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ドラゴンキラー  作者: あびすけ
第二話 真祖・クシャルネディア討伐編 後編
34/150

3 出発





 空が白み始めた頃、ようやく熱の冷めはじめた第四区画を通り抜け、バルガスたちは王都北門にたどり着く。王国騎士が二人、門番を勤めている。篝火に黄金色の鎧が輝き、バルガスの目に眩しい。彼は王国騎士に軽く挨拶し、門を潜り抜ける。薄闇の中に三台の荷馬車と数人の人影が浮かび上がる。


「やあ、待っていたよ」


 笑顔を浮かべながらロイクがバルガスと、その背後に立つカルネとリアンに声をかける。


「どうやら俺たちが最後だったらしいな」


 バルガスは荷馬車の周囲に眼を走らせる。


 ロイクの傍らに立つ精霊使いのミーシャ。


 地面に座りナイフと剣の手入れをしているルガル傭兵団・副団長のネルグイ。その傍らに立つ三つの巨大な肉塊、怪力三兄弟のアルスルン、バドマ、デルグル。


 荷台に寄りかかりバルガスを見ているアニーシャルカ。その彼女に付き従う双子のエルフ族奴隷、エルドとミルド。


 弧影猟団こえいりょうだん・団長のボリスとその側近の男女、ブルーノとカルロッテは装備の点検をしているのか、ダガーやショーテルを前に何やら話し合っている。


 そして薄靄うすもやのかかったエーデル平原をひとり眺めている灰色の髪の男。暗闇の中でもハッキリ浮かび上がる赤い瞳

が不気味な青年、サツキ。


「これで全員揃った」


 ロイクは真祖討伐に乗り出すメンバーを一ヶ所に集める。彼等を眺め回し


「万全の態勢のようだね」


 と頷く。


 バルガスもメンバーを確かめ「なるほど」と呟く。


 ネルグイは大規模な紛争など、重要な仕事の時にいつも着る銀色の鎧に身を包んでいる。多くの剣傷や魔獣の爪痕が刻まれた鎧は、これまで幾多もの戦場を経験してきた事を物語っている。腰で揺れる一本の剣、こちらもネルグイ愛用の品だ。無駄な装飾のない、無骨なロングソード。多くの敵を殺す事を至上としている彼は、基本的に剣の切れ味を重視していない。数人切り伏せればどうせ刃こぼれする。剣の状態に左右される戦い方など無意味だ。ゆえに彼は肉体を鍛え上げ、粗悪な剣であろうと腕力ひとつで敵を叩き斬る術を手にいれた。怪力三兄弟もそんなネルグイと考えを同じにする人種なのだろう、彼等はネルグイ以上に盛り上がった筋肉を持ち、背丈があるためその姿はさながら巨人族だ。三兄弟は巨大な鉄の塊、大鎚おおづちを肩に担いでいる。およそ人間の振るう武器とは思えないが山のように盛り上がり、血管の浮き出た上腕二頭筋を見ていると考えが変わってくる。あんな物で殴りかかられたらひとたまりも無いだろう。


 弧影猟団こえいりょうだんのボリスの腰にはショーテルがぶら下がっている。異様なほど刃が歪曲し、鞘からのぞく刃面はづらは濃い紫色に染まっている。猛毒呪術もうどくじゅじゅつだ、とバルガスは思う。バルガスの使う二振りの鎌も出血の呪術が付与ふよされている。狩人は武具ぶぐを呪術で強化することを好む。特に毒や出血といった残留性の高い呪いは需要が高い。呪術とは生け贄を捧げひとつの対象に呪いをかける術だ。対象となるのは人間だけとは限らない。熟練の呪術師は無機物にも呪いをほどこす事ができる。呪術武具は騎士や剣士など自らの技量に自信のある者たちからは敬遠されるが、狩人は彼等のように馬鹿正直に真正面から戦うことはしない。敵の隙を待ち、罠を張り、確実に仕留める。狡猾さこそ狩人の信念だ。ボリスの足元には革で作られた大きな袋が置かれている。その中には様々な毒薬、麻痺薬、麻酔薬が入っており、さらには炎水晶玉えんすいしょうだま雷水晶玉らいすいしょうだまなどの簡易魔術道具かんいまじゅつどうぐまでも納められている。これらを使い弧影猟団はこれまで様々なモンスターを狩ってきたのだろう。


 アニーシャルカの曲剣ファルシオンには魔方陣がえがかれている。白んだ空の下、その刃は紫電しでんに包まれている。おそらく雷系統強化の魔方陣が刻み込まれているのだろう。首に下げた何本ものネックレス、魔水晶の埋め込まれた指輪や腕輪。すべて魔装だ。バルガスは背後に立つカルネを見る。こちらもピアスや指輪など様々な魔装で身を固めている。魔術師は自身の魔法を強化したり、魔力量増強の為に様々な魔道具を身に付ける。己の魔力を最大限発揮するために努力するのは魔術師の基本だ。ここをないがしろにすれば、死に直結する。


