」


 サツキはそう言うと、焚き火から目線を外し、ネルグイを見た。毒々しい赤い瞳の中で、不気味に開いた瞳孔がネルグイの姿を捉えている。揺れる炎がさざ波のような影を作り、それがサツキの顔を覆うたび、赤く光る眼だけが浮かび上がる。彼はゆっくり立ち上がると、ロイクの隣に移動する。ただそれだけの動作から、何か異様な圧力プレッシャーを感じるのか、焚き火を囲む面々は沈黙する。リアンなどはサツキと眼を合わせないように、ひたすら焚き火を覗き込んでいる。


獣頭コボルドが数十匹徘徊しているぜ。ま、オメー等なら問題ないだろうけど、せいぜい頑張ってねー」


 アニーシャルカだけが普段通り軽口を叩いている。


「行ってくるよ」


 ロイクは笑顔でアニーシャルカに答え、デデル荒野に踏み出す。サツキもゆっくりと歩き出し、夜闇やあんの中に溶けていった。


「不気味な野郎だ」


 ネルグイは焚き火で焼いた肉を食い千切り、サツキの消えた闇を眺めながら毒づいた。昼間、弧影猟団の三人が仕留めた石眼巨鳥コカトリスの肉だ。彼等は手際よく皮を剥ぎ、死体をさばき、眼球から咽喉にかけて走っている石化魔力分泌器官をナイフで取り除いた。「分泌器官と一緒に棄てられる事がほとんどであまり知られてませんけど、石眼巨鳥コカトリスで一番旨い部位は咽喉肉ウルテなんですよ」ボリスはニヒルな笑みを湛えながら呟いた。狩人は獲物の様々な知識を持つ。特にモンスター狩りを生業とする弧影猟団は、死体の活用方法を知り尽くしている。


 ネルグイは咽喉肉ウルテの味を気に入ったらしく、先ほどから焼いては食いを繰り返している。酒のあてに丁度いいのだろう。


「確かにあの男、異様な感じがしますね」


 ボリスもウルテを咀嚼しながら口を開く。


「特にデデル荒野が見えてからこっち、あの男から異常な圧を感じるんですよ。クシャルネディアの領域に近づいてる訳ですから警戒心が高まるのはわかりますが、それにしたってね」


 ここ数刻でサツキの纏う空気は明らかに変化しつつある。禁足地に染み込む血魔ヴァルコラキの魔力、そしてクシャルネディアの気配は確実に彼の五感を刺激し、その殺戮本能を揺すぶっている。故にサツキからは無自覚な殺気が漏れ出している。それは無意識が条件反射的に放っている物で、だからサツキは全く気づかない。だが異種族殲滅用成体兵器ドラゴンキラーの重々しい殺気は、たとえ器からこぼれ出た程度の物にしろ、ネルグイたちにいい様のない不快感を与えてしまう。


「ま、確かに掴み所のねー野郎だが、別にいいんじゃねー? アイツ強そうだし」


 アニーシャルカは腰を下ろす。


「そりゃあロイクさんから声がかかった訳ですし、実力は有るんでしょうけどね」ボリスは不満げに語る。「俺はあの男の顔を見るのは初めてですよ。俺たちは王都でもそこそこ名の通った実力者でしょ?ルガル傭兵団といえば知らない者はいないし、魔法剣士アニーシャルカといえば一度は耳にしたことがある名前だ。俺の弧影猟団だって貴族から直接仕事の指名を受けるくらいには実力を認められているし、犯罪集団ダムドも裏ではかなり有名みたいじゃないですか。そんなメンバーの中にあって、誰もあの男を知らないってのはちょっと不自然じゃないですか?」


「そうかもしんねーが、裏を返せばそれだけロイクの野郎はアイツの実力を買ってるって事なんじゃねーの? 無名の新人をこんな馬鹿げた仕事に引っ張り込むなんて、普通しねーだろ」


「あの野郎はイヤな眼つきをしてやがる。ああいう眼をした野郎には、覚えがある。なあ?」


 ネルグイは三兄弟に目配せする。彼等は頷く。


「誰です?」


「ジュルグ帝国最強の名を冠するクソ共だ」


「第八殲滅騎士団か。まだり合ったことねーな」


 アニーシャルカが愉しそうに嗤う。【帝国の猟犬】【ジュルグの殺戮人形】と呼ばれ、戦場でもっとも恐れられている帝国騎士団。


「あのサツキって野郎は、アイツらと同じような眼をしてやがる。殺戮の泥沼にハマり込んだ奴特有の、光のない酷薄な眼だ。危ない野郎だ」


「ヤバい奴だとは思うぜ。アイツ身体に死臭が染み付いてんだよ。相当殺さなけりゃ、あんな臭いにはならねぇ」


「臭い? そんなのする?」


 そう言ったのはカルネだ。魔水薬ポーションを合成でもしているのか、いくつもの小瓶を目の前に並べ、数種類の薬草をいじくっている。瓶は様々な色合いの液体で満たされ、鼻を刺す独特な匂いが漂ってくる。


「コイツは昔から異様に五感が鋭いんだ。常人では関知できないような臭いを嗅ぎわけ、到底見切れないような速度の剣戟を軽々いなす。まさに闘うために生まれたような女だ。怒らせると恐いぞ」


 バルガスはカルネの隣に腰を下ろし、手もとを覗きこむ。


「何を作っている?」


超増強魔水薬アドネルド


「それ、冗談でしょ?」


 カルネの言葉に反応したのはミーシャだった。


 彼女は驚いたようにカルネの顔をじっと見る。


超増強魔水薬アドネルドはシュラメールの秘薬でしょ? 閉鎖的なあの国の、さらに極秘指定されてる魔水薬ポーションの製作方法をあなたが知ってるっていうの?」


 世界随一の魔術大国であるシュラメール王国、その実動部隊である六属性魔術集団シュラメール・マギ・グルムが使用するこのアドネルドは、魔力量と魔力濃度を一時的に高める強力な向上薬だ。効果時間は数刻と短いが、魔力量を倍近くにまで引き上げるこの魔水薬ポーションを欲しがる魔術師や聖霊使いは多い。特に戦場に立つ者なら、なおさらだ。


「アドネルド自体は闇市場ブラック・マーケットに出回ってるよ。マガい物も多いけど、本物も混じってる。さすがに製作術式は流れて来ないけど、モノはあるわけだし、時間と金さえ掛ければ製法くらい割り出せるって」


「そんな事が出来るのは、王国魔術学術院で天才と呼ばれていたお前くらいのモノだ」


 バルガスは肩をすくめる。


「お前といいアニーシャルカといい、天才と呼ばれる奴等はどうも自覚に欠けていて困る。少しは凡人の感覚を養うべきだ」


「そうですね。カルネさんは少し無神経なところがありますよ」


「百歩譲ってバルガスに言われるのはいいとして、リアン、アンタに言われるとムカつくんだけど」


 バルガスたちのやり取りを尻目にミーシャはひとり呟く。


「王国魔術学術院の天才・・・カルネ・・・まさか、カルネ・ルル・オートゥイユ?」


「フルネームで呼ばれるのなんて久しぶり」


「なになに、カルネちゃんて有名人だったわけ?」


 アニーシャルカが割り込む。


「有名も何も」ミーシャは驚愕に眼を開き「王国魔術学術院創設以来の才能と呼ばれていた人ですよ。十二歳で上位魔法を使いこなし、十五歳で極大魔法を習得し、魔術学術院の方から『招待』されたほどの、文字通り『天才』です。将来の大魔術師と目されていた学術院期待の星。それなのに」


「学院追放」


 魔水薬をいじる手を止め、カルネは淡々と呟く。


「なぜ、そんな事に」


「生贄魔法の術式を完成させたから、だろ?」


 ボリスから手渡された咽喉肉ウルテを食いながら、バルガスが口を挟む。


「ちょっと違う。術式完成までに色々やらかして、追放処分を受けたの」


「生贄魔法?」


「学院時代、呪術を応用した魔法の発動方法を模索してた時期があって、まあ要は呪術のように生贄を使って魔法の威力を爆発的に増大させるって考えだったんだけど、その実験でやらかしたわけ。最初は闇市場ブラック・マーケットからエルフや獣人の奴隷買って実験してたんだけど、やっぱ人と亜人デミじゃ魔力の質感が違うんだよね。それでだんだん人間使って術式ためしたくなっちゃって、学院の落ちこぼれ集めて実験しちゃったんだ。それが学術院側にバレちゃってね、確かに五人殺しちゃったし、二人は手足を失って結構問題になったけど、ぶっちゃけ魔術が全てのアソコじゃ、それくらいたいした問題にならない。アタシは天才扱いだったしね。ただ」