 ロイクは群青色の胸当てと腕当てをし、腰に細長い曲刀ショーテル、背には身の丈ほどもある大剣ツヴァイヘンダーを背負っている。念入りに研がれているのだろう、刃は鋭い光を放っている。小型の敵には素早い曲刀を、大型の敵には必殺の大剣を、彼は状況によって使い分ける。


 そんな中サツキだけが無防備な格好をしている。剣も鎧も身に付けず、奴隷服を少しましにしただけのような、薄い布服を着ている。とてもじゃないが、これから真祖討伐に乗り出す人間には見えない。


 もっとも、そんなサツキに対して苦言をていするような輩は、この中にはいない。ギルドの仕事は常に死と隣り合わせだ。前回うまくいった事が今回は通用しない。かと思えば到底不可能だと思われていた仕事が驚くほど簡単に達成される。確実な物など何ひとつない。故にギルド登録者は自分の流儀に従って行動する。これまでに培った経験と知識が作り出した己の法則こそが一番の武器だ。それは他人が口を出していい領分ではない。サツキは真祖討伐には些か軽装備過ぎるかもしれない。しかしそれを選択したのは彼自身だ。本人が納得している事柄に口を出す必要はない。たとえそれで死ぬにしろ、それは自分の責任であり、責任とは当事者が取るものだ。


「さーて、これで全員揃ったんだし、血魔ヴァルコラキ狩りとシャレこ込もうぜ」


 曲剣で肩を叩きながらアニーシャルカが言う。


「ずいぶんとご機嫌ですね」


 ボリスはアニーシャルカを見る。


「獲物はあのクシャルネディアですよ?」


「だからワクワクすんだろ?危険度9の化け物とり合う機会なんて滅多にねーんだ、少しは楽しめよ」


「お前はガキの頃から危険が好きだったな」


 スキットルを煽り、ネルグイが溜め息をつく。


「そんな風に生きてると早死にするぞ」


「生きてりゃ死ぬのは道理だろーが。だいたい爺になってまで傭兵やってる奴に言われたくねーよ」


「おい、おれはまだ四十代だ」


「爺じゃねーか」


 ネルグイは首を振りながら


「まったく、本当に何も変わってないな」


 と呟く。


「こいつが変わるわけがない」


 バルガスは苦笑いを浮かべる。


「自分が世界の中心だと思ってる奴だ」


「まさにわたしが世界の中心なわけ」


「雑談はそれくらいにして、そろそろ出発しよう」


 ロイクはバルガスたちの会話を断ち切る。そして荷馬車の方を向く。


「待て」


 その背にネルグイの静止がかかる。


「アレをやるか」


 そう言うとネルグイは腰の布袋からグラスを人数分取り出し、順々に配りはじめた。


「なつかしー事するじゃねーの」


 アニーシャルカはグラスを受け取りながら笑う。


「確かに。これをするのは十年ぶりだ」


 バルガスもグラスを眺めながら感慨深げな声を出す。


「これは何だい?」


 ロイクの問いに「出陣前の願掛けみてーなもんだよ」とアニーシャルカ。


「ルガル傭兵団伝統の儀式みたいなもんさ」


「その通り」


 ネルグイは酒瓶を片手に笑いながら全員のグラスに酒を注いでいく。血の酒ブラッディ・メルだ。狂暴亀アスピドケルの血で作られた度数40を超える強い酒。滋養強壮じようきょうそうと興奮作用のあるこの酒は、古くから戦場で好まれ飲み継がれている。ルガル傭兵団の面々は激戦の予想される戦いの前に必ず円を作り、みなでこの酒を流し込む。喉を焼き、血を沸騰させ、目の前の敵に挑みかかる、それこそがルガル傭兵団だ。


 爽やかな草花の匂いが風に混じる。


 東の空が瑠璃色に輝く。じき夜明けだ。


「この狂った仕事を持ち込んだロイクとミーシャに」


 ネルグイと怪力三兄弟はグラスを掲げる。薄く射し込んだ陽光が緋色の酒を照らす。


「そんな仕事を意気揚々と引き受けたイカれたメンバーに」


 アニーシャルカが笑い、グラスを掲げる。


「じゃあ俺は、九人目の十闘級昇格に」


 弧影猟団の三人がグラスを掲げる。


「私たちはクシャルネディア討伐成功を祈って」


 ロイクとミーシャがグラスを掲げる。


「おいおいお前たち、どうしたっていうんだ?一番重要な物を忘れてるぞ」


 そういうとバルガスもグラスを掲げ、しげしげとメンバーの顔を見回してからニヤリとする。口を開く。


「俺たちの金貨五万枚に」


「それが一番重要だよね」


「まったくその通りです」


 カルネとリアンがグラスを掲げる。


 バルガスの言葉に、メンバーは笑う。


 サツキはそんな彼等を眺め、無言でグラスを掲げる。


「出来ることなら、全員でもう一度王都の土を踏みたいもんだ」


 最後にネルグイがそう言うと、みなは一気に酒を飲み干す。


 アルコールが喉を焼き、強い血臭けっしゅうが鼻腔を抜ける。


 朝焼けに空が染まり、夜が終わる。


 彼等は荷馬車に乗り込む。


 これより禁足地へ。






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