 何かを思いだしカルネは苦笑する。


「殺した五人の中に貴族筋の奴がひとり混じってたんだよね。それでさすがにアウト。まあ学術院は相当アタシに入れ込んでたし、色々手を回してくれたみたいでなんとか追放処分に落ち着いたわけ」


「わかるぜーカルネちゃん」アニーシャルカがカルネの肩を抱く。「貴族ってのはしつけーんだよな。わたしもさ、むかし貴族のクソジジイ半殺しにしたことあるけど、最高に面倒くさい事態になったぜ? なあバルガス? 確か後始末のために」


「その話はよせ」


 珍しく、バルガスは苦々しい声を出す。


「あの時は俺も、それにネルグイも本当に酷い目にあった。思い出したくもない」


「まったくだぜ。あの事を思い出すだけで酒が不味くなる」


「おいおい、お前ら本当に玉ついてんのか? 男ならもっと器を大きく持てよ」


「男を振り回す女は嫌いじゃないが」バルガスは首を振りながら「お前は振り回した相手をそのまま地面に叩きつけ殺そうとする。金輪際、お前の尻拭いはごめんだ」


「同じ釜の飯を食って育ったってのによー、冷たい野郎だ」


 そんな騒がしい面々を、頭上の月だけが照らし出している。










 ロイクの前には夜に沈むデデル荒野が広がっている。闇の中にいくつかの、眼光が見える。獣頭コボルドだ。彼等は遠巻きにロイクを観察し、隙をうかがい、しかし一向に襲いかかってこない。警戒するような低い唸り声が静かに響くだけだ。


(私を恐れているのか。それとも)


 ロイクは横に立つサツキをちらりと見やる。


(彼を恐れているのか)


 サツキが隣に立っているだけで、肌に針を突き立てられているような、ジリジリした物を感じる。特にデデル荒野に入ってからサツキの纏う空気は決定的に変わった。重く、鋭い殺気が赤い瞳から漂っている。獣頭コボルドたちはこの異様な気配に圧倒され、近づいてこないのだろう。


「ずいぶんと殺気だっているね」


 慎重な口調でサツキに話しかける。クエスト案内所の一件以来、ロイクは細心の注意を払ってサツキに接している。


「何かあったのかい?」


「俺が殺気だっている?」


 サツキは眉をひそめ、ロイクの顔を見る。


「そう見えるのか?」


「見えるよ。僅かだが、殺気が漏れだしている」


「そうか」サツキは闇を凝視する。何処までも広がるデデル荒野、獣頭コボルドの眼光、その奥に待ち構える禁足地。「俺の無意識から殺気を引き出すか。よほど強大な存在らしいな」


 サツキの口元が不気味に歪む。それは狂気を含んでいる。


 静かに嗤うサツキの横顔に、ロイクは話しかける。


「何もなければ、明日の正午にはクシャルネディアと対峙することになる。準備はいいかい?」


「さあな」


 サツキは右肩を撫でる。そこには竜帝の呪術が、肩から首筋にかけて蛇のようにのたくっている。黒竜の憎悪、悪意、殺意の結晶が、サツキの魔力を封じている。全力で戦えるのはたったの30秒だけだ。万全からは程遠い。


 だが、それがどうしたというのだ。


 俺は異種族殲滅用成体兵器だ。白い死神だ。赤眼の殺戮者だ。そしてドラゴンキラーだ。俺には戦いしかない。俺には殺戮しかない。俺にはこれしかない。そしてそれだけでいい。それが全てだ。腕が千切れようと、脚が吹き飛ぼうと、身体が塵になろうと、この心臓が動く限り戦い続ける。アイツ等がそうであったように、127人の同胞がそうであったように、自らを殺戮の剣と化し、敵を殲滅し、そして


 黒竜を殺す。


「そろそろ戻るかい?」


 黙り込んでいるサツキに声をかけると


「そうだな」


 サツキは応じ、踵を返す。


 二人は歩き出す。


 明日には禁足地に入る。


 祖なる血魔ルーツ・ヴァルコラキの領域に。


 サツキは覚えていないが、彼は少女の頃のクシャルネディアの前に現れている。


 そして再び、サツキはクシャルネディアと対峙する。


 強大な魔力を有する真祖に成長した彼女の前に。


 これが何を意味するのか。


 それは誰にもわからない。






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